9-1 皐月賞の後に・ABSS
『見事な勝利ー! そして会場のファンに向けて──手を上げたのは、ネオユ二ヴァース! ネオユニヴァースです!』
皐月賞を勝ったのはネオユニヴァース。
アッシュブライドは2着だった。
地下バ道でアッシュブライドを出迎えたが、レース中の絶叫は鳴りを顰め、口を真一文字にきつく結んでいた。
そして控え室に戻ると──
「や」
「や?」
「やらかしたああああああああ!!!!!!!」
耳が痛くなるほどの声量で叫んだ。
ドアは閉じているが、間違いなく他の部屋にも届いているだろう大声。
しかし叫んだ本人はまだまだ足りないとばかりに地団駄を踏んでいる。
「やらかしたやらかしたやらかした! 何が『そこはぼくの場所だ』なのさ!? あれだけ散々、ネオユニヴァースに相応しい花嫁になってからだって我慢してたのに! せっかちか!? ネオユニヴァースの隣はまだ早いんだってえええええええええ!」
「お、落ち着いてください!?」
必死に宥めすかして、なんとか声量だけは落としてもらうことには成功したものの、アッシュブライドはとても悔しがって──
悔しがって──
悔しがってないな、これは。
アッシュブライドはレース中の自分の発言を思い出して恥ずかしがっているようだ。
「ぼくはなんであんなことを……」
「学園に帰ったら、よりネオユニヴァースの隣に相応しくなれるように作戦会議ですね」
「っそれだ! それだよ! さあ早く帰ろう!」
「待ってください。ウイニングライブがまだ──」
まだ恥ずかしさが残ってるのだろう。アッシュブライドはどこか『たが』が外れたテンションで控え室の扉のノブに手をかけて、勢いよく開け放って──
(ゴツン!)
扉の前にいた誰かに勢いよくぶつかった。
「痛い……。これが『若気の至り』の報い……?」
「ネネネネオユニヴァース!?」
なんとそこには、あのネオユニヴァースがいた。
想いを寄せるウマ娘を目の前にしてアッシュブライドは固まってしまっている。
ここは私が──
「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」
「DENY。“大丈夫”、気にしないで。……あなたは、アッシュブライドのトレーナー?」
「あ、はい」
面と向かって話してみると、側から見るより『底知れなさ』を感じるウマ娘だ。
それに、なんというか人形のような子だ。近寄りがたさ、非生物感といったものを発しているが同時にそれゆえの美しさというものも感じる。アッシュブライドが気にかけるのもわかる。
「“遊星”……アッシュブライドと、『ABSS』について話したい」
「えっと、ABSS、ですか?」
「アッシュブライドからは、聞いてない?」
「は、はい」
「……アッシュブライドも話していない。それとも『勘違い』? アッシュブライドのトレーナー、『席を外す』は出来る?」
流されるまま控え室から追い出されてしまった……。
しかし、『ABSS』とはなんだろうか。ネオユニヴァースの口ぶりで最初に思い浮かぶのは、私の知らない『凱旋門賞を目指す理由』だ。
そうだとしてもどうしてネオユニヴァースがそれを知っている?
考え込んでいると、控え室からネオユニヴァースが出てきて、
「『アリス』が────ではなく『アッシュブライド』になった。けど──は不完全。“協力”は得られない」
何事か呟きながら去っていった。
「アッシュ、大丈夫でしたか?」
「……トレーナー」
「何を話していたのか、ABSSとはなんなのか、聞いても大丈夫ですか?」
「………………そうだね。花束だけじゃ足りないとわかった今、もうぼく1人じゃどうしようもできなさそうだし」
「
「うん。けど今はウイニングライブもあるし……うん、日本ダービーの後まで待ってくれる?」
「はい。待つのは構いませんけど、ABSSは、『凱旋門賞を目指す理由』と何か関係があるのですか?」
「……あるよ。っていうか、そのものかもしれないね」
ついに、アッシュブライドの秘密がわかる。話してくれる気になったということか──
でも、そのためには日本ダービーを乗り越える必要がある。アッシュブライドとの相互理解のためにも、全力で取り組もう。
9-2 シンデレラは魔法使い(勝負服ストーリー1)
世代を代表するウマ娘の1人として、ある雑誌でアッシュブライドの特集が組まれることになった。
まずはグラウンドでのインタビューだ。
「今日はよろしくお願いします! アッシュブライドさんのことをいっぱい伝えられるようにがんばりますね!」
「よろしく」
「では最初に、『アッシュブライドさんにとって、走るというのはなんですか』?」
「これまた鉄板の質問だね。……そうだね、『花嫁修行』が一番しっくりくるかな。ぼくには想いを寄せている人がいてね、その人に相応しくなるための『花嫁修行』だよ」
「おお!? ……え、トレーナーさんこれ記事にしていいんですか」
「大丈夫ですよ。一途なところもアッシュの魅力ですから」
「えぇ……?」
次はトレーナー室で趣味についてのインタビュー。
「好きなもの? ネオ……あ、そういうのじゃない? じゃあこの作者さんの本だよ。知ってる?」
「はい、アニメ化もしてて広い世代に愛される名作ですよね。……ちょっとトレーナーさん、今言いかけましたよ
「流石に相手の名前を出すと迷惑がかかるので伏せといてください。けど言いかけちゃったことは隠さなくていいですよ。それくらいアッシュがそのウマ娘が大好きだって伝わると思うので」
「……(このトレーナーも大概だ!? ウマ娘って言っちゃったよ!?)」
その後もいくつかのインタビューを経て、最後に勝負服を着たアッシュの写真を撮る作業になった。表紙にするらしい。
「勝負服、ウェディングドレスとかじゃないんですね。モチーフは…………シンデレラ、ですか?」
「うん、式はまだ早いからね。まだ家政婦じみたことをしているシンデレラをイメージしたよ。この頭巾とか、いかにも『らしい』でしょ? けど靴は……」
「ガラスの靴、ですね」
「うん。でも本物のガラスは危ないから、あくまでもガラスっぽい靴だよ。これからの希望を感じるでしょ?」
「なるほど。……でもモチーフがシンデレラなら、このローブはなんですか? 見窄らしい、って言ったらよくないですけど、虐げられていた頃のシンデレラとは明らかに違いますよね? まるで魔法使いみたいな……」
「魔法使いだよ? シンデレラは魔法を魔女にかけてもらったけど、ぼくは自分で魔法をかける、そういう意図があるんだ」
「あ、なるほど」
こうして雑誌インタビューは終わった。
後半に行くにつれて記者の目がヤバいものを見る目になっていった気がしたが、気のせいだろう。
そして私がそのままトレーナー室に戻って仕事をしていると──
「トレーナー、脱げなくなった」
「はい?」
勝負服のままのアッシュブライドがやってきてそんなことを言った。
よく見てみると、シンデレラのメイド風衣装の紐が服の内側で絡まってしまっていたので手を突っ込んでほどいてあげると、アッシュブライド安心した様子でソファに腰掛けた。
「ふう、ありがとうトレーナー」
「私が男性じゃなくてよかったですね。服の中に手を突っ込んでまさぐるとか絵面が犯罪です」
「流石のぼくもトレーナーが男の人だったら同室の子とかたづなさんに頼むよ。……うん、やっぱりそうだ」
「何に気づいたんですか?」
「魔法は自分でかけるって言ったけどさ、トレーナーもいわば魔法使いなんだよね」
「まあ、ウマ娘に魔法をかけると表現されることもありますね。奈瀬魔術とかがその例です」
また不思議な話をしている。
レースでの勝利を花束と言ったり、自分なりの例えを多用する彼女に初めは困惑させられてばっかりだったことが思い出される。
「ぼくも頑張って自分に魔法をかけるけど、トレーナーもぼくに魔法をかけてよ?」
「……ああ、自分で自分に魔法をかけるって言ったから私が拗ねてないか心配だったんですね」
「え、いや」
「全く、アッシュは変なところで小動物みがあるというかなんというか。ウマ娘からイヌ娘に変身できますよ」
「イヌ娘ってなに!?」
「早く制服に着替えてください。大事な勝負服をこんなところで汚すわけにはいかないでしょう?」
「トレーナーって丁寧ぶって案外愉快だよね前から思ってたけど!」*1