アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅲ ―草原の目覚め―

 横手から、閉じた目蓋(まぶた)を通して眩しい光を感じる。

「う……」

 眩しさに、ショウは顔を(しか)めた。

 右手を(かざ)し、薄っすらと目蓋(まぶた)を開ける。

 遙か彼方から地平を染めて、太陽がその雄姿を現わし始めていた。

 この世界(アーサス)の陽の出である。

 サーッと大地に光が広がり、草原がエメラルドグリーンに(きら)めく。

 その上を、朝の清々しい風が草葉をさざめかせて通り過ぎていった。

 絵に描いた様な、実に爽快な草原の朝だった。

 ——あの臭いが無ければ。

「よっ、起きたかい?」

 橙色の髪をしたソバカス(づら)の少年が、元気に声を掛けてきた。

 余程早く起きたのか、シグはもう自分の荷物をまとめていた。

「あ、ああ…、おはよう」

 目が()めると同時に嗅覚に訴えてきた馴れない刺激臭に辟易しながら、ショウは挨拶を返した。

 強烈な悪臭と野獣の子守歌を一晩中聴かされ、本当に眠れるのだろうかと思ったが、意外と順応力はあったらしい。もっとも精根尽き掛けたあの状態では無理もない。

 眠れたお蔭で昨日の疲れもあらかた取れ、気分は鼻を除けばどちらかといえば良い方だった。

「ん……」

 目を擦りながらアルフィーネも起き上がった。

 寝惚け(まなこ)でショウを見る。

「あ…おう——」

 言いかけた言葉を、ショウは慌ててアルフィーネの口を塞いで遮った。

「俺の名はショウ(・・・)

 シグに聞こえないように小声で言う。

 これ以上この体の正体を詮索されたくなかった。特にエルドは何か勘付いているようで油断がならない。

 アルフィーネはハッとして、すまなそうにショウを見た。

「二人とも起きたんだったら、早く荷物まとめてくれよ」

 シグが焚き火の跡に土をかけながら、二人を()かした。

(めし)食べたら、すぐ出発だからさ」

 焚き火の始末を終え、自分の荷物を背負う。

「飯って、ここで食べないのか?」

「食べてもいいけど、食欲湧かないだろ」

 確かにこの臭さでは、どんな美味い物でも不味く思えるに違いない。

「下で食べるのさ。姉ちゃんが先に行って支度してっから」

 そう言って、シグは草原の方を指差した。

 確かにエルドの姿は無い。しかし、崖は結構高く、下の草原まではかなりの急勾配になっている。それをどうやって下の草原まで降りたのだろう。

 怪訝に思ってショウとアルフィーネは崖の端から下を見た。

 下にいたエルドが二人に気付いたのか手を振る。

 それに、ショウは応える気にはなれなかった。

「おい、これはどういう事だ?」

 憤然とショウは崖下を指差してシグに問い質す。

 切り立った崖の側面を蛇行するように、人一人通れるほどの細い道が下の草原まで続いている。

「道がちゃんとあるじゃないか」

「あったり前だろ。おいら達がどーやってここまで上がって来たと思ってるんだい」

 ショウの怒りなど全く意に介さずに、シグは胸を張って応えた。

「だったら、なんで昨晩下に降りて寝なかったんだ」

 そうすればこんな(くさ)い思いをしなくて済んだのに。

「判ってないなぁ、兄貴は」

 立てた人差し指を目の前で左右に振り、偉そうにシグは言った。

「草原だって、タチの悪い肉食獣はいるんだぜ」

 そいつらはオーシグルのように、ヌルルの実の臭いくらいじゃビクともしない。何処にだってやって来るのだ。崖の上にいれば襲われた時、細い道ならば一度に多勢を相手にしなくて済む。いざという時ここは防ぐに格好の場所だった。

「判ったら、さっさと荷物をまとめて降りてくれよな。姉ちゃん怒ると怖いんだからさ」

 全然怖がっていないシグは、さっさと細い道を(くだ)って行く。

 言い負かされたショウは憮然として荷物を背負うと、アルフィーネと共にエルティアの姉弟の待つ草原へと、足許に気を付けながら細い道を降りていった。

 

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