11 日本ダービーの後に・“異界”のぼく
「トレーナー、ネオユニヴァースはやっぱり強いね……」
東京優駿日本ダービー、1着はネオユニヴァース。
アッシュブライドは3着だった。
そう──アッシュブライドはまた、
「でもそんなネオユニヴァースが?」
「すっごく格好いい!」
「よかった。割といつも通りですね」
とはいえ勝ちを逃したのは事実だ。
次の菊花賞では勝利して『花束』を手に入れることができるようにしなければ──
そして控え室に戻ると、アッシュブライドは打って変わって真剣な表情になった。
私もあえて何も喋らない。これからアッシュブライドが話すのは私にも話したくなかった彼女の秘密、凱旋門賞を目指す理由──『ABSS』なのだから、彼女のペースに任せるのがトレーナーの、大人の在り方だと思うから。
しばらくの間2人ともが沈黙していた。
そして、アッシュブライドが語り出す。
「『ウマ娘。彼女たちは走るために生まれてくる。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る』。メイクデビューの夜、ぼくは倒れて……夢を見た。ネオユニヴァースが言うところのABSS、別世界──“異界”の夢」
トゥインクルシリーズを知っている者なら誰もが知っている有名な言葉だ。
しかしそれはあくまでも俗説。実際にウマ娘が別世界の魂を持っているなんて研究成果はないし、そもそもの話別世界というのも眉唾だ。
──なんてことは言わない。一言一言言葉を選んでいるアッシュブライドの話の腰を折りたくないから。
「“異界”にもぼくやネオユニヴァース、ゼンノロブロイだっている。レースだってする。“異界”のぼくたちもこの世界のぼくたちみたいにクラシックの冠を奪い合い、シニア級──に相当するレースでも戦った」
一口ミネラルウォーターを飲んで休憩を取るアッシュブライド。
続きは、中々話されない。アッシュブライドは震えている。やはりまだ私に伝えるのは怖いのだろう。
「無理に今話してもらわなくても……」
「ううん、今話すよ。今じゃないと間に合わないかもしれないから」
そう言ってアッシュブライドは続きを話しだす。
「“異界”のぼくもネオユニヴァースが……好き……だった。ネオユニヴァースの隣にいたいと思っていた。そして凱旋門賞の勝利を捧げた」
「それは、凄いことですね……」
「だからこの世界のぼくが、世界一にならずにネオユニヴァースの
何とも壮大な話だ。
この話はウマ娘が受け継ぐという魂の元ある別世界、アッシュブライドのいう“異界”、ネオユニヴァースのいう『ABSS』が実在するという前提で成り立っている。
その前提を信じられないと言ってしまえば一気に瓦解する。
──そうか。だからアッシュブライドは怯えていたんだ。私がこの話を信じずに、アッシュブライドを狂人扱いするのではないかと恐れていたんだ。
担当ウマ娘が決死の覚悟で伝えてくれたのだ。ならトレーナーがするべきことは1つ。
「信じます。よく話してくれましたね」
「……ありがとう。でもこの話にはまだ続きがあるんだ」
「『花束だけじゃ足りない』ですね」
「うん。その話もしたい。そしてトレーナーには、ネオユニヴァースの
アッシュブライドはもう一度休憩がわりにミネラルウォーターを飲む。
「ネオユニヴァースも“異界”が見える。ううん、“異界”だけじゃない。“異界”はぼくたちの魂の元いた世界。ネオユニヴァースにはその“異界”に加えて、並行世界、
別宇宙。
アッシュブライドの話から察するにそれはABSS、“異界”とは異なるものなのだろう。
アッシュブライドに見えるのは“異界”だけだけど、ネオユニヴァースは別宇宙も見えている、そういう話だと受け取った。
「皐月賞のあの日、ネオユニヴァースはぼくに助けを求めてきた。どうして気づいたのかわからないけど、ネオユニヴァースはぼくに“異界”が、ABSSが見えていることがわかっていた。ABSSが見えるアッシュブライドなら、自分が抱える別宇宙に関する重大な問題解決を手伝ってくれるかもしれない、ってね」
「けど、アッシュに別宇宙は見えなかった」
「そう。そうなんだ。ぼくはネオユニヴァースの役に立てなかった。ネオユニヴァースの抱える問題というのは、別宇宙の自分が来年の春の天皇賞で大敗した後に消失してしまうこと。このままだとこの世界の自分も春の天皇賞で消えてしまうって怯えていた」
「待って待って待ってください。ネオユニヴァースが、消失ってどういうことですか?」
「ぼくに別宇宙は見えない。見えるのは“異界”だけなんだ」
「……だから『消失』の理由はわからないというわけですか」
なるほど。話が読めてきた。
正直『そんなのあるわけないでしょう』って理解を放棄してしまいたいくらい難しい話だが、それはアッシュブライドの担当トレーナーとしての意地が許さない。
私はアッシュブライドに続きを話すように促す。
「ぼくは、ネオユニヴァースの消失を防ぎたい。そのために、別宇宙が見えるようにならなきゃいけないんだ」
「…………これはまた、凱旋門賞で勝つより難しそうな目標ですね。わかりました。そうと決めたら作戦会議です。ウイニングライブが終わったら学園で方策を考えましょう!」
そうしてアッシュブライドはステージ裏に向かった。
華々しいウイニングライブを見ながら考える。
別宇宙、並行世界、世界線。そういったSFならいくらでもある。
けど科学的にそれらの存在を証明した論文は1つだって存在しない。手がかりは、別宇宙が見えるというネオユニヴァース1人のみ。
ならばネオユニヴァースに相談するのが一番いい手なのだろうが……ほとんど知らない大人に自分の秘密についてずけずけ聞かれるのは嫌だろう。っていうか嫌じゃないわけがない。
……やはり、この方法しかない。
新年の抱負にもした、『アッシュブライドとネオユニヴァースの距離を縮める』しかない。アッシュブライドがネオユニヴァースに別宇宙のことを聞いても大丈夫なくらい仲良くなってもらう他に道はない。
──好きな人を救うためにその人と仲良くなるとは、まるで物語みたいですね。
なら少しだけ年上のお姉さんとして悩める女の子の背中を押してあげるとしますか、と心に決めた。