ネオユニヴァースに恋した世界一の蹄跡   作:はやてだわきち

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遠征編3 似ているだけで、実は違う

 ネオユニヴァースとの通話を終えた後、私は混乱する頭を冷やそうとベランダのソファに腰掛けていた。

 

「トレーナー免許の停止、か……」

 

 そんな滅多にないことがフォワ賞当日の私に訪れるとネオユニヴァースは言っていた。そしてその未来は『アッシュブライドには観測できていないだろう』とも。すなわちそれは別宇宙の観測で得た未来知識なのだろう。

 

「ウマ娘がウマ娘ではない世界……そんなの想像つかないけど存在することは確か、なんだよね。そしてその世界の私は問題なくアッシュの側に居られるのに、ウマ娘のいる別宇宙でのみ起こる…………うーん?」

 

 口に出して整理してみても正直さっぱりだ。なので一旦、別宇宙とか異界とかABSSとかは置いておくことにする。

 トレーナーが免許を停止されてしまう具体的なシュチュエーションを考えてみよう。

 

 例えば、免許取得時の書類の不備。

 これはないだろう。ネオユニヴァースのトレーナーがダービーを前にして不備が見つかったように、たいていは免許発行から一年程度で見つかるものだ。これまで何度も担当ウマ娘をレースに送り出しその度にチェックされているのに今更不備があったなんてない、と思う。

 

 ドーピングやレース中の斜行などの公平を乱す行為を、トレーナーがあえて指導していたなどの場合。

 そんなことはしていない。アッシュブライドの花束(しょうり)に泥を塗るようなことは絶対にしないし、アッシュブライドだってそんな指導は受け入れない。

 

「あんまり想像したくないけど後あるとしたら……逮捕、かなぁ……」

 

 トレーナーが逮捕されたり罰金を課されたりして指導者に相応しくないと認められたなら、間違いなくトレーナー免許の停止がなされるだろう。

 これこそ一番あり得ない……と言いたいところだがここは日本ではない。フランス特有の法律や条例もできる限り調べてきたが、見落としがないとも言い切れない。というか見落としはあるだろう。私は弁護士でも裁判官でもないのだ。

 特に交通事故には気をつけないといけないだろう。フランスといえば歩行者の信号無視が有名だ。万が一にも事故を起こしてしまわないように細心の注意を払わなければ……。

 

「あれ、でもウマ娘のいない世界では起こらない……? あー頭が爆発しそう」

 

 少しでもリラックスしたくて私はソファのリクライニングを最大限に倒した。

 満天の星々が目の前に広がる。日本とフランスはほとんど同じ緯度にあるので見える星に変化はない……はずなのだが、なんだか違和感があった。

 

「夜空ってこんなんだっけ……」

 

 アッシュブライドは慣れない土地と乗り物酔いで一日中気分が悪そうだったが、私も見知らぬ土地に不安を感じているのだろうか。

 

「昔の人は星を読んで未来を見たっていうけど、確かネオユニヴァースも天体観測が趣味だったよね。ネオユニヴァースがここにいたら、この空を見て何を思うんだろ……」

 

 そんなことを考えていると、夜空の違和感がトレーナー免許云々への不安につながっていった。日本の星空の手が届かないところに来たせいでこんなことになったんじゃないか、なんて思えてきた。

 

「不安に飲まれちゃだめ。私はアッシュブライドのトレーナー、アッシュがネオユニヴァースのところに最高の花束(凱旋門賞)を持ち帰れるようにできることを全てする立場なんだから……私が原因で足を引っ張るなんてこと……絶対にやらない」

 

 私は気持ちを強く持ち直し、ベランダから室内に戻った。

 トレーナー免許停止、絶対に現実にしないぞ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征編3 似ているだけで、実は違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリリとけたたましく鳴る目覚まし時計を黙らせて、如月四葉は布団から這い出ました。

 アッシュちゃんほどじゃないけど流石に外国はきつい、と時差ボケを訴える頭を朝の洗顔で無理やり起こし、早朝だというのに活動を始めます。今日は凱旋門賞の前哨戦、ファワ賞です。

 

「緋田さんたちと合流できるかな……? 道に迷ったらどうしよう……フランス語、一応習ったけど……」

 

 ちなみにここは、ロンシャン競馬場の調整ルームと呼ばれる施設です。ルームと付きますが大きめの建物で、如月はその中の一室で眠っていました。

 レース出走馬に騎乗する騎手は前日夜から調整ルームに入室します。その目的は外部との接触を断ち不正を減らすことです。当然携帯電話も使ってはならないので、普通にホテルにいる他の緋田厩舎遠征組と連絡を取るのも一苦労です。

 

 如月は不安に身を震わせながら、調整ルーム内の騎手控え室に向かいました。

 

 控え室にはすでにフランスの騎手たちがいました。

 入室してきた如月を歓迎するように1人が椅子から立ち上がり、

 

「Bonjour, ma mignonne.」

 

 と声をかけてきました。

 

「ぼ、ボンジュー」

 

 如月の精一杯の挨拶を聞くと、彼はそれはもうおかしそうに笑いました。

 

『ごめんごめん、発音を笑ったわけじゃないんだ。あまりにも緊張してるようだからさ。英語ならいけるかい?』

『あっ、はい! その方がありがたいです』

『君日本人でしょ? 確か騎乗するのは……』

『アッシュブライド、といいます』

『そうそう、随分と可愛らしい名前だよね。騎手も可愛いんだろうなって思ってたけど、想像以上だったよ』

 

 なんともないようにナンパまがいの言動をとる彼を見て、如月は知り合いの話を思い出しました。

 フランス人の男性は文化的に女性に好意をたくさん向けてくるので、それに落とされて姉がフランス人と結婚したって話してたなぁ……と。

 

『ところでさ、こっちきた日本馬にエルコンドルパサーっていたよね』

 

 しかしその言葉と共にそんな雰囲気が薄くなり、男性騎手の目が僅かに鋭くなりました。

 

『ええ、日本の誇りですよ。彼のように勝てたらなと思ってます』

 

 如月の言葉を聞いて、男性はまた笑いました。しかし先程のようなフランス人らしい大きな笑いではなく、小さく好戦的な、如月という少女を勝負の相手と認めた笑いでした。

 

『いい意気込みだ。最高の勝負になりそうだよ』

 

 そう言い残して男性騎手は椅子に戻っていきました。

 短い会話でしたが、そのおかげで如月の胸中にあった緊張は消えました。

 

 フォワ賞の出走まで、もう少しです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、アッシュ。昨日の疲れは残ってませんか?」

「おはようトレーナー……。レース前日なのにキツめにしてもらっちゃってごめんね、でも絶対勝ちたいからさ」

 

 結局、フォワ賞当日になるまでトレーナー免許が停止されてしまうようなことは起こらなった。

 しかしネオユニヴァースのことだ、あの言葉が外れるとは考えにくい。何かが起こるとしたら……今日だ。

 

「どうしたの?」

「……いえ、なんでもありません。会場に向かいましょうか」

 

 アッシュブライドにはこのことを伝えていない。アッシュブライドには私の事で気持ちを乱さずトレーニングに専念してほしかったのだ。

 

 昨日までの移動にも使っていたレンタカーに乗り込み、私たちはロンシャンレース場に向かう。

 異国情緒漂う街並みにもこの一ヶ月で慣れたものだ。左ハンドルにも最初は苦戦したが、もう何の問題もなくアッシュブライドを連れまわせる。

 

 

 

 私は油断していた。

 今日なにかが起こると覚悟を決めているつもりだったが、もう慣れきった運転中は大丈夫だろうと思ってしまっていた。

 だからつい、日本と同じ感覚で運転していて大切なことを忘れてしまった。

 

 フランスは歩行者の信号無視が非常に多い。

 

 

 

「また左車線塞がってるね」

「路駐が多いとは聞いてましたけど、こんなに並んで車線埋めることあるんですね。びっくりです」

 

 そんなことを助手席のアッシュブライドと話している時のことだった。

 突然、車で埋まった左側から歩行者が飛び出してきた。飛び出してきた彼も、車を運転している私も路駐の車で視界が限られていて直前まで気付けなかった。

 接触しなかったのは殆ど偶然だった。ハンドルを反射的に切り、ギリギリのところで歩行者の彼をかわすことができた。

 

『大丈夫ですか!?』

 

 私は車を停めようとして、左車線が埋まっていたのでUターンしてから車から降りた。

 驚きで道にへたり込んでしまっている歩行者の彼の腕を取って歩道まで連れていき、怪我の有無など一通りのことをすると、轢きそうになったにもかかわらず、彼はお礼を言って立ち去っていった。

 

「大事にならなくてよかった」

「ほんとですね……」

 

 再びアッシュブライドと車に戻り、ロンシャンレース場への道を進む。

 

 もしもあそこで轢いてしまっていたら、アッシュブライドだけをレース場に向かわせて私は警察のお世話になってしまっていただろう。

 別宇宙の私がトレーナー免許を停止されてしまったのはきっと轢いてしまったからだろうと、今なら予想できる。

 

 本当に、大事にならなくてよかった……。

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