「うわぁっ!」
がばりと
——つもりだった。
だが、実際は横たわったまま、両目を開けただけだった。
その視界に最初に飛び込んで来たのは、色彩豊かな花園の中に微笑む聖母の姿だった。遠くで鳥の
——あぁ……
やっと、あの静寂と漆黒の闇の中から逃れられた。
晶は深く安堵の息をついた。
その安堵と脱力感の中で、自分に微笑みかける聖母が幻でも生身でもなく、天井に描かれた絵であることに気付いたのは目を開けて数分後の事で、自分が天蓋付きのふかふかなベッドの上に寝ているのに気付くのに、更にかなりの時間を要した。
——えぇ…と、ここって……何処だ?
次々と訳の分からない事が起こり過ぎて理解が追いついていない。起き抜けのぼんやりとした意識で暫く考え、晶はようやく一つの結論に達した。
今までの事はやけに現実味を帯びすぎていたが、大体あんなこと現実であるわけがない。多分気絶していた時に夢でも見たのだろう。
となると、現状一体これはどういう状況なのだろう。確か自分はあの時顔面にもろに野球のボールを喰らって倒れたんだから、まだ学校に居るはずだ。
——学校の保健室に、こんな豪華なベッドあったかな?
あまり縁の無かった学校の保健室の内装を思い浮かべながら、とにかく晶はベッドから起き上がろうとした。
が、まるで体に力が入らない。体の感覚も全身麻酔でもされた後のように鈍い。
「くっそぉ…、一体、全体、どうなっちまったんだ、俺の体っ」
全然言うことをきかない我が身に悪態をつきながら、悪戦苦闘の大奮戦の末、晶はようやくベッドから自分の上半身を引きずり起こした。
一息入れる。
その拍子に、ずるりと右手がふかふかのベッドの上を滑った。
支えを失った晶の体はバランスを崩し、ベッドの縁を乗り越して脇に垂れ下がっていたカーテンの下から床の上に無様に転がり落ちた。
受け身もろくに取れずに晶はもろに顔面を床に打ち付け、顔の犠牲のお陰で助かった後頭部は、避ける間もなく何処からか落ちてきた落下物の餌食となった。
「——っぃででで……」
晶は顔面と後頭部を押さえて盛大に呻いた。
その目の前にコロコロと黄色っぽい物体が転がる。
晶の後頭部を直撃した落下物である。拳よりやや大きい楕円形の、鮮やかなライトイエローの物体だ。
「果物……かな?」
なんとか手を伸ばしてそれを引き寄せると、甘酸っぱい匂いが床にぶつけて赤くなった鼻孔をくすぐった。
途端に腹の虫が盛大に鳴り響く。
食えるかなぁ、と見たこともない果実に疑念を抱きながらも腹の要求には勝てず、試しに一口だけかじってみた。
桃と橙を掛け合わせたような、甘く爽やかな風味が口一杯に広がる。
意外とイケる味に、晶はちらっと脳裡に思い浮かんだ『食事はきちんと正座してお食べなさい』と叱りつける祖母の姿に、「腹が減っては
それを平らげて腹の虫をなだめた処で、晶は再度起き上がることに挑戦した。
相変わらず他人の体を動かす様なもどかしさに苛立ちながら、晶は両腕に力を入れていく。
ゆっくりと、だが確実に体が持ち上がっていった。
「くっ…——の野郎ぅっ!」
両の腕に渾身の力を込める。
同時に体を半転し、何とか上半身を起こして床の絨毯の上に座り込んだ。
「は——っ、参ったなぁ…」
体を起こすだけでこんなに苦労するなんて、この調子じゃ、家に無事辿り着くのに何時間掛かることやら。ばあちゃんに頼まれた本だって買わなきゃならないってのに。
——気が遠くなりそうだ。
肩を落とし、晶は盛大に溜息をついた。
足許にさっきの果実が転がっている。
よく見ると、床のあちこちに様々な果物らしきものが散らばっていた。後頭部を直撃したのはさっきの一つというわけでは無かったようだ。
——あれ一つにしてはやけに痛かったと思ったら、道理で……
床に転がった一つを手に取り、晶は後頭部の仇とばかりにかぶりついた。
やっと主人公が出てきました。前振りが長すぎましたね。