「ネオユニヴァース、なぜ君はそんなにも……」
早朝のグラウンドにやってくると……担当ウマ娘、アッシュブライドがコースの方を見て何事か呟いていた。
「また“ネオユニヴァース”を見てたのですか?」
「当然だよ。ぼくは彼女の“
アッシュブライドはコースで走っているウマ娘、ネオユニヴァースに相当入れ込んでいるらしい。
時間があればいつでもネオユニヴァースを、少し離れたところから見つめている。
「そんなに好きなら話しかければいいじゃないですか」
「ぼくにはまだ、
花婿の隣に立つ資格が無い。
私がネオユニヴァースともっと仲良くすればいいと言うと、アッシュブライドは必ずこの言葉を返してくる。
“資格が無い”。
実力が見合ってないという意味、では無さそうだ。
「……すごい、レベルが違う」
コースからネオユニヴァースのトレーナーの驚く声が聞こえてきた。
少し離れた所から見ていても分かる。ネオユニヴァースの実力は同世代と比べて、まさしくレベルが違う。
でも、アッシュブライドだって……。
「そろそろ朝練を始めましょうか」
3-1 アッシュブライド登場!
「記録更新ですね。速度もそうですが、何よりスパート。以前より長くかけられるようになったんじゃないですか?」
実力ならアッシュブライドも負けていない。
タイムもデビュー前としては破格だけど、注目するべきはスタミナだ。
長くトップスピードを維持する、ロングスパートに向いた脚をしている。
パワーもあるので、そのトップスピードに到達するのも速い。
この走りを見て再確認した。
「やっぱりアッシュには中長距離の王道路線が向いていると思います。クラシック三冠を狙えるウマ娘です。それでも、ネオユニヴァースの隣に立つ資格がないのですか?」
「ぼくは体が小さい。今は同世代より強くても、これからどんどん追い抜かされる」
「追い抜かせないために、私がいるんです」
「ぼくも追い抜かされる気はないよ。勝って勝って勝ち続けて、
首の後ろを掻きながら言うアッシュブライド。
その言葉を聞いて、“資格”の正体がわかったかもしれない。
「もしかして、隣に立つ資格というのは、実績ですか?」
「花束を持ってない花嫁なんて、ありえないよね」
なるほど。花嫁という言葉に拘るアッシュブライドらしい理由だ。
トレーナー契約を結んでさほど経っていない。まだまだコミュニケーションが足りてなかったようだ。
「教えて下さい。アッシュが持ちたい花束はなんですか?」
トレーナーとして、アッシュブライドの夢に寄り添うために、手に入る花束だけじゃなく、欲しい花束についても考えないと。
そう考えて聞いたのだが……。
「……ごめん。まだわかんない」
「え」
アッシュブライドは困り顔でそう言った。
「いや、うん。ぼくも悩んでるんだ。ネオユニヴァースの
「それは、難しい話ですね……」
ふたりで考え込んでしまう。
アッシュブライド本人も、花束が欲しいという気持ちはあってもその特別欲しい花束がある訳じゃないので話し合いは難航した。
今日の所は結局、決めるのはまた後日にして朝練の続きをしようということになったのだった……。
「芝2000m?」
「はい。やっぱりこの条件がアッシュのデビューに一番向いてるかと」
トレーナー室のソファで寛いでいたアッシュブライドは、ポカンとした様子で私の言葉を繰り返した。
「え、デビュー、決まったの?」
「いえ、まだ決定ではありません。アッシュの了承を得ていませんから」
「芝2000、つまりクラシック路線を目指すの?」
「はい。決まった目標が無いなら、行けるところまで行ってしまおう、と思ったのですが……」
「いや、大丈夫だよ。すぐに目標は決められないし、トレーナーの考え方は間違ってないって思うな」
こうして迎えたメイクデビュー当日。
控室でアッシュブライドは……。
「疲れた……」
学園からレース場への移動で疲れ果てて、椅子にぐったりと座っていた。
「はい、ミネラルウォーターです」
「あ……うん。ありがとうトレーナー」
できる限りの疲労改善の策を尽くしてはみたが、多少良くなることはあっても、完全に回復することはなかった。
こんな調子で大丈夫だろうか。
「アッシュブライドさん時間でーす」
とても心配だが、レース場のスタッフがアッシュを呼びに来てしまった。
せめて観客席から、アッシュブライドの勝利を祈っておこう……。
『9番、アッシュブライド。5番人気です』
『見るからに体調が悪そうですね。小さい体に秘めた本来の実力をどこまで発揮できるのでしょうか』
レース展開はありふれたものだった。
ジュニア級の平均的なペースで進行し、強い1人が中団から抜け出し、さほど差をつけずに勝利する。
観客は応援していたウマ娘が勝てば喜び、負けても過剰に悔しがることはなく次の未勝利戦を見据えて拍手を送る。
ありふれた展開だというのに、自分の担当ウマ娘が出走するという1点のみでここまで心を乱すものなのか。
勝ったのはアッシュブライドだ。
3-2 メイクデビュー
「お疲れ様でした」
「トレーナー……。ぼく結構頑張ったよ? すっごく足が重かったけど、それでも必死に動かしたら……なんとか勝てた」
今日は疲れ果てたアッシュブライドを早めに帰らせて、休息を取ってもらうことにした。
本人が言っていた通り、体調不良を無理矢理ねじ伏せて得た勝利だったから、アッシュブライドの疲労は尋常ではないはずだからだ。
そして、その日の夜のことだ。
「トレーナーさん!」
トレーナー室で作業をしていた私の下に、スマホを持って慌てた様子のたづなさんがやってきた。
「大変です! アッシュブライドさんが!」
「アッシュに何かあったのですか!?」
「アッシュブライドさんが倒れたって、フジキセキさんから連絡が!」
ぼくが目を覚ますと、そこは保健室だった。
「アッシュ、目を覚ましましたか」
「……とれーなー」
ベットの脇にトレーナーがいる。他に誰もいない。
……体中が重い。
「ごめんなさい。私の責任です。今日、無理に出走させなければ……」
違うよ、トレーナー。
ぼくが倒れたのは、疲れてたからじゃない。
ぼくが“今日”倒れるのは決まってたみたいなんだ。
……うまく声が出ない。
「もくひょう、きめたよ」
「……聞かせてもらえますか?」
倒れたぼくが夢で見たのは、ウマ娘じゃない異界の『ぼく』の生涯。
ネオユニヴァースを追い続けて、
けれど、それを伝えることは出来ない。
口がうまく動かない。それもあるけど、信じてもらえないのが怖いから、言葉にできない。
「がいせんもんしょう、を、とりたい」
異界の『ぼく』は世界一になっていた。
ネオユニヴァースの隣に立つには、世界一になるくらいじゃないといけないらしい。
「……それが、花束なんですね?」
首を縦に振る。
……凱旋門賞を勝ちたいのは、決して異界の『ぼく』の真似じゃないと宣言しておこうかな。
異界の『ぼく』と同じ花束でネオユニヴァースの
だって、それじゃあ、ネオユニヴァースが好きだっていう気持ちが、異界の『ぼく』と大して変わらないみたいなんだもん。
だからぼくは、異界の『ぼく』が取りこぼした勝利も拾うと決めた。
異界の『ぼく』以上の花束を用意して、ネオユニヴァースを迎えに行くんだ。
「まっててね、ぼくのぐーるむ」
「……はい。世界一の花束を用意して、彼女を迎えに行きましょう!」