「それで、俺に謝りに来たってことか?」
早朝。医務室で準備をしているとオルコットが訪ねてきた。
話を聞くと先日の発言を撤回したいようだ。
「えっ、ええ……失礼なことを申してしまいましたから」
あの日の高飛車な様子は鳴りを潜め、もぞもぞと下を向きながら小さく謝罪するオルコット。
「気にするな。それに一夏も悪い」
元よりそんなに気にしていなかった俺はオルコットの謝罪を受け入れる。
それより一夏だ、アイツも結構失礼なことを言っていた。
「いいえ! 私が先に日本のことを悪く言ってしまいましたから、私の責任です!」
そんな発言も取り合わず、彼女は頑なに謝罪を貫き通す。
「なら謝るのは俺じゃなく1組の奴らだろ、俺は気にしてない」
「……そこまでおっしゃるのなら、お言葉に甘えます」
そうしてくれ、と答えるとオルコットは心配そうな目をしながらこちらに問いかける
「あなた、大丈夫なのですか」
何のことだ?と聞き返すのはやめておいた。
オルコットにはISを降りた後に鼻から出血するのを見られたし、今更ごまかすことはできないと思っていた。
「今のところ異常は出ていない」
「ですが! あの後倒れたと聞きました!ISに乗って出血するなど聞いたことがありません!」
先ほどのしおらしい態度は打って変わってオルコットはこちらに詰め寄った。
あ~。と口から漏れ出す、倒れたところまで知られているのならなんと説明したものか……
「すまないオルコット、出血は秘密にしてくれ。 あんまり起きることじゃないし」
即座に言い訳が出てこなかった俺は正直に隠すことにした。
正直と隠すは実にミスマッチな単語だが、それ以外に適した言葉がないのもまた事実だ
「出来ません! 織斑先生に説明させてもらいます!」
ダメだった、オルコットは頬を膨らませながらこちらの頼みを断る。
「頼む」
「聞けません! では!」
オルコットは話を聞かず立ち去ろうとし、俺は慌てて彼女の手を掴む。
別に織斑千冬はすでに知っている、だがもしほかの奴(一夏とか)に聞かれたら厄介だ。
「オルコット、頼む」
「あ、はわ……」
彼女は掴んだ手を見つめて答えない。
聞えていないのか、ともう一度頼み込む。
「俺には頼むことしかできない、オルコット」
「セ……」
「せ?」
「セシリアと……呼んでくださいまし……」
なんで?
オルコットは顔を真っ赤にしながら要求してきた、意味が分からなかった。
とはいえ、誰にも言わないでくれるのならお安い御用だ。
「セ、セシリア……頼む」
「も、もう一度……」
だがいざ口を開くとなぜか妙に恥ずかしく言葉がうまく出てこなかった。
咎めるように彼女は再び名前を呼べと要求する。
「セシリア、頼む。お前にしか頼めない」
当たり前だ、出血を目撃したのは彼女だけだ。
なぜか混乱してしまい、おかしな口ぶりになったことを頭の中の楯無がからかってくる。
「~~っ! わかりましたわ! 『この』! このセシリア・オルコットにしか頼めないと申すのでしたら!」
「あ、ああ。頼む」
さっきまでしおらしかったセシリアは消え失せ、彼女は胸に手を当て背を伸ばした。
様になっているな、と思ったがその顔はまだ赤く染まっていた。
「では失礼!」
言葉とともに彼女は素早く退室していった。
自身の鞄を椅子に置いたまま
「あ、あぁ……どうも?」
忘れていった鞄、俺が持って行ってやるべきなのか。
間違いなくからかわれる、未来を見た俺はため息とともに天を仰いだ。
//
「倒れたって聞いたから心配したぜ」
カタパルト射出された先には純白の機体をまとった一人目の男――織斑一夏が俺を待っていた
「悪いな」
「あ~、そういう意味じゃなくてさ……大丈夫だったか?」
頬をぽりぽりと書きながらこちらの心配をする一夏
「問題ない、始めよう」
その言葉に彼は機体と同じ白色の刀、雪片弐型を構え
「じゃあ遠慮なく、いくぜエイト!」
言葉とともに急接近を選んだ。
「セシリアに勝ったって聞いたぞ、一夏」
そのわがままな突進には付き合わず、ライフルを召喚しながら垂直に回避する。
「うおっとっと! あぁ、BT兵器だっけ?が少なかった!」
数発の被弾を許しながら一夏が再び接近を試みる。
迂闊な動きだ、すこしばかり動きを散らしてはいるがあまりにも直線的すぎる。
だが昨日今日初めてISの戦闘を行う人間の動きではなかった。
前日に戦ったブルーティアーズとの戦闘で射撃してくる相手との戦い方を掴みつつあるようだ。
これが才能か、心の中で呟きながら一夏から徹底して距離をとる。
「それは悪いことをした! お前には負けてもらいたかったからな!」
「またそれかよ! あれだけコケにされて負けられっか!」
だが一夏の専用機『白式』は近接だけに特化した機体、直線運動では向こうに軍配が上がることは明らかだった。
追いつかれる。その事実を認識した瞬間、白式のブレードが目前に迫っていた
「マズい!」
「もらったぁ!」
自身のシールドエネルギーを消費し稼働することでISの絶対防御――搭乗者をあらゆる攻撃から保護するシステム――すら貫通しうるイカれた能力。
その青く輝くエネルギーブレードが目前に迫り、慌てて初撃を回避する。
「削れたか!」
シールドエネルギー60%の表記、永人はその斬撃を避けきれなかったことを自覚する。
「かすっただけでこんなに持ってかれるのかよ、ふざけた火力だ!」
「まだまだ! 痛ぇ!」
続く一夏の大袈裟な振り上げ、それを好機と全力で腹部を蹴りつける。
行儀のいい戦い方ではないが、永人はグレースケイルの鋭角な脚部を好んでいた。
接触時の衝撃でお互いのシールドが削れ、距離が離れる。
吹っ飛んでいく白式にライフルで追撃をしようと狙いをつけるがバイザーに表示されるEMPTYの文字。
「弾切れかよ……」
仕方ない、と
「お前が刀一本で来てるのに、無粋な真似だったな」
対IS用ロングソード「スチーム」。飾り気のないデュノア社製の武器。
永人はISでのブレードファイトに自信はなかった。
それは格闘戦はISから送られる情報量が多く、短時間でも身体への負担が莫大であり――楯無から可能な限り避けるべきだとくぎを刺されていたからだ。
(後でお説教かな)
だが気の迷いかなにか、一夏と正面から戦いたいという感情が止まらなかった。
「お、いいのか? エイト」
一夏はそういいながら雪片弐型を構えなおす。
「こい! 織斑一夏!」
「うおおおおおぉぉっ!」
永人の言葉に答え、白式が疾走する。
「はああぁぁぁっ!!」
上から振り下ろされる太刀筋、永人はHUDに映る斬撃予測コースにスチームを打ち返す。
雪片を弾かれると思ってもいなかった一夏は目を疑った。
「こっちからも行くぞ!」
グレースケイルは距離を取らず、突きの体勢で突っ込んできたのだ。
「あぶねぇ!」
迷わず左手に回避する一夏。
それは篠ノ之箒との訓練で教わった、攻撃的な回避法。
武器を持つ腕は右手、左方向に回避することが出来れば武器が相手側にある!
その言葉を忘れなかった一夏はとっさの回避からの横なぎの斬撃を繰り出す。
だがお互いの武器を持つ腕が同じならお互い様のリセット、グレースケイルと斬撃がカチ合った。
「さすが織斑千冬の弟ってところか!? 一夏!」
「箒の特訓のおかげかもな!エイトもなかなか!」
押し合いの鍔迫り、推力勝負になると思われた拮抗がグレースケイルの蹴りでリセットされる。制限時間まで残り2分。
永人にとって今回の搭乗時間制限は大したことではなかった。
零落白夜をまともに受ければ即座にダウン、逆にしのぎ切れば向こうがガス欠になる。
そんな単純な戦いが彼は嫌いではなかった。
「押し合いはこっちが不利だからな、悪いな一夏!」
「じゃあもっかい行くぜエイト!」
空中で機体を立て直した白式がグレースケイルに迫る。
「早い!」
その超スピードに反応した永人、今度は地を削りながら迫る雪片を叩き落そうと上段に構え直し――――
試合終了を告げるブザーが鳴り響く。
『勝者 織斑一夏』
ISを解除した永人が仰向けに倒れている。
「あぁ、負けた負けた」
時間切れでも、自身の限界でもない純粋な敗北。
永人の心は負けたのに晴れやかだ。
少なくとも今日は楯無に弱音は吐かなくてよさそうだ、そう思うと気が楽になる。
「最後、腰の銃抜いてたら勝てたんじゃないか?」
同じくISを降りた一夏が永人に手を差し伸べる。
「かもな、でもそれじゃつまらないだろ」
一夏の手を借りて立ち上がる永人、その顔は不器用ながらに笑顔だった。
「意外だな」
敗者の服に付いた土埃を払ってやりながら一夏。
「エイトって、勝つためなら手段を選ばないタイプだと思ってた」
「選べるうちは選ぶ。で、選んで負けた」
肩をすくめる永人、一夏は彼のそれを見て同じように笑う。
「お前の勝ちだ、全勝だな」
一夏を護衛するという仕事には邪魔だが、永人の言葉は嘘ではなかった。
最後の立ち筋は実に見事だった。ロングソードは正面から叩き折られ、アリーナの床に突き刺さっている。
「あれ? 全勝?」
「そうだな、全勝だ」
「……それって」
さわやかな笑顔達は消え失せ、勝者は絶望。敗者が呆れ顔と二つに分かれた。
「……お前忘れてたのか?」
「だってオルコットさんが!」
青い顔をしながら永人に迫る一夏、縋り付いた相手は眉間を抑えながら呟く。
「だからって戦ってる理由を忘れるやつがいるかよ……」
うわぁああ、と一夏が大声で叫び
「俺がクラス代表ってことじゃないかよぉぉ~!!!!」
勝った者の情けない言葉が、アリーナ中にこだましていた。
//
「昨日帰ってこなかったけど、何かあったの?」
同居人、更識簪が自身の端末を操作しながらこちらに問いかける。
「保健室で寝てた」
鼻血が出て倒れた。
そこまでは説明せずにいることに後ろめたさはあったが、永人は続く言葉を飲み込むことにした
「ふ~ん、それで勝ったの?」
「どっちも負けた」
「そう」
そっけない言葉で会話が終わり、永人は自分のベッドへ倒れこんだ
一日開けただけの布団がやけに懐かしい、枕元の薬を一錠飲み込む。
「……水と一緒に飲んだほうが良い」
「もう飲み込んじまった~」
簪は永人の持つその刹那的な性格が嫌いではなかった。
だがそれを自覚するたびに姉に似た性格だからと理解してしまい、自身の中にある嫌悪が渦巻くのを感じるのだ。
「そう」
またつながらない会話に更識簪は目を閉じる彼へに向きなおる。
「……知ってたよ」
「じゃあなんで聞いたんだ」
彼女に右目だけ開けながら問いかける永人、簪はその視線をそらさずに答えた。
「織斑一夏には勝ってほしかった」
「……悪い」
簪が素直に答えたように、永人の言葉も本心だった。
更識簪の専用機事情を彼女の姉から聞くわけでもなく知った永人は、彼女が織斑一夏のことを嫌っているだろうこともその理由も理解できた。
死に物狂いで手に入れた代表候補生という場所、与えられるはずだった専用機。
それが初の男性搭乗者というお題目で織斑一夏にリソースを奪われ、簪は未完成品を押し付けられた。
一夏が悪いわけでもない、だが彼女が悪いわけでもない。
まだ16にもならない少女に受け入れろというのは酷な話だった。
自分が一夏に勝てばこの子は少しは笑顔になったのか?
永人は己が近接戦を選んだことをわずかばかり後悔していた
「別に、私には関係ない」
永人の眉が下がったのを気付いたのか、それともただ気まずかっただけか。 簪は少し早口でフォローする。
「それに、イギリスの子には時間切れで。一人目の方には相手の土俵で戦ってあげたって聞いたから」
その目が右往左往しているのを見て永人は小さく笑う。
「……もしかして慰めてるのか?」
そのからかいの言葉に彼女は答えず、端末に向きなおり彼を突き放した。
「……私は作業するから、早く寝て」
ムスっとした顔、すこし茜色の頬がモニターに反射する。
こんな奴に感情を動かされるなんて、簪は振り払うようにデータの入力を始めた。
「あれ、簪さん? もしも~し? 簪さ~ん?」
そっぽを向いた同居人はいくら声をかけても答えてくれない。
間違えたな、そうつぶやきながら永人は眠気に抗わなかった