アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅴ ―ウィドの長老―

「た、助かった~」

 もうちょっとで得体の知れない「闇」に呑み込まれる処だったシグは、盛大に息を吐いて安堵の声を上げた。

「何だったんだい、今の」

 愕然とエルドはショウとその手にある剣を見た。助かったのは嬉しいが、一体何がどうなったのかさっぱり分らない。

宝剣(ソーレス)の加護の力だわ」

「あれが……」

 アルフィーネの呟きに、ショウは呆然と輝きの失せた剣を見る。

 一瞬であの「闇」を消し去るなど、確かに凄い力だ。

 しかし、エイルは『皇子が手放された記憶の中にあるソルブレイ神の「想い」を思い出さない限り、ソーレスは只の剣に過ぎず、決して皇子に力を貸してはくれませんよ』とか言ってなかったか?

 フォルドの記憶のないショウは、今まで一度としてこの剣を輝かせられなかったのだ。なのに、何故今になって輝いたのか。

 訳が分らず困惑するショウを、エルドは大きく目を見開いて見返した。

「ソーレスの加護って……」

 あの輝きの正体がアルフィーネの言うとおりなら、ショウは——

「あんた、まさかソルティアの——」

「違うっ」

 ハッとして、ショウはエルドの言葉を遮った。

「俺は何もしてない。俺はただ頭の中に響いたしわがれた声に従っただけだ」

「しわがれた声って……お婆様っ!?」

 そうだ、訳の分らない「闇」に襲われて忘れてたけど、お婆様の所に行こうとしてたんだ。

 当初の目的を思い出し、エルドは身を翻した。

 シグがバッと立ち上がってそれに続く。

 ショウは一瞬迷ったものの、捨てた剣を拾って腰の鞘に収め、布を被せたソーレスを手にアルフィーネと共に二人の後を追った。

 エルドとシグが邑の最奥にある一際大きな天幕の中に駆け込む。

 そこに深緑の布を頭から被り、ゆったりとした衣服を着た、等身大の老婆の人形が中央の囲炉裏端に敷かれた絨毯の上に鎮座していた。

 いや、よく見るとそれは人形ではなかった。身動き一つしないので生きてるように見えなかったが、二人が立てた物音に反応し、(しわ)が刻まれた顔の目蓋(まぶた)がゆっくりと開く。その眼窩(がんか)の奥底に見える瞳は、燠火(おきび)のような強い意志を秘めていた。

 ウィドの長老エラドラは、天幕に飛び込んで来たエルドとシグを見て、微かに表情を綻ばせた。

 それを見てホッとした二人は、老婆の座る囲炉裏端に滑り込んだ。

「お婆様、母ちゃんと父ちゃんが居ないんだっ」

「お婆様、皆は何処へ? あの(うごめ)く不気味な『闇』の塊は何なんだい!?」

 シグとエルドが口々に()き込んで言う。

「まぁまぁ、そう慌てなさんな」 

 しわがれた声で二人を(なだ)め、エラドラは天幕の入り口に立つ黄金と亜麻色の髪の少年少女に視線を向けた。

「お主等も、こっちに来て座りなされ」

 ——この声はさっきの……

 ショウは表情を硬くして、探るように囲炉裏端に座る老婆を見た。

 動かない二人に、エラドラは再度声を掛ける。

「来なされ。そこに居ては話もできん」

「あ、ああ……」

 確かに入るよう勧められたのに、何時までもここに立ったままでは失礼だろう。

 チラリと天幕の中を見回しながら、躊躇(ためら)いがちにショウとアルフィーネは中に入り、囲炉裏端の絨毯の上に腰を下ろした。

 それを見て、エルドはもう一度老婆に訊き返す。

「それで、皆は何処に行ったんだい? それにあの(うごめ)く『闇』は一体何なんだい?」

 一同が注視する中、エラドラは緩慢な動きで囲炉裏に掛けてあったポットの香草茶を手前に置いてある茶碗に注ぎ入れ、一口飲んで乾いて干からびた唇を湿らせた。

 そして、囲炉裏端に座る一同をゆっくりと見回すと、吐息を漏らすように呟いた。

「皆、あの『闇』に呑み込まれたんじゃ」

 今日も何時もと変わらぬ朝だった。陽が出ると共に邑人達は起きだし、それぞれ朝餉(あさげ)前の仕事に精を出していた。

 最初に異変を感じたのは、家畜のヌゥートだった。

 何時ものように邑近くの草原で草を食んでいたヌゥートが、不意に怯えたような声を上げてその場から逃げ出したのだ。

 家畜番の男が怯えるヌゥートを宥めながらそこを見ると、草の上に何かがあった。

 最初は薄暗い(もや)のように見えた。

 うっすらと地を這うようにそれはそこに(わだかま)り、次第に大きく黒く濃さを増していった。

 そして、家畜番が見ている目の前で、それは漆黒の「闇」の塊となった。

 得体の知れないモノの出現に、家畜番の男はすぐさま邑の者達を呼んだ。

 だが、誰もその正体を知る者はいなかった。

 試しに棒で打ち払ってみたが、少し端が千切れ飛んだだけで「闇」はそこに蟠り続けた。

 自分達の手に負えず、いよいよ邑の長老エラドラに伺いを立てようとした時だった。

 ただそこに蟠っていた「闇」が、いきなり邑人達に襲いかかってきた。

 塊から幾本もの黒い触手が飛び出し、近くに居た邑人を絡め取ったのだ。

 「闇」である触手は、掴むことも体から引き剥がす事もできず、邑人達を一人また一人蟠る「闇」の塊の中に引き込んでいった。

 ヌゥートなどの家畜には一切手を出さず、邑人だけを呑み込んだ「闇」は次なる獲物を求め、邑の周りを囲む柵をすり抜けて中に侵入してきた。

 だが、それは一つでは無かった。

 気が付けば、そこかしこに「闇」が蟠り、黒い触手を蠢かして邑人を襲っていた。

 「闇」は音も無く邑全体を押し包むように忍び寄っていたのだ。

 勇敢に「闇」に立ち向かっていった者も、為す術もなくその中に引き込まれていった。

 そして、大人も子供も、男も女も、天幕の中にいた赤ん坊も老人も、全てを「闇」は呑み込んでいったのだった。

 

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