10-1 日本ダービーにむけて
日本ダービー当日。
天気は、季節外れの台風により大荒れ。
私とアッシュブライドは、止まってしまった鉄道の駅で立ち往生していた。
「どうしよう……、この天気じゃレース場に行けません……」
「こんな日に限ってトレーナーの車がパンクしちゃうなんて……」
そう、今日は私の車を使えない。
サブトレーナー時代に免許を取って以来移動の基本が車だった弊害で、鉄道を使ってレース場に行くための時間感覚が衰えてしまっていたのも相まって、こうして駅で途方に暮れる羽目になってしまっている。
「ぼくだけでも走って……」
「それは最終手段です。レース場に辿り着いても疲労で走り切ることも難しいでしょう」
「でも……!」
どうにかしてレース場に向かう方法を考える。
しかしそう簡単にはいい方法は思いつかない。
仕方なく、思い付いてはいたができれば避けたかった方法を取ることを決めた。
「アッシュ、ヒッチハイクをします。悪い人を引かないことを願いましょう」
「え」
駅前の車道に出て、2人で必死に手を振って優しい人の助け舟を待つ。
すると──
「乗りたまえ! アッシュブライドのトレーナーよ!」
「秋川理事長!?」
目の前に秋川理事長の車が止まり、ドアを開けてくれた。
しかも、思いがけない先客の姿があった。
「ネオユニヴァースのトレーナーさん!?」
「奇遇ですね! 俺が言えた立場じゃないですけど早く乗ってください!」
そう、ネオユニヴァースのトレーナーも私たちと同じようにヒッチハイクでレース場に向かう選択をしていたのだ。
話を聞いてみれば、ネオユニヴァースと一度レース場に向かったものの、重要な書類を忘れてしまったので取りに戻ったところこの嵐に巻き込まれてしまったらしい。
「一度はレース場行ったんだ。ぼくらとはえらい違いだね」
「車なかったら時間管理できないトレーナーでごめんなさい……」
「叱咤! 確かに車以外の移動手段を想定していなかったのは反省すべきだが、重要なのは次に活かすことだ! 今日のところは私の助けがあってよかったと思っておけばいい!」
と、いうことで私たちはなんとかレース場にたどり着くことが出来た。
秋川理事長の言う通り、次のレースからは急に車が使えなくなっても問題なくレース場に向かえるようにしておかないと……。
レース場につくと急いで準備を整える。
アッシュブライドの勝負服は着るのが少し難しいので更衣室に一緒に入って背中側の結びにくい部分を担当した。
そしてパドックに向かうと──
「ゼンノロブロイはやはり、“秘めている”ね」
「はい! お手合わせ、よろしくお願いします!」
ネオユニヴァースとゼンノロブロイが楽しげに話していた。
横のアッシュブライドを見ると、いつもネオユニヴァースを離れたところから見ている時に似た、しかしより緊張感のある顔をしている。
「大丈夫ですか?」
「トレーナー、ぼく皐月賞の時に言ったよね。『花束だけじゃ足りない』って」
「はい。このレースの後にその意味を教えてくれるとも」
「ぼくは勝つよ。『花束だけじゃ足りない』とはいえ、やっぱり花束のない花嫁はありえないからね」
「応援していますよ。……黙ってしまったのでてっきりあんなに楽しそうに話しているゼンノロブロイに嫉妬しているのかと思いましたが、流石にそこまで恋に盲目ではありませんでしたか」
「空気読んで? あと嫉妬はしてる」
なんというか、締まらない。
まあわざとやっているのだが。サブトレーナー時代にお世話になったメイントレーナーは、よく冗談で私の緊張をほぐしてくれたのでその真似でもある。
そしてアッシュブライドが裏からパドックに上がる。
「みんな! 今日はぼくのデートを見に来てくれてありがとーう!」
「だまれー! ウマ娘のアイドル性どうしたー!」
「でもそんなところが好きー!」
「はよ告れー!」
「余計なお世話だよー!」
さあ、日本ダービーが始まる──
10-2 日本ダービー
『スタートしました! 綺麗なスタートですが特に1、7番がいいスタートを切りました!』
先頭を取ったのはレース以前から逃げを宣言していた7番。他のウマ娘を突き放しペースを作る立場に躍り出た。
その後ろ、2番手を行くのは3番のゼンノロブロイ。
13番のネオユニヴァースは外側からのスタートなのもあっていつもよりも後方につけている。
そして、15番のアッシュブライドは皐月賞と同じようにネオユニヴァースの真後ろです。
「お願い、アドバイス忘れないでよ……」
アドバイス。その内容は『必ずネオユニヴァースより先に加速する』こと。
ネオユニヴァースの武器は再三繰り返してきたが最終局面で開いたわずかな隙間を通り抜けることだ。
そんなネオユニヴァースの後ろに陣取り続けては、アッシュブライドはネオユニヴァースのようには前に出られず馬群に沈むことになってしまう。
それにアッシュブライドの武器はロングスパートを可能にするスタミナ。ネオユニヴァースの後ろに付けすぎて腐らせてしまうと、皐月賞の時のような嫉妬の末脚でもなければ先頭に出ることは不可能だろう。
だからこそ繰り返し『必ずネオユニヴァースより先に加速する』ように伝えてきたのだが──
「ホントに忘れないでよ……」
レース中盤を越えた頃、レースはアッシュブライドにとって衝撃的な展開になる。
「ネオユニヴァース!? しまった!」
ネオユニヴァースは普段より格段に早い段階でスパートをかけ始めた。
コーナーで目の前に広い道が出来たのだ。いつものレースのように最後の最後に細い道を通る必要もない。
意表をつかれたアッシュブライドもその広い道を通って追走する。
そして最終直線。ロングスパートを選択したネオユニヴァースとアッシュブライドは先頭集団にいたゼンノロブロイに並び、追い越した。
「まだ、負けられません!」
ゼンノロブロイもまだ加速し、先頭はこの3人になった。
「アファーマティブ。2人とも、“勝負”だよ」
3人が並び、他のウマ娘を置いてけぼりにしていく。
しかし、ネオユニヴァースが強かった。
さらに頭ひとつ抜け出したネオユニヴァースが最初にゴールしたのだった。
2着はゼンノロブロイ。
3着はアッシュブライド。
──アッシュブライドはまだ、G1という花束を手にしていない。