アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅸ ―謎 の 女―

 王の懸念は、エイルも感じていた事だった。

「ですが、たとえ止めたとしても——」

 と、エイルが言葉を返そうとした時だった。

 肩に乗るピクトがいきなり鋭い声を発して羽ばたいた。

 何かに怯えるように、慌てて窓から外に飛び去って行く。

 はっとして、エイルはベッドの王を庇うように体を返し、部屋の一角、等身大の彫像を睨み付ける。

「そこに居るのは何者ですっ!?」

「気配に敏感な鳥がいたとはいえ、(わらわ)がここに居るとよく分かったのう」

 くつくつと喉を震わせながら、彫像の陰から漆黒のマントに身を包んだ背の高い女が現れた。

「そこを退()くがよい。(わらわ)の用があるは、そこな《陽の国(ソルティア)》の最後の王ゆえ」

 マントのフードを目深に被り、顔までは判らない。ただ。薄造りの水晶のグラスを指で弾いたような澄んだ声が、ぞくっとするほど(なまめ)かしく耳朶(じだ)を打つ。

「最後とは、異な事を言われる」

 隙なく構えながらエイルは応えた。

「我が国には、フォルド皇子という世継ぎの君がおられます」

「フォルド皇子とな」

 フードの下から僅かに覗く血に濡れたような(あか)い口許を白い手で押さえ、ころころと女は(わら)った。

「もはや元に戻らぬ者に、国の未来を託すのかえ」

 女の言葉に、エイルはすうっと瞳を細めた。

「とても興味深いお言葉ですね。できればもっと詳しくお聞きしたいものですが」

「いらぬ詮索は身を滅ぼす元じゃ」

 探るような視線を向けて問い返す男を、女は煩わし気に突っぱねた。

「さぁ、(わらわ)に王の命をよこすがよい」

 人に命令することに慣れた凜とした声。意思の弱い者であれば即座に従ってしまうだろう。それ程に強い意志を秘めた声だった。

 だが、エイルは臆することなく泰然とそれに応えた。

「女性のたっての頼みとあれば、聞いて差し上げたい気もしますが、それだけはお受け致しかねます」

 そう言いながら、目の前の謎めいた女の一挙一動を油断なく見やる。

 エイルに懇切丁寧に拒絶された女は、ぎりっと奥歯を噛みしめた。

「ならば、悔恨はその身をもってするがよいわっ」

 つと、右手をエイル達に向け、低い声でなにやら唱えた。

 すかさずエイルも口の中で言葉短く何かを呟く。

 部屋の中が一瞬、落雷でもあったかのように閃光で埋め尽くされた。

「なんとっ!?」

 女の口から驚きの声が上がる。

 自分の右手から放たれた電撃によって、小生意気な若者もろともソルティアの王を黒焦げにしたはずが、二人とも毛一筋程の火傷さえ負っていない。

 電撃が二人に直撃する寸前、虹色の膜が二人を包み込んで電撃から守ったのだ。

 驚愕する女に微笑むエイルの瞳は、赤味がかった菫色ではなく、濃密な深紅に染まっていた。

「其方、まさか〈白き者(アルビナ)〉かえっ!?」

「いいえ、私はアルビナではありませんよ」

 言うなり、エイルはベッドの脇机の上に置いてあった銀製のペーパーナイフを手に取り、女に投げた。一瞬の早業である。

 動揺していた女は咄嗟に避ける事ができない。

 ナイフは狙い違わず、女が目深に被っていたフードを払い除けた。

 はらりと脱げたフードの下から、女の顔が露わになる。

 銀糸を思わせる髪、透けるような白い肌。そして血のような深紅の双眸と形良い唇。美の粋を集められて造られた顔がそこにあった。

 そして、額には美しく繊細な装飾の施された見事なサークレットを着けており、その中央には鮮やかな(あか)い宝石が第三の瞳のように冷たい輝きを放っていた。

「くっ……」

 正体を暴かれた屈辱に艶麗な顔を歪めた美女は、慌ててマントで顔を隠した。

「おのれ、小賢しい真似をっ」

「折角の目の保養をわざわざ隠す必要もないでしょう」

 エイルは妖艶な美女の怒りをにっこりと受け流す。

「どこまでも——」

 人を虚仮(こけ)にする男を、女はキッと()め付けた。

「憶えておれっ、王よりもまずは其方じゃ。この借りは必ず返そうぞっ」

 燃える深紅の双眸をエイルに向けたまま、女は口の中で短く韻を含んだ言葉を紡いだ。額のサークレットの緋い宝石が眩い輝きを放つ。

 その光の中、現れた時と同じように忽然と女は姿を消した。

 

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