その日の翌日、霊夢が縁側でお茶を飲んでいると紫がスキマを介さず、歩いてやってきた。普段と違う紫の行動に霊夢は別段驚くわけでもなく「あら、紫」とそっけなく返す。紫はというと、久しぶりですか? と首を傾げながら霊夢の隣に座った。
「今日はどうしたの? あんたが真正面から来るなんて珍しい」
「…………」
霊夢が声をかけると、紫はどこか考え込むようにして黙り込んでしまった。いつもなら紫はこんな状態にはならない。どうしたのかしら、と内心で不安に思いつつも、霊夢は客人用に出すお茶を注ぐために台所へと向かった。
霊夢が紫にお茶を差し出すと、紫は「ありがとうございます」と微笑みながら受け取り、そのお茶を傍においてまた考え
込んでしまった。霊夢はさすがに変だと感じたのか、「どうしたの? 」と不安げに紫へと聞く。
「あ……いいえ、すこし気になってしまって」
「何が?」と霊夢が聞く暇もなく、紫は再び考え込む。そんな紫の所為で霊夢の不安はすでに頂点に達していたが、特に何をするでもなく、味の薄くなったお茶を飲んで一息吐いた。
「あんたが悩みを持ってるなら、私が出来る限りで答えるから」
誰に言うでもなく、霊夢が呟いた。それを聞いた紫は目を見開いて霊夢のほうを向き、一つ間を置いた後に、「そうですか」と微笑んで返す。そして霊夢が注いでくれたお茶を一口含み、霊夢に向かって質問する。
「霊夢は、博麗の巫女をなんだと思いますか?」
その質問に、霊夢は「また?」と小さく愚痴をこぼした。昨日も、一昨日もそのようなことについて話してきたのだ。これだけ続けられれば、飽きるのも納得だろう。しかし、相手は幻想郷を作り上げた紫だ。少しでも何か分かるかもしれない。
「わからない」
霊夢は絞り上げるような声で言った。
「分からないわよ、博麗の巫女がなんだ、って言われても」
「そう……」
すると、紫は再び何かを考え込むようにしたが、さっきとは違いすぐに顔を上げ、縁側から立ち上がり、上の空でとこと
こと霊夢の前に立った。唐突なゆかりの行動に霊夢は驚きを隠せなかったが、それを無視して紫は告げた。
「答え合わせを、しましょう」
~ ~ ~
「議題1。『博麗霊夢の家族とは何か?』」
いきなり言葉をすらすらと言い始める紫に対して、霊夢は少しの驚きを見せた。そして、霊夢の家族とは何か。この言葉に霊夢は先日見た家族の風景を思い出す。霊夢の心にふつふつと何かが湧き上がってきたが、何かがそれを抑え込んだ。
「霊夢はなんだと思いますか? 家族というのは」
突然の質問に戸惑っている霊夢に紫が聞き、霊夢は一瞬反応が遅れた後に頭を抱えた。そんなこと、霊夢にだってわからない。霊夢は今までほぼ一人のみで暮らしてきたのだ。今更そんなことを言われたって、分かる筈もない。
「……先代や、紫?」
挙句の果てに出た答えが、それだった。霊夢は幼少時に紫と先代に育ててもらった記憶がある。しかし、本当にそれは『家族』と言えるのだろうか? 家族というのは、血のつながっているものではないのか? 霊夢が疑心暗鬼になっていると、紫が意図を察したのか、言葉を発する。
「質問を少し間違えました。では博麗霊夢、あなたは
まるで自分が物から生まれたような物言いに、霊夢は激怒した。自分は人の子だ。それだから、人から生まれたに決まっ
ているだろう。当然のことを聞く紫に、霊夢は怒り口調で答える。
「人からでしょ?」
「本当ですか?」
霊夢がそう答えると、紫はすぐに返した。
「人とは思えないほどの霊力の質と能力を持ち、博麗の巫女にとして、歴史的な才能を持っている。それ故に妖怪賢者である私や、地獄の閻魔。果てには八百万の神々を下す力を持った人間が人から生まれるのでしょうか?」
「……やめて」
「勿論、そんな化け物じみた人間が同じ人間から生まれるはずがありません。しかし、博麗の巫女は全てその全部を凌駕している。ではその化け物たちが、人間以外から生まれた場合はどうなるのか。現実を受け入れなさい、霊夢。あなたは―――」
「やめて、って言ってるでしょ!」
絞り出すように叫ぶと、霊夢は座っていた縁側から立ち上がり、そのまま紫の胸倉をつかんだ。紫はというと、その霊夢の行動を予想していたのか、しかしその霊夢を落ち着かせるように、静かに、残酷に呟いた。
「……議題7、博麗の巫女とは何か……あなた達は、神から造られたのですよ。製造番号14番、博麗霊夢」
~ ~ ~
「……うそ」
「嘘ではありません」
声を震わせていう霊夢だったが、紫はすぐにはっきりとその言葉を否定した。長いような、短いような沈黙が続くと、霊
夢は歯を食いしばり、紫の胸倉をつかんだまま揺らす。
「嘘に決まってる! 私は人間なの! 何なのよ、製造番号って! まるで私が造られたみたいじゃない!」
そう叫ぶ霊夢の瞳には、涙が浮かんでいた。当然であろう、今まで自分を人から生まれたのだと思っていたのに、今更その事実を否定されるのだ。霊夢の中に怒りの感情が浮き上がり、その怒りを紫にぶつけるも紫は平然としたままでいる。
「……議題4、幻想郷にとっての科学とは何か?」
まるで機械のように、しかし言葉に重みを持たせながら紫はつぶやいた。そのことに霊夢も紫を揺さぶるのをやめ、うつむいたままで聞く。
「科学というのは人間が全知全能を目指すために作った手段。ゆえに、全知全能の神というのは幻想郷にとって科学と同じ様な事なのです。つまり、人を一個体を生み出すのも造作ではない」
全知全能。それはつまり、この世で出来ないことをできるようにすること。その全知全能は最高神である竜神がふさわしい。そう、霊夢はどこかで聞いたことがある。しかし、目の前の紫が言った『自分は神によって造りだされた』という言葉。つまり、と霊夢は嫌な考えが現実化していくのを否定しながら、結論付ける。
「あなたの家族。あなたを生んだ、血のつながっている生命体。もう何か分かりますよね」
嘘だ、そんな。やめて。霊夢はついに耐えられなくなり、その場に蹲ってしまった。
「あなたの『家族』は『竜神様』なのです。そして、あなたは造られた存在。議題3、博麗霊夢にとっての生命、又はそれが思う感情とは何か? 議題5、霊夢にとっての恋愛とは何か? ……これはもう、分かりますよね」
「…………造られたもの、って言ってるんでしょ」
「運命というのは、時に残酷なものなのです。受け止めてください」
うずくまったまま、霊夢は絞り上げるような声で呟いた。自分が思っている人の観点や、自分が持っている恋愛という感情。それすらも、目の前の紫は『造られたもの』だといった。霊夢は自分が信じられなくなり、かたかたと肩を震わせる。
「これだけならば、まだ良かったのです」
再び、紫が呟く。今度はなんだ、と顔を上にあげた霊夢だったが、その顔は蒼白であり、目からも光を失っている。すべてに絶望したような霊夢の顔を物ともせず、紫は言葉をつづける。
「あなたは、強すぎた。それこそ、今までに作られた製造番号の中でも逸していた。もうそれは、人の器で収まるかどうか、という問題にまで発展していたのです」
まさか、これ以上はやめて。霊夢がそうやって否定の意をつづけるも、紫は言葉を続けるのをやめない。紫の意図が分からない霊夢は再びうつむいて、嗚咽を上げながら泣き始めた。
「そこで、竜神様はある提案をした。『器に収まらないのであれば、器を大きくすればよい』人の器で収まらないのであれば、その器ごと拡張すればいいのです」
つまり――と紫はどこか悲しそうな顔をしながら、しかし仕方がないというあきらめの表情をして、言う。
「あなたは、人の子ですらない。議題6、現在時点における博麗神社の祭神は何か?
……『博麗神社の祭神そのもの』なのですよ、博麗霊夢という神は」
博 麗 霊 夢 は 霊 夢 を 知 ら な い
現在時点での回答
議題1:博麗霊夢の家族とは何か?
……『竜神』
議題7:博麗の巫女とは何か?
……『神によって造られたモノ』
議題4:幻想郷にとっての科学とは何か?
……『全知全能の竜神』
議題3:博麗霊夢にとっての生命、又はそれが思う感情とは何か?
……『神によって造られたもの』
議題5:霊夢にとっての恋愛とは何か?
……『神によって造られたもの』
議題6:現在時点における博麗神社の祭神は何か?
……『博麗霊夢』