【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
【注意】この先、不快と感じる可能性がある表現があります。肌に合わないと感じた場合スキップ推奨です。主人公の知らない裏の出来事なので一応、飛ばしてもストーリーの把握に問題はありません。
17話 『カワイイ』強者は爪を隠す ↓
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この作品の構想は2期アニメ終了時のものです。ウマ娘世界の武術関連の情報が少なかったので、現在の開示されている設定と齟齬があると思います。あくまで二次創作だとして読んで頂けると幸いです。
マリンアウトサイダの初登校日より約1ヶ月前……
トレセン学園の地下会議室に5人の人影があった。緊張感の漂う空間で、皆『とある人物』の到着を待っていた。
その場に居るのは計5人、トレセン学園理事長である秋川やよい、生徒会長シンボリルドルフ、副会長エアグルーヴ、そしてURAの重役であるM氏とその部下のK氏。
細長い会議卓を数脚並べて四角形を作り、入り口から見て上座にURA職員の2人、左手に学園側の3人が座っていた。
M氏は小太りな中年で、仕切りにハンカチで首や額の汗を拭っていた。対してK氏は気弱そうな細身の血色の悪い男性である。落ち着かない様子で常にM氏の顔色を窺っている。
「ちょっと〜〜ここめちゃくちゃ暑いんだけど〜〜!? わざわざURA役員のこのボクが出向いてあげたのに、トレセン学園は気遣いってものが分かってないんじゃないの〜〜? ねえ、K君〜〜」
「はいー、全くもっておっしゃる通りだと存じますー! ほら、生徒会のウマ娘たち! 誰でも良いからエアコンの温度を下げて差し上げなさい!」
「……っ」
ぞんざいに命令されたエアグルーヴがK氏を軽く睨むと「ひぃ」と彼は声を上げた。すると、シンボリルドルフはパタパタと手で自分の顔を扇ぎだした。
「ふぅ、確かに少し暑いな。エアグルーヴ、すまないがエアコンの調節をお願い出来るか?」
「っ! 会長……分かりました。少々お待ちを」
「も〜〜早くしてよね〜〜!」
M氏の声に不快感を抱きつつ、エアグルーヴは壁の操作パネルで温度を下げる。
戻ってきた彼女は小声でシンボリルドルフに話しかけた。
「(会長、いつまでこのような不快な連中と同じ部屋に居なくてはならないのですか!?)」
同じく小声でシンボリルドルフは返す。
「(そういうな、エアグルーヴ。理事長いわく、我々トレセン学園とUMADとの会合にURAの正規職員を立ち合わせないのはマズいらしい。今暫くの辛抱だ)」
URAと
そこで、このM氏というURA側からしても厄介な人物にお鉢が回ったのだ。K氏は彼の金魚のフンである。
「UMADの連中との会合なんて、心の広〜いボクだから引き受けてあげたのにさ〜、なんでこんな地下で隠れるように会議しなきゃいけないの〜!? もっと堂々としたらいいじゃない? まるでボクらが悪者みたいじゃないか」
その問いに秋川理事長が扇子をバッと開きながら答える。
「恐縮!!! 今、世間は件のウマ娘について騒ぎ立っている! トレーニングに励む生徒たちを刺激するのは得策ではないと判断した故! ご不便をお掛けする中でも協力して頂いたM氏とK氏には感謝の念しかない! 後程、心ばかりのお礼を致すのでしばしお待ちを!」「ニャー」
理事長の言葉にM氏はすっかり気を良くする。
「そ、そういう事なら仕方ないな〜。まあ、仕事だし? 初めからボクはやる気満々だったけどね〜! 別にお礼なんていらないんだけどぉ〜!」
「流石ですM様! その気位、天晴れでございますー!」
「クッ……!!!」
(ブライアンはまだ来ないのか! さてはまた何処かで昼寝してるな!)
「(抑えろ、エアグルーヴ)」
青筋を立てる女帝を皇帝が宥める。すると、
コンコン
会議室のドアがノックされる。ガチャリとドアが開いて、理事長秘書の駿川たづなが入ってきた。
「失礼致します。UMAD副理事長とその秘書がお越しになられました」
「や〜〜っとか! さっさと……」
ダン!!!
と、突然の衝撃音にM氏がビクッとする。
わざとらしく大きな音を踏み立てて、茶髪のウマ娘が入ってきた。若く見えるが恐らく20代後半、鋭い目つきで右耳に髑髏の髪飾りをしている。背丈はたづなと同じくらいで、暗色の柄物のカーゴシャツにドレープパンツというワイルドな装いである。
彼女の後には黒スーツにサングラスをかけた金髪のウマ娘が付き従う。背丈はかなり高く、秘書というよりボディガードのような印象だ。
「邪魔するぜ、UMAD副理事長のヤマブキドウザンだ。こっちは秘書のジョンクルゥシー」
ペコリとサングラスのウマ娘が頭を下げる。ヤマブキドウザンは極道者のような雰囲気だが、背筋はピンと伸びており、歴戦の格闘ウマ娘の風格があった。
ちなみにUMAD理事長は高齢の為、実務はヤマブキドウザンに一任されている。
学園側の3人も挨拶のために起立していた。URAの2人はポケーっと座ったままだ。
秋川理事長がたづなの方を向く。
「たづな、『あの方』は来てるのか?」
「すみません、連絡手段がなくて。今、どこにいるのかも検討がつかず……」
「そうか……」
秋川理事長が扇子を開く。
「歓迎! ご足労、感謝する! 我々は……」
「あー、いいっていいって! そんな格式ばった挨拶は。秋川理事長、シンボリルドルフ生徒会長、エアグルーヴ副会長、あれ? ナリタブライアン副会長はいないのか、残念。今日こそUMADへの移籍を考えて貰いたかったのにねぇ。とりあえず、こんにちは……っと。3人は何度か顔を合わせた事あるだろ。要件だけ、さっさと済ませようぜ」
UMADの2人が右手の会議卓に移動してヤマブキドウザンだけが座る。秘書は後方に控えて立っている。
「ちょっと! ちょっとちょっと! URAのボクたちへの挨拶がないのはどういうこと〜〜!?」
居ないものかの様に無視されたM氏はご立腹の様子だ。
「あれぇ、すみませぇん! 会議室の中のゾウならぬブタとサルだったので言い出しづらくて! まさか天下のURAの役員様方であらせられたとは〜ご機嫌麗しゅう!」
「ドウザン様、お口が過ぎます」
明らかにおちょくってる様子のドウザンを秘書のジョンが諌める。
対面の2人のウマ娘は噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「ッ!! プフゥ!!」
「クッ…フッ…(堪えろ……! エアグルーヴ……!)」
[部屋の中のゾウとは、英語のことわざで明らかなはずなのに誰も言い出せない事の意]
「な、なんだ!? どういう意味だ、K君!!」
「え、えっとM様に恐れ多くて挨拶できなかった、という意味ではないかと!」
幸いにもこのバカ2人には通じてなかった。
「と、とにかく〜! ボクたちはあくまで立ち会い人だからね! URAに不利益が出なければ何でもいいから、さっさと会合を終わらせてよね〜! こう見えても忙しいんだから」
「そうですかそうですか、では可及的速やかに終わらせますので暫しお黙りあそばせ下さいませ〜」
なんか失礼な奴だな、これだからUMADは、というM氏を無視してドウザンは話を切り出す。
「さて、さっそくだが……UMADからトレセン学園への要求はただ1つ。アンタら、マリンアウトサイダの転入を拒否してくれ。理由は何でもいい。そうすればアイツをUMADに復帰させる口上になる」
やはり来たか、とたづなも含む4人は思った。それに対して、秋川理事長が応答する。
「……拒否!!! それはトレセン学園の理念に反する! トレセン学園の門は走ることを望む全てのウマ娘に開かれている! マリンアウトサイダには転入審査を受ける権利があり、公正なる審査によって不可と判断されない限りはその要求は飲めない!」
ドウザンは鋭い目つきで秋川理事長を睨む。
「……どーしても無理ってか?」
「無論だ!!!」
秋川理事長の力強い声が会議室に響く。ドウザンの威圧感に屈することがない彼女の精神力は感嘆すべきものだった。流石はトレセン学園理事長を務めるだけのことはある。
「……くっ、あっはっはっはっは!! そりゃーそうだよなぁ!!」
ドウザンは爽やかに笑っている。エアグルーヴは気構えた分、少し拍子抜けた。
「婆ちゃんはさー、あっ理事長のことね。こっちでマリンアウトサイダの奴を引き止めろって言うけどさー。UMAD選手の特権とかかざしても、アイツ試合会場まで徒歩で行くし、野宿するし、名声とか興味ないって感じだし、繋ぎ止めるものが何もないってのが正直なところでね。後はトレセン学園側でハネてもらう以外、手段がなかったのよ」
ドウザンはお手上げのポーズをして、「昔っからそうなんだ、あの聞かん坊め……」と誰にも聞こえない小声で呟いた。
一部の人物を除いて、ドウザンとマリンの関係は伏せられていた。それはマリンを余計な事に巻き込まないようにする為の配慮だった。
「あ、それかそっちと人材を交換するのも手だねぇ。アタシらは格闘技の素質のあるウマ娘はちゃーんとチェックしてるぜ、例えば『ヤエノムテキ』。金剛八重垣流のウマ娘。武術家としての力量も申し分ない。初等部の時に何度かウチが主催した大会に出場もしていた。熱心に勧誘したんだが、結局レースの道を選んじまったなぁ……今でも悔しいよ全く」
ドウザンは冗談めかして話を続けた。
「後は……『ヒシアケボノ』も外せねぇな、相撲マニアなのは有名だが、あれは本物の逸材だ。見れば分かる、あの筋肉と体幹はレースをさせるにはもったいない程だ。レスリングをさせれば間違いなく世界を狙える」
ドウザンがチラリとトレセン学園側を見る。態度こそおちゃらけているが、その目は獲物を狙う肉食獣の目だった。本気でトレセン学園の生徒を狙っている。
「……我が学園の生徒を褒めて頂けるのは恐悦至極ですが、その2人はどちらもレースで輝かしい実績を収めています。本人の意思確認なしにトレードなど、出来るはずもありません」
シンボリルドルフが落ち着いた口調で返す。
「まぁそう言うよな、おたくらは。でもよ、こっちも簡単には引き下がれねぇんだ。さてと、雑談はここまでだな」
ドウザンの顔付きと雰囲気が鋭くなる。彼女は姿勢を正し、手を組んで卓上に置いて、良く通る声で力強く話し始める。
「まず言っておくが……アタシはお世辞抜きにURAは素晴らしい団体だと思っている。近年までのウマ娘の地位向上も彼らなしにはあり得なかっただろう。人々もウマ娘たちも『レース』に夢を見る時代を作り上げた。それは紛れもない事実であり、功績だ」
ほ〜分かってるじゃないか、とM氏の声。
「だが……」とドウザンは一拍を置く。
「それは多かれ少なかれ、『レースウマ娘至上主義』を助長することにもなった。多くのレースウマ娘が栄光を手にする一方で、そうではないウマ娘たちは己に向けられる価値観の差に苦しんだ。それもまた、紛れもない事実であり……禍根だ」
シン……と空気が更に張り詰める。
「……時代の流れか、今の世の中は多様性を認めるという風潮が強くなっている。だが『レースウマ娘至上主義』の風潮は未だに根強い」
ドウザンが目を見開き、鋭い眼光でトレセン学園、URA側を一度に睨みつける。
「そして『レースウマ娘至上主義』は、無関係なウマ娘のみならずレースウマ娘自身までもを苦しめている。そうだろう?」
ピクン、とシンボリルドルフの耳が反応する。
「勝者がいれば必ず敗者がいる。それは当然だ。格闘技の世界でも、他のスポーツでも同じ事が言える。だが、事実としてウマ娘の人口比率は少ない。その中で舞台に立てるのなら良いだろうが……多くのウマ娘たちを待っているのは更に過酷な現実だ」
ドウザンの瞳の奥に一瞬、やるせなさそうな無念の色が見えた。
「目標があるのは良い、だがレースで活躍する以外の道を知らないウマ娘が多く産まれているのも事実だ。人々がレースこそがウマ娘にとっての最上の価値だという認識を改めない限りは、それは止まらない。URAはレースの盛況に甘んじて、取り返しのつかない危険を孕んだ現状を看過している」
ドウザンは鋭く、真っ直ぐで、剛気な瞳を携えて言い放つ。
「だからこそ、アタシたちが居る。
『レースで勝つ』ことだけがウマ娘の価値ではないはずだ。
それを証明することが、アタシたちUMADの役割の1つだ」
その凄みに、UMADの2人以外全員が息を呑んだ。特にシンボリルドルフの組んだ腕に力がこもる。ドウザンは更に続ける。
「断言する。今のURAではウマ娘たちの、その苦しみを断つことは決して出来ない。それをする為には、新たな価値観が必要だ。『レースだけが走る道ではない』のだという価値観が」
ドウザンの言葉の勢いが増す。
「マリンアウトサイダはそんな新しい価値観、新しい時代の先駆者になれるウマ娘だ。彼女は無垢であり、清純だ。その上で『強さ』を純粋に追い求めている。その美しさに、多くの人が、ウマ娘が惹かれたんだ。今……レースの世界に行かせる訳にはいかねぇんだ」
ドウザンは問う。
「アイツはUMADに必要なウマ娘だ。トレセン学園、お前たちに作れるのか? 新たな価値観を。救えるのか? ウマ娘たちをその苦しみから。出来ねぇなら、マリンアウトサイダの転入を拒否しろ。お前らに成し遂げられない事を、アイツはいつか成し遂げる。お前らにゃ『勿体ない』ウマ娘なんだ……!!!」
この主張はトレセン学園側の誰にも予想出来なかった。秋川理事長もシンボリルドルフも口をつぐんだ。
「会長…………」
エアグルーヴがルドルフを心配している。彼女は知っているのだ。皇帝の夢を。
ヤマブキドウザンは真っ向勝負で、その夢に問いをぶつけて来たのだ。簡単に答えられるはずがないのは、明白だった。
しかし、そんな空気を粉微塵にぶち壊す男がいた。
次回
番外編3 地下会議室の闘乱