アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅰ ―ネールの出城(1)―

 慈雨の月が近づくとアルティアとの国境近くは雨が降りやすくなる。

 そしてこの日は朝からしとしとと雨が降っていた。

 そんな中、《昏の国(アルティア)》へと続く公路沿いの小高い丘の上にあるネールの出城から、さっき入って行ったと思ったら、また別の騎士達が一角獣を駆って慌ただしく雨の中に出て行く。

 二日前の夕刻、無事皇子の一行を迎え入れてホッとしたのも束の間、翌日の朝フォルドの姿が出城の何処にもない事が判明し、城内は騒然となった。

 西方警備の騎士団長のグレントはすぐさま出城近辺の全ての道を封鎖し、密かに王宮にも報せを向かわせた。

 そして、各方面に一角獣を駆って皇子の行方を捜したが、今に至るまでその足取りは杳として知れなかった。

 ネールの出城の一階、執務室の中でグレントは戻って来た騎士の報告を受け、テーブルの上に広げた地図に印を付ける。

 地図はこの近辺の道などが事細かに描かれており、印の数もかなりの数になっていた。

「一体何処に行かれたのか……」

 顎に手を当て、眉を(ひそ)めてグレントは呟いた。

 フォルドの部屋を調べた時、寝た形跡の無いベッドの脇机に一枚の羊皮紙が置いてあったのだ。

 そこには『どうしても行かなければならない所がある。必ず戻るから信じて待っていて欲しい』と、皇子自らの流麗な文字で書かれていた。

「皇子が公務を放り出してまで、行かなければならない場所とは一体何処なのだ!? ロドルバン殿」

 掌をテーブルに叩きつけ、レグナントは向かいに立つ頭上だけ禿げ上がった老人を苛立たしいげに睨み付けた。

 それにロドルバンは首を横に振って応えた。

「本当に、(わし)は何も聞かされておりませんのですじゃ」

 心当たりが無いわけでもないが、何処にあるかも分からない場所だ。しかもそれを説明するには、今までひた隠してきたフォルド様の「忘れ(やまい)」について話さなければならなくなる。たとえ聞いていたとしても言える訳がなかった。

「取りあえず、昨日からの捜索で判った事は、皇子は既にここら辺にはおられぬという事だ。近辺の町村にも立ち寄った形跡がない」

 テーブルの地図を指し示しながら、グレントは今までに集まった情報を整理して言葉を継いだ。

「宴の席で皇子はこの出城近辺の事を色々訊いていらした。おそらく今回の事は前々から決めておられたのだろう。聡明な皇子のことだ。我々に後を追われぬよう、細心の注意を払って行動しておられるに違いない」

 つまり、見つけるのは難しいという事だ。

「公務より大切なものがあるというのか。いや、それ以前に何故私に一言おっしゃってくださらなかったのだ」

 憤懣やる方なくレグナントは拳を握り締めた。

「言って下されば何処までもお供致しましたものを。()りに()って侍女などを連れて行くなど——」

「レグナント様」

 険を含んだ声で制し、ロドルバンは険しい表情で鈍い金髪の男を見据えた。

「まだフォルド様がアルフィーネと一緒におると決まった訳ではございませんぞ」

「だが、現に皇子と時を同じくして姿を(くら)ましているではないか」

「アルフィーネが残した置き手紙には、フォルド様と一緒に行くとは一言も書いてはおりませんでしたぞ」

 アルフィーネが置いていった手紙にはこう書かれてあった。

『何も言わずに出て行くことをお許しください。お咎めは後でいくらでも受けますので、どうかわたしを推挙してくださったエイル様にお咎め無きようお願い致します』と。

「しかし——」

「レグナント殿。たとえその可能性が濃厚だとしても、まだそうと決まった訳ではない」

 冷静にグレントは指摘した。

「女連れで出奔したなどと、皇子の名誉を損なうような言動は控えた方がよいだろう」

 その言葉に、レグナントはぐっと喉を詰まらせた。

 フォルド皇子の名に傷を付けるのは、レグナントとしても本意ではなかった。

 

 

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