ひとまず最終話まで書き終えたので、投稿を再開します。
その日、大学の授業を終え帰路につこうとしていた神木を大学の校門で呼び止めた右京と尊は、神木を伴って都内のある賃貸マンションの屋上を訪れていた。
「何度もお呼びだてして申し訳ありません」
「今度はなんですか?僕の知っていることはすべてお話ししたと思いますけど」
神木は三度目となる右京との対峙にもかかわらず、相変わらず少し困った表情で小首を傾げてみせるだけで、露骨な不快感は見せなかった。
しかし、これまで神木はその類まれなる演技力で二人の前で嘘を平然をつきとおしてきたのだ。尊は、今回もまた、神木は表面上取り繕っているだけだと感じていた。
「あぁ、こちらに来てください」
神木は右京に促されて、屋上の端に設けられた2mほどの高さの金属製のフェンスの前に立った。
「ここからなら、よく見えますねぇ」
「え?」
疑問符とともに振り返った神木に対し、右京は笑みを浮かべながらある一点を指さした。
「あそこに見えるマンションが、アイさんが殺害される一週間前に引っ越した新居です。犯行現場となった部屋の入口も、少々遠いですが双眼鏡を使えば見えない距離ではありません」
右京の言わんとすることが理解できないとばかりに困惑した表情を浮かべる神木を他所に、右京はさらに続ける。
「アイさんは、インターホンが鳴らされた音を聞きつけ玄関に向かいました。そしてドアを開けたところで、待ち構えていた菅野にナイフで腹部を刺されたそうです」
「はぁ……そうだったんですね。それで、この場所に僕を連れてきたのは、どういう理由からですか?」
未だ困惑気味の神木であったが、その表情にはいまだ余裕の色が窺えた。しかし、それも、次の右京の一言によって崩れ去ることとなる。
「現場検証の一環ですよ。この場所から事件の一部始終を見ていた貴方の口から、あの時何が起こったのかを聞きたいと思いましてね」
「えっ……」
神木の顔色が変わった瞬間であった。
突然告げられた衝撃的な言葉に動揺したのか、はたまた事件の現場を目撃していたことを見抜かれていることに恐怖を感じたのか。それは当人にしか分からないことであったが、明らかに神木の表情が変わったことだけは確かだった。
しかし、その変化もほんの一瞬のことであり、再び笑顔を浮かべ直した神木は再び口を開く。
「一体何を仰っているんですか?僕は」
「このマンション、この間君と一緒に大学でごはんを食べていた彼が住んでいるよね」
尊が更に追い打ちをかける。
「そして事件前日の朝も君はこのマンションを訪れて事件当日の午後に出て行っている。マンションのロビーの防犯カメラの映像で確認済だよ」
「大学生が友達の家にゲームしに行ったりすることなんて、珍しくないでしょう。たまたま、事件の日に訪れただけですよ。このマンションに来たことも、あの日だけじゃありません」
「君が警視庁で聴取を受けていた時に履いていた靴、取調室に残っていた靴跡と同じ靴跡がこの屋上から発見されているんだけどね」
「何度かこのマンションには来てますから、その時に屋上に立ち寄ったこともありますよ。その時の靴跡じゃないですか」
「いえ。この屋上に残されていた靴跡は、貴方が事件当日、ここを訪れた日の靴跡で間違いありません」
右京が断言したことで、神木の表情に明らかな曇りが見えた。
「何をもって、その靴跡が事件当日の僕の靴跡だと?」
神木はまだ食い下がるつもりのようだ。
しかし、杉下右京を相手にするとなると流石に分が悪い。それでもなお、表面上余裕を取り繕って追及を受け流そうとしているのだから神木も歳の割に大したものであると尊は思った。
「屋上から採取された靴跡には、薔薇の花粉が付着していました。そして、その薔薇の花粉なんですがね、菅野がアイさんの殺害現場に残した薔薇のDNAと一致するんですよ。これが何を意味するのか」
そこまで言うと、右京は一度言葉を切り神木の反応を窺うようにじっと見据える。対する神木もまた、表情を崩さぬまま押し黙っていた。
話を引き継いだのは、尊だった。
「神木君、君は警視庁で聴取を受けた時にこう言っていたよね。アイさんに花束を届けてほしいと言って菅野に花束を託したと。そして、君が菅野に託した薔薇の花束を購入した都内の生花店にも裏を取った。君が花束を受け取りに来たのは、事件当日の朝。となれば、その薔薇の花粉が付いたのは、事件当日の朝しかない。そして、君が事件当日以後、今日までこのマンションを訪れていないことも防犯カメラで確認している」
「つまり、貴方の靴に事件現場に残されていた薔薇の花粉がつく機会は事件当日しかありえないのですよ。これでもまだ、事件当日にこの場所を訪れたことを否定しますか?」
言葉に詰まる神木に対して、右京と尊の二人は容赦なく畳みかけた。
「もう十分わかったと思うけど、この人の前で嘘とかついても無駄だよ。細かなことが気になってくるととことん追求してくるからね。そろそろ観念したら?」
尊の言葉を受けて、ようやく神木が口を開いた。
「……僕の演技ってそんなに下手でしたかね?これでも劇団に幼いころからいて、それなりに演技には自信があったんですけど」
神木は両手を挙げながら自嘲気味に微笑んで見せる。
「事件の一部始終を、この場所から見ていたことは認めますね?」
「えぇ、まあ。でも、まさかあんなことになるなんて思ってませんでしたけどね。僕はただ、良介君がちゃんと花束を渡してくれるか心配で見守っていただけですよ」
あくまで白を切り通す神木だったが、右京の追及の手が止まることはない。
「やはり、君は演技が上手い。ですが、嘘はあまりお上手ではない」
「どういうことですか?」
「嘘というものは、重ねれば重ねるほど綻びが目立つものです。上手い嘘つきは、真実と嘘を重ね合わせ、その綻びを巧みに隠す」
右京はさらに続けた。
「花束を自分の代わりに渡す。たったそれだけのことをきちんと成し遂げられるか不安で影から見守るぐらいなら、最初から自分で行けばいい話ではありませんか。わざわざ他人の手を借りる必要などどこにもありませんし、仮に他人の手を借りざるを得なかったとしてももっといい人選があったはずでしょう。貴方の交友関係は随分と広いようですからね。敢えて菅野に任せなければならない理由がありません」
三人しかいないマンションの屋上に沈黙が流れる中、右京だけが言葉を続ける。
「君は、あの日アイさんの身に何かが起こるという確信があった。だから、それを見届けるためにここに来た。違いますか?」