アーサス   作:飛鳥 螢

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第 一 章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅰ ーフォルドの目覚め(3)ー

 一方フォルドの部屋ではアルフィーネが、うろうろとしては廊下に続く扉の前に立ち止まり、扉を開けるのをぐっと堪えてはまたうろうろと部屋の中を歩き回る、その繰り返しだった。聞き分けよく部屋に残ったものの、心配でじっとしていられないのだ。

「皇子、どうかご無事で」

 寝室のカラになったベッドの横に跪き、アルフィーネは祈った。

 ふと、ベッド脇の窓の前に置いてあるサイドテーブルの上に盛られたフルーツに目を留めた。部屋の芳香用に柑橘系の爽やかな香りのするものを中心に、毎朝アルフィーネが新鮮なフルーツを盛って窓辺に置いているのだ。さっきは慌てていて気付かなかったけど、それが気のせいか、盛りが一回りほど小さくなっているように見える。

 不審に思ったアルフィーネはそれに手を伸ばした。

 ——と、その背後で、突然隣の部屋から扉を叩く音がした。

 びくっと肩を震わせ、アルフィーネは振り返った。

 一瞬空耳かと思ったが、再び響いたノックの音に、アルフィーネはぱっと表情(かお)を輝かせた。

 ——皇子っ!

 隣の部屋に駆け込み、ノックされた扉に飛びついて勢いよくそれを開ける。

 だが、その喜びは束の間のものでしかなかった。

 扉を叩いたのは、フォルドではなかったのだ。もちろんエイルでもない。王宮務めの女官の一人で、その後ろに自分によく似た顔立ちの少女を引き連れた、きらびやかに着飾ったきつめの美女が立っていた。ソルティア王カムラスの実兄であり、この国の宰相であるルゴスの妻とその娘。即ちフォルドの伯母と従妹である。

 フォルドが倒れて三日目、皇子の容態を心配して連日詰めかけて来る王宮内外の人々の煩わしさに閉口した主侍医のエイルが、「絶対安静」の一言の許に彼等を皇子の部屋及び、部屋のある南の棟から閉め出してしまっていた。この部屋に立ち入りを許されているのは、フォルドの看病を任されたアルフィーネを含めてほんの一握りの人間だけだった。その見舞いを許された数少ない人々の中で、彼女達はもっとも厄介で今一番来て欲しくなかった訪問者だった。

「これは、レイミア様、ベルティナ様」

 さりげなく入り口の中央に立ち、アルフィーネはうやうやしく(こうべ)を垂れた。

「何かご用でございますか?」

「何って、フォルドの様態を見に来たのですよ」

 戸口の前に立ち塞がったまま退きもせず、判りきった事をわざわざ訊いてくる生意気な侍女に、レイミアはむっとした表情になった。

 が、心楽しくないのはアルフィーネも同じだった。

 こんな時に、よりにもよってこの二人が見舞いに来るとは。他の者なら何とか理由を付けて追い返す事も出来るが、この二人には物の道理など全く通用しない。世界は自分達を中心に回っており、全てが自分達の思い通りに動くと信じて疑いすらしない御目出度い——他の人達にとっては傍迷惑な——親子であった。

 もし、この二人が部屋に入り、皇子が行方不明である事が知れたら、必要以上に騒ぎを大きくして王宮は大混乱になってしまうだろう。そうなれば責任問題も厳しく追及されるに違いない。自分が責任を取らされるのは一向に構わないが、この二人が絡むと、それが保護者であり、自分を皇子の看護の適任者として推挙してくれたおじ様にまで及んでしまう。これだけは何としても避けたかった。

 アルフィーネは丁寧に言葉を返した。

「わざわざ皇子の為にお越しくださりありがとうございます。ですが、皇子は未だ夢の苑より戻られておりませんので、今日のところはどうぞお引き取りを」

 だが、そんなことで大人しく引き下がる様なレイミア達ではなかった。

 人に指図する事はあっても指図された事のないレイミアは、たかが一介の侍女風情のこの言葉に紅い唇の奥で歯をぎりっと噛みしめた。

「そう、では顔だけでも見せて貰うとしましょう」

 と、レイミアは入り口に陣取るアルフィーネを押し退け、強引に部屋の中に入った。

 ベルティナがつんと澄ましてその後に続く。

「お待ちください、レイミア様、ベルティナ様っ」

 慌ててアルフィーネはレイミア達と寝室に続く扉の前に割り込んだ。

「皇子が目覚めましたら、真っ先にお知らせ致しますので。今日のところはどうか——」

「そこをお退きっ!」

 何事にも自分の意のままにしなければ気が済まないレイミアは、度重なるアルフィーネの邪魔立てに柳眉を逆立てた。

「このわたくしを誰だと思っているのっ!? たかが侍女風情に、とやかく言われる筋合いなどないわっ!!」

「そうよ、わざわざ見舞いに来てやったのに会わせないなんて、なんの権限があってそのような真似をするのよ」

「そ、それは……」

 レイミア、ベルティナ親子に言い立てられ、アルフィーネは口ごもった。

 二人の迫力に気圧され、咄嗟になんと言って誤魔化したらいいのか思いつかない。

「さあ、さっさとそこをお退きっ!!」

 レイミアは付いてきた女官に寝室への扉を開けるよう目で指示をし、それを受けて女官の一人が動こうとしないアルフィーネの腕を掴み、扉より引き剥がす。そしてもう一人が扉に手を掛けた。

 ——ああっ、もうおしまいだわ…

 アルフィーネは恐怖に表情(かお)強張(こわば)らせてレイミア達を見た。

 扉が開け放たれる。

 それと共に、

「アルフィーネ殿っ」

 背後から息せき切った衛兵の声が飛び込んで来た。

「エイル殿がこの棟前の噴水のある庭園に、至急来て欲しいと——」

 ——皇子っ!

 この部屋で待っているように言っていたエイルが、わざわざ自分を呼びつける理由はそれしかない。皇子を見つけたのだ。

 衛兵の言葉を最後まで聞かず、アルフィーネは呆気に取られているレイミア達を尻目に、衛兵の脇をすり抜けて部屋の外へと駆け出していた。

 




新しい登場人物は次々出て来るのに、肝心の人物が出てませんね。
書いた本人もびっくりです。
次はちゃんと出てきます。
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