ネオユニヴァースに恋した世界一の蹄跡   作:はやてだわきち

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 ジャパンカップで疲れ果てて負けてしまったからか、次のレースとして考えていたアリマキネンへの出走は取りやめになったらしい。

 

 アリマキネン。以前のネオユニヴァースが出走してなかったのであまり気にしたことがなかったと気づいたので、人間たちの話を意識して聞いてみたところ、それも長距離のG1のようだった。

 

 

 

 長距離のG1と言われると、ぼくの脳裏に最初に浮かぶのは『天皇賞・春』。以前のネオユニヴァースの最後のレース。あまりにも長すぎるせいで脚を痛めてしまったレースだ。

 ぼくの中には、このままでは今のネオユニヴァースも同じように脚を痛めて引退してしまうだろうと不安に思う気持ちと、競走馬(ぼくたち)は自分で出走するレースを決められない以上避けられない運命だと諦める気持ちがあった。

 

 何かぼくにできることがあるだろうか……と考えていると、ぼくに話しかける声がした。

 

 人間ではない。

 馬だ。

 

『またネオユニヴァースさんのこと考えてたんでしょ。最近ずっと暗い顔してるよ?』

『……むぅ』

 

 グロリアスベル。

 ついこないだからこの厩舎の仲間になった競走馬だ。

 

『姉さんの次のレースはなんだっけ。そこで告白しちゃえばいいのに』

 

 姉さんと呼ぶ通り、ベルはぼくの妹に当たるらしい。

 競走馬(ぼくたち)は同じ母親から生まれた場合にのみ兄弟姉妹とされるので、人間の言葉で言うなら異父姉妹だ。

 

『ベルはまだ小さいんだから告白とかおせっかいかかなくていいんだよ』

『まだ小さいとか言うけど姉さんは当歳馬の頃からネオユニヴァースさんのこと好きだったらしいじゃん』

『……痛いところを突くね』

 

 この通り、ベルは少し『ませた』所のある馬だ。

 ぼくがポロっとネオユニヴァースのことが好きだと話してしまったばかりにこうして告白しろと急かしてくる。

 ぼくにはぼくのペースがあると言うのに。

 

『私には姉さんがどうしてそんなに慎ましやかにしろって言ってくるのかわかんないくらいなんだけどなぁ。強くてかっこいい牡馬さんがいたら好きになって子孫を残したいと思うのは普通だと思うしなんなら姉さんのこと応援したいくらいなのに……』

『……またボバとかヒンバとか難しいこと言う』

 

 セントライト記念でコスモインペリアルが言っていた言葉、ボバとヒンバ。

 思い返せばオープン戦に勝って、皐月賞かオウカショウかって話をしてた時に馬主さんと調教師さんも言っていた。

 

 そして、ベルもこうして当たり前にその言葉を使っている。

 一体なんなんだろう、ボバとかヒンバとか。

 

『え、姉さんホントに言ってる? 冗談とかではなくて?』

 

 この疑問をベルに聞いてみると、ベルは信じられないものを見たような顔をした。

 

『ええー、あれだけネオユニヴァースさん好き好きオーラ出しといて牡馬と牝馬の違いも知らないの?』

『そこはかとなく生暖かい視線を感じる』

『そりゃこんな視線にもなるよ。性別も知らないのに恋をしたこの姉さん可愛すぎる』

『……早く教えてよ、ベルのいじわる』

『わかったわかった。いい姉さん? 牡馬と牝馬っていうのはね……』

 

 

 

 

 え? ぼくとネオユニヴァースで子孫を残す…………?

 ネオユニヴァース好きなのはそうだけど……子孫……?

 

 えっ子孫!?

 

『そうだよ。私たちはそうやって強い競走馬の血脈を継いできたし、姉さんやネオユニヴァースさんほど強い馬ならその血を残すのは当然なんだよ?』

『ううん……? よくわかんない……』

 

 実感が湧かないのは、ぼくが本来子孫を残すこともできない才能のない馬だからなのかもしれない。

 

 それくらい、ネオユニヴァースが好きだという気持ちと、ベルの言うネオユニヴァースとの子供というのが繋がらなかった。

 だって、ネオユニヴァースと話して、競って、想う。それだけで満たされていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「牝馬のプロ、ッスか?」

「そうそう! 緋田さん最近そう呼ばれてるらしいじゃないですかー」

 

 島原は印刷したネットの記事や新聞を並べて言いました。

 

 緋田厩舎は牝馬のプロ。そのような論調が世の中に広がり始めているそうです。

 

「そう言われてみたら……自分が緋田厩舎に就職してから見てる馬全部牝馬かもッスね」

「真壁さんが所属する以前のデータも探してきたんですけどー、ほとんど牝馬でした。やっぱり緋田さんに牝馬の方がノウハウがあるとか事情がありそうなんですけどー、今日は中々捕まらなくて聞けないんですー」

「新しく入厩してくる馬の調整で、馬主さんとお話しにあちこち行ってるからッスね」

 

 島原は、牝馬ばかりを預かる理由について緋田に聞いてみたいと思っていましたが、まだ聞けないでいました。

 その理由は、入厩、すなわち新しい競走馬が厩舎にやってくる時期で忙しいからです。

 

 厩務員の人数も急には増やせないので今回も一頭のみですが、島原のように自分からやってくる馬主の方が珍しいのです。ほとんどは自分の仕事で忙しいので、電話で話したり、調教師が直接出向いてお話ししないといけないのです。

 

「じゃあ緋田さんの代わりに長くいる面々に聞いてみたらどうッスか? 栗畑さんとかなつめ先輩とかに」

「いいですねー。行ってきます」

 

 

 

 島原はまず、近くにいた女性厩務員に話を聞いてみました。

 

 厩舎のムードーメーカー的存在、後山なつめです。

 

「どうかしましたかー?」

「どうして緋田厩舎さんは牝馬しか見ないんだろうなーって思ってですねー」

「あー、なるほど!」

 

 女性厩務員はしばらく思い出そうと悩んだ後、

 

「わかりません! 気づいたらこうでした!」

 

 と元気に答えて、代わりにもう1人の女性厩務員を呼びました。

 

「みくちゃんは覚えてる?」

「私の方が年下なのに知る訳ない。気づいたらどころか最初っから牝馬ばっかり」

「でも栗畑さんなら知ってるかもです! 栗畑さんと緋田さん昔っからの友人なので!」

 

 どうやら2人は、緋田厩舎が預かる馬が牝馬ばかりな理由を知らないようです。

 

 島原は2人にお礼をした後、復帰したばかりのベテラン騎手栗畑五郎の元に向かいました。

 

「緋田が牝馬ばっかり貰ってくる理由ですかぁ……」

「知ってたりしませんかー?」

「あいつのことだし深い理由はないと思うけどなぁ。厩舎初めてすぐの頃偶然牝馬が多めで、その時にノウハウ得ちゃったから今もなあなあで牝馬多めみたいな感じだと思いますよ俺は」

「ええ……? 緋田さんに限ってそんな適当な……」

 

 島原は、緋田がそんな成り行きで牝馬ばかりを持つようになるとは思えなかったので首を傾げて疑わしげにしていましたが、緋田の古くからの友人だという栗畑はそんな島原を見てカラカラと笑いました。

 

 緋田も随分尊敬を集めるようになりやがってと一通り笑った後、昔の『緋田適当エピソード』を語り出しました。

 

 例えば、緋田が騎手だったある日のこと。

 

「その日はトレーニングとして学生時代から続けてた剣道をしてたんですよ。俺はちょっと面白そうだなって稽古に混ぜてもらったら……」

「何があったんです?」

「『じゃあ突きを巻かれた後の小手の応じ技やらせてくれ』って言ってきたんです。全くの素人の俺にね。つまりは緋田が俺の鳩尾を竹刀で突こうとするからそれを巻き上げて防いだ後小手、手首を狙ってくれって言われた訳だけど」

「それ初心者にできることなんですか……?」

「いや無理。よくわかんないまま鳩尾突かれました。巻き上げて防ぐって何……って」

 

 さらに別の話題では、

 

「何ヶ月か前俺のお見舞いに来てくれた時、真っ赤なバラを持ってきたんです」

「それめっちゃマナー違反じゃ。血を連想させるって」

「どうしてそのチョイスなんだって聞いてみたら、『花屋で親友に花をやりたいって言ったらバラ5本がおすすめって言われたから』って。流されるたちなんですよ緋田は」

 

 この後もいくつかの話を聞いて、島原は思いました。

 

 牝馬ばかりを預かる厩舎の謎は結局よくわからなかったけど、次の小説に中年男性2人のコンビ出してもいいかもな。と。

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