目が覚めた。
馴染み深い炭のような真っ黒の天井に少し安心する。
寝ていた柔らかくない布団を畳んで、使わなくなった布団のそばに置いておく。
朝の支度をする。
顔を洗って着替える。それだけだけど。
時計を確認すると五時前。
いつも通りの日々が始まる。
畑をいじって、田んぼの水量を調節して、この間腰を痛めた雁田さんの様子を見に行く。
とくに問題がなかったので、何かするでもなく川まで行って水を汲む。
水を貯めておく桶を洗って、ついでに溜まった洗濯物を洗う。
洗剤がないというのは、それはそれで濯がなくてもいいのが楽だ。
畑なんてこっちにきてから初めて触った。
今になって思うと、あの人が教えてくれなかったら今生きているか怪しい。
最初感じていた、虫に対する嫌悪感とかはかけらもなくなった。
田んぼいたっては、最初は泥にすら触れたくなかったが、今では一枚程度なら一人でも管理できる。
さすがに協力した方が効率がいいし、確実なので、みんなで協力して管理している。失敗して不作にでもなったら、餓死してまうのだから、確実な方を取るのは当たり前だろう。
助け合わなければ死んでしまうのだから、治れば動ける人ならちゃんとみんなでお世話をする。
…お義父さんだってまだ動けたはずなのに。
あの人は………仕方ないことだった…はず。
どうしようもなかった。
私達が生きていくためにはきっと。
誰かが。
それがあの人だった。それだけ、それだけの話。
私の周りの人は…。
私とあの人の娘は…。
あの時から一度も来なかった軍に連れて行かれた。
海に。
敵がいる海に。
私達がこんな生活をしている元凶と同じところに行ってしまった。
また、私の周りの人がいなくなった。
軍の電車が気にも留めなくなっていた線路にいた。
何年も前、ラジオで配給がされるようになったとか支援物資があるとか言ってた。
それは一度も、もらえなかった。
それどころか軍の人間が来ることもなかった。
インフラが全部止まって、電気も水も無くなった。
川があったし湧き水もあったから水はどうにかなったけど、電気は田辺さんと雁田さんとお義父さんの持っていた発電機でしか手に入らない。
それも燃料に限りがある。
そんな中で自給自足でどうにか過ごしてきたところに軍がやっと来た。
やっと来たかと思ったら、配給もなければなにか食糧もない。
そのうえ娘が兵器にされるらしい。
なにが艦娘だ。
娘に名前を捨てさせる?
まだ解明されていないことも多い敵と戦わせる?
轟沈することもある?
ふざけるな。
軍は何も助けてくれなかった。
今もインフラは壊れたまんまで食糧の配給は都会だけ。
私達を助けてくれなかった。
見捨てられていた。
そんな軍に、なんで娘が徴兵されるの?
命をかけて戦わなければならないの?
おかしい。
理不尽だ。
なんで、私達だけが辛い思いをしなければいけないのか。
おかしい。
絶対におかしい。
みんなだってそう思ってる。
軍に恨みがない人は、ここら辺にはもういない。
───ドンドンドン
玄関の扉が叩かれた音。
なにかあった?
「はい。今行きます」
少し駆け足で玄関に向かう。
広い。一人だと持て余すくらい。
二人でも足りなかったのに。
今じゃ…。
───ガラガラ
チリンチリンと、玄関の引き戸についた鈴の音が鳴る。
「なにがありまし…は?」
そこにいたのは、敬礼をした軍服の男がいた。
…また何かを奪う気か?
「何があったんですか?」
軍の人間に何かを言われる前に、不満を言葉にのせてぶつける。
娘はまだ戦いに出ていないはずだ。
訓練か何かがあると説明されていたもの。
「…っ!その…娘さんの、ことで………先日、戦域にて娘さんの消息が、途絶えました」
………は?
「どういうことですか?戦域?訓練はどうなったんですか?消息がって何があったんですか?」
「訓練の一環で、安全な海域に出撃することがあります。その際、海域に入る瞬間にパニックになる艦娘もいます。その場合はすぐに訓練を終了して海域から離脱し、落ち着くまで見守り続けます。娘さんの場合、海域に入った時には問題はありませんでした。ですので警戒が薄くなっていた、海域に入ったあとにパニックを起こしたものと予想されています。捜索は続けられていますが、未だに成果はありません。………申し訳…ございません」
「…」
言葉を飲み込めない。
何を言っているのか分からない。
訓練?
パニック?
なんでパニックで?
あぁ…海…か。
海…海…ふかい…海…。
私の娘は…今。
寒い。寒い。冷たくて
あぁ…これだから軍は…
私達の…
私達だけの娘が…
私達だけで、手塩にかけて育ててきた…あの子が…
「そう…ですか………それで?何が言いたいんですか?」
「その…です、ので…支援と言いますか…生活の…その………」
「ようは娘の命と引き換えに私が豊かな生活を得られる。と?」
「その、通りです…」
これだから…軍は………
「結構です。もう2度とここにかないでください。絶対に」
あぁ…美優…なんで………。