「なんだ、腕怪我していたのか。それであれだけ動けるとはな。大した奴だ」
腹を押さえながら、ダムアが声を掛けてきた。
手の下からチラリと一直線に赤く腫れ上がった腹が見える。
エルティアでは暑くなると、男は上半身素肌の上に直接袖なしの前開きの上着を着る。そこにショウは思いっ切り一撃を入れたのだ。
「悪い、手加減できなかった」
「いやぁ、俺もつい本気でやってたからな」
それで手を抜かれて負けたのでは立つ瀬が無い。
ダムアはお互い様だと笑い、気まずそうにするショウの右肩を景気よくバシッと勢い良く叩いた。
右腕に衝撃が走り、ショウは右の二の腕を押さえて顔を歪めた。
「ショウ様!?」
顔色を変え、アルフィーネはキッとエルティアの男を睨んだ。
「何をするんです!」
「いや、悪い悪い」
少女に睨まれて、ダムアは慌てて謝った。
そして、顎に手を添えて何処か納得したようにショウを見た。
「しっかし、ショウ
「あ……」
両手で口許を押さえ、アルフィーネは顔を
エルドもすっと目を細め、一人シグだけは何が何だかよく分らずにきょとんとしていた。
「別にちょっと気になってただけだよ。やけに毛色の良さそうな奴だと思ってたからな」
思いがけず警戒され、弁解がましく言ったダムアはニヤリと笑った。
「さしずめ、ソルティアのいいトコの坊ちゃんが、身分違いのアルティアの少女と恋に落ち、親に反対されて思い余ってエルティアに駆け落ちしたってところか」
「はぁ!?」
見当違いもいいところだが、何故かアルフィーネは赤く染めた頬に手を当てて俯き、エルドとシグは「おおっ」と、ダムアが描いたショウ達の身の上話に目を輝かせて感嘆の声を上げた。
そしてショウはというと、顔を真っ赤にして「ち、違——」と言いかけて、ハッとしたように傍らに立つアルフィーネを見た。
「アルティアの少女って——」
「茶系統の髪の色はアルティアの者の特徴だろ」
「そ…うなのか?」
確かにあの部屋から出ることが多くなった頃から、ショウは不思議に思っていたのだ。会う者は皆色の濃淡はあれど金髪の者ばかりの中、アルフィーネだけが亜麻色の髪をしている事に。
「わたしは、母がアルティアの者だったので……」
「そっか、じゃあソルティアよりアルティアの血が強く出たのか」
納得してエルドは呟いた。
やっぱりこの二人はソルティアの者で間違いないのだと。
「ま、とにかく、この邑じゃ、そんな事を気にする奴はいないから安心しろ」
親指を立て片目を
「え、あ、ちょっ——」
誤解を解く間もなく去って行ったケリアの若者を、呆然とショウは見送ってしまった。
だが、邑に入るなりダムアに声を掛け、こちらをチラ見しながら話をする中年女性達に、ショウは嫌な予感を覚えた。
慌てて邑に行こうとする。
その肩をガシッと掴み、エルドが首を横に振った。
もう何を言っても無駄だと。既にあの身の上話はダムアから噂好きの女達に伝わってしまった。ここで否定すればする程ドツボにはまるだけである。
腕を組み、うんうんとシグも訳知り顔で頷く。
おばちゃんの噂好きを侮っちゃいけない。きっとあっという間に邑中に広まるに違いないと——
「そんな……」
思わずアルフィーネを見やり、そして、邑の中に散っていく女性達に視線を戻したショウは、複雑な表情をしてがっくりと肩を落とした。
その後、エルド達と共にケリアの邑で一晩厄介になり、明朝ウィドの邑に向けて出発するまで、ショウとアルフィーネは邑人達に妙に生暖かい目で見られるようになり、やたらと気遣われたのだった。
―ある邑の女衆による噂話と少年少女の会話―
「え? あの二人そうなの?」
「そうらしいよ。怖いモノ知らずと言うか、向こう見ずというか……」
「何言ってんの。一途に想いを貫くなんて、中々出来る事じゃないよ」
「若いっていいねぇ」
「くぅ~、あたしも後十年若かったらねぇ」
「いや、あの——」
「だから、無駄だって。今更訂正できると思うのかい?」
「いや、だって——」
「姉ちゃんの言う通りだぜ。兄貴、あのおばちゃん達に口で勝てる自信あるかい?」
「うっ……」
「違うって言ったら、それこそおばちゃん達が満足するまで、絶対離してくれないぜ」
「っ………」
「男は諦めが肝心だよ。それに別に悪気があって言ってる訳じゃないんだし」
「あの、わたしは別に気にしていませんから」
「…………」
——そう言われると、それはそれでなんか気になるんだけど……
結局誤解を解けずにケリアの邑を後にしたショウだった。