アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅴ ―異 変―

 道中二つの邑の跡地を経由し、ショウはエルティアの姉弟の先導の下、代わり映えのしない草原の中を一角獣で駆け抜けた。

 そして二日後、空が茜色に染まり始め、緑成す海原にも赤味が増してくる頃、前方の夕闇の中に岩とは違う多くの平たい三角錐の屋根をした天幕が見えてきた。

「ほら、あれがおいら達の邑だよ」

 それらを後ろに付いて来るショウ達に示し、シグが弾んだ声を上げた。

「母ちゃんの作るヌゥートの乳汁、とっても美味いんだぜ」

 その味を想い出したのか、シグは口から溢れ出そうになった涎を手の甲で拭った。

 心は既に母親の作る料理の許に飛んでいってしまっている。

 が、不意にエルドは邑の手前で手綱を引き、一角獣の足を止めた。

「どうしたんだい? 姉ちゃん、邑までまだあるぜ」

 急に止まった姉に、シグは不審な声を上げる。

 それを聞きつけ、ショウもエルドの一角獣の脇に自分のそれを並べて止め、アルフィーネと共にシグの姉を見た。

「——おかしいんだよ。邑の様子が」

 目を細め、エルドは前方の夕闇に染まる自分の邑を見据えた。

「おかしい?」

 他の三人は眉を(ひそ)め、エルドを見る。

「いつもなら夕餉(ゆうげ)の支度で、あちこちから煮炊きする煙が上がっている筈なんだ」

 それが、ない。

 その上、夕餉の支度で賑わっている筈の邑の中は、しんと静まり返っていた。まるで誰も居ないかのように。

 エルドは妙な胸騒ぎを覚え、一度止めた一角獣の足を邑に向けた。

 一気に距離を詰め、そのまま柵の門が開いている邑の中に突っ込む。

 同時に一角獣から飛び降り、自分の家である天幕の中に飛び込んだ。

 が、中には父も母も誰もいない。

「姉ちゃん……」

 エルドの後を付いてきたシグが、不安そうに姉の顔を見る。

「シグ、誰でもいい、邑の者を見つけるんだよ」

 そう言うと天幕を飛び出し、左手に向かって駆け出した。その後に続いたシグは右の方に駆けていく。

「サイヤ、ファルダっ、誰か居ないのかいっ!?」

 呼びかけながら、エルドは次々と天幕の中を見て回った。

「エルドっ」

 漸く追い付いたショウとアルフィーネが、邑の天幕の中を覗き回るエルドの姿を見つけ、駆け寄った。

「おい、どうしたんだ、一体——」

「居ないんだよ、誰もっ」

 焦燥に駆られ、エルドは()き込むように声を上げた。

「人っ子ひとり、皆もぬけのカラなんだ」

「ちょっと用があって、それで皆出掛けたんじゃないか?」

「赤ん坊や、動けない年寄りだっている——」

 と、言いかけてハッとなった。

「そうだ、お婆様っ」

 居るはずの父母も誰もいない、人が死に絶えたような邑の様子にすっかり気が動転していた。お婆様なら何があっても絶対自分の天幕にいる。邑に何があったか判る筈だ。

 体を返し、エルドは邑の最奥にある長老の天幕に行こうとした。

 その時だった。

「うわぁっ!?」

 引き()った悲鳴が、静まり返った邑の中に響き渡る。

 シグの声だ。

 一瞬顔を見合わせた三人は、直ぐさま身を翻して声の方に走った。

 シグはすぐ見つかった。

 邑の東側の方。恐怖に顔を引き()らせて腰を抜かしていた。

 その目の前に、直径二フィノ程の大きさの一塊の黒いモノが(うごめ)いている。

 それは夕闇の中にあって更に濃い、まるで全ての闇を集めて煮凝らせたような漆黒の「闇」だった。

 そいつから伸びる黒い触手がシグの下半身に絡み付き、自分の方に引き寄せようとしているのだ。

「シグっ!」

「姉ちゃんっ」

 シグがエルドに手を伸ばし、悲痛な声を上げる。

「こンのぉっ」

 エルドが駆け寄り、(うごめ)いて呑み込もうとする「闇」から弟を必死に引き離そうとする。

 が、「闇」は離れるどころか、エルドも取り込もうとその魔手を伸してきた。

 それをショウが剣で斬り払う。

 しかし、すぐに新たな触手が次々と「闇」の塊から生え、ショウ達にも襲いかかってくる。

「くそっ」

 触手を斬り払い、本体の「闇」の塊を斬るが、剣はその中をすり抜けるだけで何のダメージもない。

 その間にも漆黒の「闇」はゆっくりと確実にシグの体に這い上がり、その体を呑み込んでいく。

「きゃあぁ!?」

 背後で悲鳴が上がった。

 見ると、別の「闇」が背後から迫り、漆黒の触手がアルフィーネの腕に絡み付いていた。

 即座に剣を振るい、触手を斬り払う。

 だが、「闇」はそれだけでは無かった。

 夕闇に紛れ、立ち並ぶ天幕の陰や影から(にじ)み出るように音も無く忍び寄ってきていた。

 それが(わだかま)って幾つもの塊を成し、もはや周りは得体の知れない漆黒の「闇」だらけだ。

 逃げようにも、シグをこのままにはしてはおけないし、少しでも触れたら「闇」に引きずり込まれる。

 逃げるに逃げられず、このままでは皆この「闇」に呑み込まれてしまう。

 ——どうすれば、どうすればいいんだ……

 ——〈陽の剣(ソーレス)〉を抜くのじゃ。

 焦るショウの頭の中に、唐突に声が響いた。しわがれた老婆の声。

 ハッとして辺りを見回すが、蠢く「闇」以外何も見えない。

 そら耳かと思ったショウの頭に、また声が響く。

 ——〈陽の剣(ソーレス)〉を抜いて、頭上に(かざ)すのじゃ。

 有無言わせない、強い(めい)の声。

 迷っている暇は無い。

 ショウは手にした剣を投げ捨てると、背中のソーレスを掴み、包んだ布を解いた。

 紺碧玉の()め込まれた柄を取り、すらりと鞘より抜き放って頭上高くソーレスを掲げる。

 次の瞬間、

 柄の〈蒼の閃光(ソレイア)〉と共に、刀身が閃光を放った。

 目も眩まんばかりの蒼き輝きが辺り一面を覆う。

 その輝きの中で、蠢く漆黒の「闇」は苦しみもがくようにのたうち、その姿を消滅させていった。

 そして、ソーレスの輝きが消え去った時、ただ夕闇が呆然とする四人を静かに押し包んでいた。

 

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