「皇子の捜索は引き続きこちらの方で行なうので、レグナント殿はそろそろ明日の準備をした方が良いだろう」
「明日の準備?」
何の事か判らず、レグナントはきょとんとしてネールの出城の騎士団長を見返した。
「フェデルの出城に向かう準備だ。日程では明日ここを出立する事になっていただろう」
「皇子の行方が判らぬのに、そのような事を言っている場合では——」
「だからこそだ」
反駁するレグナントの言葉を遮り、グレントは泰然と言葉を返した。
「この件は王の裁定が為されるまで
そうである以上、予定通り
「皇子はもうこの近辺にはいないと考えた方がいいだろう。だが、ダルの森の危険性を知ってなおアルティアに向かったとは考えにくい。だとすると後皇子が向かうと思われる所は、国内でないならば東——」
「まさか《
ハッとしてレグナントはグレントを見返した。
「その可能性は高いだろう。だが、アルティアの国境を任されている私はここより動けん」
「それで、貴殿は私に予定通りフェデルに行けと言うのか」
動けない自分の代わりに、皇子の捜索を東のエルティア国境方面に広げる為に。
ようやくグレントの意図を理解し、レグナントは力強く頷いた。
そして、慌ただしく出て行く。明日フェデルに向けて出発し、皇子の行方を掴む為に。
「何とも騒々しい事ですじゃのう」
騎士ならば、もうちょっと冷静さを身につけて欲しいものだ。
「それだけ皇子の事が心配なのだろう」
ロドルバンの物言いにグレントは苦笑した。
「じゃが、フォルド様の不在をどう誤魔化すおつもりですかの?」
「民衆は皇子の顔や〈
それを皇子と背格好が似た騎士に持たせれば、民衆相手なら十分誤魔化せる。
事も無くそう言ったグレントは、探るように皇子の侍従長を見た。
「ロドルバン殿、本当に皇子から何も聞いておらぬのか?」
「先程の言葉に嘘はございませんぞ。
ひょいとロドルバンは肩を竦めた。
「どれ、
と、テーブルから離れて戸口に向かう。
扉に手を掛け、ふと思い出したようにロドルバンは振り返った。
「おおそうじゃ、忘れておりましたが、後日ベルティナ様がここにやって来る予定になっておりますのじゃ」
「ベルティナ様が?」
不可解そうにグレントは眉根を寄せた。
この付近に王族の女性の気を引くようなものはなかった筈だ。一体何しに来るのだろう。
「フォルド様を追いかけて来るそうですじゃ」
ロドルバンのこの言葉に、グレントの眉間の
暫し瞑目していたが、やがて諦めたように嘆息する。
「——承知した。ベルティナ様はこちらで対応しよう」
「ではお頼み申しますのう」
満足そうに目を細め、そのままロドルバンは出て行った。
それを見送り、グレントは面白くなさそうにぼやいた。
「ったく、喰えないご老人だ」
今から思えば、さっきの言葉からも判るように、今回の件をあの老人はある程度知っていたのだろう。だから皇子が失踪したにも関わらず、取り乱しもせずにああも飄々としていられたのだ。
しかも、こちらには一切情報を与える気はないらしい。でなければ明日の支度をするなどと言って、自分の追求から逃げたりしないだろう。
——おまけに厄介事を押し付けて行くとは……
皇子が居ない事にヒスる蜂蜜色の髪の少女の姿が容易に想像でき、グレントは思わずこめかみを押さえた。
取りあえず、皇子捜索の規模を縮小させ、エスカーの地での襲撃犯の行方を追う方を増員する。一応殺された騎士の身辺についても、王宮に問い合わせた方がいいだろう。
それと平行してベルティナ様を迎える準備をしなければ。そして、来られたらこれ以上皇子を追わずに王都に戻られるようにしなければならない。皇子が失踪した事は絶対に知られてはならないのだから。
皇子が来られるまでは、ダルの森以外では事件らしい事件もなく、割とのんびりとしていたのだが、いきなり忙しくなってしまった。
小さく嘆息して気持ちを切り替え、グレントはこれからどう段取りを付けるべきか思案した。