王の懸念は、エイルも感じていた事だった。
「ですが、たとえ止めたとしても——」
と、エイルが言葉を返そうとした時だった。
肩に乗るピクトがいきなり鋭い声を発して羽ばたいた。
何かに怯えるように、慌てて窓から外に飛び去って行く。
はっとして、エイルはベッドの王を庇うように体を返し、部屋の一角、等身大の彫像を睨み付ける。
「そこに居るのは何者ですっ!?」
「気配に敏感な鳥がいたとはいえ、
くつくつと喉を震わせながら、彫像の陰から漆黒のマントに身を包んだ背の高い女が現れた。
「そこを
マントのフードを目深に被り、顔までは判らない。ただ。薄造りの水晶のグラスを指で弾いたような澄んだ声が、ぞくっとするほど
「最後とは、異な事を言われる」
隙なく構えながらエイルは応えた。
「我が国には、フォルド皇子という世継ぎの君がおられます」
「フォルド皇子とな」
フードの下から僅かに覗く血に濡れたような
「もはや元に戻らぬ者に、国の未来を託すのかえ」
女の言葉に、エイルはすうっと瞳を細めた。
「とても興味深いお言葉ですね。できればもっと詳しくお聞きしたいものですが」
「いらぬ詮索は身を滅ぼす元じゃ」
探るような視線を向けて問い返す男を、女は煩わし気に突っぱねた。
「さぁ、
人に命令することに慣れた凜とした声。意思の弱い者であれば即座に従ってしまうだろう。それ程に強い意志を秘めた声だった。
だが、エイルは臆することなく泰然とそれに応えた。
「女性のたっての頼みとあれば、聞いて差し上げたい気もしますが、それだけはお受け致しかねます」
そう言いながら、目の前の謎めいた女の一挙一動を油断なく見やる。
エイルに懇切丁寧に拒絶された女は、ぎりっと奥歯を噛みしめた。
「ならば、悔恨はその身をもってするがよいわっ」
つと、右手をエイル達に向け、低い声でなにやら唱えた。
すかさずエイルも口の中で言葉短く何かを呟く。
部屋の中が一瞬、落雷でもあったかのように閃光で埋め尽くされた。
「なんとっ!?」
女の口から驚きの声が上がる。
自分の右手から放たれた電撃によって、小生意気な若者もろともソルティアの王を黒焦げにしたはずが、二人とも毛一筋程の火傷さえ負っていない。
電撃が二人に直撃する寸前、虹色の膜が二人を包み込んで電撃から守ったのだ。
驚愕する女に微笑むエイルの瞳は、赤味がかった菫色ではなく、濃密な深紅に染まっていた。
「其方、まさか〈
「いいえ、私はアルビナではありませんよ」
言うなり、エイルはベッドの脇机の上に置いてあった銀製のペーパーナイフを手に取り、女に投げた。一瞬の早業である。
動揺していた女は咄嗟に避ける事ができない。
ナイフは狙い違わず、女が目深に被っていたフードを払い除けた。
はらりと脱げたフードの下から、女の顔が露わになる。
銀糸を思わせる髪、透けるような白い肌。そして血のような深紅の双眸と形良い唇。美の粋を集められて造られた顔がそこにあった。
そして、額には美しく繊細な装飾の施された見事なサークレットを着けており、その中央には鮮やかな
「くっ……」
正体を暴かれた屈辱に艶麗な顔を歪めた美女は、慌ててマントで顔を隠した。
「おのれ、小賢しい真似をっ」
「折角の目の保養をわざわざ隠す必要もないでしょう」
エイルは妖艶な美女の怒りをにっこりと受け流す。
「どこまでも——」
人を
「憶えておれっ、王よりもまずは其方じゃ。この借りは必ず返そうぞっ」
燃える深紅の双眸をエイルに向けたまま、女は口の中で短く韻を含んだ言葉を紡いだ。額のサークレットの緋い宝石が眩い輝きを放つ。
その光の中、現れた時と同じように忽然と女は姿を消した。