森の中は、ショウの予想通りの酷いありさまだった。
無造作に林立する樹木、伸び放題の枝にびっしりと付いた葉は、奥の方になると木漏れ陽すら見えず、昼間でも夕闇と大差ない暗さだ。
とはいえ、川の方から射し込む陽の光がそれらの闇を払い、森の中を行くのに不自由しない程度の明るさを保っていた。
そして、足許といえば、人が一度も入った事がないのが丸分かりのうっそりと繁った下生えの草木で、足の踏み場もないくらいだった。
おまけに地を這い、樹々に絡まる蔦類が否応なしに二人の足をすくい、行く手を阻んだ。
もっと森の中央寄りを進めば、これらの下生えも樹木の枝葉で陽光を遮られて幾分少なくなる筈だが、川から離れるわけにはいかない。
仕方なくショウはあまり川から離れないようにして、できるだけ下生えの少ない通り抜け易そうな所を選び、手にした短剣でそれらを切り払いながら進んだ。
だが、湿度の高い森の中での
ショウは然程進まないうちに全身汗だくとなり、休憩の間隔も次第に短くなっていった。
「悪い……ちょっと、休む…」
後ろからついて来るアルフィーネに喘ぎながらそう言うと、ショウはぐったりと傍らの樹にもたれ掛かった。
「大丈夫ですか?」
気遣わしげにショウを見、アルフィーネは吹き出たショウの汗を拭いてやった。
「ああ、悪い」
力なく言葉を返し、ショウは深く息をついた。
森に入ってからかなり経つ筈だが、後どれくらいこれを続ければいいのか……
もう疲労困憊の極みだった。短剣がやけに重くて腕を上げるのも億劫だ。立っているのさえ辛い。出来る事なら、この場で倒れ込んでしまいたかった。
だが、それをしたらきっと二度と動けなくなる。自分一人ならともかく、アルフィーネがいるのだ。ただでさえ薄暗く、何が出て来てもおかしくないこんな所に何時までもいられない。せめてこの森を抜けるまでは、倒れるわけにはいかなかった。
疲れ切った体に鞭打ち、ショウはもたれ掛かっていた樹から身を引き剥がそうとした。
それを、アルフィーネが慌てて引き止めた。
「もう少し休んでいてください。わたし、水を汲んで来ますから」
そう言うと身を
そんなに離れてない筈なのに、樹々の途切れた川周辺は下生えの繁みが深く、水の流れる音はするものの何処が
「もう少し先の方なのかしら」
繁みを搔き分け、更にアルフィーネは一歩前に出た。
途端に、地面が足許から崩れた。
「っ!?」
アルフィーネが立っていたのは、一段低くなって水の深みが増した川の縁だった。
その上に陽の光を求めて張り出した草木の所為で、気付かずにアルフィーネは足を踏み外してしまったのだ。
盛大な水しぶきを上げて、悲鳴と共にアルフィーネは川に落ちた。
「アルフィーネっ!?」
疲労が一遍に吹っ飛んだ。
血相を変え、ショウは水音のした辺りの繁みを搔き分け、アルフィーネの姿を捜した。
「何処だっ、アルフィーネっ」
大声で連れの少女の名を呼ぶ。
それに応える微かな声がした。
「ショウ……ここに……」
少し下流の方からだ。だが、繁みが邪魔でどこに居るか判らない。
繁みを搔き分け、もう一度名を呼んだ。
「アルフィーネっ」
「ここ……です、ショ…ウ……」
応える声の辺りの繁みが淡く緑色に光っている。
——そこかっ
ショウは光る繁みを大きく搔き分けた。
その下に、流されまいと下生えの草を必死に掴むアルフィーネがいた。
その胸元を中心に緑色の光が広がっていた。この光が繁みの隙間から見えたものだ。
ぶちりっとアルフィーネが掴む下生えの草が千切れる。
「あぁっ」
「アルフィーネっ」
咄嗟にショウは、千切れた草を掴む少女の腕を掴んだ。
ズルリと足許が滑る。
意外と流れが速く、自分だけではとても支えきれない。
慌ててショウはもう一方の手で、近くの下生えの低木を掴んだ。
「こんのぉっ」
下生えの低木を支えに渾身の力を振り絞り、ショウは何とか川の中からアルフィーネを引き摺り出す。
「大…丈夫…か?」
「はい……」
喘ぎながら問うショウに、アルフィーネは消え入りそうな声で応えた。
休ませてあげたかったのに、却って迷惑を掛けてしまった。アルフィーネは申し訳ない気持ちで一杯だった。
ショウもアルフィーネをこんな危険な目に合わせてしまい、自分が情けなかった。
「ごめんな、俺の所為で…こんな目に合わせて…」
「いいえ、わたしの方こそ——」
首を振り、アルフィーネがそう言いかけた時だった。
それは獣とも人とも、そのどちらと取れるような声だった。