【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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 いよいよ、神木との決着です。
 推奨BGMはタイトルどおり『Scars』です。神戸期の鬱回の終幕はこの曲のイメージが強いです。


第61話 Scars

 神木には右京の言葉の意味を理解することはできなかったのだろう。彼は眉をひそめ、頭上に疑問符を浮かべている様子だった。

「どういうことですか?」

 そんな様子の神木をよそに、右京はさらに続けた。

「言葉どおりの意味ですよ。君は何の罪を犯していない。殺人の罪を犯したのは菅野であって、君は正犯でも、教唆犯でもないということです」

「さっきから何を仰っているのかさっぱり分からないのですが」

「では、こう言えばわかりやすいでしょうかね。君が菅野に色々と吹き込んでアイさんに対する殺意を抱かせて、犯行を実行させたというのは間違っていて、菅野が自分の意思でアイさんを殺害したのが真相ということですよ」

 突然降って湧いたかのような衝撃的な言葉に、神木の口は思わずぽかんと開きかけたまま塞がらなくなってしまった。そのまま数秒間固まっていたが、それでもまだ思考が追い付いていないのか、なんとか言葉をひねり出す。

「いきなり何を言い出すかと思えば……冗談にしても性質が悪いですし、負け惜しみにしてはみっともないのでは?」

 そう言って苦笑いを浮かべてみせる神木の顔は引き攣っていた。明らかに動揺しているのが見て取れる。そんな彼に追い打ちをかけるかのように、右京はあくまで淡々と語った。

「冗談ではないですし、負け惜しみを言うつもりもありません。僕はただ、真実を述べているだけです」

「……ありえない」

 思わず漏れ出てしまった一言だったのだろう。神木はすぐさま口を閉ざして視線を逸らしたが、右京はそれを見逃さなかった。

「そうでしょうか」

「杉下さんも、ご自身で仰ったじゃないですか。菅野は僕の目論見通り、アイに対して殺意を抱いた。そして、自ら抱いた殺意に従ってアイを殺したと!何をいまさら!」

 僅かではあるが、神木の声に怒りの色が滲んだ。これまで神木が決して見せようとしなかった感情を尊は初めて目にした。しかし、それに対して右京は特に意に介さずに言葉を続ける。

「ちゃんと最初に申し上げたはずですがねぇ……貴方の思惑を、僕なりに推理してみましたと。先ほど語ったのは、あくまで貴方が考える事件の真相であって、実際の事件の真相を申し上げたわけではありませんよ。貴方は、自分の思惑通りにことが運んだと誤解なさっているようですが、貴方の思惑と、実際の事件の真相は異なります」

 動揺を隠しきれない神木とは対照的に、右京はまったく動じることなく落ち着いた口調のまま語り続ける。

「そもそも、貴方の思惑通りに全ての物事が進んでいたのであれば、アイさんは宮崎の病院で菅野に殺害されていたでしょうし、雨宮さんが菅野に殺害されることはなかったでしょう。それに、君が態々犯行の瞬間を目撃できるこの場所に、犯行時刻に陣取っていたのは、菅野が自分の思惑どおりに動いてくれているか不安だったからなのではありませんか?自分の思惑通りに菅野が動くと信じていたなら、貴方は犯行時刻にここにいる必要がありません」

 神木の顔が大きく歪むのが見えた。図星であることは明らかだった。そんな神木に追い打ちをかけるように、右京は更なる言葉を浴びせかける。

「宮崎の事件の時点でアイさんに殺意を抱くもアイさんの殺害には失敗し、たまたま雨宮さんを殺害することとなった菅野は、強烈な罪悪感に苛まれていました。結果的に菅野は何の罪も、恨みもない人間を殺害してしまったのですから、無理もないことです。ですが、菅野は一方で罪を擦り付けられる相手を探していたんですよ。自分の罪を誰かのせいにできたら、罪悪感は軽くなりますからね」

「その相手が僕だったと?」

「ええ。菅野にとってはアイさんは諸悪の根源とも言ってもいい。当然彼女が悪いと思いたい意識は多分にあったでしょうが、同時にアイさんの元恋人であり、自分にアイさんの入院先を軽率に教えた貴方に対しても、恨むとまではいかずとも、少なからず責任を求めていたとしても不思議ではないでしょう」

「そんなそぶりはなかったはずです」

「恨みとまではいえない程度の感情だったからこそ、分かりやすく表情や態度に出なかったとは考えられませんか?」

 右京は、神木に反論を探す時間を与えず、完全にペースをつかんでいた。

「菅野が君に対して抱いていた僅かな不審。それは4年という月日と、その間変わらず友人として接していた君に対する信用によって、次第に薄まっていったはずでした。ですが、そんな中彼は4年前とほぼ同じ状況に遭遇しました。君から、アイさんが子供と父親を合わせたがっているという話と、会う勇気がないと話した時ですよ。流石に、同じ人物と、同じ状況がそろっていれば、4年前の出来事との関連を想起しないということは不自然でしょう。いくら菅野がアイさんに対する感情を拗らせて、視野狭窄になっていたとしてもです。そして、一度疑いを持てば色々と見えてくるものもあります」

「それは、杉下さんの想像でしょう。事件の捜査で色々な人から話を聞いただけの杉下さんが、良介君のことをどれだけ知っているんですか?」

「僕も、人づてに聞いた話だけで特定の人物の内面について考察できるとは思っていませんよ。当然、僕が菅野の内面を考察するにあたって、当然参考としたもの……ネタ元があります」

 神木が疑問を挟むよりも前に、尊が答える。

「菅野は、アイさんを殺害した後、ビルから飛び降りる前に新野冬子さんに電話をかけていた。そこで、何故犯行に及んだのかを彼女に全て語ったんだ」

「えっ……?良介君が、ニノに?」

 菅野が死の直前に新野に連絡を取っていたことを初めて知ったためか、神木の表情は驚きに満ちていた。神木が知らなかったということを確認して、右京は話を続ける。

「その時新野さんが聞いた話、そして、菅野が死の直前に目前の警察官に残した言葉。そこから推察するに、君が菅野を利用してアイさんを殺害しようとしていたことは、どうやら菅野に気付かれていたようですねぇ」

「馬鹿な……僕の思惑に気付いていたっていうなら、どうして良介君はそれに従ったんです?僕に殺人犯に仕立て上げられるというのに、何故!?」

 信じられないといった様子でまくしたてる神木に対し、右京は諭すような口調で告げる。

「君の思惑に気付いたからこそ、菅野は自分の手でアイさんを殺そうとしたんですよ。君のアイさんに対する殺意に気が付いた菅野には、犯行を思いとどまるという選択肢もありましたが、菅野はあえて犯行を実行した。それだけ、アイさんに対する殺意を抱いていたというのも事実ですが、一方で、他者の思惑とは関係なく自らの意思でアイさんを殺害することには、大きな意味がありました」

「意味?」

「君の思惑を全て知ってもなお犯行を実行したとなれば、君の思惑があろうとなかろうと犯行を実行する意思が菅野にあったということです。つまり、菅野の殺意に君の思惑はほとんど影響を及ぼしていないということですよ。法律上の定義でも、実際に事件の絵図を描いたという意味でも、君はこの事件の犯人ではなくなると同時に、アイさんを殺害した罪は、菅野一人が背負うものとなります。余人が罪を問われる余地はない。それが菅野の狙いでした」

 それを聞いて、神木の表情が一気に青ざめる。

「菅野の思惑の一つには、自分が全ての罪を背負うことがありました。僕には理解できない思考ですが、菅野はアイさんを自らの手で殺害し、その罪を一人で背負ったまま法に裁かれる前に自殺することで、アイさんの命も、それを奪った罪も永遠に独占できる。誰にも渡さないことができると考えていたようです」

「嘘だ……」

 呆然とつぶやく神木の声は震えていた。

「そんなはずがない、良介君は、そんな、アイは」

「あぁ、それと姫川夫妻の心中事件ですがね、あの事件の真相も、君の考えていたものとは異なります」

 狼狽する神木に対し、右京はとどめと言わんばかりに話をつづけた。

「夫の上原が姫川さんを殺害し、自ら命を絶ったという事実は報道されていましたが、実は、上原は自殺の前に現場に偽装工作を施しているんですよ」

「偽装工作?」

「無理心中ではなく、他殺に見せかけるための偽装工作ですよ。しかも、殺人の容疑を被せる相手まで想定した偽装工作です。ですが、上原が殺人の容疑を被せようとした相手は、貴方ではありませんでした。これが何を意味するのか、分かりますか?」

 右京の問いに答えられない神木を差し置いて、尊が答えた。

「もしも、上原が君と愛梨さん、そして大輝君の関係を知って愛梨さんへの殺意を持ったとするならば、貴方を差し置いて他の人に殺人容疑を被せたりはしないよね。それとも、君には君を差し置いて上原さんが一番恨んでいる人物--それこそ、殺人の濡れ衣を着せたいほどに恨んでいる人物に心当たりはあるかな?」

「そんな……まさか、だって」

 ようやく自分の中で結論に至ったのか、神木の顔からは血の気が完全に失せており、その顔色は青を通り越して白くなりかけていた。そんな神木を他所に、右京は最後の仕上げとばかりに口を開く。

「上原夫妻の心中の原因は、貴方にはない。そもそも、上原さん夫妻の死の責任を貴方が感じる理由はなかったということです。彼らは君の関係のないところで殺意を抱き、心中という結末に至ったのですから。そして、今回のアイさんの事件。先ほど申し上げたとおり、貴方は菅野を使ってアイさんを殺害しようと考えていたようですが、実際には菅野は貴方の思惑に気付き、逆に貴方を利用する形で自身の本懐を遂げた。結果的には、アイさん殺害は貴方が仕組んだものではなく、貴方は菅野によるアイさん殺害に利用されただけということになるのでしょうねぇ」

 右京はそこまで言い切ると、神木の方へと一歩踏み出しながらさらに続けた。

「神木さん、よかったですねぇ。君は上原さん夫妻の心中の原因でもなければ、アイさんを殺害したわけではない。誰の命も背負う必要がないのですから」

 笑みを浮かべながら話す右京の表情は、どこか神木に対する哀れみを感じさせる。しかし、それとは対照的に神木はまるで悪夢でも見ているかのように、呆然とした表情を浮かべたままだった。

「嘘だ……嘘だ嘘だ!嘘だ!!上原先輩も愛梨さんの命も、僕が背負っているんだ!僕が背負わなければいかないんだ!!」

 錯乱したように喚き散らす神木を前に、右京は静かに語りかける。

「残念ですが、これが真実です」

「僕が、僕が愛梨さんの命を背負ってないなら、僕はなんのためにアイを!!アイを殺した罪が僕のものじゃないなら、僕がアイを殺した意味は!?」

 右京の言葉を遮るようにして叫ぶ神木の姿は、もはや狂気じみていて痛々しいものだと尊は感じていた。

「僕が殺したんだ。僕がアイを殺した罪を背負うんだ。僕が」

 悲痛な叫びを上げながら神木は右京に縋るように手を伸ばす。しかし、縋るように迫る神木の手は右京の肩に届く前に右京の手に掴まれた。

「アイさんを殺めた罪ですか」

「そうだ、それは僕のものだ!!良介君のものじゃなくて、僕が背負うものだ!!僕がアイを殺した罪を背負っているんだ!!」

 この期に及んでも、自分勝手な自論を振り回す神木に対し、ついに右京は怒り心頭に発した。

「いい加減にしなさい!!」

 突如これまでの穏やかな表情から一変して声を荒げた右京の様子に驚いたのか、神木は一瞬体を硬直させる。

「いいですか!!人を殺めた罪を背負うとは、失われてしまった命の重さを感じ、その重さに苦しみながらも償う方法を求めて生き続けることです!!失われた命と向き合うこともせずに、償う方法を見つけようともせずに人を殺めた罪を背負っているなど口にするんじゃない!!」

 右京は、一喝され茫然とする立ち尽くす神木にさらに冷たく言い放つ。

「貴方が自らが罪を背負うべきだと考えるのであれば、まずは正しく法の裁きを受けることです。もしも、僕の推理が間違っていて、貴方の言うとおり、貴方に罪があるのであれば、その時はその罪に応じて、法に沿った罰があたえられるでしょう。そして、刑に服し、自分が犯した罪の重みを正しく受け止めなさい。それ以外に、貴方がアイさんを殺害した罪を背負う方法はないのですから」

 右京は神木を一瞥すると、尊を引き連れてマンションの屋上を後にする。取り残された神木はその場に力なく崩れ落ちると、虚空を見つめながらうわごとのように呟き始めた。

「アイを殺したのは僕だ、僕じゃなきゃダメなんだ、良介君じゃないんだ……」

 

 翌朝、寒風吹きすさぶこの冬一番の寒さを記録したその日、神木は一人、警視庁に自ら出頭した。

 右京と尊は、警視庁の受付で自らの罪を告白をする神木の姿を遠くから見つめていた。




 右京さんの怒りのぷるぷる。
 右京さんは閣下とか、哀れすぎるクズにはぷるぷるしないことが多いので、カミキ相手にぷるぷるするかどうか悩みましたが、ヤングカミキならばぷるぷるしても不思議じゃないかなと思いました。
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