もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら   作:北国の放浪者

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 前回の話について補足が必要かと思ったので、少し長くなりますが、この場で記載させていただきます。

 戴冠式(結婚式)において『トネリコがいつもの格好だった』という話ですが、そう判断した材料の一つは、フロムロストベルト3巻の「冬の物語」の描写(見ていて凹むシーン)でドレス姿でなかった事です。
 そして二つ目は、当作品ではマシュが水鏡でこの時代に飛ばされてきていないが故に、マシュから助言を得る出来事が無く、トトロットの仕立て屋としてのスキル取得が遅れた事です。

 マシュは『わたしがいなくてもトトロットさんは立派な仕立て屋になられたかと』と言っていたので、どこかの段階で仕立て屋にはなっていたでしょうが、そのタイミングが幾らか後ろにズレるのはあり得ると判断しました。
 そう考えると、フロムロストベルト3巻の「冬の物語」にてトネリコが花嫁ドレスを着ていなかった事に、繋がり得ると考えました。

 そんなわけで……戴冠式のトネリコが花嫁ドレスを着ていると認識されていた方々には、誠に申し訳ございませんでした。
 今回の話が、トネリコの花嫁ドレスのお披露目となります。

 そしてさらに補足ですが、前回の話でトトロットが『結婚式の続きを行う!』と言い出した部分で、事前に仲間たちと話して『円卓』の意見調整(ようは根回し)をしていた事への言及を、話の描写に追加しました。
 警備を含めた運営体制など『円卓』への影響が大きく、思い付きでトネリコに宣言するのは流石におかしいためです。


 前書きで長々と失礼いたしました。
 それでは、本編の開始となります。

 本当は今回の話で『逆賊討伐編』を完了させようと考えてましたが、文章量が多くなったため、結婚式の続きが始まる前で区切らせていただきました。
 大切な会話が含まれていますので、どうか最後までご覧ください。
 


『続・結婚式』を前にした、それぞれの物語

 

 トネリコとウーサーの『続・結婚式』が行われることが決まり、その日がやってきたロンディニウム。

 前回あのような出来事があったので、当然ながら対策は入念に行われていた。

 

 まず、会場にて使われる食器類だが、これらには全て対毒性の術式が組み込まれている。毒の混入を検知し、そしてソレを解毒するというものだ。

 外部から食器類が持ち込まれ、すり替えられる事態が考えられるが、それについても対策が打たれている。会場には特殊な結界が張られ、本来とは異なる食器類を検知するとアラームが発せられる仕組みだ。

 

 これらの術式はもちろん、トネリコとウーサーによって開発された。これほど信頼感のあるものはないだろう。

 

 もちろん、そういった術式的な仕掛けだけでなく、毒の混入を防ぐための会場運営もされている。

 

 今回の『続・結婚式』に使われる飲食物を含めた物資は、城にあらかじめ搬入済みとなっており、それらは全て厳密にチェックされて安全性が確保されていた。当日に飲食物の持ち込みについては、当然ながら固く禁じられている。

 搬入口のセキュリティも厳格で、所有物はもちろん、不審な人物がいないかしっかりと確認される。円卓情報局が集めた情報を元にチェックされるため、反円卓派の忍び込みなど不可能だ。

 

 また、今回の式が行われる10日以上前からロンディニウムの郊外を含めた広い範囲で、反円卓派の残存勢力による不審な動きがないかは入念に確認されていた。

 そして予想通り、一部の者達が良からぬことを起こそうと街から遠く離れた郊外で動いていたが……ウーサー達で構築した防衛体制の前に、為す術もなく醜態を晒していた。

 

 このように、前回のような事件が起きないよう様々な手が打たれていた。

 

「それと、戴冠式の時と比べて参加者も好材料なんですよね」

 

 そんな今回の『続・結婚式』について考えを述べるのは、翅の氏族の長ムリアンだ。

 ソールズベリーの占領統治に助力している彼女だが、この日は『続・結婚式』に参加するためロンディニウムへと訪れていた。

 

「こないだの結婚式を兼ねた戴冠式、いえ、ここは敢えて戴冠式を兼ねた結婚式と言わせてもらいましょうか。

 あの日は各氏族の有力者達が集まっていたから、参加者の多くは他所の妖精達でした。けれど、今回はロンディニウムの人々が大半です」

 

 ムリアンの言葉を聞いて、首を縦に振る風の氏族の女性。

 逆賊討伐において『円卓』に協力し、『暗黒の大邪神妖精オーロラ』の呼称を生み出した妖精である。

 

「人間の方々が多く、また妖精達も『円卓』側だから、たとえ扇動されても簡単には流されない。そういう事ですね?」

「ええ。もちろん、ウーサー陛下がそれで油断するようなことはしないでしょう。それゆえの今回の徹底的な対策でしょうし」

 

 ここは、ロンディニウムの城の待合室だ。占領統治中のソールズベリーから訪れたムリアンを風の氏族の女性が案内し、そのついでに言葉を交わしていた。

 先日の遠征において幾度か言葉を交わしたため、お互いそれなりに打ち解けている。

 

「そして恐らくですが、当日にならないと分からない秘密の対策も打っている筈です。対策内容を全て公にしてしまえば、その隙間を突かれる危険性があるので」

 

 自分達には知らされていない──それこそ、極一部の限られたメンバーしか把握していない対策があると考えるべきだろう。

 なにせ、彼の王が大切にする妻の晴れ舞台だ。そういった用心深さを発揮しているに違いない。

 

「聡明なウーサー陛下ですから、必要だと思った事は確実にするでしょう。

 ソールズベリー遠征では、私の必殺のプロパガンダも採用してくださいましたし」

 

 そうこう話しているうちに、以前の恐るべき(笑)プロパガンダに話題が及ぶ。

 するとムリアンは、とても楽し気な様子になる。

 

「あれは会心の出来でしたね!遠征の出発前にロンディニウム郊外で発表された時は、ついテンション上がって羽目を外してしまいました!」

 

 当時の光景が脳裏に浮かぶ翅の氏族の長。

 面白くてつい悪ノリしたのは、誠に良き思い出である。

 

「我ながら、あの呼び名は渾身の出来だったと思います。ソールズベリー遠征では、最も効果的なタイミングで演説できました。

 その代わり……代償はありましたけど」

 

 ムリアンに称賛され、表情を綻ばせる風の氏族の女性であったが、すぐに明るかった表情を曇らせる。

 眼前の女性の言葉を聞いて、ムリアンは彼女の現状を思い出した。

 

「あなたは……ソールズベリーに戻れなくなったんですよね」

 

 翅の長の言葉に、風の氏族の女性は「はい」と頷く。

 

「ソールズベリーがあんな事になりましたから。その切っ掛け……いえ、決定打となったのは、この私が行った演説でしょう。

 ……間違いなく、私は街の住人達に恨まれています。今更あの街に戻ることは出来ません」

 

 居場所がない、周りから白眼視される、で済めばまだマシだろう。

 街の住人から石を投げられても不思議ではなく、それどころか意図的に危害を加えられる可能性だってある。命の危険さえ伴うだろう。

 

 また、他の街に住んだとしても、ソールズベリーの住人が報復しにくる危険性だって考えられる。

 

 身の安全を図るために、彼女がロンディニウムを新たな住処とするのは、自然な流れだった。

 

「あの時の自分の選択が間違っていたとは思いませんが……暴動が起きた要因に私が含まれることに、責任は感じてしまいます。

 ……ウーサー陛下には感謝しています。敵対していたソールズベリーを見捨てることなく暴動を鎮圧し、そして私をここに住まわせてくださっているのですから」

 

 どこか告解じみた女性の言葉に、ムリアンは感心せずにはいられなかった。

 

(……エキセントリックなところのある方ですが、善良なのは間違いない。妖精の大半は、自分の都合の悪いところなんて目を逸らすけれど……この方はしっかりと向き合っている。

 ウーサー陛下の良き妖精を手繰り寄せる手腕は、確かなようです)

 

 実際、ロンディニウムの城で働く妖精達は、みな全て善良だ。悪心を抱く者など全くいない。これは驚嘆すべきことであった。

 城の外を含めた街全体となるとそこまではいかないが、明確に悪いといった妖精はいないのだ。

 

 本来ならあり得ない……そう、()()()()()()()だった。

 

 もっと無邪気で流されやすく、善も悪も容易く働くのが妖精だ。

 

 ウーサーが上手く良き妖精を手繰り寄せてなければ、ロンディニウムにもっと一般的な妖精が多くいれば……戴冠式はさらに混乱していたであろう。

 もちろん、そうなっても圧倒的な力を持つウーサーによって鎮圧される結果にはなっていただろうが。

 

(ロンディニウムの住人の多くが人間で、妖精の方は少数派ですが……それでも凄い事です。もちろん、良き妖精を厳選したが故に住人の少数派であると、考えることも出来ますけど)

 

 ムリアンがそのように考えていると、気を取り直した風の氏族の女性が、意識してなのか話題を変えてくる。

 

「新しい目的と名前、どうするか迷っているんですよねぇ」

 

 女性の意図を正しく受け取ったムリアンは、自然な形で話題転換に応じる。

 

「……あなたも災難だったですね。顔の皮を剥がされた際に、()()()()()()()()()()()なんて」

 

 以前にも聞いた話なのだが、この件は同じ妖精として同情を禁じ得ないムリアンであった。

 女性が受けた仕打ちが妖精にとって如何に致命的であるかは、聡明な彼女でなくてもわかることだ。

 

 風の氏族の女性は改めて当時の事を思い出し、改めてかつての怒りを再燃させる。

 

「ええ、ホントそうなんですよ!肉体的な面に留まらず、妖精としての霊基まで傷つけられて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これって本来なら、妖精にとって致命的ですよ!?普通に過ごしていたら、確実に存在を維持できなくなってモースと化していたでしょう!

 

 

 オーロラへの怒りを原動力に、なんっっっとか踏ん張りましたがっ!」

「いや良く踏ん張れましたね」

 

 

 目の前の女性がさり気なく偉業を成し遂げていたことに、汗を垂らしながら戦慄するムリアン。

 

(モース化って、そんなチャチなものでしたっけ……?)

 

 いや、そんな筈はない。そんな筈はないのに……

 これって、どう考えてもおかしいだろう。

 

 ムリアンがつい『実はこの方もバグキャラなのでは?』と思ってしまったは、仕方のない事だった。

 

「我ながらよく自分を保ってこれたものです!奇跡と言っても過言ではありません!

 全く、あんのクソ氏族長め!!なんで意見を口にしただけで、あんな目に遭わされるのやら!」

 

 憤懣やるかたないといった様子を見せる女性。矢継ぎ早に放たれる言葉が、その怒りの強さを物語っていた。

 

 とはいえ……その怒りは、思いのほかあっさりと鎮火する。

 風の氏族の女性は息を吐き、その口調を落ち着いたものへと戻す。

 

「まあ……()()()()()を遂げたと聞いて、流石に後味の悪さは覚えていますが」

 

 ひどい目に遭わされた彼女からしても、オーロラの末路は思わず憐憫を抱いてしまうものであった。流石にその末路を嘲笑うような精神は持ち合わせていない。

 

 その女性の言葉に、ムリアンは同意を示す。

 

「それは私も同感です。事が起きた後とはいえ、()()()()は見ていて気分の良いものではありませんでした。土の氏族の長なんて、その件で心身の調子を崩して今回の結婚式への参加を見合わせましたし」

 

 ソールズベリーの大聖堂でオーロラだったモノを目にした土の氏族の長だが、その凄惨な光景と漂っていた負の想念に大きなストレスを感じ、心と体の調子を崩していた。

 妖精としての霊基が傷ついた訳ではなく、別に深刻な訳ではないが、今回の『続・結婚式』に参加するほどの気力は回復していない。

 

 前回の戴冠式では参加した土の氏族の長だが、今回は彼が代理を立てているという訳だ。

 

「随分と長く調子を崩してますね……あの土の長がこんなに引きずるとは思いませんでした。風の氏族とは折り合いが悪かったのですが……」

「仲は悪かったでしょうし、当人の性格も決して善良ではありませんが、あまりグロ耐性はなかったんでしょう。正直なところ、かなり意外でしたけど」

「結構、神経が図太く見えたんですが……見かけって当てにならないものです」

 

 その意見に同感だと思うムリアン。その外見からタフだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 オーロラの末路をきっかけにそれを知ることになるとは、意外だったが。

 

「話を戻しますが、新しい名前に悩んでます。オーロラへの呼称は割と簡単に思いついたのですが、自分の名前となるとそうはいかず……

 

 

 真面目な思考が苦手なんでしょうかね?私って」

「そこで真面目な思考が苦手と言われても、返答に窮するんですが……」

 

 

 眼前の女性のズレた発言に、思わず脱力するムリアン。

 一体自分にどう答えろと言うのだろうか。

 

 翅の氏族の長が返答に困っているのを察して──まあ気づかない方が問題だろう──、風の氏族の女性はコホンと咳払いして気を取り直す。

 

「とりあえず、じっくりと考えてみます。ウーサー陛下から頂いた礼装のおかげで霊基は安定していますし、この城の妖精達は良い方達ばかりで、名前が無いことで差別してくることもありませんから」

「状況的に焦る必要はないということですか。それならじっくりと考えるのが良いと。私もそう思います」

 

 そのように言葉を交わしながら、式の開始時間まで親交を深める二人なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ロンディニウム城内にある別の広い一室。

 ここは、円卓情報局が管理する仕事場である。

 

「改めて悪いな。ソールズベリー遠征勝利の祝祭とは別に、『続・結婚式』の仕事まで増やしちまって。あの二人には、ちゃんとした形で結婚式を済ませてやりたかったんだ」

 

 室内にいる情報員達──みな責任者クラスだ──に対して、グリムが労いの言葉をかけていた。

 

 反円卓派の襲撃を撃退した後、『続・結婚式』が行われる可能性については事前に伝えてあったが、正式に決まった事で円卓情報局の仕事は増加した。

 そのため、彼らを気遣うのは心情的にも組織運営的にも当然の事と言える。

 

「ご心配なく。しっかりと時間をかけ、適正な仕事配分で進めてきました。仕事の出来栄えだけでなく、自分達の体調管理も抜かりはありません」

「そうですよ。そもそも我々だって、ウーサー陛下とトネリコ様のことを祝福しているのです。今回の件は、願ったり叶ったりです」

 

 それに対する皆の返答は、全て肯定的なものだった。

 

「あの御二人がご決断してくださったお蔭で、ブリテン島における我々人間の扱いが改善されました。それ以前は妖精達によって軽んじられ、時には玩具にされていましたから。この程度の労力を惜しむ理由などありませんよ」

 

 そう述べた責任者クラスの一人は、丁寧な口調の割に無精ひげを生やした男性だ。

 オッサン染みて見えるが、それはあくまで無精ひげのせいであり、それを除けば別に老けている訳ではない。

 

「そう言ってくれると助かる。オレも引き続き、色々と協力させてもらうからよ」

「こっちも助かります。グリム殿のお蔭で、我々が手の届かない部分も上手くいきますので」

「はは、いいっていいって。せっかくウーサーの眷属になって力が強化されたんだ。それを活用しないのは勿体ないってもんさ」

 

 快活なグリムの言葉を聞き、責任者の男性は顔をほころばせて笑う。

 

「グリム殿が協力してくれた結果、オーロラにあの三種類の飲み物を売り込んだ旅人を見つけられました。我々だけであればもっと時間が掛かったか、あるいは見つけられなかったかもしれません」

「ああ、あの件な。もし『円卓』の仕業と疑われたら厄介だから、見つけて事情を把握する必要があった。そりゃあオレも勤労に励む」

 

 ソールズベリーの鐘撞き堂がある建物で、幸運にも暴動を生き延びた人間達がいたため、当時の事情を聞いた訳だが……

 その際、薬草などの知識に詳しい人間の女性から、オーロラの室内に置かれていた三種類の飲み物について知らされた。

 

 オーロラが一気に老化した事と関係すると考えられたため、円卓情報局はグリムと協力してその飲み物を売り込んだ旅人を探しだし、話を詳しく聞いたわけだが……

 

「事情を聞いた結果、その旅人はオーロラに恨みを抱いていた妖精だったな」

「はい。あの風の氏族の女性と同様、かつてオーロラの不興を買って放逐された。その際に肉体的な危害を加えられたのも同様です。まあ、名前までは奪われなかったようですが」

「余罪はもっとあると思っていたが……やはりそうだった訳だ」

 

 ウンザリとした気分になるグリム。他の者達も同様の感想を抱いていた。

 少年は『マジで碌な女じゃなかったな、アイツ』と思うが、すでに死んでおり次代も誕生しない妖精だから、それで良しとするしかない。

 

「その妖精が恨みを晴らすために用意した三種類の飲み物……同時に飲んだら『老化現象を誘発してしまう』効果があるのですが、氏族長クラスの妖精が相手だと、影響が出るのは100年単位という話です。この時間感覚は、まさに妖精のものと言えるでしょう」

「ああ。もっとも、妖精の性質を考えたら刹那的な手段を取りそうなもんだが……そこはすぐバレないよう、身の安全を優先したという事か」

「本人はそう言ってましたね。『すぐ効果が現れたら自分が疑われるから』とのことです」

 

 保身のために、まどろっこしい手段を取ったという訳だ。

 

「で、上手くいけば数百年後に効果が現れるかもしれなかったが、逆賊討伐でこちらがプロパガンダを仕掛けたため、オーロラの力が一気に弱まった。そこで、飲み物の『老化現象を誘発してしまう』効果が炸裂したと」

「そういう事かと。偶然という名の運命がオーロラに牙を剥き、彼女を破滅させた」

「あの女にとって、間が悪かったと言う事か……」

 

 あるいは、普段の行いの報いを受けたという事だろうか。

 ただ、妖精としての目的には忠実であったから、そこは判断が難しいところだった。

 

「……ま、今日の『続・結婚式』が行われる前に、事実関係を把握できて良かった」

「同感です。しかし、それでも我々にはやるべき事がまだ沢山あります。ウーサー陛下によって知らされた、大穴の下に存在する()()()()()()()の件もありますし」

「そうだな。そっちの調査もしっかり進めないと」

 

 以前にウーサーがぶっ飛んだ必勝祈願をした際、大穴の下に神性持ちの存在と邪悪な存在がいることを突き止めたと、後になって聞かされた。

 

(必勝祈願で大穴の謎に迫るとか、最初に聞いた時は耳を疑ったぞ。なんなんだよ、『溢れ出た魔力が狩り取るべき獲物を探し始めて大穴の底を目指した』って)

 

 聞いていて自分の頭がおかしくなったのかと疑ってしまった。同時に眩暈を覚えてしまった自分は悪くない筈だ。

 

 とはいえ、大穴の下の()()()()()()()から『後は任せた』と薄っすらと伝えられたらしく、その事実は重大だ。言葉に込められた意味を解き明かす必要がある。

 調査は、ウーサー達がロンディニウムに戻ってから進められてきたのだが……思いのほか順調には進んでいなかった。

 

「残念ながら、現時点ではそれらしい情報が見つけられずにいます。むしろ、調査を進める中で()()()()()()()()()らしきものが見られました……これは気になりますね」

「情報が消された痕跡……考えられるとしたら、トネリコの言っていた()()()()()()()()()()()が暗躍していたってところか?」

「消された情報の内容がわからないので、何とも言えませんし、妖精のいたずらという線もあり得ますが……そのヴォーティガーンによる暗躍の可能性は、否定できないかと」

 

 大穴の下にいる神性持ちの存在の、さらに下には……ブリテン島の滅びの意思が具現化したヴォーティガーンがいる。

 この情報はブリテン上層部だけでなく、円卓情報局の限られた人員───責任者クラスにも情報が共有されていた。

 

 正直なところ、内容が内容だけにどこまで情報共有すべきか、トネリコやエインセルは迷ったのだが……

 ウーサーが決断し、現在の情報共有体制となっている。

 

「ウーサーの必勝祈願で無力化されたんだが……それ以前に暗躍していたってところか?」

「そうかもしれないですね。ただ、()()()()()()()()()()()()は見つかっていません。もちろん、これまでの風の氏族の暗躍を除いてですが」

「……思ったように端末を送れなかったのかもしれないな。仮にそうだとしたら、ウーサーによって無力化させられる前の時点でも、あまり力を発揮出来ていなかった、か……」

 

 そう述べながら、グリムはもしかしたら起こり得たかもしれない可能性を考える。

 

(あるいは、もう数百年経ったら……本格的に端末が活動していたのかもしれない)

 

 もっとも、その可能性はウーサーによって潰された。

 地上に端末を送って暗躍するのは、不可能だろう。

 

「無力化されたヴォーティガーンについては、とりあえず置いておくとしましょう。まず明らかにしなければならないのは、大穴の真実です」

「そうだな。ある程度正体がわかっていて無力化済みの相手より、こっちの方が優先順位は高い」

 

 彼の神性持ちが一体何者で、『後は任せた』という言葉が何を意味するか。

 それを解き明かすには、ブリテン島の過去を調べる必要がある。

 

(より深い場所のヴォーティガーンより、上にいる神性持ちについてハッキリしていないのは、なんつーか()()()()だよなあ)

 

 どこか呆れを含んだ思考をしながら、グリムは打開案に思いを巡らせる。

 

「……ソールズベリーの占領統治が安定したら、ムリアンにも協力してもらうか。あいつ書物を読み漁るのが得意だから、手掛かりを見つけてくれるかもしれない」

「良い案ですね。それは私も賛成です。翅の氏族が所有している書物類が突破口になるかもしれませんから、ムリアン殿に掛け合ってみましょう」

「ああ。そうなると、あいつにも大穴に関して情報共有しないといけない。『続・結婚式』が終わって落ち着いたら、ウーサーに話して許可を取るか」

 

 ブリテンの未来に関わる事だ。『円卓』だけで情報を独占して解決しなかったら、統治機構としては駄目だろう。

 幸いにも、ムリアンとの協力関係は深化し続けている。色々と信頼を積み重ねているので、情報共有をすることにやぶさかではない。

 

「それでは、我々は今日の式が滞りなく行われるよう、引き続き職務に励みます」

「頼りにしている。後日にみんなでお疲れ様会やろうぜ」

「いいですね。楽しみにしていますよ」

 

 職務の激励をし、グリムはトネリコ達がいる部屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、目出度い雰囲気に包まれるロンディニウムとは別に、街から遠く離れた郊外では……一部の愚か者達が醜態を見せていた。

 

「どわああああああああああああ!?」

「ひ、ひょええええええええええええ!!」

 

 サイズの大きいゴーレム───トネリコとウーサーによって製作された強力な自立型人形───に追いかけられる妖精達。言わずと知れた反円卓派だ。

 ソールズベリー遠征後の残党狩りで壊滅的なまでに数を減らしたが、流石にその数がゼロになることはなく、ごく少数ながら存在している。

 

 そんな彼らは、ロンディニウムで『続・結婚式』が行われる日を狙って事を起こそうとしていた。

 以前の戴冠式で風の氏族がウーサーに毒を盛った事から、それを参考に同じ事をしようと企んでいたのだ。ようは猿真似である。

 

 だが、風の報せを使って諜報活動を行っていた風の氏族と違い、いま逃走している妖精達はそんな芸当など出来ない。

 前者でさえウーサーによってその企みを打ち砕かれたのに、後者にそれを成し遂げる力があろう筈もなかった。

 

「ち、ちくしょおおおお!人間の王や楽園の妖精をぶっ殺してやろうと思ったのに、全然あの街に近づけないじゃないか!」

「なんなんだよぉ!人間達は街の中に集まっているから、簡単に近づけると思ったのにぃ!!」

 

 必死に走る反円卓派の妖精。その手にはトネリコやウーサーに盛ってやろうと考えていた毒薬の瓶が握られている。

 足りない頭を使って調達したソレだが、当然ながら本来の目的に使われる未来など永遠に来ない。

 

 まあ、そもそもの話で、今のトネリコとウーサーに()()()()()()()()()()のだが。

 

「お、追ってくるぅぅぅぅ!?ゴーレムが、どこまでも追ってくるぅぅぅぅぅぅ!!」

「やっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 ウーサー率いる『円卓』に抜かりなどない。人間の数の限界を、ゴーレムの量産という形で補っていた。

 背後から数十体という大量のゴーレムが負ってくる光景は、普通に恐怖だ。

 

 そして、そのうちの一体がついに追い付いて───

 

 

「ぶべらっ!?」

「たわばっ!!」

 

 

 そのゴーレムが振るった腕に、逃走していた妖精達は空中へと叩きあげられる。

 大地の束縛から一時的に解放され、空中遊泳という優雅なひと時を過ごす妖精達。

 

 しかし……程なくして、彼らは重力という名の魔の手に囚われ、地面へと落下していく。

 

「ごはあぁっっっ!」

「ぐげえぇっっ!?」

 

 空中からの帰還者に与えられたのは、大地からの折檻であった。『ナニ許しなく俺から離れたのぉ?』と言わんばかりの無慈悲さだ。

 妖精だから命を落とさずに済んでいるが、大きなダメージは受けていた。

 

 その内の一人が、空中から落下してくる毒薬の瓶を目にした。

 打ち上げられた際に手から離れていたようだ。まあ、あの衝撃で持ったままでいられる筈はないのだが。

 

 そして彼は、瓶の蓋が外れる瞬間を目撃する。

 

「あ"」

 

 その瓶も当然ながら重力にひかれて……彼に向って落下してくる。

 瓶の口から、毒液を漏らしながらだ。

 

「ちょ、待っ────」

 

 そして……その瓶の口は容赦なく、その妖精の口へとゴールインする。

 

「がぼぉっ!?」

 

 口内に容赦なく突っ込まれ、毒液が喉の奥に注ぎ込まれていく。

 

 不運な妖精はジタバタと藻掻くも、その努力が報われることはない。

 瞬く間に顔色を青くし、続けて土気色へと変化していき、白目を剥きながらビクンビクンと体を痙攣させ……そして動かなくなった。

 

 

 どこらともなく、チーンという音が聞こえてくる。

 無論、幻聴であるが。

 

 

「あ、ああ……!せっかく用意した、毒薬が───ぐあっ!」

 

 毒にやられた同志ではなく毒の喪失を惜しむ薄情さを見せる妖精であったが、すぐさま何者かに殴られて昏倒する。

 

「うぎゃあっ!」

「ぐへぇっ!?」

 

 殴られたのは一人に留まらない。地面に激突してダメージを負った妖精達に、次々と見えない攻撃が襲い掛かる。

 

 程なくして、全員が沈黙した。一応、毒を飲んでしまった妖精以外は息があるようだ。

 

「ふん。他愛ない連中だ」

 

 隠形を解いた騎士───緑色の馬顔の甲冑姿をした妖精で、まあ特に個性的な姿ではないだろう───が、フンと鼻を鳴らしながら言う。

 そして離れたところから、どこか緩い雰囲気を漂わせた女妖精が近づいてくる。

 

 彼女が傍まで来ると、その騎士は話しかける。

 

「この程度の奴らでは、私の鏡面迷彩を見破る事など出来なかったな」

「そりゃー、ポーチュンの迷彩はスニーキングミッションに効果抜群だからねー。容姿だって地味だし」

「ええい、地味とか言うなミラー!一応、騎士である妖精の姿としては一般的だぞ!?きっと!恐らく!」

「その割には自信なさげに見えるけど」

 

 漫才コントを繰り広げるのは、鏡の氏族の二人───ポーチュンとミラーだ。

 ロンディニウム郊外における治安維持任務を担当し、こうして不逞な輩達を鎮圧しているのである。

 

「そもそも、戦力はゴーレム達と現場指揮を執る者達で充分なのだから、お前まで来る必要は無いだろう」

「そうなんだけど、私としては事件が起きないよう万全を期したかったんだー。いくらゴーレムが自立稼働するとはいえ、現場指揮を執る人がやられたら治安維持に支障が出るよね?だからこうして、私も戦力になるよう足を運んだのー」

「その意見は間違ってないが……」

 

 どこか納得して切れていないポーチュンであったが、ミラーからしてみれば彼がここにいる事の方が疑問だった。

 

「ポーチュンこそ、『続・結婚式』の会場にいなくて良かったのー?トネリコ様の晴れ姿は見たかったでしょう?」

「ふん、何を言うかと思えばその事か」

 

 同族の言葉に、ポーチュンは愚問だなといった表情で答える。

 

「己の我欲など取るに足らん。それよりも、あの御方の晴れ舞台が無事に執り行われるよう尽力することが大事だ。こうしてお役に立てるのは、私にとって光栄の極みだ」

「おー、まさに忠臣の鏡」

 

 ミラーの称賛に、ポーチュンは胸を張る。

 

「当然だ。あの御方に忠誠を誓った身であれば、この選択は必然と言っても過言ではない……

 

 

 なにせ私は、トネリコ様に仕える『第一の忠臣』だからな!!」

「それ、こないだライネック様からどやされたよね?」

 

 

 意気揚々と誇るポーチュンに、のんびりと口調ながらも容赦なく突っ込みを入れるミラー。

 

 話題に挙がったライネックだが、彼は『トネリコを慕うものは出来るだけ多い方がいい』と考えていたものの、それはそれとしてポーチュンの『()()()()()』発言はイラっと来たようだ。長年に渡ってトネリコを敬愛してきた身として。

 最近ずっと常識人として振舞ってきた牙の長であるが、あの時ばかりは随分と大人げなかった。

 

「ぐぬぬ……その通りだ、ああ、その通りだとも!ええい、今思い出しても実に腹立たしい!

 私と奴で、どちらがトネリコ様の側近に相応しいか競い合ったが……不本意ながら完敗してしまったわ!くぅぅ、なんたる屈辱かっ!

 挙句の果てにあの男、『ポッとでの騎士がトネリコを掛けて俺に勝とうなど、1000年早いわ!以後精進するのだな、ふはははははは!』とマウントを取ってきやがった!

 うぐぐっ……おのれおのれおのれ、あの牙の長めぇぇ!!」

 

 ミラーの突っ込みはかなり痛いものだったようで、めっちゃ悔しそうに地団太を踏むポーチュン。先ほどまでカッコつけていたのが、完全に台無しであった。

 まあ、彼が思い出すライネックの振る舞いもかなり、かな~り残念であったが。

 

「あの時のライネック様、結構大人げなかったよねー。ポーチュンは相手のこと言えないけどー」

「そこは同じ氏族の私を擁護せんか、ミラァァァァァ!」

 

 ミラーの手のひらでクルクル転がされるポーチュン。言葉のやり取りで彼女に勝てる訳がなかった。

 

「ふう、ふう、ふう……はあ。こんなアホな事に時間を消費するのは馬鹿馬鹿しい。

 さっさとこいつ等を拘束して、連行するぞ」

 

「了解ー」

 

 あまり長引かせたくなかったのか、気持ちを切り替えてミラーに指示するポーチュン。

 彼女はそれを素直に聞き入れ、彼と共に昏倒している妖精達を拘束しにかかるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石トネリコ!花嫁ドレスが凄く似合っている!頑張って製作した甲斐があるんだわ!」

 

 着替え終わって控室へやってきた花嫁に向けられる祝福の声。

 もちろん、その声の主はトトロットだ。

 

「……うん。ありがとう、トトロット。こんな……素敵なドレスを作ってくれて」

 

 穏やかな表情で、幸福をかみしめるトネリコ。

 その感謝の言葉には、万感の想いが籠っていた。

 

 そのドレスは、花嫁の可憐さと王妃の気品を併せ持つ『白』を基調とし、首元にはアクセントとして『紫』の布地が使われている。

 二の腕は肌を出しており、胸元はあくまで上品な具合に肌を見せる程度で抑えられている。

 ドレスの胸飾りは光を放つモチーフで、たくさんビーズが縫い付けられた世界樹と紫のバラの紋様だ。

 

「トネリコさん、凄く素敵です!」

「ええ、本当にそう………まさか、貴女のそんな姿を見る日が来るなんて」

 

 トネリコがドレスへの感慨に浸っていると、友人たちから祝福の声をかけられる。

 素直な性格のエインセルが賞賛するのはもちろん、プライドの高いマヴもここでからかうような真似はせず、純粋に長年の好敵手を褒めたたえる。

 

「エインセル、マヴ……二人ともありがとう。私も驚いています、こうして花嫁ドレスを着る日が訪れたことに。

 ……実のところ、まだ少しだけ実感が追い付いてなくて。結婚自体はもう済ませているのに、変ですよね」

 

 あまりに幸せな時間が訪れて、トネリコはまだ完全に受け止め切れていなかった。

 これまで歩んできた過酷な道のり故に、トネリコがそのような状態になるのは無理もないだろう。

 

 そんな彼女の気持ちが理解できる三人は、花嫁を優しく労う。

 

「こないだも言ったけど、あなた苦労してきたものね……」

「マヴさんの仰る通りです。だからこそ、こういう日が訪れたことが……本当に喜ばしいです」

「うん、その通りだ。トネリコは妖精達に恩を仇で返されながらもここまで頑張ってきたんだ。だから、花嫁としてしっかりと祝福されないとな!」

 

 彼女達の言葉のどれもが、温かさに満ちていた。

 

 トネリコは思った。こうして女友達から祝われる状況が、とても新鮮だと。

 

 これまで同性の親しい相手はトトロットのみだったが、今は違う。エインセルが新たな友人となり、好敵手だったマヴとも親交を深めている。

 この友人関係の広がりは、仲間以外に敵の多かったトネリコにとって、掛け替えのないものであった。

 

(ほんと、未だに実感が追い付かない……妖精達からずっと裏切られてきた私が、こうして祝福を受けるだなんて……)

 

 しかも、友人が仕立ててくれた素敵なドレスを着てだ。

 つい『こんなに幸せで良いのか』と思ってしまうのは……自分が不幸慣れし過ぎたからだろう。

 

(前回の戴冠式ではウーサー君の即位を優先し、私自身はあまり目立たないつもりだったから、いつもの格好でいたけど……結婚式も兼ねていたことを考えると、確かに味気ない判断だったよね)

 

 トトロットの言う通り、実に勿体ない事をしていた。

 結局は風の氏族のやらかしでああなったが、それは結果論でしかないだろう。

 自分のセンスの無さには、呆れざるを得ない。

 

(改めて、トトロットや皆には感謝しなくちゃ)

 

 トネリコがそのように思考を巡らせていると───

 

 

「お、女性陣はみんな揃っているようだ。

 ウーサーは……まだ別室で着替え中か」

 

 

 控室にいるトネリコ達女性陣の前に、男性陣が入室してくる。

 当然、その全員が彼女にとって見慣れた者達だ。

 

「グリム、黒騎士、ライネック」

 

「しっかりと花嫁姿になっているな。結婚式の続きをするんだから、そうこなくっちゃ」

「ふっ……お前さんとは長い間共に戦ってきたが……そういう姿を見る事になり、感慨深いものだ」

 

 グリムの後にエクターがそう続けた後、彼は横にいるライネックへ顔を向ける。

 

「今度はちゃんと参加しに来たな、ライネック」

「当り前だ、黒騎士!トネリコの晴れ舞台に欠席するはずがないだろう!前回のアレは、ウーサーに割り振られた任務があったからだ!」

「あー、うん。まあそういう事にしておく。事実だしな」

「そういう事にしておくではなく、そういう事なのだ!グリム!」

 

 ライネックの言っている事は、まあ事実ではある。『なんか出席したくねぇ』という気持ちが全く無い訳ではなかったが、それだけで欠席するはずがないのだ。

 多分、恐らく、メイビー。

 

「ふんっ……国軍の組織構成を整える仕事はもう完了した。そして今回の警備体制は、すでに円卓情報局や国軍の責任者達に任せてある。入念に準備したうえ、指揮権の適切な配分も済ませているから、わざわざ俺が出張らなくても問題ない。

 欠席する理由など、全くないのだ」

 

 ライネックの言葉にどこか弁解じみた響きがあるのは、まあ気のせいだろう。

 

 牙の長の個人的感情はともかく、彼が語った通り警備体制は徹底している。それでいて油断が全く無いのだから、どこかの反円卓派の残党は堪ったものではないだろう。

 それを聞いて、改めて感心する仲間達。皆が口々に賞賛する。

 

「ロンディニウムの街中だけでなく、外の警備もポーチュンが頑張っているから万全だ!ライネックが大人げなくマウント取ったアイツが!」

「そうねぇ。張り切って治安維持に励んでいる者がいるから大丈夫でしょう。ライネックが大人げなくマウント取った彼が」

「おう、同感だ。あれだけ気合の入った奴だから心配ないだろうさ。ライネックが大人げなくマウント取っていたけどよ」

「トネリコに忠義を尽くすと誓った奴だ、大丈夫だろう。ライネックが大人げなくマウントを取っていたが」

 

「貴様らあああぁぁぁぁぁ!!俺をおちょくっているのかあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 控室内にライネックの叫び声が響き渡る。その光景にトネリコとエインセルは可笑しな気持ちになるが、彼の名誉を尊重して自重していた。

 ただ、他の仲間たちは遠慮がなかった。次々とライネックに無慈悲な突っ込みを入れていく。

 

「いや、あれは流石にみっともなかっただろ」

「うーん、ライネックはもう少し節度があると思ったんだけどなー」

「私もあれは擁護できないわねー」

「ライネック……素直に大人げなかったと認めた方がいいぞ」

 

「仕方が無かろう!?最近トネリコに忠誠を誓ったばかりの奴に『第一の忠臣』なんぞ自称されたら、この俺が黙っていられる訳ないだろうがぁ!!」

 

 まあ、400年前にトネリコと戦って敗北し、その強さと心の在り方に惚れ込んだライネックだ。そんな彼にとって、イラっとせずにはいられなかったのだろう。

 そんな排熱大公の心境を理解し、トネリコは宥める事にした。

 

「はいはい、ライネックは落ち着いて。そんなにムキになっても仕方ないでしょう」

「ぐぐっ……しかしだな、トネリコ……これは俺のプライドに関わる話で……」

 

 敬愛する少女の言葉にも、ライネックは中々引っ込まず己の主張を続ける。その口調に勢いは無くなっていたが。

 

 

 そんな友人──頼りになる仲間の様子に、トネリコは穏やかに微笑んで……

 

 偽らざる本心を、告げる。

 

 

 

「新たに私を慕ってくれる妖精が現れても、そして私がウーサー君の妻になっても、ライネックが()()()()()()()()に変わりはありません」

 

「────────────」

 

 

 

 トネリコの口から淀みなく放たれる、信頼の言葉。

 ライネックの思考が停止する。

 

 

「牙の氏族の長という難しい立場でありながら、あなたは陰ながら私を支えてくれました。本来なら、楽園の妖精とは敵対してもおかしくなかったのに……

 そんなあなたの献身に助けられた事が、一体どれほど多くあったことか……どれだけ感謝しても、足りません」

 

 

 続けられる信頼の数々。ライネックは中々フリーズから解放されなかった。

 他の仲間たちは空気を読んで、口を挟むような事はせず二人の様子を見守っている。

 

 トネリコが口にした言葉は、彼が望んでいたものだ。

 

 とはいえ、こう面と向かって───しかも()()()()()()()()()()で───告げられたら、反応に窮さずにはいられない。

 

 

 幾ばくかの逡巡を経て……トネリコの勇者たる排熱大公ライネックは、様々な感情のこもった息を吐く。

 

「……はあ。これから、ウーサーと結婚式の続きを行おうとしている女が……一体何を言っている」

「おや、ひょっとして恥ずかしかったですか?お互いに付き合いが長いのですから、照れる必要は無いと思いますが」

「そうではない、全く……」

 

 何の問題もないといった様子の少女に、彼はつい心配になってしまう。

 

「だいたい、お前がそんな事を言って、あの若造が悔しそうにハンカチを噛んだらどうしてくれる───」

 

 

 

「失敬な。僕はそんな心の狭い男じゃないぞ」

 

 

 

 ライネックがボヤいていたら、それに反応する青年の声が響いた。

 

 その場の皆が声の主に目を向けると……新郎の衣装に着替えたウーサーが、ちょうど控室に入ってきたところであった。

 

 青年はドレスを纏った自分の花嫁を確認し、柔らかい表情を見せる。

 

「お待たせ、トネリコ。君の夫として、恥ずかしくない服装を心掛けてきたつもりだ。主役の君を、ちゃんと引き立たせられたら良いのだけれど」

「ウーサー君……あなたも主役なんですから、その認識は変ですよ?」

 

 トネリコの指摘は尤もなので、ウーサーは無益な反論などせず受け入れた。まあ彼的には本音なのだが。

 妻の花嫁ドレス姿に、ブリテン王たる青年は……万感の想いを込めて言う

 

「ありきたりな言葉だけど……トネリコ、本当に綺麗だ」

「……ありがとうございます。どんな飾った言葉よりも、心に伝わってきます」

 

 感動が極まれば、その表現はシンプルになる。

 ウーサーの言葉はそれを如実に物語り、そんな青年の想いをトネリコは正しく受け取った。

 

 

 傍にいるライネックは、どこか居心地の悪さを感じるが。

 そんなのは彼だけで、ウーサーには関係なかった。

 

「改めて言うが、僕はトネリコが戦友へ向ける信頼にいちいち嫉妬するような事はしない。そして、君がトネリコへ向ける想いにも全く異論はない。

 むしろ、君のような男がいるからこそ、トネリコはここまで来れたと思っている」

 

 無論ウーサーは、ライネックのトネリコへの感情に……『()()()()()()()()()()()()()()()()を知っている。

 それも含めて、彼は戦友の想いを全肯定していた。

 

「お前は、そう言うが……」

 

 ウーサーから変わることのない全幅の信頼を向けられ、ライネックは珍しくバツが悪そうにする。

 普段のようなおふざけが全くないだけに、改めて言葉に窮してしまう。

 

 そんな戦友に……素晴らしき友に向かって、ウーサーは断言する。

 

 

 

「トネリコの勇者はライネックだ。これは他の誰でもない、()()()()()()だ。僕に対して気後れする必要など、全く無い」

 

「────────────」

 

 

 

 先ほどトネリコの時と同様に、ライネックの思考は停止する。

 敬愛する少女だけでなく……その夫からも、このような言葉を送られるとは。

 

 

(俺は……牙の氏族の長としての立場がある故に、表だってトネリコの旅には同行しなかった男だぞ。そんな男に、これほどの信頼を向けるのか……)

 

 

 ああ、そんな信頼を向けられたら。

 いつまでも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(……ライネックよ、腹を括れ。今がその時だ。トネリコの夫となった男にこれ程の信頼を向けられ、今まで通りで良い筈がないだろう。

 

 

 牙の長という立場などよりも……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この俺の、生きる目的だ)

 

 

 

 氏族の長としての立場を軽んじるつもりはない。その重みは理解している。

 その立場があった故にトネリコの役に立てた事がある事も、重々承知している。

 

 その上で……()()()()()()()()()()に忠を尽くす。

 氏族の長としての立場よりも、彼女を優先する。

 

 

 ライネックは、決断した。

 

 

「……そうだな。俺の方が、気にし過ぎたのだろう。

 全く……これでは俺が道化ではないか」

 

 恋敵と呼ぶには、ウーサーは真っすぐであった。

 

 そもそもの話、ライネックはこの二人の結婚に関してすでに納得していたのだ。

 今さら、意地を張るつもりなど無かった。

 

「俺は排熱大公ライネック。トネリコが認めてくれた勇者だ。その誇りに誓って、ここで女々しい事など言わん。そもそも、すでに納得していた身だからな。

 その代わり、改めて誓ってくれ……絶対にトネリコを幸せにすると」

 

 ウーサーの決意は幾度か聞いているから、これはライネックにとって儀式のようなものだ。

 

「ああ、誓おう。男と男の約束だ」

 

 当然、答えは最初から決まっていた。ウーサーの生きる目的そのものなのだから。

 

「言っておくが、失敗など許さんぞ?」

「もちろんだとも。全霊を尽くす」

「……ふん」

 

 ライネックはちょっと拗ねた仕草をするが、すぐに口元を緩め、笑みを浮かべる。

 ウーサーと拳を突き合わせ、軽くコツンと叩く。

 

「……今日という日が、早くも忘れられない一日になりました」

 

 二人の様子を眩しそうに見る、トネリコの言葉。

 結婚以外で、大切な宝物を受け取ったという想いが込められていた。

 

「言っておくが、俺はとっくにウーサーを認めていたぞ。よもや、俺が未だにへそを曲げていると思っていた訳ではあるまい」

 

「そうですね、それはわかっていました。ただ、改めて二人のやり取りを見ていると、嬉しく思わずにはいられません。

 こんな温かい記憶を……新たな春の記憶を私にくれて、ありがとうございます」

 

「ふっ、大げさ女だな。まあ……悪い気はしない」

 

 ライネックは思った。

 こんなにも誇らしい気持ちになるのは、この少女と出会ってその在り方に心奪われた時以来だと。

 

 いや、あるいは……あの時以上に心が満たされているかもしれない。

 

「ようやく区切りをつけたと言えるな、ライネック」

「区切り、か……そうだな、黒騎士。トネリコを支えると誓うのであれば、己をグラつかせている訳にはいくまい」

「結婚式の続きが行われる日に、ライネックも転機を迎えるか……今日は本当に良い日だな」

 

 エクターとライネックの言葉に、グリムが感慨を覚える。

 本当に、よくここまで来たものだと……少年は思わずにはいられなかった。

 

 彼らのやり取りに感慨を覚えたのは、マヴも同じであった。

 

「完全に迷いがない顔ね、ライネック。それにしても、トネリコったら……自分の夫だけでなく、他の男まで虜にしてしまうだなんて」

「ちょっとマヴ?人聞きが悪い事を言わないでほしい。それだと私が、まるで男を誑かす悪女みたいじゃないですか」

「別にそうは言ってないし、誑かしてるだなんて全く思わないけど、流石にねー」

「むう。私としては断固として抗議させてもらいます」

 

 友人として軽い冗談を言うマヴであったが、トネリコ的には物申したくなったようだ。地味に汎人類史の『自分』の所業を意識しているらしい。

 まあ、あちらは『光で魂を焼いている』のではなく『()()()()()()()』訳で、同列に語るのは全く適切でないが───補足するなら汎人類史において『光で魂を焼いている』のは妹の方だ───。

 

 じゃれ合いレベルの微笑ましいやり取りであるが、そこにトトロットが花嫁側として参戦する。

 

「そうだぞー、マヴ。トネリコは素敵な花嫁なんだからな。謂れなきひぼーちゅーしょー(?)は良くないんだぞ」

「はいはい、わかっておりますとも。ほんの軽い冗談よ。というかトトロット、あなたも言うようになったじゃない」

「そりゃあそうさ。ボクは自分の生き方をハッキリとさせたからな。口だって達者になるってもんだ」

 

 こちらもやはりじゃれ合いに等しい会話だ。それを聞いていたエインセルは、トトロットの言葉に共感を覚えた。

 

「トネリコさんのために花嫁ドレスを作り上げましたからね。自分の芯となるモノがしっかり定まれば、自ずと心に余裕が出来て、言葉の使い方にも影響が出る……そういうことだと思います」

「おお……エインセルがなんか、哲学的なんだわ……」

「そ、そうですか?特に思索にふけって過ごしているわけではないんですけど」

 

 本人的には、自分の経験と共通している部分があって自然と出てきた言葉であった。

 もちろん、トトロットに自己投影している訳ではなく、その心境を理解をしてのことだ。

 

 

 

 そのような会話を交わしているうちに……会場の設営関係者が近づいてくる気配がした。

 

「───どうやら、式の準備が整ったようだ」

 

 開始の時がもうすぐであることを察したウーサーの言葉に、トネリコは穏やかに頷く。

 

「みんなと言葉を交わしていたら、時間があっという間でしたね」

「ああ。こうして同じ時間を共有できることが、本当に尊い事だと思う」

「はい、本当に……私もそう思います」

 

 

 そのように会話していると、控室に設営関係者が入ってきて、こちらへと歩いてきた。

 傍までやってきたら、言葉を交わすウーサーとトネリコ。

 

 短いやり取りを終えると、関係者は控室の入り口まで戻り、そこで待機している。

 

 

 いよいよ、式の会場へと向かう時だ。

 

 

「それじゃあ、行くとしよう。

 みんな、追加対策の毒耐性礼装は身につけたかい?」

 

 ウーサーの呼びかけに、皆が同意を示す。

 この場にいる全員、例外なく()()を身につけていた。

 

「ウーサー、あなた徹底しているわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、さらに毒耐性の礼装を追加するだなんて」

 

 マヴの言葉は感心のそれであったが、ほんの僅かだけ呆れが混じっていた。

 

 今日と言う日が訪れるまでの間に、ウーサーはさらに強い毒耐性を獲得していた。そして、その毒耐性を自身の眷属となったメンバーに付与しているのだ。

 意識して毒耐性を身につけてしまう辺り、ウーサーのバグっぷりが伺える。

 

 体質そのものを強化したウーサーであるが、にもかかわらずこの二段構えである。いや、他にも様々な手を打っている事を考えると、多段構えと表現した方が正解だろう。

 戴冠式の件があるので、マヴとて毒の脅威を甘く見てはいないが、これらの多段構えは過剰なまでの念の入りようだ。

 

「こういうのは、対策を重ねるに越したことはない。たとえ非効率だと思われても徹底するさ」

 

 複数の方法を用意すれば、どれかが無効化されても事態に対処できる。ウーサーの返答には、そのような意図が含まれていた。

 

「まあ、私とライネックはあなたの眷属になってないから、毒耐性の強化は助かるけど」

「そうだな。毒で簡単にやられる身ではないが、耐性を上げておいた方が良いのは確かだ」

 

 それぞれの事情によりウーサーの眷属になっていないマヴとライネックなので、毒耐性の魔術礼装を渡されたのはありがたかった。

 

 この毒耐性の魔術礼装だが、シンプルな腕輪型で、毒耐性だけでなく呪いへの耐性など他の防御性も備わっている。

 その効果はかなり強力で、いわゆる『神を殺す毒や呪い』にさえ大きな効果がある。

 

 これを開発したのは、やはりトネリコとウーサーであった。

 

 強力な礼装を作るだけならトネリコ一人でも充分可能だが、これ程のものをある程度の数量揃えるのはウーサーの協力があってこそだ。

 流石に量産とまではいかないものの、『円卓』関係者や氏族長が身につける数は充分に用意できている。

 今頃、ムリアンや功労者である風の氏族の女性にも、この礼装が渡されている事だろう。

 

 

「今日はトネリコにとって大切な、掛け替えのない日だ。一片たりとも不安要素を残すわけにはいかない。

 そのための会場運営、そのための警備体制、そのための体質強化……そして、そのための魔術礼装だ。

 

 目出度い式のために、万全の体勢で挑ませてもらう───

 

 

 

 

 まだ、とっておきの秘策も残っているし」

「え!?ここまでやって、()()()()()!?」

 

 

 

 

 あまりの徹底ぶりに、仲間たちはもちろん、礼装の開発に協力したトネリコまでビックリしてしまう。

 いや、毒対策を幾重にも重ねるのは大事だし、トネリコ的にはもちろん大賛成なのだが。

 

「当然だとも。仮にもっと時間があれば、トネリコのためにさらなる対策を追加するんだけれど」

「えーと……用心深いに越したことはないので、ウーサー君の姿勢に全く異論はないけど」

 

 頬に一筋の汗を垂らすトネリコ。こと自分の事になると、ウーサーの用心深さは凄まじいものだった。

 愛妻の反応に、青年は不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっ……頭の中に『フラグって何?それ美味しいの?』という言葉が浮かんだが、一体何なんだろうね?」

「いや、そんなこと私に聞かれても……」

 

 よくわからないことを口走るウーサーに、戴冠式の日に口にしたのと一字一句違わないぼやきを口にするトネリコ。

 

 ウーサーの言動からは、『フラグ』というものをこの世から一つ残らず駆逐するほどの決意が伝わってくる。

 

 

 

「さあ見ていてほしい、トネリコ。君の夫である男が、妻のためにどれほどの偉業を成し得るかを。

 

 

 このあと始まる『続・結婚式』で、僕の真なる力をさらに見せようじゃないか!」

 

 

「あ、あはは……期待させていただきます……」

 

 

 

 ……どうやら今日の晴れ舞台でも、ウーサーのバグっぷりを目にすることになるようだ。

 トネリコをはじめ、周りの仲間たちも、どこか諦めに似た乾いた笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 そして───この場の誰もが、そんなウーサーに安心感を覚えながら……式の会場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 




 凄まじい用心深さを見せるウーサー君。
 戴冠式の時より参加者などの条件に恵まれているとはいえ、不測の事態が起きないよう幾重にも対策を打っております。

 まあ、ここってブリテン異聞帯だから。
 トネリコさんの幸せのためなら、是非もありませんな。


 次回、ついに『第一章 逆賊討伐編』が完了します。
 その後に、今回の章に関する後書きを投稿し、その後に続編である日常編(コメディ編)へと進ませていただきます。

 ただ、ブリテン異聞帯における大きな問題はまだ残っているため、ダラダラと日常編を長く続けるような事はしません。
 適度なタイミングで、上記問題に関する話を始めさせていただきます。


 
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