うぅ…セリフだけ………。
私は今、窓から走り込みをしている長良を眺めている。
つい先日までは、あそこにもう一人いたのだが長良の姿しか見えない。
長良の表情は見えないが、走るペースから鬼気迫るものである事が、容易に想像がつく。
いつもの提督室では無く応接間に居るため、いつもより近くに長良の走る姿がある。
朝早いこともあり、それなりに肌寒いはずだが、いつものブルマから変わることは無い。
ま、走っていれば温まるか。
さきほどの通り、今、私は応接間に居る。
理由は明快。来客があるのだ。
何度も来ては追い返している相手だが、これも今日で終わる。
………はずだ。
さて、時間まで、あと少しで残り5分。
つまりはそろそろ………。
───コンコン
ドアを慎重に叩く音。
「しれーかん。富加さんがお見えになりました。部屋の前までお連れいたしましたが、いかがしますか?」
相変わらず、綾波は素晴らしい。
こういった時の秘書艦は綾波一択だな。
「ありがとう。入ってくれ。」
「はい!…失礼します!綾波、富加さんをお連れしました。」
「お疲れ様。ありがとう、部屋から出てくれ。」
「はい。失礼しました。」
「あぁ、すまんな。」
「なかなかどうして、兵器の扱い方がさまになってきましたなぁ…。」
挨拶をすることもなく、こちらに喧嘩を売るような言葉を投げかけてくるのは綾波も言っていたが、富加、という研究員だ。
みてくれは若いが、艦娘が、艦娘という名称で呼ばれる前から、艦娘の研究をしているらしい。
…何歳か、皆目見当もつかないな。
まぁ、圧倒的に年上な事に免じて、挨拶がないことは許そう。
だが、頑なに艦娘の事を兵器と言うのは些か気になる。
気にはなるが、言及はしない。
長話が始まるのだ。…この前は本当に酷い目にあった。
「こんにちは。富加さん。」
「お久しぶりです。戸巻提督。未確認の艦娘(仮称)が消失したらしいじゃないですか。」
「随分な挨拶だな。富加研究員。」
「いやはや、これは失礼。本題をいち早くと、思いまして…して、我々は言ったはずです。アンノウンは我々の様なアンノウンが何かを調べることのできる機関に預けるか、発信機などを付け、常に監視ができる状態にすべき。と…。」
「………。」
ため息をついてしまいそうになる。
「貴方は我々の忠告を受け入れなかった。その結果はどうです?貴方はアンノウンが人類の新たな敵になっていないという確証…ございますか?」
「ある。」
そう言うと、富加の顔が今まで見たことのない形になって、笑ってしまいそうになった。
「はぁ?あるはずないでしょう。貴方の様な、兵器を人間の様に扱ってしまう様な人に。」
「………。」
「アンノウンは消え───」
「消えたよ。発信機の信号が、ね。」
「は?な、何が…いえ、嘘はいけません。貴方はかりにも軍人でしょう?兵器をまともに使うことができなくとも。」
「…嘘はない。アレは、まだ解放されていない海域に数日留まった後。ぱったり、信号が途絶えた。」
「………。」
「たしか…あの発信機はあなた方の開発したもので…装着した艦娘の生命力を利用しているんだったな?」
「は、はい。確かにその通りですが………。」
「まぁ、なんだ。経緯を話そうか。」
「…お願いします。」
「私は朝起きて、アレの信号を確認する。そして、その信号から、長良と走り込みをしているのだろうと分かると、窓から二人を見るのが………あと、少しで日課になっていただろう。」
おっと…話さなくても良い事を話してしまった。
「は、はぁ…?」
反応も芳しく無い。これは失敗だな。
…話を戻そう。
「あの日は違った。私が確認した頃にはもう、大海の只中にいた。すぐさま大本営に連絡をし、最高練度かつ、足の早い艦娘で固めた艦隊を編成し、後を追わせた。」
「間に合わなかった…と?」
「いや、後ろ姿は確認することが出来た。」
「では何故?」
「そのすぐ隣に人型かつ馬鹿デカい背負い物のある深海棲艦が居たらしい。」
「それで?」
「格が違う。そう感じたそうだ。」
私には分からない。その深海棲艦を見たのは艦娘だ。
その艦娘が、無理。と、言ったんだ。
私はそれを元に命令を下すことしか出来ない。
「格…ですか………。」
「らしい…だがな。そして、ここを解放した鎮守府でないと倒すことは出来ないと判断し、救援を要請した。」
「ほう…あの…!」
「あぁ、あれだ。そして、見つかればひとたまりもないであろうこの鎮守府の艦隊には帰投させた。」
「して?」
「あの鎮守府の第一艦隊が、発見した所に着く頃には、信号がまだ解放されていない海域から発信されていた。」
「このまま未解放の海域に突っ込むのは、いくら最強とはいえ危険がありすぎる。一旦帰投し、準備を完璧にしてから、海域を解放しつつ捜索をすることとなった。」
「そんなことが…?」
「あぁ、私も驚いたさ。でも、それをするだけの練度があった。さらにいえば指揮も完璧なものだった。」
まぁ、艦娘の気持ちが分かった気がする。
格の違い。
まさに"格"が違う。と、そう思ったものだ。
「それでもダメだった…と?」
「あぁ、我が鎮守府はここを解放した鎮守府と協力し、その海域までを迅速に解放。アレ…いや、アンノウンの捜索を試みたが、その海域に至る航路の全てで敵艦と遭遇。幸い、夜間だろうがなんだろうがサーチライトをつけていたらしく、撃破は容易だったそうだが、あまりの量で弾薬が尽きた事による撤退が頻発し、上手く進軍ができなかった。」
「あの鎮守府ですら…。」
「えぇ、あの。」
「"あの"空母加賀を筆頭にら下手をすれば、あそこの鎮守府だけで日本の全てを………いえ、続きをお願いします。」
「あちらの最高練度の艦隊が一番その海域に近付いたらしいのですが───」
「なら!」
「しかし、その海域に一歩足を踏み入れた瞬間に、全方位から女の子の泣き声らしきものが聞こえ、計器が全て狂ったそうだ。」
「…つまり?」
「捜索は絶望的だった。あの鎮守府の、最高の練度をもった艦娘達でも…。だが、方法はあった。」
「それは?」
「その海域の為の計器を作る事。そうすれば計器の狂う海域だろうと突破も捜索も出来る。」
「ならば?いや、ダメだったんですよね?」
「えぇ、その原因の解析をし、どうすれば良いかを調べた。そして、その海域の為の計器が開発され、後少しあれば捜索を開始することが出来る…と、いったところで信号が途絶えた。まさにぱったり…と言った言葉が似合う、なんの前触れもなく、な。」
「それ………って…?」
「あぁ、即死…って、ことなんだろう?あの発信機の開発者の一人、富加研究員?」
「は、はい。艦娘の生命力を利用している都合上、どれだけ消耗しているかも分かる。…これがあの発信機の画期的な点です。」
「つまり?」
「信号が弱まるなど………いえ、信号には本来、位置情報の更新の間隔が開くなどの兆候の後、信号が消えるという、撤退のタイミングの決定の補助を主に、色々な事に活用できる長所が、あの発信機にはあります。」
「つまりと言っている。」
「はい。つまり、アンノウン即死した。もしくは────」
「なに!?それ以外の可能性が!?」
「はい。あの発信機は艦娘と深海棲艦ならば、仕様通りの挙動をしますが。人間では────」
「深海棲艦だと?どうやってそんなデータを?」
「つい先日、サンプルが届いたんです。鉢巻きの様な形をした、しんかいせいかんの増加装甲が。一通りの実験をした後に、たまたま発信機をこの増加装甲にも付けられるかを試したのですよ。」
「そ、それは分かった。じゃあそれ以外は?」
「先ほど、言いかけましたが…人間では出来ない…と。」
「つまりは、人間に戻った、もしくは即死だった。と?」
「えぇ、間違いなく。ですが、艦娘が即死なんてあり得るのでしょうか…。」
「艦娘が人間になるよりかは現実的だろう?」
「それはそうなんですが………。」
「あの耐久性…か?」
「え、えぇ、長年…艦娘が、まだ艦娘と名付けられていない頃から研究していますが…。」
「即死はあり得ないと?」
「いえ、そんなことは…。」
「ならば、即死だろう。」
「です、ね…。」
ふぅ…やっと分かったか………。
して、
「………さっきの話だが。」
「はい?」
「深海棲艦の増加装甲の実験。どうなった?」
「気になりますか?」
「そうでなきゃ質問はしていないだろう。」
「ですよねぇ!」
テンションの上がり方…。
「で?」
「実験の結果、艦娘の攻撃しか、というわけではなく、通常の攻撃もしんかいせいかんに有効。ということが分かりました。」
「いきなりだな。」
「ですが、これが一番お伝えしたい事でして。」
「そうなのか?」
「はい。つまりは極論艦娘が不要、という話なのです。」
「…だが、そう簡単には行かないだろう?」
「その通りです。」
「じゃあ、何か代替案が出たのか?」
「はい。ですが、現状、一番速く、一番容易に、深海棲艦の装甲を壊すだけの破壊力を深海棲艦に届ける事が出来るのが、"艦娘"という兵器…に、なっています。」
「…それで?」
「洋上においては艦娘に匹敵するほどのものがありません。案は出ても、それは絵空事ばかり。」
「ふむ。これからも艦娘に頼りっぱなしか…。」
「はい。ですが、それは洋上においての話です。我々の実験の結果を受けて、全世界で今、港に、口径が三十粍以上の、従来のそれを遥かに凌駕する連射性能の対空機銃を大量に配備するかどうかを議論しているそうです。」
「…ですがそれでは、深海棲艦の艦載機にしか対応出来ないのでは?」
「いえ、三十粍以上ならば、駆逐イ級、ロ級、ハ級、などには効果がある様なので、」
「なるほど、沿岸警備なら出来る…と。いやしかし、小さ過ぎて当たらなかったのだろう?」
「あ、それは測距儀も新型が開発されておりますので。なんなら、測距儀と機銃が一体化して、全自動で迎撃できるものもあるとか。」
「そんなものが………あ。…いや、だが…。」
「なんでしょう?」
「計器を狂わせる何かが、しんかいせいかんには居るようだが…。」
「…急用ができたので私はこれで。」
「あぁ、いやまぁ、必要ないだろう。」
「なぜです?」
「いや、なんでもない。」
情報は開示されているものしか話していない。
おそらくだが、今、彼の研究室は、ついさっき公表された情報に、てんやわんやしているだろう。
つまり、今帰ってもそれを手伝わされるだけだと思うが…まぁ良いだろう。
それを言ってやる義理は無い。
一気に静かになった部屋が寂しげだ。
私としては、むしろ静かなのは好きなのだが、一度音で満たされた部屋が静寂を表していると、不思議と喧騒を求めてしまう。
アンノウンが消える前は、もっと明るかった。
この鎮守府は轟沈した艦娘ぎ一人も居なかった。
それをどこまでも続けていこうと考えていた。
それは不可能になってしまった。
アンノウンは確かに仲間だった。
そんな存在がある日突然消えた。
親交がある娘もいたはずだ。
長良は…特に。
今朝の走り込みの様子がいつもと違っていたことからもよく分かる。
………。
「なぜ…こんな事に………。」
分かるはずもない。前例が無いのだから。これから分かっていく………はずなんだ。
「初めて…だな。発信機を付けたのも、轟沈も…。」
私は艦娘を単なる兵器とは思っていない。
人と接する様に艦娘と関わっている。
「私は正しい行いをした…。はずなんだ。」
間違いかどうかなんて分からない。
「アイツらではダメだった。大本営も…。守れていたはずなんだ…。発信機だって、守る為で………。」
私は守れなかった。私じゃなければ………。
私は彼女に………。
「…なにも出来なかった。」
助けられなかった。
最後は………。
…クソッ!!
思考を止め、部屋を出る。
「しれーかん。あの…富加さんが走って行かれましたけど…。」
そういえばそうだったな。まぁ、良いだろう。
「問題ないさ。ありがとな。綾波。」
「いえ!しれーかんのお役にたてたなら!」
はぁ…良い子だなぁ…。
いや、気を引き締めなくては!
「それよりも綾波。」
「なんですか?しれーかん。」
「部屋から出ていく富加さんを見た。ということは、ずっと部屋の前で待ってたのか?」
「はい!ちゃんと見張ってました!」
聞いてほしくはなかった………。
いや、聞こえてはなかった…みたいだな。
まぁ、それなら良い。
「よくやってくれた。ありがとうな、綾波。」
そう言いながら、綾波の頭を優しく撫でる。
「えへへ〜う〜れし〜です〜。」
笑顔な綾波を見ると癒されるな。
いつまでも撫でてしまいそうだ。
「よし、提督室に戻って執務だ。行こうか、綾波。」
「…はい。お仕事ですね。お任せください。」
残念そうな様子に後ろ髪が引かれまくるが、お仕事はお仕事だ。
それに、私から言ったのだからな。
「じゃあ行こうか。」
「はい!」
あぁ、やはり綾波は素晴らしい。
暗い気持ちになっているのを察して、努めて明るく振る舞っている。
まぁ、なんだ。早めに気持ちを切り替えないとな。
これ以上、綾波に気を遣わせるわけにもいかないだろう。
ん?
なにか、忘れている様な………。
あぁ…。
「そういえば…戦闘経過を聞き忘れて、そのままだったな………。」
「何か言いましたか?しれーかん?」
「いや、何も問題はない。」
もう、どうしようもないことだからな。
「そう…ですか………。」
また気を遣わせてしまった。
切り替えないて行かないとな。
火力による葬式です!
火葬………間違いないですね!!
お疲れ様でした。