博麗霊夢は全てを知らない   作:宇宮 祐樹

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博麗霊夢は先代を知らない

 翌日、霊夢は蔵を漁っていた。

 

 昨日紫が言った、『博麗の巫女は一生に一回は結婚式の官司をしている』と言う事実。普段の霊夢なら軽く受け流す筈だったが、この日の霊夢はやけにその事が気がかりになり、何か手がかりは無い物かと行動に移した。

 

 御札やお守りやらしか出て来ない中で、霊夢はふと思った。そう言えば、先代はどんな人だったのだろう。確かに霊夢は先代に育てて貰ったが、何もかもを知っている訳では無い。生まれ、親、人物関係等々、霊夢は気になり始めていた。

 

 しかし、先代は既に行方不明になって居る。ある日突然、ふといなくなっていたのだ。それからも、何処に住んでいるのか、何をしているのか、生死さえ不明な状態なのだ。今更本人に聞く、と言う真似は出来ない。

 

 ふぅ、と霊夢は一息つき、額の汗をぬぐった。これだけ探しているのに、先代の痕跡が何も残っていない。霊夢は先代についてその他の思考を巡らせるが、中々細部まで思い出す事は出来ない。

 

 さて、如何した物かと霊夢は思考するも、どうもできない。仕方なく散らかした蔵を片づけ、居間に向かいながら今日は如何しようかと考える。しかし、する事も無いのでいつも通り霊夢は御茶を飲もうとしていた。こんな平和な日は、御茶を飲んでゆっくりするに限る。

 

台所に向かって何時も茶葉を入れている缶を開ける。すると、どうだろうか。中身は殆ど入っておらず、其処に僅かばかりの茶葉しか入ってないではないか。一瞬だけ霊夢は固まり、今回は早かったな、と溜め息を一つ吐いた。なけなしの茶葉を急須に入れて、御茶を注ぐ。ゆったりとした香りが広がり、霊夢の心を鎮めてくれた。

 

 その御茶を霊夢にしては珍しく一気に飲み干した。元々量が少なかったのも有るが、何よりこんな残り葉で注いだ御茶を味わっても、特に意味は無いだろうと考えたのである。何時も御茶を飲んでいる霊夢の事なので、御茶に関しては人一倍気を使っているようだった。

 

 空になった湯呑を洗い、逆さに置いて乾かしておく。その間に、霊夢は今に戻って外出の準備をしていた。準備、と言ってもただでさえ少ない金銭を持ち寄るだけなのだが、霊夢にとってそれは大層な準備だった。

 

 十銭でも持って行けば足りるだろう、と霊夢は賽銭箱の中から何枚かの銅貨を取り出し、博麗神社を後にして魔法の森の方向へと向かって行った。

 

 

 ~ ~ ~ 

 

 

 ――――――カランカラン

 

 鎮まり切った店内に、さびれた鈴の音が鳴る。その音に森近霖之助は反応して読んでいた本を閉じ、カウンターの向かい側の引き戸に目をやると、紅白の服を着た巫女である霊夢が立っていた。それを見た途端、霖之助は一つ溜め息を吐く。

 

 如何して溜め息なのよ、と霊夢はずかずかと店内に入って行き、店内を見回した。暫くして目当てのものが見つかったのか、主に食料品の有る処から御茶の葉を一袋取り出し、霖之助の所に持って来た。

 

 その行動に霖之助は固まった。普通ならば、あのぐうたら貧乏巫女は目当てのモノを見つけた途端にツケで済ませて帰る筈だ。しかし今目の前に居る巫女は、ちゃんと商品を自分に見せ、それでいて財布を取り出して代金を支払おうとしているではないか。

 

 目の前で固まる霖之助を見て、霊夢は不審に思ったのか「どうしたのよ?」と訝しげな目線を向ける。数秒後、霖之助はその目線に気が付いて覚束ない手取りで代金を受け取りながら呟いた。

 

「まさか、君が代金を支払うなんて今日は雨が降るのかな」

 

「? 何言ってんのよ。代金を払うのが普通じゃないの?」

 

 再び、霖之助が固まる。誰だ、この巫女は。あのぐうたら貧乏強奪魔がこんな事を言う筈が無い。如何いう事だ? この子は誰だろう。まさか、此処(香霖堂)に舞い降りた天使ではなかろうか―――

 

 以上、思考する事二秒。霊夢の声によって霖之助は意識を取り戻した。霊夢の訝しげな目線が再び霖之助を遅い、すこしたじろいだ。と、霊夢は何かを察したのか溜め息を一つ吐く。

 

「あのねぇ、私だって毎回毎回勝手に持って行くやつじゃないの。多少の常識は持ってるわよ」

 

「それなら、溜まりに溜まったツケを返してくれないかな? それを返すのも常識と言うものだろう?」

 

 うげ、と霊夢が声を上げる。霖之助は「頼むよ」とだけ言って再び本へと意識を向け始めた。

 

 そう言えば、と霊夢は現実から離れる為に思い出す。確か、霖之助は先代と繋がっていなかったか? 自分が子供の時も幾らか香霖堂に言っていた様だし、もしかしたら霖之助と何か繋がっているのかもしれない。

 

 そう思うと、段々と活路が見えて来る。霖之助は、妖怪と人間の混血である。したがって、寿命は人間のそれより長い。そして先代は人間から生まれた子。それならば、霖之助は先代の生まれる前から生きており、先代の事を身近に知っていたのではないか? 霊夢の考えは深みを増して行く。

 

「ねぇ、霖之助さん」

 

 気が付けば霊夢は霖之助に呼びかけており、霖之助もそれに反応して本を読むのを止めて霊夢の方を向いた。すると、霊夢は何が気に障ったのかあ、いや、えっと、と口籠り、告げる。

 

「―――先代の事って、どれくらい知ってる?」

 

 その質問に、霖之助は一瞬目を見開いたかと思うと、本をぱたりと閉じて腕を組んだ。霖之助の変化に霊夢は少し驚いたが、それを見ずに霖之助は奥へと入って行った。一人取り残された霊夢は霖之助を怒らせてしまったのか、と心配したが、霖之助は直ぐに店の奥から何故かアルバムらしきものを持って出て来る。

 

「何か様子がおかしいと思ったら、先代の事だったのか」

 

 そう言いながら、霖之助は手に持っていた本をカウンターの上に置いて、開いた。其処の数枚に映っている一人の少女に、霊夢の目線は釘づけになった。歳は霊夢と同じくらいだろうか。同じデザインの巫女服を着ていて、顔付きは霊夢に何処と無く似ているようだった。

 

 その少女が、写真の写っている方向を見て驚いている。恐らく、あの鴉天狗に盗撮でもされたのだろう。残りの数枚も、此方に向かって手に持ったお祓い棒を振り回しながら追いかけている。

 

「霖之助さん、これ……」

 

「お察しのとおり、それが先代だよ。今は何処に居るか分からないけどね」

 

 霊夢が訊くと、案の定この少女は先代だったらしい。霊夢は先代の記憶を思い出すが、それはすべてこの幼い少女では無く、大人びた雰囲気を纏った先代の姿。霊夢にとって先代は母親のような存在だったので、この写真の先代は新鮮に見えた。

 

 そしてまた、霊夢に疑問が浮かび上がる。どうして、霖之助はこのような写真を持っているのだろうか? 霖之助はその霊夢の思考を察したらしく、「鴉天狗に貰った物だよ」と簡潔に答えた。相変わらず勘が良いな、と霊夢は思った。

 

「先代は君とは違って清楚な人だったよ。ちゃんと物の代金は払ってくれるし、勝手に店に入って荒らしたりもしない。全く、霊夢とは大違いだったね」

 

 皮肉を込めて言う霖之助だが、霊夢はそれを気にして居ないようだった。ともかく、霖之助と先代の接点は確認した。となれば、色々と問題点は明らかになっていくだろう。と、霊夢は真っ先に一番質問したい事を思い出す。それを、呆れ顔の霖之助に向かって言った。

 

「ねぇ霖之助さん、先代が何時から巫女をやってたか、って知ってる?」

 

 その質問に、霖之助は幾らか真剣な顔付きになった。霊夢は霖之助がこんな顔つきになるのは初めてらしく、少し驚く。暫くの静寂が続くと、霖之助が「実は」と話し始めた。

 

「僕も分かっていないんだ。先代は紫が何処からか連れて来た少女を巫女にした、と言うのは聞いたんだけど、気が付いたらその娘は巫女をやっていた。身内も、正確な出身も紫にしかわからないだろうね」

 

 すべてが曖昧だ。霊夢は霖之助の話を聞いて、そう思った。しかし、こうも身元が割れないと言うのは如何だろうか。偶然にしては出来過ぎだ、と霊夢は思うがそれ以上は深く追求しないで置いた。

 

 恐らく、先代は悲しい過去を背負っていたのだろう。例えば親を皆殺しにされたとか。そうすれば孤児になり、紫の神隠しの対象にもなるだろう。霊力が有ったのは偶々だと考えれば、どうにでも理屈は付く。これ以上は考えないでおこう。

 

「そういえば、君も同じ様な感じだったね」

 

 思考の奔流に巻き込まれている霊夢に、霖之助が声を掛けた。霊夢は一瞬だけ呆けた顔をして、「何が? 」と返す。

 

「同じだろう? 身元も分かっていないし、出身も不明。幻想入りした経緯も不明だし、紫に聞いたら『空から降って来た』と誤魔化されるし、君は一体何なんだい?」

 

 その事に、霊夢は驚いた。まさか、こうも博麗の巫女と通じている霖之助が、自分の出身を分からないなんて。試しに記憶を巡らせる霊夢であったが、一つ不審な点が有った。

 

 記憶が途中で思い出せないのだ。まるで、そこから前の記憶が無くなっているように。幾ら思い出そうとしても、先代の結婚式の時点で記憶は途切れている。霊夢は得体の知れない不安に駆られ、身震いした。

 

 その様子を霖之助は見ていたのか、「大丈夫かい?」と声を掛ける。霊夢は行き成り声を掛けられたのか、一瞬体を跳ねさせた後に、大丈夫よとそっけなく返す。すると、霖之助は何かを考えるようにして霊夢に聞いた。

 

「霊夢、君は自分の出身を思い出せないんだね?」

 

 的を射た質問に、霊夢は目を見開いた。

 

「博麗の巫女は代々そんな感じなんだよ。出身も身元も親族も不明。紫に聞いても、全部『土から創り出された』や『空から降って来た』と返される。どうも不審なんだ。でも、僕は考えてみた」

 

 食いつくように聞く霊夢。霖之助もその霊夢に応じるように、口を開ける。

 

「もし、紫の言葉が全部本当だったら。もし、紫の言葉が――嘘偽りの無い物だったら?」

 

「それって、―――」

 

「霖之助ー! 邪魔するぜー!」

 

 口を開けたまま、霊夢は固まった。そのまま視線を動かすと、引き戸を強引にあけて入って来る魔理沙の姿が有った。今日二度目の客に霖之助は溜め息を吐いてふと霊夢の方を見ると、霊夢の顔はこれまでに無い程に青ざめていた。

 

 如何したんだい、と霖之助が声を掛けると、霊夢は冷めた顔のまま「やめて」と呟いた。後ろから来る魔理沙は霊夢も居るのかーと空気に有っていない発言をしている。と、霊夢が顔を動かして霖之助の眼を見据えて口を動かす。

 

「それだけは、やめて。私は、人間なんだから」

 

 余りの無表情さに霖之助は固まったが、直ぐに霊夢は後ろを向いて「あら、魔理沙」とにこやかな笑顔を向けた。そのまま霊夢と魔理沙は談話を始め、香霖堂に居座る。偶に見る風景が、香霖堂の中に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博 麗 霊 夢 は 先 代 を 知 ら な い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








議題7:博麗の巫女とは何か?


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