一期、二期のペースから考えれば順当なところですが、このペースだと三期でスキャンダル編、四期で映画編やって完結ってところでしょうか。
とはいえ、あれだけ原作の結末で阿鼻叫喚となった後なので完結までやらせてもらえるのか不安なところではありますが。
カミキの聴取を終えた特命係の二人は、特命係の小部屋に戻ってきていた。
取調室を出てからここまで、二人の会話は皆無だった。沈黙の中、先に口を開いたのは尊の方だった。
「……杉下警部は、菅野が自発的にアイさんに対する殺意を抱くように神木がしむけたと本気で考えているんですか?神木が言うとおり、神木はただ菅野にアイさんの入院先と新居の住所を教えただけだと」
尊の問いに、ようやく右京も口を開く。
「少なくとも、直接的に殺害を唆すような行動は取っていないというのは間違いないでしょう」
「そんなこと、本当に可能なんでしょうか?」
右京の自信に満ちた口ぶりに、疑問を覚えたのだろう。尊は続けて質問する。
「杉下警部の推理では、具体的な方法はさておき、神木が菅野を唆してアイさんを殺害させたということですよね?」
「ええ。僕はそう考えています」
「なら、もっと直接的に菅野を犯行に導いたと考えるのが自然じゃないですか?例えば、神木がアイさんについての情報をいろいろと菅野に吹き込んで、菅野がアイさんに対して抱く感情を反転させ、殺意を抱かせたとか。あるいは、神木と菅野の関係は、実は新野や神木が言うような友人関係ではなく、もっと別の……主従に近いような力関係があったとか、あるいは弱みを握られていて菅野は神木の命令を拒めなかったとか」
なるほど、と言って、右京は一呼吸置く。
「殺人教唆の代表的なケースですね。殺人教唆と聞いて警察官が思い描くのはおおよそそのような場合でしょう」
暗に、発想がテンプレート通りでひねりがないと指摘されたと感じた尊は少しムッとするが、なんとか表情に出さないように抑え込む。右京に尊を謗るつもりはないのだろうが、悪意なく嫌味なことを言わないと死んでしまう病なのだろうかと思ってしまう。
尊がそんなことを考えていると、右京が話を続けてきた。
「ただ、今回はそのようなケースである可能性は低いと僕は考えています。神木は、菅野がアイさんの入院先や住所を知れば、必ずアイさんを殺害しようとする。それを知っていて、菅野に入院先や住所を教えたのだと考えれば、神木のこれまでの態度や言動に説明がつきます」
「態度や言動?」
「大学で聴取した時も、取調室で聴取した時も、彼の発言には矛盾がありました。そして、僕はそれを指摘しました」
「確か、大学の時はアイさんの本名。取調室では神木とアイさんが別れた理由」
尊の回答に頷きながら、右京は再び口を開く。
「それを指摘した時の、彼の態度を思い出してください」
「ズル休みの言い訳が嘘だってバレた時くらいのバツの悪い顔をしていましたね」
「君、その例えはどうかと思いますよ」
呆れたように言う右京だが、すぐに表情を引き締めると話を続ける。
「刑事に尋問された人間が、自分が疑われていると全く思わないということはないでしょう。ましてや、事件の犯人や事件の真相を知る人物であれば尚更です。そして、自分が疑われていることを知った犯人は、刑事の追求から逃れるために往々にして嘘をつく」
「そりゃあ、犯人だって捕まりたくはありませんからね。真実を話せば犯人やその関係者であることが分かってしまう以上、嘘で誤魔化すのは当たり前じゃないですか?」
「ですが、一方で刑事に対して嘘をつく場合、嘘であることが分かってしまえばより一層犯人であるという疑いを強めることに繋がります。君の言うとおり、嘘をつく理由があるのは犯人やその関係者に限られますからね。そして、自分に対する疑いの目が強くなったことを理解した犯人は多少なりとも焦りを感じるものです」
右京の言わんとするところを尊も理解する。
「確かに、言われてみれば神木は嘘を見破られてもどこか淡々としていましたね。疑われていることに対する焦りは感じませんでした。でも、彼は元役者ですよ?それも、劇団随一の演技派。そう見えるように演じていたって可能性も否定できないはずです」
右京の脳裏に、かつての事件で相対した『せんみつ』*1と呼ばれた嘘つきの天才の姿がよぎる。息をするように嘘をつき、嘘がバレてもまた淀みなく平然と次の嘘を繰り出す名人芸と相手を自分の話のペースに見事に乗せる巧な話術を実際に見ているが故に、右京も尊の指摘は否定しなかった。
「君の言うとおり、彼が僕たちの前で見せた姿が全て演技だったという可能性も、勿論捨てきれません。世の中には嘘をつくのが上手い人もいますからね。ただ、彼は菅野に自発的に殺意を持たせるよう誘導したという僕の推理を自分にはできないという理由で否定しました。君のように、特定の個人に対して殺意を抱くように他者を誘導すること自体は不可能だと断じたわけではありません」
「それこそ、言葉尻をとらえた詭弁のような気がしますけど……」
「警察が自分に対する疑いを強めているのにも関わらず自分が捕まるのではないかという焦りがなかったのは、他者に殺意を抱くように誘導したことを立証する手立てがないことを確信していたからだとは考えられませんか?」
「聴取の際の印象だけでそこまで決めつけるのは流石にどうかと思いますけど」
訝しげに眉を寄せつつそう言う尊に対し、右京は人差し指を立てた。
「もう一つ。菅野の最後の言葉を思い出してください」
「菅野の最後の言葉って、飛び降りる前に伊丹刑事たちに言ったっていう、あの?」
「もしも、菅野が神木に知らず知らずの内にアイさんを殺すように誘導されていたとして、それに菅野が死の間際に気付いたとすればどうでしょう。『こんなはずじゃなかった』『どうしてこうなった』……殺意を抱いた、いいえ、抱かされた経緯が、過った情報によりもたらされたものだったことに気付いたが故の発言だったと捉えることはできませんか?」
右京の鋭い眼光が尊の顔を貫く。
「僕なりに、菅野が犯行に及んだ経緯について考えてみました。例えば、菅野は友人関係にあった神木と接する中で、たまたまアイさんと神木の関係を、そして、彼女が神木の子供を身籠っていることを知ってしまった。アイドルであるアイさんの熱愛と妊娠。それはファンである菅野にとってはこれまでの好意が殺意に反転するほどに許せない行為だったのでしょう。その殺意が神木に向かなかったのは、友人である神木を憎み切れなかったからなのかもしれません。そして、アイさんが出産のために入院している病院を知り、アイさんが出産する前に殺害しようとその病院を訪れたところ、たまたま担当医であった雨宮医師に遭遇し、トラブルの末に殺害してしまった」
「仮に、神木の話を真に受けるなら、神木はアイさんと交際していたことは伏せたまま自身の身の上話をしたにすぎなかったのでしょうが、実際はアイさんと神木の関係は既に菅野に知られていて、さらに菅野はアイさんに対して殺意を抱いていた。殺害を決行するために必要なおぜん立てが神木の知らないところで整ってしまっていたということですか」
「菅野は神木と接する中でアイさんに対する執着、好意を抱くように誘導されていたということも考えられます」
「でも、杉下警部の推理どおりだったとしてもですよ?神木は、菅野にアイさんに対する執着を抱くように誘導して、その上で具体的な名前を伏せたうえで元恋人との間の身の上話をしたに過ぎないってことになりますよ。それだけで、神木がアイさんを菅野が殺害する結果を予想できたなんて、立証しようがないじゃないですか。まさに、完全犯罪です」
尊の主張に反論するかのように、右京も強く声を発する。
「すべての人間が犯罪に手を染めうる不完全な存在である以上、完璧な犯行をなすことなど不可能です。つまり、この世に、完全犯罪というものはありえません。人間がなす犯罪であれば、必ずどこかに綻びが生じます」
既に、右京の脳裏には次の一手が浮かんでいるのだろうことは尊も予想できていた。
しかし、信頼と実績の杉下右京の推理とはいえ、今回はいささか強引なのではないかと思う気持ちも拭い去れないでいた。
尊の納得いかない様子を察したのか、右京は言葉を続ける。
「僕は明日、アイさんの知り合いや、神木の関係者から話を聞いて回ろうと思っています」
言外に、君はどうしますか?と問うてきた右京に対して、尊はしばし思案した後に答える。
「……正直なところ、僕はまだ、神木が言葉だけで菅野に自発的に殺意を抱かせたとは信じられません」
尊の言葉を待つかのように、右京は黙って見つめている。
「とはいえ、神木が今回の菅野の犯行を予測していなかったとも、関与していなかったとも思えません。なので、僕は明日少し、別行動をとらせてもらいます。一人、話を聞いてみたい人がいるんです」
SEASON5第4話『せんみつ』
シリーズ通して非常に珍しい三浦さんメインの会のひとつにして、シナリオも一時間でキレイに完結する傑作回です。
取り調べ中の容疑者を演じる俳優の「すっとぼけた表情」や、時折見せる「人を小バカにしたような態度とまた表情」、まるで「落語家の語りのような人を惹きつける話術」がすごい印象に残っています。まさに名演だと思いました。