ネオユニヴァースに恋した世界一の蹄跡   作:はやてだわきち

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1 アッシュブライド

 ネオユニヴァース。

 日本競馬史に名を刻んだ偉大な名馬。

 

 ……そして、ぼくの幼馴染だ。

 

 

 

 

 "ぼく"はそのネオユニヴァースと同じ牧場で生まれた。

 

 人間たちの話は難しくてわからないのに、ネオユニヴァースだけは理解することが出来ていた。

 ぼくはそんなネオユニヴァースに、人間たちの話をわかりやすく話してもらうのが好きだった。

 とても幸せな時間だったよ。

 

 

 

 しかしぼくたちはサラブレッド。ネオユニヴァースが教えてくれた通り、馬主という人間のものになってレースで速さを競うことになった。

 

 ぼくは正直、走るのは得意じゃなかった。

 だから競走馬になって、一度も勝つことができずに引退。そして、空に浮かぶ星になった。

 

 

 

 けど、ぼくは星になってもネオユニヴァースを見ていた。

 ネオユニヴァースはぼくとは違って才能のある馬だった。クラシック三冠という最高のレースのうちの2つで勝利し、最後まで世代の最強の一角として走り抜けた。

 

 その走る姿はとっても格好よかったし、ネオユニヴァースの周りには馬、人間を問わずたくさんの仲間がいた。

 

 対してぼくに出来るのは空の上からネオユニヴァースを見つめることだけ。

 

 

 

 ……ちょっとだけ、寂しいな。牧場での日々みたいに君の隣にいられたらどれだけ幸せだろうか。

 

 

 

 誰にも見られることのない涙を流した時、ぼくは雄々しい始祖の声を聞いた。

 

『その身の程知らずの恋慕、気に入った』

『……ご先祖さま?』

『そうだ。三大始祖が一頭、お前の遥かな先祖、バイアリーターク。これが俺の名だ』

 

 ご先祖さまは威圧的でありながら、どこか優しい雰囲気をまとっていた。

 

 ご先祖さまは言った。ぼくは親から才能を受け継げなかったのだと。競走馬の世界は競争の世界、強くない馬に存在価値はないのだと。

 

『だが、お前は俺の興味を引いた。お前が継げなかった才能を俺が直接与えてやろう』

『でもぼくはもうとっくに……』

『そうだな。だからもう一つサービスだ』

 

 

 

 

『もう一度やり直せ。大地を踏みしめ誰より速く走り抜け、お前の名前を歴史に刻んでみせろ』

 

 

 

 ぼくはどこかに強く引かれるのを感じた。

 ご先祖さまの言葉通りなら、ぼくは過去に戻ることになる。

 

 そんなことが本当に許されるの?

 今度こそ、ネオユニヴァースの隣で走れるの?

 

『ああ。俺が許す。だが努力は欠かすなよ? 俺が与えるのは才能であって力じゃないからな』

『……ありがとう、ご先祖さま』

 

 そうしてぼくはぼくを引く力に身を任せた。

 

 過去に戻り、もう一度ネオユニヴァースと一緒に過ごすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 アッシュブライド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 競走馬の調教を行う施設、それがトレーニングセンターです。

 JRAが管理するトレセンの関西にある方こと、栗東トレセンの片隅で、二人の男性が向かい合っていました。

 一方は、若い厩務員です。『真壁一平』という名前で、初任給をほぼ全て使って買った金色の飾りをあしらった腕時計が特徴です。

 

「緋田さん、探したッスよ」

 

 他方は真壁の上司、真っ赤な眼鏡の調教師『緋田源三』です。

 

「真壁くんか」

「いったいどうしたんスか。もう昼過ぎだってのに厩舎に顔も出さないで」

「別にいいだろう? もうしばらく馬もいないんだし」

調教師(テキ)の仕事は調教だけじゃないじゃないッスか。そりゃイヴスカーレット号がいなくなって仕事は減ったかもしれないッスけど」

「まあ、そうだね……」

 

 緋田厩舎は小さな厩舎です。基本的に馬は一頭か二頭、厩務員もほんの僅かしかいません。

 イヴスカーレット号は先月まで緋田厩舎で調教していた競走馬です。レース後に怪我が発覚し、繁殖牝馬になることになり厩舎を去ったのです。

 

 つまり緋田厩舎には今年の入厩の時期まで競走馬がいないのです。

 

「もう厩舎畳もうかなー、なんて」

「冗談でもそんなこと言わんといてくださいッス。そもそも11月から新しい仔がくるじゃないッスか」

「うん。だからその馬が引退したらの話さ」

「……本気なんスか?」

「いやね、もう昔みたいな情熱が無くなっちゃったっていうか」

 

 冗談を言っている目ではありませんでした。

 緋田は本気で、もう競走馬に真摯に向かい合えないと思っているのだと真壁もわかりました。

 

「マジスか……」

「ごめんね。次の働き先斡旋してあげるから」

 

 緋田の暴露からというもの、緋田厩舎のメンバーの間には重い淀んだ空気がありました。それは皆が日に何度もため息をつくほどのものです。

 

 その空気を取り払ったのは、11月に新たに入厩した競走馬、アッシュブライドでした。

 

 

 

 

 

11月

 

 この時期には多くの馬たちがトレセンに入厩します。

 それはこの緋田厩舎も例外ではありませんが、緋田厩舎が迎え入れるのはたったの一頭。少数精鋭という訳ではなく、人手不足や緋田調教師のモチベーションの問題というのが悲しいところです。

 

「真壁くん、今日馬と一緒に来るっていう向こうの馬主さんの名前何てったっけ?」

「……島原伸二さんッス」

「あー、そうだったね。アニメ化もした児童文学書く作家さんだったよね?」

「ウッス」

 

 まだ、厩舎には重い空気がありました。

 特に緋田から調教師引退の意を直接聞かされた真壁の心労は計り知れません。

 

 緋田も、真壁も、他の誰も喋らないまま時間が経って、新たに緋田厩舎で調教を行う競走馬を乗せた馬運車が厩舎にやってきました。

 

「いやー、ありがとうございます俺の馬を受け入れてくれて」

「いえ。むしろ大した実績もないのにうちを選んでくれてありがたい限りです」

「そんなこといったら俺も馬主としては新人ですよー! 初めて馬を買ってドキドキなんで、むしろあんまり大きいとこだと分不相応な感じあるじゃないですか。いや別に緋田厩舎さんが小さいってわけじゃないですけどね」

「小さいですよ。でも小さい分一頭を大事にしますから」

「頼もしいですねー!」

 

 馬主、島原伸二は暗い雰囲気に包まれた厩務員の面々とは対照的に非常に明るい人物でした。

 そして、奇抜なファッションをしています。着ているジャンパーは、大きくアニメ絵のキャラクターが印刷されているのです。

 

「……みくちゃん、あれなんてキャラ?」

「……セリン。島原さんの書いた小説のヒロイン。あのジャンパーはアニメ化された時の」

 

 女性厩務員が小さな声で話している通り、そのキャラクターは島原の作品のヒロインです。これまた、自信家というか、自分の作品が好きなのが伝わってきます。

 

「いいでしょう、このジャンパー!」

「聞こえてた?」

「聞こえてた」

 

 島原は女性厩務員たちの方を向いて、爽やかに白い歯を見せました。

 

「そうだ、緋田さん。俺もう馬の名前決めちゃったんですよー! 浮かれすぎですかね?」

「そんなことないですよ。聞かせてもらえますか?」

「お、丁度馬運車から降ろす準備ができたみたいですね。馬を見てもらってからの方が由来もわかるだろうし、ちょっと待ってくださいねー」

 

 すると輸送自動車会社の担当者に手綱を牽かれて、島原の馬が姿を現しました。

 くすんだ灰色をした葦毛の()()

 長距離の移動で疲れ切った様子です。

 

「あれー!? 随分ボロボロだねー!? やせた?」

「あー、ガレちゃってますね。熱もありそうだ」

「ガレる?」

「体重が落ちちゃうことです。競走馬って移動するとストレスでご飯を食べなくなっちゃって瘦せちゃう子も多いんですよね。頬もこんなになって……」

 

 緋田は痩せてしまった馬を労わって頭をなでてあげました。

 すると、

 

「おとなしいでしょう? 俺が競り落とした時もずっと静かにおとなしくしててー。緋田さん、どうかしました?」

 

 考え込むように黙りこくってしまいました。

 

「緋田さーん、しっかりしてくださいッス」

「……あ、ああごめん。ちょっとぼーっとしちゃって」

「なんかあったんスか?」

「いや、なんかこう、運命を感じたというか」

「え! そんなに走りそうですか! 俺の馬」

「ああ、はい。なんか不思議な子ですね。名前、もう決まってるんですよね? 聞かせてもらっても?」

「そうだったそうでした。この子の名前は……」

 

 灰被りの花嫁(アッシュブライド)、です。

 

 

 

 

 

 その日の夜、緋田調教師は眠れないでいました。

 寝室のベッドで上体を起こして、昼間のことを思い出しているのです。

 

「なんだったんだ、あれ」

 

 島原から預かった馬、アッシュブライドの頭を撫でた時、不思議な光景を垣間見た、あの瞬間。

 その景色では、黄色のメンコを付けた馬を、アッシュブライドが必死に追いかけていました。

 どれだけ走っても、その馬はアッシュブライドを突き放していくのです。

 

「……未来予知? んなばかな」

 

 ないないと首を横に振って忘れようとするのですが、その考えは消えるばかりか、緋田の脳内で大きくなっていきます。

 

 そんな空想に向かい合って、緋田が出した結論は、

 

「本当に未来の光景なのかは、アッシュブライド号を育てていればわかる」

 

 というものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオユニヴァースとの楽しい生産牧場生活も終わりを告げて、ぼくは競りに出された。そして買われた。

 別れはつらいけれど、それは一時的なもの。ぼくが頑張れば同じレースに出ることもきっと出来る。頑張ろう。

 

 さて、ソラに揺蕩い、ネオユニヴァースや仲間たちを見ていたので、ぼくたちと人の関係や仕組みが少しはわかっているつもりだ。

 ぼくたちは馬主という人のものになり、馬主の選んだ厩舎というチームに預けられる。厩舎でぼくたちはレースのために練習をして過ごす。

 

 ぼくを買ったあの人はぼくをどこの厩舎に預けるのだろうか。出来たらネオユニヴァースと同じ所がいいな。

 そう期待に胸を膨らませながら牧場で過ごしていると、ついに運ばれる日がやって来た。

 正直、移動はうるさいし揺れるから苦手だけれど、これも『ネオユニヴァースの隣に立つため』だ。我慢我慢。

 

 

 

 厩舎についた。

 ぼくの体はボロボロだ。

 厩舎の人たちがぼくを迎えてくれたけれど、そのうち一人の様子がおかしかった。ぼくに触るやいなや黙ってしまって、周りの人たちに心配されていたのだ。

 不思議に思うけれど、今はとにかくそんな余裕はない。

 休ませて……。

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