グレントは再び椅子の背もたれに身を預けて腕を組み、疲れたように吐息を漏らした。
どうにも後手に回り過ぎている。エスカーでの皇子襲撃の犯人を捜していたのに、気が付けば部下が二人も殺されていた。
皇子襲撃と今回の件は繋がっているのか、別なのかも判らない。圧倒的に情報が足りなかった。
ロドルバンの置き土産に時間を取られなければ、遺体の発見ももっと早くできたかもしれない。
あそこまで腐敗が進むと、遺体から犯人の手掛かりは殆ど得られなくなる。
——どうせ聞く耳など持たないのだ。思い止まらせようとせずに、とっととフェデルに送り出せばよかった……
高慢ちきな少女の顔を思い出し、苦々しくグレントは眉間に
そしてもう一つ、皇子の侍従長からもたらされた情報は、もっと気が重かった。
皇子の出城巡りと時を同じくして、王宮を出奔した宰相の息子の行方は今も不明のままだった。
——そういえば……
ふとグレントは、今まで忙しさに
——皇子は本当に襲撃者の顔が判らなかったのだろうか……
襲撃者は野営地の炎を背にしていた所為で、顔は陰になってよく見えなかったと言っていたが、あの夜矢で皇子を援護できたのは、月明りで二人の姿をはっきりと見分けることができたからだ。
遠目でも判別できるくらいの月明りの下で、顔が判らない程暗いとは思えない。
それに皇子に対してもグレントは違和感を覚えていた。
王が
大病後の記憶の混濁がまだ収まっていないというが、どうもそれだけではない何か別の要因があるように思えてならなかった。
そこまで考えを巡らせた時、不意に真正面から男の声が聞こえた。
「団長、聞こえてますか?」
はっとして顔を上げると、目の前に壮年の髭面の男の顔があった。
どうも考えに
「ああ、どうした?」
さり気なく最初から気付いていた風を装い、グレントが聞き返す。
「団長の勘も大したもんですなぁ」
壮年の騎士は、感心したように言葉を継いだ。
「団長が言った時期に二人、ここらでは見かけない
「アルティアの者……」
「ええ。でもアルティアとの国境の公路は去年の暮れ、あの事件があって封鎖したんですから、そのアルティアの者はどうやってこっちに来たんでしょうなぁ」
「………」
確かに去年の暮れアルティアの商隊が、今まで見たこともない数の
オーシグルに襲われたとの知らせを受けた西方警備の騎士団である自分達は、直ちにダルの森に入って現場に向かった。
だが、騎士団が駆け付けた時、オーシグルは散々好き放題暴れた後らしく、既にその姿は何処にもなかった。
そこにあったのは、オーシグルの牙とかぎ爪によって惨たらしく引き裂かれ、食い散らかされた商隊の人々と荷馬車を引いていたネーメの死体。それに粉々に壊されて散乱した荷馬車の商品だけだった。
後で判明した事だが、被害者が数名オーシグルによって連れ去られたらしい。報告された商隊の名簿と遺体の人数が合わなかったのだ。
おそらくは食料として持っていかれたのだろう。たとえその時生きていたとしても生存は絶望的な為、危険を冒してまでその者達の捜索はしなかった。
森の蛮人の襲撃を警戒しながらその場の後始末をした後、グレントは重傷を負いながらも襲撃を知らせたアルティアの男に詳細を聞こうとしたが、面会できないで終わっていた。治療の為、すぐに別の町に移送されてしまっていたのだ。
「あの時商隊で一人生き残っていた筈だが、その後その男はどうなった?」
重傷らしかったが、死んだとは聞いていない。公路が封鎖されている以上、アルティアに帰ってはいない筈だ。
「……確か、商隊の取引先に保護されたと。一応後日容態が落ち着いた頃に事情聴取しに隊の者を行かせましたが、その後どうなったかは判りませんなぁ」
壮年の騎士は執務室の壁際にある書棚から、その時の事情聴取したものを記した書類を取り出してグレントに渡す。
そこには男の名と身体的特徴。それに聞き取った商隊が襲われた時の様子が書かれてあった。
それに目を通し、最後にグレントは事情聴取を行った騎士二人の名に目を止めた。
そこにはこう記されてあった。
ロメイル、ベルス。と——
今回行方不明となり、遺体で発見された二人である。
「目撃されたアルティアの男とこの男の人相を照合しろ。それに、この男を保護した取引先に問い合わせ、その後の男の足どりについても詳細に調べろ」
「はっ、ただちに」
承諾した壮年の男は慌ただしく執務室を後にする。
——一度、王宮に行かねばならぬかもしれんな……
手にした事情聴取の書類を机に投げ、グレントは