12-1 夏合宿(2年目)スタート!
クラシックレースも残り1つとなった。
最後の一冠、菊花賞こそはアッシュブライドに取らせてみせると心に決めて臨んだ夏合宿だったが──
「無理無理無理無理だって!? そんなの恥ずかしすぎる!」
実力面以外にも、アッシュブライドは克服しないといけない問題があるようだ。
「いいえ、無理だろうとやってもらいます」
「まだ
──そう、あれだけネオユニヴァースの助けになれない、『GATE』なる障害を越える手助けが出来ないことを悔しがっていたというのに、このヘタレウマ娘はネオユニヴァースに話しかけることすら満足に出来ないのだ。
「“異界"、ネオユニヴァース風に言うなら『ABSS』だけじゃ足りないんでしょう? 現状、
「わかってるよ!? わかってるけどそう言う問題じゃないの! トレーナー絶対誰かを好きになったことないでしょ!」
「失礼な。ありません」
「だろうね!」
アッシュブライドの背中を押すために私なりに論理立てて仲良くなる必要性を繰り返し話してはいるが、恋心とはそういうものではないらしい。
なんとも難しい問題だが、しかしこればかりにかまけている余裕はない。
トレーニングもこなして菊花賞に備えなければならないのだ。
「……わかりました。今すぐに仲良くなってもらうのは難しそうなので、とりあえずはトレーニングに移りましょう」
「そうだよ。ぼくにはぼくのペースがあるんだから。全く困ったトレーナーだよ!」
「そうそう。今日の併走トレーニングの相手はゼンノロブロイなので、ネオユニヴァースと仲良くなる方法を聞いておいてくださいね」
「ぼくより恋愛脳になってないかこのトレーナー!?」
12-2 夏合宿(2年目)にて
夏合宿中のある日、少し波が荒れ気味の海岸で複数のウマ娘が集まっていた。
そこにいるのはネオユニヴァースの他、
「ねえねえ! みんなならこの波をどうやって乗り越える?」
「方法はシンプルだ。──ただ進むのみ」
『ファインモーション』、や『シンボリクリスエス』といったひとつ上の世代のウマ娘の姿もあった。
どうやら荒波を乗り越える方法について、それぞれ個性豊かな提案をし合っているようだ。
そして、アッシュブライドは──
「ネオユニヴァース……」
「こんなところにいないで混ざってきてください」
やはり少し離れたところでネオユニヴァースを見つめて悩ましげに名前を呟いていたので、物理的に背中を押して混ざらせた。
「ほう、
「トレーナーめ……。んんっ。ぼくならスタミナにものを言わせて……」
「意外! ネオユニヴァースがこっち側にいるから無理に越えなくても良くない? とか言わないんだ!」
「ちょいちょい、お相手がここにいるのにそう言っちゃうのは可哀想だよ〜」
しかしアッシュブライドは他のウマ娘と話してばかりで、肝心のネオユニヴァースとはまるで話さない。
──まあ、いいのだけれど。
私は学んだのだ。誰かと仲良くなりたい時はその人とばっかり話すのではなく、その人の属するコミュニティーに入り込むことが大切なのだと。
──そして、その日の夜。
「少し遅くなり過ぎてしまいましたね」
「いや、花束のためだから」
「その気概を恋にも……」
「そろそろしつこい」
トレーニングを終えて、2人で宿泊施設に戻る道中のことだ。
海辺でネオユニヴァースとそのトレーナーが話をしていた。
「トレーナー、ネオユニヴァースには“来訪"の幻視があるんだ。でも幻視があるのは『わたし』だけ。トレーナーは、『来て』くれる?」
相変わらず難しい話をしているようだ。
しかし話題が暗い。ネオユニヴァースの言葉を完璧に理解することは私には出来ないが、あれではまるで──
「ネオユニヴァースは寂しいんだ。同じ視座に立とうと努力する担当トレーナーを見て、登ってきてくれることを期待しながらも別宇宙を見通すその視座に至るのは不可能だと断絶に怯えている」
「……私にはよく分かりませんが、その視座に至ろうとしているのは彼女の担当トレーナーだけじゃないことはわかります」
「うん。ぼくも彼女の理解者になりたいと思ってるよ。……ごめん、トレーナー。ネオユニヴァースがあんなに寂しそうなのは見てられないや」
アッシュブライドはそういうと、話しているネオユニヴァースとその担当トレーナーの元へ向かった。
私はここからそれを見守る。多分、ここでついていくのは『やぼ』だから。
「ネオユニヴァース」
「……アッシュブライド」
互いに呼び合うと、2人ともが沈黙して波の音だけが聞こえてくる。
見つめ合い、1分なのか20分なのかわからない空白の時間が流れた。
そして先に話したのはアッシュブライドだ。
「きみはひとりきりなのかもしれない。けど、ぼくはきみの理解者になりたい。ぼく以外にもきみのことをよく思ってる人はたくさんいる。それを忘れないで」
「……スフィーラ。でも、アッシュブライドは“遊星"、ふと現れては消える星。もし“窓"を開いたとしても、その存在は“不安定"。何が起こるのかわからないんだ」
「心配してくれるの? ありがとう。でも、諦められないんだ。ぼくは必ずきみの隣に立てるウマ娘になるから、待っていて」
2人にしか意味がわからない会話に、私だけでなく向こうのトレーナーも混乱しているようだが、多分内心は同じだ。
必ず担当ウマ娘の願いを叶える。そのためにはこの言葉を理解する必要がある。
ある意味これはレースだ。アッシュブライドとネオユニヴァースのトレーナーのどちらが先にネオユニヴァースの見ている景色を理解し、彼女の孤独を埋めるかというレース。ならネオユニヴァースのトレーナーはアッシュブライドの『恋敵』といったところか。
私はそのことを再確認し、アッシュブライドをそのレースに勝利させることを誓ったのだった。
12-3 夏合宿(2年目)終了
「恋する乙女は強いなぁ」
「何!? 今度は何をさせるつもり!?」
夏合宿が終わり、私が帰りのバスの中でそう言うと、アッシュブライドはひどく怯え怒ってみせた。
この夏合宿中、あの手この手でネオユニヴァースとの距離を縮めさせようとしたが、流石にやりすぎだったようだ。
年が明けたときも思ったが、どうやら私にはデリカシーというものが欠けているらしい。
「私も反省したので、もうあんな真似はしませんよ」
「……じゃあなにさ」
「アッシュが眩しいという話です。やっぱり目標があると頑張っちゃうものなんですね。この夏合宿、とても頑張っていましたから」
「でしょ? これも花束を手に入れるためさ。ぼくの最終目標のためには、クラシックレースの後も見据えて日本を代表するウマ娘にならないといけないからね」
そう。アッシュブライドの最終目標は『凱旋門賞』の制覇だ。
菊花賞は道中の中目標であり、そこで満足してはいけない。
「頑張りますよ。特大の花束を持ったアッシュの花嫁姿を見ないといけませんから」