「皇子っ!」
ショウの荷物を抱え、蒼白な顔のアルフィーネが駆け寄って来る。
「お怪我は——」
「なんとか、間に合ったようだね」
アルフィーネの声に被さるように、唐突に頭上から声が響いてきた。ハスキーな少女の声だ。
梢がさざめき、驚く二人の前に声の主が降ってきた。変わった弓を手に持ち、なめし革の胸当てをした狩人姿の少女だった。
ショウの脇の樹に刺さった、オーシグルが逃げ出す切っ掛けとなった矢を放ったのは、どうやら彼女らしい。
歳は十七、八。アルフィーネより背は高く、すらりとむき出しになった手足はほどよく小麦色に陽に焼け、短くカットされた髪は燃え盛る焔のように
「貴女は……?」
「あたしはエルド。《
「いいえ、わたし達の方こそ」
——弟というのは、さっき皇子が助けた少年の事だろうか…
逃げて行った少年の事を思い出しながら、アルフィーネは首を横に振った。
「あの、わたしはアルフィーネと言います。そしてこちらはショウ……です」
ぐってりしているショウの代わりに応えたアルフィーネだったが、一瞬「様」を付けそうになって言い淀んだ。
「へぇ、そいつ『ショウ』って言うんだ。『オウジ』じゃなくて」
「あ……」
エルティアの少女の指摘に、アルフィーネは目を見開いた。
そう言えば、さっきはついうっかり以前のように呼んでしまっていた。
「それは、その——」
どう誤魔化そうかとアルフィーネが焦っていると、エルドは軽く肩を
「まぁ、いいけどね。——ほら、シグ。あんたも礼を言いな」
と、半歩体を返して後ろに声を掛ける。
「いやぁ、さっきはホント助かったぜ」
何時の間に戻って来たのか、さっきの橙色の髪をした少年が、ひょいっとエルドの後ろから顔を出し、悪びれもせずに偉そうに言った。
近くでよく見ると、目が大きくてソバカスだらけの愛嬌のある顔をしている。
「なーにが、『助かったぜ』だっ」
エルドは思いっ切り弟の頭をぶっ叩いた。
頭を抱えて痛みを堪え、シグが口を尖らせて姉に抗議する。
「いってぇなァ、いきなりあにすんだよっ」
「何言ってんだい」
エルドは目を
「ここいらは昔と違って、オーシグルが徘徊するようになって物騒だから、あたしが戻るまで森の外に居ろって言ったのに、言うこと聞かないからこんな事になったんだろ」
「んなこと言ったってさァ、何時になっても戻って来ないし、陽は暮れかかってくるしで、姉ちゃんに何かあったかと思ったんじゃねーか」
「あたしの所為だって言うのかい?」
「そーだよ」
どちらも一歩も引かない。
エルティアの
まさに一触即発だ。
そこに、焦ったような少女の声が割って入った。
「あの、すみません。何処か落ち着いて休める所はありませんか?」
「休める所?」
もう逃げたオーシグルどもがここに戻って来る事はない。休みたければ好きに休めばいいのに、それをわざわざ訊くなんて。
眉を
辺りの臭いに少し顔を
「どうしたんだい? あんた」
「ちょっと、血の臭いが、キツくて……気分が…わる……」
うっとショウは吐きそうになった。
オーシグルと戦っている時は無我夢中で気にならなかったが、一息ついて我に返ってみると、辺り一面自分が斃したオーシグルの死体と血の海だらけだった。
剣で何度かサウアーと闘ったが、その度に何かしらの横槍が入り、決着はまだ付いてなかった。だから
でもそれは、剣道のようにサウアーを打ち負かしたいからで、それが相手の命を奪う事になるかもしれないとは考えもしなかったのだ。
そう、向こうの世界の剣道のイメージが強い所為で、ショウは今に至るまで、剣で闘う事の意味など殆ど理解していなかったのである。
命のやり取りをする剣で斬ったり斬られたりの世界は、彼にとってゲームや映画などの架空の世界の中にしか存在せず、全く現実味を伴わないものだった。
それが、人ではないが生きているものを実際に斬り殺し、今目の前に現実の物として生々しく強烈な血の臭いと共に転がっている。
安穏と平和な現代社会で暮らしてきたショウにとって、これは悪夢のような衝撃的な事実だった。
ここに居ると
「あんた、血の臭いにやられたのかい?」
エルドは可笑しそうに言った。
「獰猛なオーシグル相手に、あんなに勇猛果敢に戦ってたのに。変だね、あんたって」
「………」
小馬鹿にされてムッとなったショウだったが、今は言い返す気力も無い。
まじまじと顔面蒼白な少年を見やり、エルドはふっと笑みを浮かべた。
「ま、確かにここじゃ落ちついて話もできやしないしね。——付いて来な」
脇の樹の幹に刺さった小袋付きの矢を引き抜くと、くるりと体を返して先頭に立って森の中を歩き出す。
シグがそれに続き、ショウと彼を支えるアルフィーネがその後に付いて行った。
目印一つ無い森の中、エルドはまるで自分の家の庭を散歩するかのように歩いて行く。
ショウとアルフィーネは、時々地面から浮き出た木の根に足を取られながらも、遅れまいと必死にその後を追った。
緩やかな勾配のついた森の中をどの位歩いただろうか、唐突に視界が開けた。
森を抜けたのだ。
目の前は崖になっていて、その下には所々見える岩場の周りに緑なす草原が広がり、その上を覆うように夜の帳が裾を広げ始めていた。
「ここは……」
「この先がエルティア。あたし達の国さ」
眼下に広がる草原を示し、エルドは目を