えっ41位とか夢みたいだよ。半年くらい前のぼくに聞かせても信じないんじゃないかな。
8月5日追記
31位!? 評価者4人増!?
ありがとうございます。もはや感激とかそんな言葉じゃ言い表せないです。
小学校6年生の冬休み。たった3週間の間に如月の身長は20cmも伸びました。
すると冬休みが明けて再開したクラスメートたちが口を揃えて、
『四葉ちゃんおっきくなったね!?』
と言うのです。
多くのスポーツにおいて高身長というのはそれだけでアドバンテージです。
運動神経が良かったのもあって、中学校に上がってすぐにはバレー部、バスケ部、バドミントン部で助っ人をするようになりました。
文化部でも演劇部に誘われました。
みんなに引っ張りだこで、学校中を駆けまわり色んなことに挑戦する姿が格好よく見えたのでしょう。
ある日、如月はバレー部の男子から告白されました。
如月はその場で断りました。
お付き合いをするというのがよくわからなかったからです。成長期は来ても思春期は来ていませんでした。
ここまではいいのです。
問題はその日の放課後からです。
今度はクラスの女子に呼び出されました。
『アンタ自分が何したかわかってる?』
彼女は如月に告白した男子生徒に片想いしていました。
彼女曰く如月は泥棒猫だそうで、
『ちょっと背が高くて顔がいいからって調子乗らないでよ!』
恵まれた容姿で男子生徒を誑かしたそうです。
もちろん如月にそんなつもりはありませんでしたし、実際女子生徒の妄想に過ぎませんでした。
そしてさらに女子生徒は如月に『仕返し』をすると言いました。
女子生徒の合図で、ゾロゾロと体格のいい男子生徒が姿を現しました。その中には上級生の姿もありました。
つまりは集団リンチというやつです。
しかし体格と運動神経は如月の方が良かったので難なく返り討ちに出来たのでした。
そして担任の先生に説教されました。
『何があっても暴力はいけないな。特に如月はデカいんだからそう簡単に暴力を振るっちゃいけないぞ』
正論ではありました。しかしその正しい言葉は如月にとって何の救いにもなりませんでした。
やり返していなければ男子生徒たちと嫉妬に支配された女子生徒は
だから返り討ちにしたというのに強いから私が加害者なのかと如月は憤り、先生に反論しているうちに泣き出してしまいました。
結局その日は親を呼び出され、そのまま帰宅することになりましたが、如月の心は小さな傷を負ったのでした。
『なんか学校休みたい』
『昨日のあれが原因?』
『多分』
『じゃあ休もっか』
そして水木金と学校を休み、土曜日に父親は如月を札幌競馬場に連れていきました。
母さんには内緒なと連れて行かれた競馬場ではちょうど札幌競馬の期間中だったので手に汗握るレースが行われていました。
如月はレースに魅了されました。
人々の熱を肌で感じる事ができる、最速を決める戦いに夢を見ました。
馬券が買えない代わりに新聞を握りしめて、毎週電車で競馬場に通うようになりました。父親は母親にこってり絞られたとかなんとか。
26 宝塚記念の思い出
「次走は宝塚記念かぁ」
調教の隙間の休憩時間。
如月は過去に思いを馳せてそうひとりごちました。
「確か初めて実地で見たG1が宝塚記念だったんスよね?」
「はい。北海道育ちなんで大きいレースはテレビで見てたんで、飛行機乗って見に行ったのは中2の時の宝塚記念ですね」
「じゃあ思い出のレースッスね」
「はい!」
2人が思い出話に花を咲かせていると、それを詳しく聞きたい男がすっと隙間に割り込んで来ました。
そうです。島原伸二です。
「なんスか島原さん」
「世間が注目する天才女性騎手の宝塚記念の思い出、ぜひ取材したくて!」
「えっ、そんな面白い話じゃないですよ」
「それでもいいですよー」
如月が見に行ったのはメジロ記念と揶揄されるようになったきっかけのレースでした。
メジロライアン、メジロパーマーと2年連続でメジロの馬が勝っていて、さらにその年に注目されていたのはメジロマックイーン。馬券は買えませんが如月もマックイーンを応援していました。
「母さんはちょっと嫌そうにしてましたけど、家でも『絶対マックイーンが勝つから!』なんて騒ぎ立ててたんですよ。パーマーの2連覇派の父さんと言い争いもしました」
「へえ。そこから何があって実地で見ることになったんですかー?」
「思いつきです」
「えっ思いつき?」
「はい。私が実地で見てみたいなって軽い気持ちで言ったら父さんが乗り気になっちゃって、気づいたら飛行機の予約まで済んでました」
そうして迎えた宝塚記念当日では、『わかった。父さんはパーマーとマックイーン両方に賭ける。マックイーンが買ったら四葉にお小遣いとして分けてやろう』と父親の提案を──
「四葉ちゃんそれダメなやつッス」
「断りましたよもちろん。その時には騎手になりたいって思ってたのでルール破った過去があったら道が絶たれるって言って」
「偉すぎる」
「みんなー。再開するよー」
レースが始まれば父親と一緒に叫びながら応援したという話や、せっかくなので観光もしていったという話が後に続くはずでしたが、調教再開の時間がやってきてしまいました。
「あ、じゃあ取材はおしまいですねー。ありがとうございました」
如月と真壁も自分の仕事に戻ります。
思い出の宝塚記念に思いを馳せるのもいいですが、2ヶ月後の宝塚記念のことも考えないといけません。
「よし! 頑張ろうねアッシュちゃん!」
「ネオユニヴァース号が長期療養!?」
「うん。椎戸さんからそう聞いた」
その日の調教が終わった後、緋田厩舎に衝撃が走りました。
なにせ2頭いる競走馬のうち、デビューしている方ことアッシュブライド号はネオユニヴァース号に片想いしていると思われるのです。そのニュースは厩舎の面々に自分ごとのように重くのしかかりました。
「とりあえず予定通り宝塚記念には出走するんですよね……?」
「うん。でも島原先生の定めた『ネオユニヴァース号に合わせる』方針を改めないといけなくなった。そこで島原先生、提案があるんです」
緋田は鞄からはあるレースの資料が入ったクリアファイルを取り出し島原に手渡しました。
それを見ると、流石の島原でも『マジで?』と驚き目を見開きました。
なぜならそのレースとは、
「凱旋門賞、狙ってみませんか?」
世界最強の競走馬を決める大レースなのですから。
「えっ海外レースいくんスか!?」
「……水を差しますけど、アッシュちゃんが洋芝走れるかわかりません」
「まあ皆落ち着いて。実はそんな荒唐無稽な話でもないんだ。洋芝は硬くてパワーがいるって話は有名だけど、アッシュブライド号は十分すぎるパワーを持ってるよ。もう慣れちゃったかもしれないけど普通はスパートをかけてすぐに最高速になんて乗れないんだよ? 四葉ちゃんならわかるんじゃない?」
「あ、はい。私他の馬にもよく騎乗させてもらってますけど、アッシュちゃんほど加速がはやい子は中々いませんね」
「だから心配しなくていいと思うんだ。それに海外行ける馬はダートも走れるっていうけど、母系結構ダート寄りだったでしょ」
それなら行けるかも、という雰囲気になり、後は馬主である島原の考えを聞くだけとなりました。
「……最高! 取材として最高のネタじゃないですか! 俺も競馬のことちょっとずつ勉強してきたので、今の説明聞かせてもらって海外行けそうだってことも理解できましたし、狙っちゃいましょう、世界一!」
おおー! と皆が歓声をあげました。
凱旋門賞を大目標に掲げ、ネオユニヴァース号のいない日々が始まったのでした。