ネオユニヴァースに恋した世界一の蹄跡   作:はやてだわきち

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遠征編2 夢を叶える土地/エクリプス

 厩舎にネオユニヴァースを誑し込むあのマルコ騎手がやって来た。

 ネオユニヴァースが休養を取り始めてからネオユニヴァースに会えていないけど、どうやらマルコも同じのようだ。ネオユニヴァースの匂いが薄くなっている。

 

「お邪魔してしまってすいません」

 

 日本語こそ上達してきたもののまだイントネーションが未熟なようだなマルコ!

 そう鼻息を荒げて精一杯の威嚇を見せるぼく。

 すると厩務員の女の人が綱を引いてぼくをマルコから引きはがして少し離れたところに連れて行った。蹴ったりしないのに……。あくまでも真っ向勝負で決着をつけるもん……。

 

「アッシュちゃんまだマルコさんのこと苦手なの?」

「好きな男の子とよく一緒にいるから嫉妬しちゃってるんだねー」

 

 仕方ないじゃんネオユニヴァースのこと持ってったもん……。

 

 マルコとアケダサンの話を聞いてみれば、どうやら凱旋門賞を目指すことになったぼくたちを激励に来たようだった。

 でも難しい言葉が多くてわからない。フランス? フォワ? ヨーロッパとは違うの?

 

 

 

 首をかしげながら耳を澄ましている内にある程度話終わったようで、アケダサンと向かい合っていたマルコがぼくのそばまでやって来た。

 どうする? どっちが多くネオユニヴァースのいいところを言えるか勝負する? 多く言えた方こそがネオユニヴァースの真の理解者だよね。

 

「如月さん、お久しぶりです」

「あ、はい! お話したのは宝塚記念の時以来ですね」

 

 マルコは勝負に乗らずにヨツハチャンと話し始めた。まあぼくが人間の言葉を話せない限りこの勝負が実現することはないけど……。

 

「凱旋門賞を目指すと聞きました。応援しています」

「ありがとうございます!」

「フランスの馬場はだいぶ不安定です。僕も日本に来て違いに驚きました。アッシュブライド号が困っていたら慣れるまで根気強くつきあうのがいいと思います」

 

 そういえばネオユニヴァースもそんなことを言っていたっけ。ヨーロッパと日本では環境が大きく違うって。マルコに言われるのは癪だけどヨーロッパに行ったら走る練習頑張らなきゃ。

 恋敵ではあるけどヨーロッパのレースを知ってる人間として意見はしっかり聞いてあげよう。

 

「それと、アッシュブライド号にも言おうと思っていたことがあります」

 

 おっ、ぼくにもあるんだ?

 いいよ。次はライバルとして聞いてあげる。

 

 あ、撫でるのは駄目。ぼくたちは敵同士なので

 

「僕はアッシュブライド号に嫌われてますね?」

「ネオユニヴァース号と一緒にいる人間だーって嫉妬してるのかも、なんて厩舎では話してます」

「わかります。レースでネオユニヴァース号に会うと嬉しそうですから」

 

 マルコはヨツハチャンと笑いあってもう一度ぼくに向かい合う。

 

「実は、ネオユニヴァース号にも海外遠征の計画がありました。屈腱炎が早期に見つけられたのもあって来年からは復帰できそうだと聞いていますけど、遠征計画は中止になりました」

 

 そうだね。年が明けてすぐに天皇賞、宝塚記念を走って凱旋門賞を目指すって言ってた。ちょうど今のぼくと同じ。

 

「ネオユニヴァース号の代わりにとは言いませんが、アッシュブライド号が勝ってくれることを期待しています」

 

 どうやらマルコは勘違いしているみたいだ。

 ぼくが凱旋門賞を目指すことを決めたのはそもそもネオユニヴァースのため。ネオユニヴァースの代わりにヨーロッパに行って勝利と土産話をあげるため。

 昔牧場にいた頃はネオユニヴァースにたくさん話を聞かせてもらっていたから、今度はぼくがたくさんお話してあげるんだ!

 

「アッシュちゃん、なぜか最近調教にすごいやる気なのできっと勝ってきますよ」

 

 ぼくの代わりにヨツハチャンがマルコの言葉に応えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてぼくは今、ひこうきというものに乗っている。

 ネオユニヴァースが昔話してくれた『ひこうき』は馬運車では行けないくらい遠い場所に|競走馬≪ぼくたち≫を運ぶためのものらしい。

 実際競走馬になってからは何度か乗ったことがある……のだけど今回はいつもの何倍も長く乗っている。乗っている時間が長すぎて本当に同じひこうきか自信が無くなってきたくらいだ。

 

 狭い! 暗い! 誰もいない!? いつ降りられるの!?

 普段のぼくならひどいパニックになっているこの小部屋。もちろん怖くないとは言わないしなんなら長すぎてなりかけている。

 でもぼくのなかにはそれよりも大きな感情がある。

 

 そう、ライバルにあれだけ言わせたのだから絶対に凱旋門賞で勝って見せるという決心だ。

 

 だからこれくらいのストレス全然平気……うわ揺れた!? 怖い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征編2 夢を叶える土地/エクリプス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長い旅路だった……」

 

 パリのシャルル・ド・ゴール国際空港に降り立ったアッシュブライドは、案の定顔を真っ白にして私におぶられていた。

 運悪く何度か荒れた雲の中を突っ切るタイミングがあり非常に揺れたフライトで、機内食もあまり食べられていなかった。国内の移動よりも長い時間機内に拘束されていたのもあって体調はかつてないほどに絶不調といったところだ。

 

「これからホテルに向かいますけど、行けますか? いったん休んでからにしますか?」

「休む……」

 

 背中から聞こえる弱々しい返事に応えてベンチにアッシュブライドを降ろす。

 

「いつものドリンクです」

 

 言葉通り、乗り物酔いで潰れている時に飲むと少し元気が出やすい特製ドリンクを渡す。

 アッシュブライドはそれをちびちびとゆっくり飲んでいく。みるみるうちに、なんて劇的な効果はないもののやがて表情が回復していった。

 

「……ちょっと楽になったかも。行こっか」

「はい。ホテルのベッドでしっかり寝ればもっと良くなると思いますよ。それと明日は丸一日休養日にしましょう」

「いや、絶対に獲らなきゃいけない凱旋門賞(特大の花束)が迫ってるんだ。休みは今日だけでいい」

「わかりました。ならその分今日は夜更かし厳禁ですよ?」

 

 私達はタクシーを拾い予約しているホテルに向かった。

 2年前、アッシュブライドが凱旋門賞を獲りたいと言ったあの日からフランス語を勉強し直していたが、現地でも問題なく通用したことに少し安心した。

 言葉だけじゃない。これから凱旋門賞当日まですべてのことでアッシュブライドをサポートする。トレセン学園にあった食堂や保健室はこっちには無い。私がその代わりになるのだ。

 

 

 

 

 

 夕食で慣れないフランス料理に悪戦苦闘した後のこと。

 アッシュブライドと別れ私は自分の客室でノートパソコンに向かい合っていた。

 

「アッシュ、本を読んではよく夜更かししてるけど今日ばかりはしっかり寝てもらわなきゃ。まあ慣れない土地で読む余裕もないかもだけど」

 

 すぐ隣の客室にいるアッシュブライドがちゃんと寝ているか一抹の不安もありながらも、私はトレーニング予定を組み直していた。

 今日一日の疲労度から考えても明日は軽めに流す程度にしておきたい。本人がやる気な以上無理に休ませても逆効果なので休養とトレーニングのバランスの見極めが必要だ。

 

 予約が取れているトレーニングルームの機材とにらめっこしながらキーボードを叩いているうちに、私の方も少しずつ眠気がやってきた。私自身も疲れているらしい。

 

「……あれ、メッセージが来てる。昼間だ、気づかなかった」

 

 ふとスマホを見るとメッセージアプリに連絡があった。

 差出人はネオユニヴァースのトレーナーだ。

 

 『そろそろフランスに着いた頃ですか? ネオユニヴァースが直接、電話で伝えたいことがあると言っていたので都合のいいタイミングで掛けてあげてください』

 一緒の応援の言葉も一緒に送られて来ていた。

 

「……日本との時差はだいたい8時間、もうネオユニヴァースは起きてるよね。今掛けるか」

 

 私は電話帳アプリからネオユニヴァースのスマホに電話をかけた。

 ネオユニヴァースはすぐに出た。まるで電話が来るのを待ち構えていたような速度だった。

 

「貴女のトレーナーからの連絡を見ました。伝えたいことってなんですか?」

『アッシュブライドの蹄跡が刻まれることで宇宙の座標が変動している。遊星から恒星に変化する、STRKを果たそうとしている余波がネオユニヴァースの観測を混線させた』

「……ごめんなさい、もう少しわかりやすく教えてもらえませんか?」

『『あなた』にエクリプス……危機が迫っている。それは恐らくアッシュブライドは観測出来ていない事象。だからネオユニヴァースが『伝える』をするよ』

 

 危機。

 その言葉の意味するところはわかっても、私にそれが迫っているということに実感は中々沸かない。

 実際今日は海外遠征初日としてだいぶ理想的な1日だった。この調子で凱旋門賞当日まで行ければなんの問題もなさそうなのだが。

 

『危機、それは』

 

 ネオユニヴァースはそれを口にするのを躊躇ったようだった。

 数拍の無音があって、電話口からその危機は告げられた。

 

「トレーナー免許の停止。『あなた』はフォワ賞でアッシュブライドの背中を押す資格を失ってしまう」

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