21-1 初詣
「こうでもない……。これも違う……」
大晦日の夜。
アッシュブライドは私と一緒に別宇宙に関わる論文を読んでいた。
「どうですか? 有用な情報はありましたか?」
「だめだね。“異界”の妨害を振り切る鍵になりうる鍵なんてそう簡単には見つからないや」
アッシュブライドには見えて、ネオユニヴァースには見えない未来────春の天皇賞後のネオユニヴァースの未来。
『消失』したと考えていた未来のネオユニヴァースは、実際のところ消えてなんていなかったことがわかったのがジャパンカップの後。
私たちはネオユニヴァースの別宇宙を見通す瞳にかかったモヤを、“異界”と同じ歴史を歩ませようとする妨害のようなものだと仮定して、そのモヤを払う方法を考えているのだが──
「あれ、もう年が明けてしまいましたか」
「……本当だ」
熱中しすぎて、年が明けたのにも気づけなかったようだ。
そういえば、去年のアッシュブライドは本を読んでいて年が明けるのに気づけなかった。
そして今年は調べ物に夢中で気づかなかった。
来年こそは、2人で風情のある感じに年を越したいものだ。ジャンプしたりして。
「一旦休憩にしましょう。初詣に行きませんか?」
深夜にも関わらず……いや。深夜だからこそ神社は賑わっていた。
「いませんね、ネオユニヴァース」
甘酒を飲みながら参拝の列に並んでいる間、周りを見渡していたが、あの特徴的な金と水色の髪は見つからなかった。
そのことをアッシュブライドに伝えてみると、アッシュブライドはなんともいえない呆れ顔をして、私の腰を引っ叩いた。
「流石に、このタイミングで会っちゃったら話せないから……」
「え、なんでですか?」
「それは……。別宇宙絡みの話ならネオユニヴァースを助けたいって思うから話せるけど……そうじゃなかったら恥ずかしいが勝つから……」
「じゃあ恥ずかしくないくらい立派な花嫁になれるように祈っときましょうか」
「……いや、花嫁には自分でなるから別のことをお願いするよ。『ネオユニヴァースがGATEの後も走り続けられるように』って」
「全然手がかりを見つけられなかったし、いいかもしれませんね」
そして神社から帰った後、少し睡眠をとって調べ物を再開したのだが──
「トレーナー、これ」
「何か見つけましたか!?」
アッシュが見せてきた古い文献を読む。
そこにはウマ娘が異世界の魂を継いでいるという例の言葉の元になったらしい伝承が記されていた。
「……なるほど。過去にもアッシュやネオユニヴァースのように違う宇宙を覗いていたウマ娘がいたということですか」
「『私たちのレース結果は、まだ誰にもわからない』と残しただけあって、彼女も妨害と、“異界”と同じレース結果にしようとする強制力と戦い、勝ったからこう言ったんだ」
「妨害を越えた方法は……なるほど。まあ、そう言われればそうですね」
「うん。レースまで全力で練習をすること。未来の見えない不安とは言うけど、そもそも普通は未来なんて見えないんだ。他のウマ娘のように、自分が勝つと信じて練習するんだ」
ふとアッシュブライドの顔を見ると、笑っていた。
そしてやるべきことを思い出したと言うと、トレーナー室の端にある簡易更衣室でジャージに着替え始めた。
「ネオユニヴァースのトレーナーと併走トレーニングの話をしてきますね」
「うん。お願い」
夜に言っていた通り、必要ならネオユニヴァースと話したりするのは平気らしい。
……ネオユニヴァースが春の天皇賞以降も走れるように手伝うのも大事だが、アッシュブライドのトレーナーとして、アッシュブライドがなんでもない時でも好きな人と話せるように、凱旋門賞を勝つためのトレーニングも考えないといけないなと思い直した。
21−2 福引チャンス!
トレーニングのない休息の日、私とアッシュブライドはトレセン学園近くの商店街に買い出しに来ていた。
「さあさ、新春・大福引祭り開催中だよ〜! そこの小さなお嬢さん、やっていかないかい?」
「ぼくは一応高等部なんだけどな……。トレーナー、さっき福引券もらってたよね。いい?」
「はい、どうぞ。1枚だけしかありませんけど」
商店街のおじさんに手もちの1枚を渡す。
福引期間中に買い出しに来るのは今日が最後だろう。正真正銘、一回きりの勝負だ。
「温泉旅行券が当たったらネオユニヴァースを誘うといいですよ」
「監督の大人は要るからトレーナーも自腹でついてきてね」
「凱旋門賞に勝たないと一緒に行っても緊張して楽しめなさそうですけどね」
「勝つからいいの!」
アッシュブライドが妖しく目を輝かせて、抽選器のレバーを掴んだ。
小さな箱がまわるまわる。
花道を飾る花は──何色だろうか?
「なんとっ! おめでとうございまぁぁぁぁす!! 特賞『温泉旅行券』、出ましたぁ〜〜〜〜!!」
嘘でしょ。
「本当に当たったよ」
「……給料貯めなきゃなぁ」
この温泉旅行券はシニア級の1年目が終わった頃に使うことにしよう……。
アッシュブライドがネオユニヴァースに相応しい花嫁にするためという意味でも、論文や文献を買い漁って薄くなった私の財布事情という意味でも……っ!
21−3 バレンタイン
「作りますよ。チョコ」
「ちょっと無理。よしんば作ったとしても渡せないもん」
「アッシュのヘタレ」
「ぼくにはぼくのペースがあると何度言えば……!?」
ネオユニヴァースにチョコを作ろうと言ったのだが、アッシュブライドは渋って中々作ろうとしない。
なので仕方なく、その小さな体を持ち上げてキッチンまで連れて行ってエプロンを着せる。
ウマ娘の力なら容易に抵抗できただろうに、本当は作りたいけど渡す勇気が出ないだけだというのがバレバレだ。
「……作り方知らない」
「調べてきたので一緒に作りましょう」
恥ずかしそうに俯いているアッシュブライドに、できるだけ優しく答える。
ネットから印刷したレシピを冷蔵庫に磁石で貼り付けて、2人で並んで料理を始めた──
そして、バレンタイン当日。
授業を終えてトレーナー室にやってきたアッシュブライドのカバンの中には、チョコレートが入ったままだった。
「保冷剤があるからまだセーフですけどこれ生チョコですよ!? ダメになっちゃいますよ!?」
「……保冷剤取り替えておいて」
「それより冷蔵庫に入れて置くのでトレーニング終わりのタイミングで渡しましょう」
「……うん」
さて、こんな調子で本当に渡せるのだろうか。
「え、ネオユニヴァースがいない?」
「うん。今日はトレーニングも休みだったって。……無理に今日渡さなくても」
「いえ。探しに行きましょう。連絡を取ってみますね」
ネオユニヴァースのトレーナーに電話を掛けてみるが、どうやら電源を切っているか圏外にいるようだ。
「今どこにいるかわかんないならやっぱり明日とか……」
「今日渡さないとバレンタインじゃないんですよ。寮で待ちましょう!」
「このお節介トレーナー……」
栗東寮の前で待っていると、夕暮れ時にネオユニヴァースが帰ってきた──のだが、
「隠れてどうするんですか!?」
「……ゆうきがたりない」
「もう……。ネオユニヴァース! ちょっといいですかー!?」
「トレーナー!」
そのまま寮に入ろうとするネオユニヴァースを呼び止めて、アッシュブライドの背中を押す。
泣きそうでかつ恨めしそうな顔をするアッシュブライド。
私の後ろに隠れそうになるのを全身全霊の力でなんとか抑えて、ネオユニヴァースに対面させる。そしてカバンの中からチョコレートの包みを取り出して渡した。
「アッシュブライド。こんな時間まで外にいると“モスキートーン”の襲撃があるよ。とても『かゆい』になる」
「…………こ、これ! 生チョコレートだから冷蔵庫にっ! えっと、あのさ、早めに食べて!」
「スフィーラ。アッシュブライドとも“AMRT”だね」
「そ、それじゃあまた明日!」
なんとかネオユニヴァースにチョコレートを渡すことができたアッシュブライドは、そのまま赤くなった顔を隠しながら自室に走って行った。
「青春だなぁ……」
私はアッシュブライドと一緒に作った自分の分のチョコレートを舌の上で融かした。
とても甘い。