ネオユニヴァースに恋した世界一の蹄跡   作:はやてだわきち

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 初めてウマ娘化してない馬の名前を出しました。
 灰嫁ちゃんによる史実改変で被害を受けた馬の一頭です。史実での生涯も作者なりにまとめたのでぜひ読んで彼のことを知ってあげてください。


13 歓声のセントライト記念

「え、アッシュちゃんが失恋した?」

 

 日本ダービーで最後まで追いきれずに(追い越す気がなくて)3着に終わってしばらく経ち、夏の暑さが本格的になってきた7月のことです。

 

 今日も調教のために厩舎にやってきた騎手如月四葉は素っ頓狂な声をあげました。

 

「そうそう。最近元気なかったでしょ? みくちゃんと気になるねーって色々試してる最中に気づいたんだけど」

「ネオユニヴァースのポスター見せても前みたいに元気にならなかった。なんなら項垂れる」

「そう元気にならなかったんだよ! これはもうそういうことなんじゃない!?」

「え、本当っぽいの出てきましたね? ダービーの後にネオユニヴァース号と見つめ合ってたのは振られてたってことですか」

 

 緋田厩舎の女性陣が姦しく恋バナに勤しんでいる一方で、男性陣はアッシュブライド号の次のレースについての相談をしていました。

 

「俺も厩務員なんスけどなんで次走の話に混ざってるんスね……」

「じゃあ向こう混ざってきたらどう?」

「無理ッスわ」

「まあいいじゃないですかー! 男3人むさ苦しく話しましょ?」

 

 真壁厩務員、緋田調教師、馬主の島原の3人が話しているのは『菊花賞』について……ではなく、そのトライアルレースについてです。

 

「でもなんでダービーは無しで走ったのに菊花賞はトライアルレースいるんですか?」

「実は、皐月賞って日本ダービーのトライアルレースでもあるんス。皐月賞で2着だったからダービーの優先出走権がもらえてたんスね」

「え、聞いてない……いやメモ見返したら取ってましたごめんなさい」

 

 んん゛、と緋田が咳払いをして逸れかけた話題を菊花賞のトライアルレースについてに戻しました。

 

「菊花賞のトライアルレースは2つ。セントライト記念と神戸新聞杯です」

「ネオユニヴァース号が出走するのは多分神戸新聞杯の方なんスけど……」

「島原さんに決めてほしいのは、“あの”状態のアッシュブライド号をネオユニヴァースにぶつけるのか、です」

「……失恋モード、ですもんねー」

 

 結局男性陣も恋バナでした。

 冗談はさておき、緋田の懸念はこういうことです。

 

 失恋なのかはさておき、ネオユニヴァース号のポスターを見て項垂れるようになった現状で『ネオユニヴァースに被せる』という島原の願いを聞いても大丈夫なのかと心配しているのです。

 

 もしもレースへの闘争心を失ってトライアルレースを突破出来ないのであれば、ネオユニヴァース号を回避してセントライト記念を選択した方がいいかもしれません。

 

 

 

 ですが、

 

「これ結論出なくないですか? 失恋モードのアッシュにネオユニヴァース号を会わせてどうなるかなんて予想つかないですよ。レースで会ってやる気出るかもしれないしもっと落ち込むかもしれないし、菊花賞ではどうせ会うし」

 

 馬の心は人間にはわからないのです。

 

 

 

 男3人が頭を悩ませていると、如月が一言、なんの気なしにある提案をしました。

 

「私ネオユニヴァース号の椎戸調教師とそこそこ仲良くさせてもらってるので、ネオユニヴァース号との併走トレーニングお願いしましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『椎戸さんが言うから併走トレーニングはするけど、僕が言ったことの意味わかった?』

『…………………………ごめん』

『菊花賞までだから。……幼馴染み(きみ)を嫌いになりたくない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目でしたね。ごめんなさい」

「いやそんなことはないッスよ」

 

 ネオユニヴァース号との併走トレーニングは、失敗と表現せざるをえない結果に終わりました。

 

 アッシュブライド号は終始怯えていて、競り合うこともしませんでした。

 

 

 

 提案した如月が後悔して皆に謝りますが、それを責める人は誰もいません。

 

 むしろ、今ネオユニヴァース号と走ることが逆効果だと分かっただけ御の字なのです。

 

「じゃあネオユニヴァース号を回避してセントライト記念ですかねー」

「そうですね。その方向で準備しておきます」

 

 こうしてアッシュブライド号の次走がセントライト記念に決まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13 歓声のセントライト記念

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくが今日走るのは『セントライト記念』というレースらしい。

 

 そう、ぼくはあの日本ダービーで周りを見ていないと言われてからいつもよりも人間の言葉を気をつけて聞くようにしていた。

 記念、というのはなにを記念しているのだろうか。セントライトというのは多分馬の名前だ。

 

 

 

 

 

 久しぶりに馬運車という車で疲れた気がする。

 

 皐月賞と日本ダービーの前2走はネオユニヴァースがいることがわかってたからあの程度の揺れは平気だったけど今日はそうではなかった。

 

 

 

 疲れ果てた……って言いたいけど、我慢。

 今日のレースを走りきり、菊花賞でネオユニヴァースのいう誠意のある走りをすることができなければ、ネオユニヴァースはぼくのことを……っ!

 

 

 

 暗くなってしまった気持ちをなんとか持ち直して、鞍上の人間、多分、キサラギヨツハチャンが手綱で導いてくれる通りにゲートインする。

 ネオユニヴァースが牧場で人間の名前は姓と名に分けられるって教えてくれたけどその切れ目まではわからなかった……。

 

 

 

『弥生賞では世話になったなぁ!』

『えっと……?』

『4着で皐月賞に間に合わなかった宇宙の皇帝、コスモインペリアル様だが!?』*1

『コスモインペリアル、コスモインペリアルね。覚えたよ』

『覚えておきたまえ! …………ってゲート開いてるぅ!?』

 

 2頭で出遅れた。

 ぼくは焦っていつもくらいの位置に向かって加速する。

 

 ぼくは前から7番手。コスモインペリアルは10番手に陣取った。

 

 いつもよりも遅めのペースで着いていくのだけれど、最終コーナー手前で異変が起こった。

 

『まだ、走りたいのというのにっ』

『コスモインペリアル?』

 

 コスモインペリアルの速度が落ちはじめた。

 勝つにはここから加速しないといけないのに、コスモインペリアルは速度を落とした。

 

 不可解な行動に驚いて、怪我をしたのかもしれないと心配して足が緩んでしまう。

 

 すると、

 

『情け容赦のつもりか? ふざけるでないわ!』

 

 コスモインペリアルもあの時のネオユニヴァースのように怒りを露わにした。

 

『レース前に少し話したから血迷ったか! 我らに夢を託した人間の思いを蔑ろにするでない!』

 

 また、人間の思い、だ。

 

 ネオユニヴァースも言っていたその言葉がぼくの胸に深く突き刺さる。

 

『……なんなのさっ!』

 

 ぼくはキサラギヨツハチャンの指示に応えて加速する。

 ぐんぐん速度を上げて誰もいない外側を駆け抜けて、そのまま全頭を追い越してゴールイン。

 

 訳が分からないまま勝ったレースだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、人間たちの歓声がぼくを出迎えた。

 

「よくやったー!」

「菊花賞も勝ってくれよー!」

 

 人間たちはぼくの勝ちに沸き立っているようだ。

 

 

 

 弥生賞で勝った時もこうだったっけ……? 人間たちが何かを言っていた記憶はあるけど、何を言っていたっけ……?

 

 

 

「コスモインペリアル、次は勝てるぞ!」

 

 ぼくの勝ちを讃える声の中に、ぼくでない馬を応援する声が聞こえた。

 

 よく聞いてみるとコスモインペリアルだけじゃない。

 他の馬の名前も聞こえてくる。

 

 

 

 ……もしかしてこれが、人間の思い?

 

 ぼくたちが勝てば勝利を信じていた人間たちが喜び、負ければ悲しむ。

 

 これが思いを託されるってことなのかな?

 

 

 

 

 

 こんなことも気づかなかったなんて、ぼくは今まで何を見ていたんだろう。

 いや、ネオユニヴァースだけしか見てなかったんだ。

 

 これは確かに誠意の無い走りと言われても仕方がないね。

 

 

 

 

 

 ぼくは観客席に近づいて、大きく嘶いてその歓声に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
史実では弥生賞の3着で皐月賞の優先出走権を得るもののクラシック路線では活躍出来ず、王道路線離れた先で成績を残した。その後再び惜しくも勝ちを逃すレースが続き、高知競馬に移籍した。引退後は乗馬として人々に親しまれた。

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