ある日、博麗霊夢は人里へと買い出しに行っていた。
何でも無く、普通の買い物。多めの野菜と酒の肴を買い、彼女は帰路につこうとしていた。
真っ赤な夕暮れの下で、人がざわついている。幻想郷の夜は危険だ。人里の外に出れば妖怪に喰われる可能性は高いし、もとよりそんな危険に身を晒したく無い為、里の人間は夕暮れになると同時、自分の家へと閉じこもる。
しかし、霊夢は『博麗の巫女』だ。其処らの妖怪では太刀打ちが出来ない程に、圧倒的な強さを誇る。故に、今現在彼女は周りの人の様に小走りで家に帰らず、のんびりと自宅までの帰路を辿っている。
そんな霊夢の隣を、同じようにのんびりと過ぎて行く男女二人に、子供が一人。
普段なら気にせずに足を進める霊夢であったが、何故かふと、その『家族』に目を奪われる。男女の間で、5,6歳程度の子供が二人の手をとって、笑いながら歩いている。男女二人も、同じような笑顔で子供を見つめていて、見るからに幸せな家族、と言った所だろう。
その家族を眺めること数十秒、霊夢は我に返って帰路につこうとしたが、ふと思い当たる物が有り、もう一度家族の方を振り向いてしまう。
少し遠くなったが、未だに楽しそうに笑顔を浮かべている子供。その笑顔が如何してか、彼女の心にずしりと響いた気がした。
霊夢は、そのまま振り返らずに、帰路につく。心に押しかかった何かをまた別の何かで抑えつけながら、彼女にしては珍しく、一歩一歩地面を歩いて帰って行った。
~ ~ ~
「どうした、浮かない顔して」
霊夢が博麗神社に帰宅し、やけに荷物を卓袱台に置いて一息つくと、そんな声が縁側から聞こえて来た。
彼女が振り向くとそこには、白黒の魔女の様な装束を纏い、頭にトンガリ帽子を被った彼女の友人、霧雨魔理沙が座って酒を呑んでいた。
如何やら勝手に自分の家の酒を呑んでいるらしく、その事に霊夢は少し苛立ったが、先程と同じ様に何かがふつふつと湧きあがり、苛立ちを鎮めてくれた。
卓袱台に魔理沙が置いたのか、小さな杯を取り、自分の分の酒を注ぎ、縁側に向かう。毎日がこんな感じなので、霊夢はさも当然の様に魔理沙の隣に座った。何の躊躇いも無く、いつもの様に。その事に霊夢はまた、何か思い当たる物があったが、また別の何かがそれを消してくれた。
酒を少し呑み、一息つく。
「なぁ、本当に如何したんだ、お前。何か嫌な事でもあったのか?」
ここまで魔理沙の前で一言も発しない霊夢に疑問を抱いたのだろう。魔理沙と霊夢の仲は長い付き合いで、お互いに何か有ればすぐに分かる、そんな中だから、魔理沙はより心配になり、やや食い込み気味で、それでいて何時もの笑みを浮かべながら霊夢に問いかけた。
「……そうね、ちょっと思う事があるの」
霊夢もまた、魔理沙と長い付き合いだという事を自覚している。その為か、人里で見た家族の事、それに対して自分の中で起こった何かを聞こうとしていた。しかし、彼女の中では別段と変わった事では無い。その為、どう質問して良いか分からずに、彼女は無意識の内にこう聞いてしまった。
「―――私の家族って、誰?」
その言葉を聞いた瞬間、魔理沙は一瞬、笑みを消した。しかし、また笑みを戻して、さも当然の様に、はっきりとした口調で言う。
「そんなの、お前が思う奴だろ」
くい、と魔理沙が酒を呑み干し、辺りを静寂が包む。
霊夢は魔理沙の回答を聞いて、ずっと杯に映る自分の顔を覗き込んでいた。波一つ立たない、まるで明鏡止水の様な水面に映るのは、外面上は何ら変わりない自分の顔。
魔理沙はと言うと、既にもう一杯目を霊夢の反対側に置いて有った一升瓶から注ぎ足し、また少しずつ呑みはじめながら、霊夢の顔色をうかがっていた。
「そう思うなら、魔理沙は私の家族なの?」
魔理沙が沈黙に如何しようかとそわそわしていると、霊夢が未だに水面を覗きながら、問いかけて来た。二回目の質問に魔理沙は少し戸惑いながらも、返す。
「それは違うんじゃないか? 私は、霊夢の友達だと思ってるぜ」
若干首を傾げながらも、魔理沙は返した後に酒を呑み、また静寂が訪れる。魔理沙はちびちびと酒を呑み続け、霊夢は相変わらず水面に映った自分の顔を覗き込んだまま。流石に気まずいと思った魔理沙は、自分の口を開く。
「霊夢の家族、ってのは紫や先代じゃないのか? 私より面倒を見てくれて、困った時に必ず助けてくれる、霊夢を一番に思ってくれている人。それが、霊夢。お前の家族だと私は思う」
一言一言、はっきりとした口調で魔理沙は霊夢に言う。魔理沙がこう思って居るのは事実だ。霊夢は先代や紫に育てられている。霊夢と有って間もない頃、紫から直々に聞いた言葉が、今思い出される。
水面を覗き込んでいる霊夢は「確かに」と思った。霊夢は物心付いた時から紫と先代巫女に育てられており、それ以外の人を魔理沙と出会うまではあまり見たことが無い。その所為か、霊夢は誰に対しても上手く付き合えなかった。
そんな彼女を救ってくれたのも、また先代巫女と紫だ。先代巫女は霊夢と違って人のつながりが多く誰に対しても平等に接していたので、人とのかかわり方とは何かを霊夢に説いた。紫もまた霊夢と違う妖怪であり、人間と妖怪は共存すべきだという思想の持ち主である。故に、霊夢に人妖問わず誰にでも接する様に手ほどきをした。
他人と関われない子を、何とかして交流させようとする。良くいる一般的な親だ。霊夢の親、と言うのにも十分だろう。
しかし、それは『外面上』だ。
「じゃぁ、魔理沙。質問を変えてみるけど……私を生んだ人って、だれ?」
霊夢は、自分を生んだ人を知らない。先代巫女は血縁関係が無く、自らの事を「義理の母」と呼んでいたし、紫に至っては問題外だ。となると、霊夢を生んだ女性、又は霊夢の子を作った男性は誰か?
流石にこの質問に魔理沙は応えられる由も無く、うーんと頭を抱えたまま黙りこくってしまった。杯を傍らに置き、腕を組んで、その上に顎を乗せる。霊夢もその事を予想していたのか、溜め息を一つ吐いて杯に注いだ酒を呑みはじめる。
「霊夢……何があった?」
答えが出なく、八方ふさがりになってお手上げの魔理沙が霊夢に口を開いた。霊夢はその質問を受け、今日人里でいた光景を思い出す。
「家族を見たのよ。夫婦と子供で手をつないだ、幸せそうな家族。それで、自分はあんな風になった事なくて、気が付いたらぼーっと眺めてたの。まったく、何だったのかしら」
最後はぶっきらぼうに言い放ち、霊夢は酒を一気に飲み干した。ぷはーと息を吐き、魔理沙の後ろから手を伸ばして、一升瓶を掴み取る。魔理沙は霊夢の意外な話に驚嘆し、また杯に口を付け始めた。
「あ、魔理沙はご飯食べてく? 」
唐突に、霊夢が訊いて来た。魔理沙は一瞬驚き、「お、おう」と戸惑いながら返事をすると霊夢は一升瓶と杯を持って立ち上がり、とてとてと台所の方まで持って行った。
「なら、お酒はもうダメ。ご飯出来るまで待ってなさい」
台所の方から声が聞こえ、魔理沙はとほほと項垂れながらも、杯に残った残り少ない酒を躊躇いながらも、ぐい、と一気に飲み干した。喉を熱い感触が通り、少し息が止まる。
そういえば、何で最初に霊夢は私のことを家族だと思ったんだろう。魔理沙は、飲み干した杯を覗き込んで考えた。しかし、どうも思い浮かばない。何故こんなに歳の差が無いのに、霊夢は私を家族と思ったんだろうか?
「それに、『ご飯食べてく?』なんて友達に言う言葉だろ……」
台所から漂って来る、旨そうな匂いに魔理沙は心の中でワクワクしながらも、縁側に座って外を眺めていた。
博 麗 霊 夢 は 家 族 を 知 ら な い
議題1:博麗霊夢の家族とは何か?