アーサス   作:飛鳥 螢

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 今回から新章に入りますが、まだ舞台は《陽の国(ソルティア)》のままです。


第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅰ ―ルゴスの思惑(3)―

 出城巡りの一行が王宮を出発してそろそろ最初の目的地に到着した頃、清風の月も終わりに近づいた《陽の国(ソルティア)》の王都《光の都(ソーラス)》辺りは、慈雨の月の兆しが見え出して空はどんよりと曇っていた。

 その王都を見下ろす丘の上に立つ王宮の西棟の二階の中央にある執務室で、宰相のルゴスは執務机に向かい、書類を手にしながら急な来訪者を迎えていた。

「其方が(わし)の所に来るとは珍しいな、セイレム」

 書類から視線を上げ、机の向こうに立つ自分と同年代の明るい金の髪をした騎士を、ルゴスは軽く片眉を上げて見た。

 全ての騎士団を統括すると共に近衞の長であるセイレムは、普段王の身辺警護でカムラスの傍に控えている。その王の傍を離れてわざわざここに来るなど、一体どういう風の吹き回しか。

「なに、ちょっとお前に訊きたい事があってな」

 人払いをして二人切りになると昔の(よしみ)で気安げに応えたセイレムだったが、執務机の上に手を付くと、一転して射るように真正面からルゴスを見据えて訊いた。

「サウアーは何処へ行った?」

「王都の西にある離宮に()った。勿論謹慎中ゆえ見張りを付けてな」

 セイレムの鋭い問い掛けに、ルゴスは淡々と応えた。

「何故そんな勝手なことをっ」

 謹慎で済んではいるが、サウアーのやった事は本来なら極刑ものの大罪だ。場所を移動させるにしても近衞の長である自分の許可がいる。それなのに自分がそれを知ったのは六日も経った今朝だったのだ。

 だが、憤るセイレムにルゴスは悪びれもせずに言った。

「王宮では口さがない者が多くて、彼奴(あやつ)の気が休まらぬとマクアークが言うのでな」

 侍従長に心労で倒れられては困るし、直ぐに許可が下りるとも思えなかった。だからルゴスは宰相の権限を使って、自分で許可を出したのだと。

「いい加減しろ、ルゴス。何故何時までもサウアーを放って置く」

 本来なら「継承の選儀」で次代の王が定まった時点で、〈陽の剣(ソーレス)〉に選ばれなかった候補者達は将来次代の王を補佐する為に、新たに各要職の長候補として仕事に取り組むのだ。自分達がそうであったように。

 三年前次代の王はフォルドに決まった。そして選ばれなかった候補者達も、それぞれの役目を果たすために次の仕事に取り組んでいる。ただ一人サウアーを除いて。

 そう、サウアーだけが何時までも現実を見ず、独り三年前のあの時に取り残されているのだ。

 その目を覚まさせてやるのは、父親であるルゴスの役目だ。同じソーレスに選ばれなかった者同士、誰よりも息子の心情を理解しているルゴスが。

 だというのに、ルゴスは今に至るまで、一切サウアーに手を差し伸べなかった。ただ見ているだけだったのだ。

 その結果が、あの茶会の事件だ。

 セイレムにとってサウアーはフォルド同様、自ら剣を教えた可愛い教え子だった。そのサウアーが本気で害そうとフォルドに剣を向けるとは。

 それを聞いた時、セイレムは血の凍る思いをしたのだ。一線を越えてしまうほどサウアーが病んでしまっていたことに気付かなかった自分の迂闊さに。

「一体、お前は何を考えている?」

 ルゴスは昔から王族として国のことを第一に考え、その為なら利用できるものは何でも利用し、一切の妥協を許さなかった。私心を捨てて誰よりも厳しく自分を律していたのだ。そしてそれは他人に対してもそうだった。

 だが、情がない訳じゃない。むしろ愛情深い方だろう。ただ厳しすぎるが故にとても判りにくいのだ。

 昔「俺を差し置いてソーレスに選ばれたのだから、それくらい出来なくてどうするっ」とルゴスは少々呑気過ぎる弟の為を思い、次代の王としてビシバシ(しご)いていたこともあった。

 それが、息子があんなになってしまっても尚放置し続けるとは。昔を知るセイレムには信じがたい事だった。

「別に何も考えてはおらん」と、すげなくルゴスは返した。

「どうせ儂が何を言ったところで、彼奴(あやつ)の耳に届きはせぬ。今の彼奴にとって自分が描いた妄想(こと)こそが現実なのだからな」

「だから、その目を覚ましてやるのが父親(おまえ)の役目だと言っているっ」

 拳を机に叩きつけ、苛立たしげにセイレムはルゴスを睨んだ。

「サウアーが可愛くないのか。血を分けた実の息子だぞ」

「だからこそだ」

 ルゴスは食って掛かる近衛の長に、射殺さんばかりの鋭い眼光を向けた。

「儂の息子なら、そのくらい自分で律せなくてどうする」

「お前……」

 ルゴスが垣間見せた苛烈なまでの息子への想いに、セイレムは息を呑んだ。

 ただルゴスは見ていたのではない。待っていたのだ。サウアーが自ら気付く事を。歯痒い想いをしながらも、妥協を許さず息子にも自分と同等のものを要求する。昔と変わらず自分にも相手にも厳しすぎるルゴスだった。

 だが、サウアーはとうとうその期待に応える事は出来なかったのだ。

 もう何も言えず、セイレムは深く息を吐いた。

「——判った。ただ確認だけはさせてもらうぞ」

 本当に離宮にサウアーが居るかどうかの。おそらくはもうそこには居ないだろうが。

「ああ、それが其方の役目だ」

 何の感情も窺わせず、ルゴスは公私を切り換えて応えた。

「邪魔をしたな」

 結局自分の無力を思い知らされるだけに終わり、セイレムは肩を落として(きびす)を返した。

 扉を開け、一瞬後ろを振り返ったが、仕事に戻ったルゴスは手に持つ書類に視線を落としたまま、既に近衞の長の存在は眼中になかった。

 遣る瀬無さそうに嘆息し、セイレムは執務室の扉を閉めた。

 




 主人公が旅立ち、登場人物があちこちにばらけてしまい、それぞれの状況(うごき)を把握するのが大変です。既に一人取り零していたし……
 時系列的にも次に進む前に、他の状況(うごき)を取りまとめて書いておくといいかなと。
 第一章の時も、最初主人公が全く出てこなかったし。(開き直り)

 なので、《暁の国(エルティア)》の章に入ったものの、暫くは《陽の国(ソルティア)》に残った人達の話が続きます。
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