2021年2月14日 執筆
支部にも上げていたものです。
支部からの移動先模索中。同じものを2.novelist.jpにも投稿しています。

***
バレンタインに書き上げた露泉です。
バラの色と本数はざっくり調べただけでほとんどこじつけなので、薄目で雰囲気だけ楽しんでいただけたらと思います……。

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花言葉は「ミステリアス」

 

「はい、これで最後です。ご迷惑をおかけしました!」

 

泉がぺこりと頭を下げる。つい先ほどまで書斎を埋めていた数十個の段ボールは無事に引き取られ、 2月の寒空に開け放たれた窓のおかげで、籠るような甘い匂いも四散した。露伴は憮然とした表情でソファーにだらしなく腰掛け、わざとらしく深い深いため息をついた。

 

 

***

 

 

泉の携帯が鳴ったのは金曜の昼過ぎ。見慣れた番号に何の躊躇いもなく出たとたん、露伴の怒号が鼓膜に突き刺さった。

 

『泉くん! キミさァ!これは嫌がらせなのかッ!?』

「あ、露伴せんせェ~。ご機嫌いかがですかぁ~?」

『あのなァ、これがご機嫌よろしい声に聞こえるのかぁ~ッ!?』

 

あらら、本当にご機嫌麗しくないようだ。露伴が不機嫌そうなのはいつものことだが、声を荒げるとなるとこれは珍しい。

今回は何をやらかしてしまったんだろうか。締切の変更は伝えたし、打ち合わせは来週の予定だ。編集部に届いたバレンタインのチョコレートはちゃんと仕分けして送ったし。

 

『この段ボールだよ!まだ運び込まれてくるぞ!!ぼくの家を物置にするつもりかッ!?』

 

段ボール?

 

「ああ、それならきっとバレンタインのチョコですよ~。さすが先生人気作家ですねえ、たくさんありましたから」

『だからなんでそれがぼくの家に届くんだッ!』

「え?だって……」

 

『これは編集部で処分するはずだろうッ!』

「……へ?」

 

『キミどんな引継ぎしてるんだ!?今すぐ来て何とかしろッ!!』

 

……あらら。

露伴の声の裏で、泉は忙しい週末になる予感に首をすくめた。

 

 

 

***

 

 

とはいえ、すぐに配送業者を手配して、露伴邸に運び込まれた段ボールをそのまま編集部に持って行ってもらうだけだったので、それほど大ごとにはならなかった。だがとにかく露伴の機嫌が最悪で、宥めたり賺したりしながら業者を待つ時間は厳しいものがあった。背の高い露伴が部屋の真ん中で段ボールに囲まれて立ち尽くしている姿はなかなか愉快ではあったけど。

 

ようやくいつも通りの姿になった書斎で、ソファーに深くもたれかかった露伴は、所在なく立つ泉をじろりと睨みつける。

 

「もう二度とあんなものウチに寄こすなよ」

「ごめんなさァい。ファンレターなんかはこちらに送ってたので、それと一緒かと……。

でも、手作りとか開封済みとかはチェックして除いてありますし、残りは普通の市販の未開封のチョコでしたから、食べても大丈夫でしたよ」

「他人が送ってきた食品を食べるなんてヤツの気が知れないね」

「有名なショコラティエの高級なやつもありましたし~」

「そもそもさァ~、ぼくは甘いものは嫌いなンだよ。そんなに羨ましいなら勝手に食べたらいい」

「人気の証ですよぉ。ファンレターは喜んで見てるじゃないですかぁ」

「ふん。バレンタインのプレゼントなんてほとんどがキャラクター宛じゃあないか。ぼく宛のファンレターの価値とは雲泥の差だろ」

 

露伴はその長い指でトントンと机を叩く。その様子を見て泉は少し不思議に思う。どうやらこの偏屈な大先生はまだへそを曲げているようだ。

 

「……先生?」

「……バレンタインだろ?」

 

トントン。机をたたく音。細く長く骨ばった手が躍る。泉をちらりと見上げるその目。

 

(あ。)

 

泉は突然笑いだしたい気持ちになった。でもそんなことをしたら露伴の機嫌がますますこじれにこじれるだろう。泉は必死に堪え、でも我慢しきれずに唇をきゅっと結んだ。

そう。バレンタインだ。山のような段ボールは届いたもの、どうやら探し物は見つからなかったらしい。いつにも増して機嫌が悪かったのも、もしかしたらそのせいだったりするんだろうか。

偏屈で気まぐれで唯我独尊でいつも散々に振り回すくせに、こうやってたまにかわいいところを見せるのだから、ミステリアスな男だ。

 

「……」

 

泉の表情の変化を見逃す露伴ではない。実に嫌そうに目が細められた。

 

「……ありますよぉ」

「はァ?」

「心配しなくってもちゃんとありますって。先生が甘いものお嫌いなのも知ってます」

「……キミ何を言ってるんだ?」

 

ちょっと待っててくださいね。泉はふんわりと書斎を出ていく。露伴は再び苛々と机を叩いた。トントン。

 

***

 

 

「じゃーん!」

 

泉が持ってきたのは、完全に露伴の予想外のモノだった。

 

それは、両手いっぱいのバラの花束。それも、いわゆる「バラ」と聞いてイメージする色のものとは違う。深紅でも、ピンクでもない。カフェラテのような、淡く甘いブラウン。

 

「……なんだよそれは」

「なにって、バラですよ。ちょっと変わった色合いですよね~」

「ぼくが聞いてるのはそういうことじゃあない」

 

露伴はますます深くソファに沈み、気怠く頬づえをつく。元々が美丈夫なのだ。様になっている。そこにバラの一輪でもあればますます映えることだろう。

 

「先生甘いものお嫌いだし、バレンタインなんにしようか考えてたんですけどぉ、たまたま花屋さんの前を通ったら『フラワーバレンタイン』ってやってて!海外だと花束とか送るんですよね」

「……それで?」

「で、ちょっと意味とかも色々調べて!先生にはこれがぴったりかなぁと」

 

どうぞ、と恭しく差し出されたそれ。ブラウンのバラが8輪、ラッピングされて泉の白い手の中に納まっている。

 

「ふん」

 

露伴は片手で受け取ると、無造作に鼻を近づける。やはり普通のバラのような濃厚な甘さとは違う、スパイシーな香り。

 

「興味深いな」

「ですよねー!変わってるし、先生こういうのお好きかなって」

 

うふふ、と泉が笑う。それはまさしく花のようで。

 

「だ・が、」

「えぇ?」

 

露伴は頬づえをついたまま花束を掲げて軽く振る。泉は露伴の皮肉っぽい声に素っ頓狂な声を上げた。

 

「だからってホワイトデーがどうのこうの、製菓会社の営利目的に踊らされるのなんてぼくはごめんだぜ」

「えー、そんなぁ。先生のことですからきっと素敵なお返し期待してたのにい」

 

あからさまに頬をふくらます泉に、露伴はにやりと笑う。そう、もう笑ってしまえるのだ。たかだかバラの花束ひとつで。

 

「だから」

そして花束から二輪、バラを引き抜いて。

 

「これは返そう」

 

残りのバラを再び泉の手に押し返した。泉は目を丸くする。実際のところ、プレゼントを返すなんて無礼もいいところだろう。だが相手はあの岸辺露伴だ。何があったっておかしくはないし、奇妙なことだってもう慣れっこだ。

 

「バラの本数の意味も調べたんだろ?」

 

二本のバラを弄びながら露伴が笑う。

六本のバラを抱いて泉もほほ笑む。

 

そして2月の午後は晴れてあかるく。


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