とある日、老人が天命を全うした。
その老人はすでに年がきていて、もうすでに死んでもおかしくは無い状態だった。なので、親族は葬式の準備を着々と、横たわった老人の横で話し合っていたという。あらかた準備をし終えた後に、最後は博麗の巫女が官司を執り行う、という話になっていた。
その話は老人が死ぬ前日、霊夢の元に親族が伝えに行った。霊夢はと言うと、その返事を受け流すようにして、二つ返事で請け負ったという。その後に親族は浮かない顔で帰って行ったが、また霊夢はその顔を見て何かを感じ取った。
博麗の巫女は幻想郷の秩序、いわば法の様な物で妖怪退治や異変解決が主と思っている者も多いが、普通の神職の仕事も請け負っている。先程の様に葬式の官司や不作の時の祈祷、珍しい物では先代が行っていた結婚式の官司まで。霊夢が見た、白無垢と綿帽子の綺麗な女性の顔は今でも覚えている。私もあんな風になるんだろうか、と霊夢は一瞬思うが、すぐにそんなことは無いとかき消してしまう。
霊夢は心に残った変な感じをかき消しながら、今日の分の夕飯を作るために台所へと向かって行った。
~ ~ ~
今更だが、神社の食事は精進料理が多い。神社というのは神道に基づいているので無用な殺生はあまりせず、神々への供え物以外の肉食と言うものは基本的に避けられている。なので、普段の霊夢の食事は白米と具の少ない味噌汁、少しの野菜などが一般的だったが、今日は少し違う。
台所のまな板に横たわるのは、脂がのった鮎。既に死んではいるが、霊夢にとっては久しぶりの生き物を食すことになったのだ。幸い、魚のさばき方は先代に自分から教えて貰いに行ったので、不備は無い。服から離れ、霊夢もよくわからない原理で独立している袖をまくりながら、霊夢は魚に包丁を入れ始めた。
てきぱきと普段魚をさばいて居ないはずなのに、慣れた手つきでさばいていく霊夢。しかし、ここでも霊夢は魚を解体していくことに何かを感じていた。
今、霊夢は
しかし、弱肉強食という言葉が有る。言葉の通り弱い物は肉となり、強い物が食べる。生命が無くなり、無へと還るのは自然の摂理だが、この弱肉強食も自然の摂理ではないだろうか。霊夢は、それが分からなかった。
気が付けば鮎は全て捌き終わっており、霊夢は生命の一つを解体してしまってい
た。
「……ぁ」
生命を奪った、と霊夢は理解し、途端に彼女の心の中に何かが染み出す。しかし、また別の何かがふつふつと湧きあがり、霊夢の心を塗り替えていく。思えば、生命を食べる、と言う事をしているのは私だけではない。そう思うと、何処か霊夢は落ち着いた。
さて、この鮎をさばいたのは良いけれど如何食べようか。焼くのも良いし、刺身にして食べるのも良いかもしれない。そう思いながら、霊夢は鼻歌まじりに夕食の準備を進めて行くのであった。
~ ~ ~
翌日、老人の葬式は滞りなく終わり霊夢は後のことを任せ、帰路についていた。今、霊夢の頭に有るのは老人の死を悲しむ親族の顔だった。その顔は全員、哀しい顔をして涙を流していた。当然のことだろう。親族が死ねば、永遠に会えなくなる。その別れがつらいからこそ、人間は泣くのだ。
しかし、霊夢にはそれが分からなかった。
人と言うのはいずれ死ぬ。それは自然の摂理であり、昨日鮎を食べた事と何ら変わりない。だから、人はその事を決めて生きていると言うのに、いざ死んでしまったら泣くと言うのは霊夢にとってはおかしなことだった。
心の中の何かを鎮めながら、霊夢は博麗神社に着いた。
「お、ご苦労さん。今日は珍しく仕事だったじゃないか」
当然の様に境内に居る魔理沙が、霊夢を見て皮肉の様に言った。霊夢はそれを軽く受け流しながら、本堂の中に入っていく。魔理沙もそれに着いて行き、いつもの様に御茶を淹れていた。
縁側で、二人並んで御茶を飲む。此処でも霊夢は何か思うことが有った。
このまま時が過ぎれば、霊夢は死ぬ。それは当然のことであり、自然の摂理だ。霊夢が死んでしまえば、何時もみたいに縁側で御茶を飲む事も出来ないし、もう二度と魔理沙にだって逢えなくなる。
そう考えると、霊夢の心に何かが圧力をかけた。いやだ。死にたくない。そんな思いが霊夢の中で渦巻いて行き、混乱に陥ろうとした瞬間、隣で座っている魔理沙が霊夢に声を掛けた。
「霊夢。今日辛かったのは私でもわかる。けど、それはこの世の定めだ。人ひとり死のうが、この世は動いて行く。そう言う物なんだよ」
魔理沙が言うと同時、霊夢の心に押しかかっていた何かがすぅ、と引いて行った。霊夢はその事に違和感を感じながらも、御茶を啜る。
啜った後に、霊夢は「ねぇ魔理沙」と魔理沙の方を向いて、言った。
「―――
辺りに静寂が訪れる。
「私はね、思うの。何で人が死ぬと、人は泣くんだろうって。人が死ぬのは、誰でも知ってる事。なのに、それをわかっているのに、何でみんなは泣くんだろう、って」
霊夢は言葉をつらつらと重ねながら、言う。
「寂しいのは、分かる。けど、それは既に分かってる事じゃない? 分かってるんだったら、泣く必要は無い。私だっていつか死ぬし、魔理沙と会えなくなっちゃうのなんて、いやだ」
「なぁ、霊夢」
「でもその時は来る。それを受け入れないと、私たちは駄目だと思うの。だから―――」
「じゃぁ、何でお前は泣いてるんだ?」
え? と一瞬の沈黙の後、霊夢は自分の眼もとに手を寄せた。
「……なんで、涙なんか」
「泣く、って言うのは人間独特の感情表現らしいな」
魔理沙は霊夢の言葉を遮るように言いながら、続ける。
「じゃぁ、人間は何で泣くと思う? 嬉しい時に泣いたり、哀しい時にも泣いたりするはずだ。全く違う感情だが、何で泣くと思う?」
その疑問に、霊夢は沈黙で答えるしかなかった。魔理沙も、言った後に自分で考え込み、何も思い付かなかったのか溜め息を吐いた。霊夢もまた「わからない」とだけ呟き、御茶を啜る。二人にとって、泣くと言うのは何もわからなかったのだ。
「人なんて、そんなもんだよ。何で泣くか、何で笑うか。それは、表面上では誰でもわかってるんだろうが、内面では分かんないモンだ」
なるほどと霊夢は思った。例えば、誰とも言えない霊夢の友人が死んだとしよう。霊夢は一人身近な人が死んだ、と言う解釈しかしないが、その親族や友人は泣くのだろう。
その答えを、魔理沙が話した。『人間は自分のすることを分かっていない』と言う言葉は、霊夢を感心させるのに十分であった。
辺りを静寂が包み込み、どこか遠くで、再び烏が鳴いた。
「……結局、人ってものは分かんないのね。只の生命が亡くなっただけで泣く。そんな脆い生物が、如何してこんなにたくさん居るんでしょうね」
「それは違うな、霊夢。脆いからこそ、その脆さを補うために多くしたんだと私は思う」
二人の意見が交わる中、段々と日が沈んで行き、辺りが暗闇に包まれる。霊夢は昨日の残りの鮎を食べる為に夕食の用意をし、魔理沙は久しぶりの川魚に有りつこうと、居間へと足を進めて行った。
博 麗 霊 夢 は 生 命 を 知 ら な い
議題3:博麗霊夢にとっての生命、又はそれが思う感情とは何か?