アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅸ ―囚われの皇子(1)―

 そこは奥深い、緑の森に囲まれた大地だった。

 森には鳥や小動物の鳴き声が響き渡り、大地には色とりどりの草花が咲き乱れ、蝶などの虫達が飛び交う恵み深き土地だった。

 その大地の中央に、汚れ無き太古の雫を集めてきたような、深い水底まで見通せる清らかな水を湛えた湖があった。

 その湖の中央には小島があり、そこにある小高い丘には、決して小さくはない島全体に覆い被さるように、緑綾なす枝葉を張る大樹が一本生えていた。

 幹回りは優に五十フィノは超え、樹齢は二千年を軽く()ているだろうと思われるそれは、未だ若々しく湖面に張り出した枝に青々とした瑞々しい葉を繁らせていた。

 その大樹の根元、太古から在るその太い幹に一人の少年が、両手両足を鎖で戒められて立っていた。

 歳は十八歳頃か、身長はやや高めで、少し茶色がかったくせのある黒髪に健康そうな陽に焼けた肌。見ようによっては端整ともとれる容貌だった。この世界ではあまり見かけない詰め襟の黒い上着とズボンを身につけている。

 少年は俯き加減に目を閉じ、何かを念じているように暫くじっとしていたが、やがて深く息をつくと、開いた黒い瞳で頭上の梢を仰ぎ見た。

「やはり、駄目か……」

 ——あの時、確かに一瞬〈蒼の閃光(ソレイア)〉を介して意識が繋がったと思ったのに……

 以来何度試しても二度と繋がる事はなかった。

 あの時繋がったと思った途端、流れ込んできたソレイアの力に呑まれて殆ど会話もできずに意識が飛んでいたのだ。

 その後どの位気を失っていたのか自分でも分からない。それ程までにこの体でソレイアの力を振るうのは負担が大きいと言う事なのだろう。

 それでも諦めずに折に触れてこうして精神(こころ)を飛ばしてはいるが、本当に自分の半身の許に届いて居るのかも定かでなかった。

 そして、このように囚われの身になってもうどのくらいになるのか、それすらも判らなくなっていた。

 梢の間からひょっこりと青や黄色の色鮮やかな羽を持つ小鳥達が顔を出し、小首を傾げて少年を見下ろした。

 ふっと少年が微笑むと、小鳥達はぱっと羽根を広げて飛び立ち、少年の肩や頭の上に降り立った。

 思い思いに(さえず)り、少年の頬に擦り寄ってくる。

 囚われの身となった少年にとって、時折遊びに来るこの小鳥達が唯一の心の慰めだった。

 体を撫でてやりたいが、両手を鎖で幹に繋がれた状態では、それができないのが残念だ。

 不意に周囲の気配が変わった。

 暖かく穏やかだったその場の雰囲気が、一転して身を刺すほどの禍々しいものにとって変わったのだ。

 それに怯え、小鳥達が一斉に飛び去って行く。

 表情(かお)に緊張の色を滲ませ、少年はその気配の中心と思われる方を見た。

 いつの間に来たのか、少年以外誰も居なかった筈の大樹の傍らに一人の女が立っていた。

 それは腰下まである長い銀の髪に深紅の瞳をした、この世の者とは思えぬ程の美を(まと)稀有(けう)な存在。ソルティアの王宮で王の命を狙い、淡い金髪(ペールブロンド)の薬師に退()けられたあの〈白き者(アルビナ)〉の女である。額のサークレットの(あか)い宝石がキラリと光る。

 銀髪紅眼の妖艶な美貌の女は、何処か不機嫌そうな険しい表情(かお)をしていたが、黒髪の少年が自分を見ているのに気付くと、艶かしい紅い口許に薄く笑みを浮かべた。

 ゆっくりと少年に近寄る。長い銀糸の髪が一歩、歩を進める度にサラサラと揺れた。

 自分を静かに見返す少年の前に立ち、おもむろに口を開く。

「其方の半身は王宮を出た後、姿を(くら)ませたようじゃぞ」

 その言葉に、少年が黒い瞳を大きく見開いた。

 それを見て女はすっと深紅の瞳を細めた。

「どうやら其方が(そそのか)したようじゃな。そのような姿になってもまだ力を振るえるとは。流石力の宝石(いし)に選ばれただけのことはあるようじゃ」

「………」

「じゃが、其方も酷な事をしたものじゃな。不慣れなこの世界では何時まで保つものよ。あのまま王宮に留まっておれば、其方の半身もまだ命永らえたかも知れぬものを」

 そこでふと口を(つぐ)み、そしてにんまりと笑みを浮かべた。

「——いや、王宮に居たとて、其方の伯父がそのまま捨て置くことはすまいな」

「それは、どういう意味だ?」

 ピクリと片眉を動かし、硬く押し殺した声で少年は尋ねた。

 漸く口を開いた少年に、アルビナの女は深紅の瞳に愉悦の色を浮かべて教えてやった。

「其方の伯父は大した野心家での。三年前(わらわ)の申し出を二つ返事で受けおったわ。自分の野望の為に血を分けた弟も甥も捨て去る事をな。——其方にも幾らか心当たりがあろうぞえ」 

 少年は息を呑み、妖艶な女から視線を逸らした。

 アルビナの女は狂気を(はら)んだ顔に悦に入った笑みを浮かべ、白磁の様な滑らかな白い指で少年の顎を摑んで自分の方に顔を向けさせた。

「信じていた者に裏切られた気分はどうじゃ? ソルティアの皇子よ」

「………」

「まだまだこれからよ。其方にはもっともっと苦しんで貰わねばな。力の宝石(いし)に選ばれておきながら、何もできぬ自分の無力を嘆き、全てに絶望するがよいわ」

 そう嘲笑う女の深紅の双眸の奥には、隠しきれない憎悪の炎が揺らめいていた。

「力の宝石(いし)に選ばれた事を呪い、その身を憎む程にな」

 そう言い捨てると、銀髪紅眼の美貌の女は口の中で言霊(ことだま)を唱えた。

 それに呼応するように額のサークレットの(あか)い宝石が輝き、次の瞬間、現れた時と同様その姿は跡形もなくかき消えた。

 

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