アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅰ ―エイル(2)―

 丸まった木紙を伸ばしてロドルバンからの情報に目を通す。

 それを読み終わると、エイルはテーブル上の書物を片付け、近くの棚から巻物を一つ取り出してテーブルの上に広げた。

 それは《陽の国(ソルティア)》の地図だった。

「流石グレント様、状況分析が的確ですね」

 ふっと口許に笑みを浮かべ、エイルは地図を確認しながら呟いた。

 そして、止まり木の上で(くちばし)で羽を繕っているピクトに目を向ける。

「それじゃ、ルーク。もうひとっ飛び、《暁の国(エルティア)》のお婆様の所に行ってもらおうか」

 それに仰天してピクトはエイルを見た。

 慌てたように羽をばたつかせて(さえず)る。

 その姿は、たった今アルティア国境付近から帰ってきたばかりなのに、なんて鳥使いが荒いんだ。と抗議しているように見えた。

「仕方ないだろう。お婆様の居所を知っているのは君だけなんだから」

 と、エイルがチラリと窓の外の梢に留まるピクト達に視線を向けると、皆一斉に明後日(あさって)の方向に顔を向けた。

「それに、君の場合それくらいやるのは当然だと思うけどね」

 嫣然と微笑み、エイルはなおもエルティア行きに、盛大に文句を言うピクトを真正面から見据えた。

『あの事、まだ私は許してはいないんだからね』

 声に出さず、エイルはルークに冷たく言い放った。

『えぇ、まだ根に持ってんのかよ』

 ルークがうんざりしたように、同じく囀るのを止めて心話で返すと、エイルは笑みを深めて心の中で言い返した。

『当たり前だろう。君の所為であの後、私がどれだけ苦労したと思っているんだ』

 フォルドが目覚めた時、それを知らせる役を負っていたのはルークだった。

 だがあの時彼は、アルフィーネが部屋を留守にする直前、皆で食べてねと彼女から貰った大好物のロニアの実を独り占めする為に、こっそりと巣に持って帰っていたのだ。

 戻って来てフォルドの姿が無い事を、直ぐエイルに知らせればまだ良かったのだが、ルークは自分の失態を誤魔化す為に、更にフォルドを捜して勝手にあちこち飛び回り、フォルドがサウアーと鉢合わせした頃になって、やっとエイルに知らせに行ったのだった。

 お蔭でエイルはあの後、宰相一家に関する諸々の厄介事の後始末に奔走する羽目になったのである。

 後でその原因が、ルークの食い意地の汚さだと判明した時、余りの情けなさにエイルは怒る気力も失せてしまった程だった。

 だからといって、恨みが全く無い訳ではない。むしろあの時怒らなかった分、より根深く恨んでいた。

『その苦労に比べたら、お婆様の所に行くくらい楽なものだろう』

『いや、だってさぁ、あそこって草や岩ばっかで木が無いから、休みなく飛び続けんの結構しんどいんだけど』

『ロニアの実を独り占めした事、皆に言ってもいいのかい』

『っ!?』

 ビクンとルークは体を硬直させた。

 ルークはエイルにはその事だけは、仲間に言わないでくれと泣きついていたのだ。でないと仲間から総スカンを食らい、一族でもっと早く飛ぶ鳥に与えられる「ルーク」の称号も剥奪されかねないと。

『お、脅す気かよ』

『声に出して言わないだけマシだろう。それともアルフィーネに、今後君だけは餌をやらないようにと言おうか?』

 と、エイルはにっこりと微笑んだ。

 がっくりと、ルークは項垂(うなだ)れた。

 心話での無言の言い合いだったが、勝敗は誰の目からも明らかだった。

「じゃ、そういうことで。頼んだよ、ルーク」

 にこやかにそう言って、エイルはルークの足から通信用の筒を外した。動物と心話が出来るエラドラには無用の物だった。

 そして、エイルから伝言を聞くと、ルークは今度は東に向かって飛び立っていった。

 それを見送り、エイルは窓辺の梢に留まるピクト達に視線を転じた。

 途端に羽を羽ばたかせ、一斉にピクト達が飛び立っていく。

 餌はもうたっぷり貰った後だった。だからルークのように余計な仕事を押し付けられる前に逃げたのだ。

 ふっと微苦笑すると、エイルは机の上に視線を落とした。

 地図のある一点を注視する。

 シャナン河より東寄り、ルナーバ河近辺のエルティアとの境の森の中からソルティアに流れ込んでいる川を。

 




早鳥(ピクト)達は視ていた(1)
 エイルの部屋の窓際にある枝に留まるピクト達の会話―
 ※人間には賑やか(さえず)ってるようにしか聞こえない。
『お、戻ってきたぜ』
『あ~あ、また部屋の中に飛び込んじゃったぜ、あいつ』
『一族最速っての自慢にしてるからねぇ』
『でも、あれは駄目だろ。前も別の部屋に飛び込んで怒られてたし』
『懲りないねぇ』
『やべっ、こっち見たぞ』
『皆、目を合わせるな』
『……あ、黙った』
『でもなんか言い合ってるよ、あれ』
『黙るなら意識をこっちにも向けてくれないと、何言ってるのか分からないわ』
『あの様子だと、聞こえなくて正解かもな。あいつブルってないか?』
『何言われたんだろ。ちょっと気になるかも』
『おっ、話終わったみたいだぜ』
『あの様子じゃ、あいつまた負けたな』
『まぁ、何時もの事だし』
『おい、何を話——って、行っちゃった……』
『今度は東かぁ……』
『あいつも大変だなぁ』
『うわっ、こっち見た』
『逃げろっ。あいつみたいに厄介ごと押し付けられるぞ』

 エイルに飼われているというより、美味しい餌につられて協力しているピクト達だった。

【アーサス豆知識⑤】
 ―心 話―
 念話のようなもの。生まれ付き出来る者もいれば、後天的に身に付ける者もいる。心を通わせたい者に意識を集中させて話す。これにより人の言葉が話せない動物などとも意思疎通が出来る。
 また、互いに意識を向けていれば、声を出さずに心の中だけで会話が可能。
 フォルドが夢の中で晶に語り掛けたのも似たようなものだが、〈蒼の閃光(ソレイア)〉の力に()る処が大きい。

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