皐月賞の後、2着馬の馬主である島原伸二と、調教師の緋田源三、そして鞍上を務めた如月四葉は何人かのマスコミにマイクとカメラを向けられていました。
「敗北の要因はなんだったとお考えですか?」
「G1初出走で2着という快挙に際して一言!」
「島原先生はどうしてこの素質馬を初購入で見極めることが出来たのでしょうか?」
様々な質問が飛び交う中、ある記者が聞きました。
「負けたのは新人騎手を起用したからじゃないのでしょうか!? まともな実績もない騎手を選んでしまって後悔しているのではないでしょうか!?」
際立って過激な質問に、場は一転して静まり返ってしまいました。
こういった時に空気を恐れずすぐに行動できるのが島原という男の強みです。
島原はその記者に歩み寄り、マイクを受け取って言いました。
「如月騎手の起用は俺が決めました! 後多分貴方G1しか取材しないタイプですね? 俺も競馬一年生ですけど、流石に如月騎手を捕まえて『まともな実績がない』とは言えませんって!」
「まだデビューして 1年じゃないですか! G1にも初出走、もっとマシな騎手はいくらでもいますよね!?」
「そうでもないらしいですよ? うーん、如月騎手にお願いしたその理由については専門家にお話ししてもらいましょうか。ということで緋田さんパスです」
島原はそのキャラクター性で場を多少は『話しやすい』雰囲気に整えて、この場で一番アッシュブライド号に詳しい人間にマイクを受け渡しました。
そして、パス、と発言権を回された緋田は、島原の言う『如月を起用した理由』を話し出しました。
「弊厩舎に所属する如月騎手のデビューしてからの具体的な戦績は、112戦32勝、2着が22回です。勝率は3.5とかいう冗談みたいな数値です。こんな騎手を起用しない理由はないと思いますが?」
9 G1騎手の条件
見習い騎手というのは様々な恩恵が受けられるものです。
例えば、負担重量。レースの際に背負う重しはその馬の戦績や性別、年齢、騎手の体重など様々な条件で変化しますが、鞍上が見習い騎手であれば最大で3kgもの減量がなされることがあります。1kgは一馬身の差と言われるだけあって、そのハンデを最大活用して新人のうちに良い成績を収める騎手も多くいます。
他にもいくつかの優遇措置があるのが見習い騎手、デビューから5年以内で100勝未満の騎手ですが、恩恵に対して制限もあります。
そして緋田厩舎の新人騎手如月四葉は、厩舎に所属してたった一月その制限を目の当たりにしました。
その制限とは──
「アッシュちゃんも皐月賞に挑戦するもんねー?」
「まだデビューもまだだけど、絶対行けるって! 私たちが今までお世話してきたどの馬より強い馬の手応えあるもん」
「うん。絶対いける」
女3人よれば姦しい。
この言葉の使いどきだと感じるような会話が、アッシュブライド号の馬房の前で繰り広げられていました。
メンバーは如月騎手と、女性厩務員2人です。
「見てよこのトモ! めっっっっちゃ引き締まってて牡馬ともいい勝負の出来そうな仕上がりだよ!?」
「わかる」
「わかります! もう風格っていうか! そういうのがあってすっごくかわいいですよね!」
「わかる」
どこぞのチームのトレーナーを思わせる話題です。
ガールズトークとは時間のある限り無限に続くのが世の常ですが、しかし今回は如月騎手の次の発言で幕を下ろすことになりました。
「私も皐月賞勝てるように頑張らないと……」
「え? 四葉ちゃん乗れないよ皐月賞は」
「え?」
「正確には乗れないこともない。皐月賞までに31勝できたら、乗れる」
31勝。
そう、見習い騎手はG1に出ることができないのです。
平地競走でも障害競走でも、とにかく31勝を挙げなければG1騎手にはなれません。
「学校で習わなかったの?」
「あー、えっと……習ったような、習わなかったような……」
「四葉ちゃん……」
如月は、記憶の海を旅し、思い出し、項垂れ、そして、
「ちょっと緋田さんに相談してきます!」
馬房を飛び出しました。
「緋田さん! 私、アッシュちゃんの皐月賞でも鞍上でいたいです!」
「色々気が早いよ? まだアッシュブライド号デビューもしてないのに」
書類作業をしていた緋田調教師の部屋に飛び込んだ如月は、開口一番そう言いました。
それに対する緋田の反応は至極真っ当なものですが、如月は気にせず続けます。
「アッシュちゃんがG1に出ることになっても、私は多分騎乗できません」
「まあ、G1に出れたらね。その時はフリーの騎手さんにお願いすることになると思うけど」
「嫌です! アッシュちゃんの鞍上は私だけです!」
「…………若さが眩しい、ってよりは青臭いねえ」
緋田はこの時期、最もやる気がないと言ってもいいほどやる気がありませんでした。
アッシュブライド号が引退したら厩舎を畳むという発言の通り、仕事に対する情熱に欠けていました。
だから如月に『そもそもG1まで勝ち上がるのはめっちゃ難しいんだよ?』だとか『あのレジェンドジョッキーでも初めてのG1はデビュー2年目なのに、1年目でG1出るのは現実的じゃないよ』と正面から説得するのを面倒くさがって、突拍子のないことを言い出した幼児をあしらうかのように言いました。
「じゃあ頑張れ。適当に鞍上の空いてる馬がいる厩舎に声をかけて乗せてもらいなよ。めっちゃ頑張れば行けるんじゃない?」
と。
それからと言うもの、如月の地獄の日々が始まりました。
栗東トレセンを走り回り、まだ鞍上の決まりきっていない競走馬を探し回りました。
たいして期待されていない安い馬は狙い目でした。調教師と馬主に自分を必死にプレゼンして、どんなに安い契約でも引き受けました。
しかし数打ちゃ当たるという戦法では決してありませんでした。
若いと言うのは柔軟の同義語だと言わんばかりに、その馬にあった走りというものを必死に考えて、競馬学校の授業のノートを何回も見返してレースに挑みました。
いわゆる逃げ先行差し追込の4戦法なんて話ではありません。ありとあらゆる戦法を学んで、それぞれの馬に合わせて柔軟に変えて騎乗しました。
もちろん厩舎での仕事を蔑ろになんてしませんでした。
アッシュブライド号の調教には厩舎所属の騎手として参加して、自分のスキルも磨くために全力で取り組みました。
疲れは決して表に出しません。ただでさえ放っておいたら暗い雰囲気になってしまう緋田厩舎を自分がより暗い雰囲気にしてどうするんだと思ったからです。
しかしそれでもG1に出るための31勝はそう簡単には果たせませんでした。
アッシュブライド号のデビュー戦時の如月の勝数は9勝。それでも普通の記録に比べれば異常な戦績ですが、もっと勝率を上げていかないと皐月賞には間に合わない記録でした。
転機は、きさらぎ賞です。
アッシュブライド号が強い興味を示したネオユニヴァース号。その調教師との縁に恵まれたのです。
「如月くん」
「はい! なんですか緋田さん!」
「えっとだね……ネオユニヴァース号とアッシュブライド号についてちょっと気になることがあって、ネオユニヴァース号の調教師、椎戸調教師と連絡を取ったんだ。まあ色々話したけど、椎戸さんが如月くんと会ってみたいって言ってくれたんだ。『そちらの見習い騎手の噂は聞いてますよ。すっごく頑張ってるみたいですね』って。予定が合えば来週に向こうの椎戸厩舎にきて欲しいそうだよ」
椎戸調教師は1年で31勝しようとしている如月の無謀さと、実際に9勝してみせた努力をいたく気に入って、様々なことを教えてくれました。
騎手としての経験から、騎乗技術について教えてくれました。
単純に教師が複数いればいくつかの考えを自分に合うようにアレンジができるというものです。
いつもの調教では緋田に、都合の合うタイミングで椎戸調教師に、一応また腰が悪化して入院期間が伸びた緋田厩舎の先輩騎手栗畑にも無理のない範囲で指導してもらい、如月の実力はメキメキと伸びていきました。如月本人が『三冠も目指せる騎手になると言ったからにはまだとまれない』と向上心の塊だったのがさらに追い風となりました。
さらに、調教師としての観点から勝てる馬の見分け方を教わりました。
短い期間でたくさん勝つなら、できるだけ強い馬を選びなさいと言われました。
もちろん明らかな素質馬はもっとベテランの騎手に任されるので騎乗することは難しいですが、期待されてない馬の中から強い馬を見分ける術を教わりました。どれだけ経験を積んでも百発百中とはいかない目利きですが、それでもわずかに勝率が上がっていきました。
どうしてこんなに良くしてくれるのか、如月は椎戸調教師に聞いてみました。
「君のところのアッシュブライド号とうちのネオユニヴァース号は同じ生産者で、特に仲が良かったらしくてちょっと運命を感じたよね。オグリが笠松からうちに来た時もこう、ビビッときてね。それから何かを感じたら根拠が薄くてもできることをするようにしてるんだ。ほとんどはなんでもない勘違いだけど、たまに思いもよらないドラマが生まれるんだから競馬ってのは面白い」
それを聞いて如月は思いました。
『なら私はアッシュちゃんと、勘違いの方じゃなくてドラマ側になりたい』
アッシュブライド号と弥生賞に勝利して、如月の勝数は30勝になりました。
そして最後の1勝。
『先頭は未だシュウセンカ! 迫る後続から逃げる逃げる! 先頭は譲らない! ゴールイン! 1着はシュウセンカです!』
騎乗した競走馬の名前は
「マジで31勝しちまったッスよ……」
「四葉ちゃんすごーい!」
それを観客席から見ていた厩舎の面々は何とか間に合ったことを自分ごとだと言わんばかりに喜び跳ね回りました。
「こんなの小説じゃんもう。緋田さん、競馬って面白いですねー!」
そして当然のようにいる島原は、横の緋田にそう言いました。
「でしょう?」
緋田は、心の底から
空を覆っていた雲が流れて、太陽が顔を見せました。