アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅸ ―〈白き者(アルビナ)〉―

 部屋の中に立ち籠めていた禍々しい雰囲気も霧散し、後には何事もなかったように、陽の光が部屋の中に降り注いでいる。

 完全に女の気配が消えたのを確認し、ほっと息をついてエイルは体から力を抜いた。

 あの美女の攻撃を防げたのは奇跡だった。悠然とした態度とは裏腹に、心の余裕は殆どなかったのだ。あのまま退いてくれて本当に助かったとエイルは安堵した。

 だが、これだけの事があったにも関わらず、中の異変に誰も気付いていないのか、外で人が騒ぐ気配はなかった。

「何者なのだ、あの者は」

 信じられぬものを目の当たりにした驚きからまだ醒めやらぬカムラスは、呻くように目の前に立つ若い薬師に訊いた。

「……判りません」

 エイルは(かぶり)を振って振り返った。その瞳は元の赤味がかった菫色に戻っていた。

「でも、これで一つだけはっきりとした事がございます」

 今まで確信していても、確証がなかった。でもさっき女の顔を露わにした事で、ようやくそれを手に入れた。

「あの者——アルビナの力ならば、皇子の(こころ)を他の者と取り換える事も可能でしょう」

 この世界には稀に一切の色素を持たずに産まれてくる者達がいた。国を問わず皆一様に透けるような白い肌と銀髪紅眼を持ち、名匠が彫った彫像のようにその肢体と容貌に完璧な美を兼ね備えていた。——さっき襲ってきた女のように。そして、その容姿から彼等は〈白き者(アルビナ)〉と呼ばれていた。

 その者達は色を纏わぬ代わりに、人にない特殊な力を持っていると伝えられている。その一つが身の危険に際し、自身の魂を他の者と取り換えて命を永らえるというものだ。力の強いアルビナになると自身だけでなく、他者にもそれが出来ると()われている。    

 そして、あの言葉。彼女は確かに皇子の魂が別人のものだと知っていた。

「成程……。しかし、何故あの者がフォルドの(こころ)を取り換え、儂の命を欲するのか」

 カムラスには全く思い当たる節がなかった。

「それは判りません」

 アルビナの存在自体が稀有なものなのだ。永き年月を重ねてきたエルーラの巫女でさえ、生きた()の者達を見た事がなかった。

「ですが、その者がこうしてわざわざ姿を現わして王の命を狙うとなると、何か過去に深い因縁めいたものがあるのやもしれません」

 エイルはあの女との短い言葉のやり取りの中で、それを感じ取っていた。

「時間を頂ければ、それに付いて調べて参りましょう」

「うむ、頼んだぞ」

 鷹揚に頷き、カムラスは淡い金の髪をした薬師をじっと見た。

「時にあの者は、お前をアルビナと言っていたが、先程お前が見せた力と関係があるのか?」

「確かにあの力はアルビナの持つ力に似ていますが、あれは昔我が師に教えてもらったものなのです。あの者のように純粋なアルビナとは比ぶべきもない微々たる力でございますが」

 エイルは産まれてすぐ《暁の国(エルティア)》の国境近くの森の中に捨てられたのだ。そして、飢えと寒さで死ぬ寸前、彼はエルドラに拾われて助かったのである。

 それからエイルは十八の歳までエルティアの(むら)で育ち、老婆に様々な生きる(すべ)を教えて貰った。さっきエイルが使った力ある言葉―言霊(ことだま)もその内の一つである。

 成程と納得したカムラスは顎に手を当てると、思案するように難しい顔になった。

「——フォルドは、無事戻って来られるのだろうか……」

「………」

 王の問いにエイルは答えを返せなかった。

 先程のアルビナの女はカムラスを「ソルティア最後の王」、フォルドの事を「もはや元に戻らぬ」と言っていた。その意味はどうとでも取れる。

 そして、王の命を狙うような者が、取り換えた皇子の(こころ)をそのまま放っておくだろうか。あの女の様子からしてとてもそうは思えない。気休めの答えなどエイルには言えなかったのだ。

 ふと、エイルはネールの出城から失踪した皇子の事が頭に思い浮かんだ。

 あの女によって皇子と肉体(からだ)を取り換えられた祖王の名を持つ者。

 この世界(アーサス)の事を何も知らなかったあの者がどうして〈生命の丘(ヴィルドヒル)〉に(こだわ)り、危険を冒してまでそこに行こうとするのか。

 エイルはずっとその理由が気になっていたのだ。

 ——皇子の肉体(からだ)と、取り換えられた祖王の名を持つ者の(こころ)……

 肉体と魂……取り換えられた……まさか——

 ある事に思い至り、エイルはハッとした。

 その様子を見ていたカムラスはもう一つの懸念を口にした。

「フォルドと共に行ったというアルフィーネ——確かオルフォートの娘だったな。一緒に行かせて良かったのか?」

「それは——」

 一瞬言葉を詰まらせたエイルは、小さく息をついて言葉を継いだ。

「あの()はもう、自分の事は自分で決められる歳でございます」

 ——一緒に行ってしまうのは想定外だったが、この旅でアルフィーネも何らかの真実を知ることになるかもしれない……

 アルフィーネの持つ翡翠色の宝石を嵌めたペンダントを思い出し、エイルは微かに表情(かお)を曇らせたが直ぐにそれを改めた。

「取りあえず、これから往く(みち)は示しておきました。後は皇子と(こころ)を取り換えられた〈光輝(ショウ)〉という者の才覚次第でございましょう」

「ショウ——祖王の名を持つ者か……」

 カムラスは遠い目をして呟いた。

 




 やっと第一章が終わった……
 とやり切った感に浸っていた時、ふと——
 あれ、何か忘れているような……
 と暫し考えて、あっと気付きました。
 主人公の片割れ、出てきたのは声だけで、あの後どうなった?
 ……第一章はもう少し続きます。

「そうか、僕は忘れ去られていたのか……」

 すみません。
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