24 春の一等星
天皇賞・春、そして“GATE”に向けての連携強化のためにチームを結成してからというもの、毎日のように多くの記者が取材にやってきていた。
「なぜこの時期にチームを結成されたのでしょうか?」
「今後の彼女たちの競走人生のために必要なことだと考えアッシュブライドさんのトレーナーとも協議し結成に至りました」
「お二人とも次走は春の天皇賞と発表なさっていますが、ライバルとチームを組んでしまって本気で競えるのでしょうか! 特にアッシュブライドさんのネオユニヴァースさんへの思い入れは相当なものだと思うのですが」
「アッシュブライド本人も大丈夫だと言っていましたし、私としても問題ないと考えています。レースで手を抜くようなことはしませんよ」
慣れるほど繰り返した問答を今日の記者達とも交わしながら、トレーニングをしている2人のウマ娘を見る。
今行っているのはインターバル走を取り入れた私特製のスタミナトレーニングだ。
慣れているアッシュブライドは適度に汗をかきながら取り組めているが、ネオユニヴァース対照的に息が上がり切ってしまっている。
「ちょっと向こう見てきますね」
私はネオユニヴァースのトレーナーに断り2人の元に向かった。
「……ふぅ」
水筒の水を飲み休憩しているネオユニヴァースの上気した頬と流れる汗に健康的な色気を感じて、綺麗な娘だなぁ、アッシュの気持ちもわかるなんて思っているとコースの向こう側から鋭い視線で釘を刺された。
「はいはいわかってますよアッシュ。ネオユニヴァースは大丈夫ですか? ハードすぎるようなら……」
「アッシュブライドがLODIが『得意』なのはこのトレーニングのおかげ。ネオユニヴァースは『頑張る』をするよ」
「LODI……あぁ、
チームを結成して初めて、私は『ネオユニヴァースがスタミナに不安を抱えている』ことを知った。
思い返せば初めての長距離レースだった菊花賞や、シニア級のウマ娘達と競り合ったジャパンカップでは最後に加速しきれず負けていた。
まさか高い知性とそれによってもたらされる消耗しないレース運びで騙し騙し走っていたとは思いもよらなかったが。
「まぁ、アッシュにスタミナがあると言っても底なしってわけじゃないので、
「ならネオユニヴァースは『もらう』だけじゃなくて『あげる』をするよ。スターフルイド、“流動”する星空の駆け方を」
「……スター、フルイド?」
やはりネオユニヴァースの言葉は難解だ。ひとつ意味が分かったと思えば次から次へと知らない言葉が出てくる。
これについていくなんて心から彼女のトレーナーを尊敬する。
スターフルイドなる言葉の意味を考えながら、まだコースでインターバル走を続けているアッシュブライドの様子を伺う。
「あれはまだ余裕あるな……。ネオユニヴァースも体力が戻ったら無理なく再開してみてください」
そうしてネオユニヴァースはしばらく休んだ後インターバル走に戻っていった。
ネオユニヴァースが立ち上がるとアッシュブライドは期待に目を輝かせ、コースに入ると口を大きく開けて喜び、隣に並んできたら満面の笑みで迎える。
ネオユニヴァースが関わると一挙一動が嬉しくてたまらないとばかりに大きくなるアッシュブライドはとても可愛らしく、庇護欲を掻き立てられた。
この娘が好きな人と自信を持って話せるように絶対に凱旋門賞を勝たせるんだ、と………………あれ?
「普通に楽しそうに話してる……?」
以前からアッシュブライドは『ネオユニヴァースのために必要な会話なら緊張せずにできるけど、そうじゃない私的な会話は緊張する』と言っていた。
──同じチームになったから多少話すのは自然なことだと言い訳して好きな人との束の間の時間を目一杯楽しんでる!?
「いや、いいことなんだけど、いいことなんだけど複雑。何のための凱旋門賞なんですか……」
そんな簡単なことで緊張を取り払えるなら凱旋門賞要らなくない? という嫌な考えを振り払って、アッシュブライドが自分に言い訳することなく自分に自信を持って話せるようになるために必要なことなんだと考えることにした。
「アッシュブライドのトレーナー、“スターフルイド”を伝えたい」
「ああ、昨日言ってたやつですか」
翌日の早朝、朝練のために集まったタイミングでネオユニヴァースがそう言った。
「ネオユニヴァースにあって、アッシュブライドにないもの。それは“観察眼”。ネオユニヴァースの『欠点』を埋める手伝いをしてくれてるから『恩は恩で返す』をするよ」
スターフルイドというのは、ネオユニヴァースが得意とするレース運び、特に空間転移したようだと表現されることもあるバ群から通り抜けられる隙間を見極めることだった。
流動する
「前に進めないように見えても、バ群は僅かに変化し続けているんだ。道が生まれては消えていく、その一筋の光を捕まえる」
「……平然と言ってますけどそれってかなり難しいことですよね」
「NPBM。大事なのは自分の大きさを知ること。アッシュブライドはネオユニヴァースより『小柄』だから、その分『余裕』があるよ」
「なるほど……。トレーナー、トレーニングメニューに模擬レースを入れられないかな。ゼンノロブロイとかも呼んで大勢で」
「バ群の隙間を見極める練習ってことですね。ネオユニヴァースのトレーナーさんはどう思いますか?」
「ぜひやりましょう。でも他のウマ娘を呼ぶとなるとスケジュールのすり合わせが難しそうですね……」
「大丈夫だよ。今までネオユニヴァースが通れるはずもない小さな隙間を通って行くのを何度も追ってるから、スターフルイドを身につけるのにそんなに時間はかからないと思う。1回か2回意識して模擬レースが出来れば十分」
こうして話は纏まった。
朝練を終えて2人が授業を受けに行った後、私たちトレーナーは多くのウマ娘のトレーナーに模擬レースをしませんかと連絡を取った。
『是非に! でも、二冠ウマ娘のスキルを盗んじゃうかもですよー?』
『その日は厳しいですね』
『わかりました。うちの娘も春天対策がしたかったので!』
了承されたり断られたりして、春の天皇賞本番よりは少ないが8人のウマ娘と約束を取り付けることができた。
そして約束の日。
グラウンドには参加するウマ娘とそのトレーナー以外にも多くの見物客が来ていた。
「『たくさん』のOBSRだね」
「スカウトの時期の模擬レースと変わらないくらい来てるな……」
ネオユニヴァースが緊張を露わにするほどの人数を気にすることなく、アッシュブライドはある1人の
「どうかしましたか?」
「……全てを騙す切り札は本番まで隠し通すよね」
「つまり、今日の模擬レースでは本気を出さないけど要注意、ってことですか」
アッシュブライドがネオユニヴァースのように難しいことを言い出したら、それは別宇宙か異界絡みの事柄だ。
ネオユニヴァースが宇宙関係の語彙で必死に言い表すように、アッシュブライドは愛読書の児童文学で培った語彙でそれを何とか言い表そうとしている。私にわかる範囲内では、アッシュブライドはあの逃げウマ娘を警戒するように伝えたいようだった。
『全ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました!』
いつの間にか実況解説役まで現れていた模擬レースが始まった。
『本日の主催者、ネオユニヴァースさんはいつもより後ろめにつけています!』
『春天を見据えてスタミナを温存できる後方の練習をしているのでしょうか』
そしてアッシュブライドはネオユニヴァースより前にいる。
ネオユニヴァースの後ろをついていくのではなく、自分でバ群の隙間を見極めるためだ。
黙々と控え、バ群を観察し続ける。
3200mを想定した長い模擬レース、いつもならスパートをかけるのは最終コーナー手前の向こう正面だが、アッシュブライドは最終コーナーに差し掛かっても動き出さなかった。
「スターフルイドはまだ掴めませんか……?」
私が不安の声を発したその時、観客がどよめいた。
「え、今どうやってあの壁を……?」
「先頭を見てたらいつの間にかバ群抜けてたんだけど!?」
それはデビュー前のネオユニヴァースが私服で模擬レースに出たあの日の困惑の声と酷似していた。
「まだかって言った直後に……!?」
誰の目にも越えるには大外を回るしかないと思えた濃密なバ群を抜けて、アッシュブライドは先頭に躍り出る。
そしてスタミナにものを言わせた無茶な加速で後続を突き放し、この模擬レースはアッシュブライドが勝利したのだった。
「……ネガティブ。追いきれなかった」
「もっとスタミナをつけないとな」
模擬レース後、それぞれが反省会を開いている中私とアッシュブライドは他よりも少し静かだった。
「スターフルイドは見えたよ」
「後は本番も確実に隙間を見つけられるようにその感覚を固めていきましょう」
「そうだね」
「あの逃げウマ娘について聞いてもいいですか? 私には前評判通りに見えましたが」
「聞かれてもやだしトレーナー室でしようか」
場所を変えて、アッシュブライドは神妙な顔つきで語った。
「大阪杯の後、別宇宙の僕は春天に勝ったって言ったよね。でも先週くらいから見える宇宙が変わったんだ」
「その別宇宙で勝っているのがあの娘という訳ですか」
「急激に成長してる。そして彼女が切り札になる作戦を立てたことが切っ掛け。変わった先の別宇宙ではぼくはその作戦の前に敗れる」
逃げウマ娘の彼女は決して注目されているウマ娘というわけではない。
そんな彼女が春天での勝利をもぎ取る、『最も近い別宇宙』を変えてしまうほどの作戦を立てていると聞いて私はその作戦に強い興味を持った。
「彼女はぼく以上のスタミナを隠し持っている。そして、大逃げを打って逃げ切ってしまうんだ」
「
しかも、スタミナ自慢のアッシュブライド以上のスタミナで逃げ切ってしまうという。
にわかには信じられない話だが、情報源が別宇宙となれば信じないわけにもいかない。
「自滅すると信じきっていたせいで誰も彼女を捕えられなかった。逃げ切ってしまうと気付いてからの加速じゃ間に合わないから」
「勝つには大逃げに着いていくしかない……」
「でも脚質的に先行策は向いてない。ちょうどいい位置どりが分からなくてぼくのスタミナが切れちゃう。どうすればいいと思う?」
アッシュブライドからもらった情報から、トレーナーとして勝つ方法を考える。
そして──
「……かなり荒唐無稽ですけど、ひとつ方法が思いつきました」