エルドは腰に付けている革の小袋を一つ、まだ肉を頬張っている弟に放り投げた。
「シグ、食べ終わったらそのヌルルの実、しっかり
「ヌルルの実?」
フォルドの知識にも無い初めて聞く名の実だ。それをどうして撒くのか、ショウは興味を覚えた。
「ヌルルの実って、これだよ」
革の小袋を受け取ったシグは最後の焼き肉をゴクンと呑み込むと、堅く縛ってある口の紐を解いて中身をショウに見せた。
途端に刺激のある強烈な悪臭が鼻を突いた。
「うっぷ、なんだこの臭い」
慌ててショウは口と鼻を押さえて顔を
この激烈な刺激臭、オーシグルが逃げていく直前にも嗅いだような気がする。
「凄い臭いだろ。オーシグルは鼻が敏感だから、この臭いが大嫌いなんだ」
だからあの時、矢に付けたこのヌルルの実の袋から漂う臭いに仰天し、オーシグルは一目散に逃げて行ったのだ。
「………」
——いや、こんな臭い。オーシグルじゃなくとも逃げ出すぞ。
それを撒くって、嫌な予感しかしない。
シグはヌルルの実の袋の口を再び堅く締め直すと、食べ散らかした枝を全て焚き火の中に放った。
あの時シグがこれを持っていれば、自分でオーシグル達を撃退することができたかもしれない。
だが、エルドは敢えて弟に持たせなかった。
持っていても風向きや天候の関係などで効かない場合があるのだ。絶対に大丈夫という保証はない上、不測の事態は幾らでも起こりうる。
その事をエルドはよく知っていたからだ。そして、持たせれば必ず弟は森に入ると判っていたのだ。
しかし、それくらいで森の中が気になっていたシグの好奇心は止められなかった。
帰りの遅い姉を迎えに行くという口実を得、森の蛮人に出会う前に姉に合流すればいいのだからと脳天気に考えて。
その結果を教訓として活かせるのも、こうやって生きていてこそだった。
シグはヌルルの実の袋を持って森の方に体を返した。
「おい、何処へ行くんだ?」
「森の
肩越しにショウに応えたシグは、森とここの境目に立ち止まると革袋を傾けてパラパラと中の
辺りに例の刺激的な悪臭が立ち籠め出す。
「うっ……」
慌ててショウは臭いを嗅がないように風上の方に顔を向けた。
そんなショウに、何とも言えない
「さっき着替える時も撒かれたんです」
その臭いの中でアルフィーネは着替えさせられたのだ。つまり、オーシグル除けにこれを撒くのは当たり前だということだ。
食事の時に撒かなかったのは、流石にあの臭いの中で食べたくはなかったのだろう。
だが、今撒くという事は——
「もしかして、この臭いの中で寝るのか?」
「もちろん。ここら辺なら大丈夫だとは思うけど用心の為だよ。寝てる間にオーシグルに頭から喰われちゃうよりマシでしょ?」
当然といわんばかりにエルドは応えた。
「じゃ、お休み」
さっさと寝る支度を済ませ、茫然とするショウとアルフィーネを
——嘘だろ……
この悪臭の中、本当に寝入ってしまった姉弟の図太さに、ショウは
草原に降りるには、暗くて崖の下の様子が判らず困難だった。
森の方は、オーシグルだろうか、奥の方から獣の遠吠えが聞こえてくる。
やはり、ここで寝るしかないのだろう。
嘆息し、ショウはなるべく風上の方に移動し、幾分小さくなった焚き火の傍で、持っていた荷物を枕にアルフィーネと二人寄り添うように体を休めた。