うたの寝る場所につよしがドキマギします。
同じ部屋に暮らす少女のことが好きで、その子がやたら無防備だと、とても困る。
つよしは、この当たり前のことをものすごい強度で実感していた。
うたは無防備で、気まぐれで、自由だ。
一人で居るときも、つよしが居るときも、まるで変わらない。
空気のように扱っているわけではなく、彼女は彼女なりにつよしのことを大切に思っている。
そうでもないと、うたが誰かと一緒に暮らすなんて不可能に近い。
しかし、彼女はやっぱり自由だ。
つよしとうたの間には兄と妹くらいの年の差がある。
彼女はまだ高校生で、たまに学校に行く。
行かない日には、うたはつよしのそばでネコのように気ままに振る舞う。
つよしはへたれと言えるほど純情で、うたに触れられるだけで顔が真っ赤になるから、そうした気まぐれな振る舞いに、いつも振り回されることになる。
そして、うたは気まぐれなうえに無防備だ。
こんな事があった。
開け放たれた窓からは、雨の降ったあとのしっとりとしたにおいの風が吹き込んでいる。
春も終わるころだというのに、かなり肌寒い日だった。
今日こそはうたに注意するぞ、とつよしは思っていた。
「あんまり距離が近いとドキドキしすぎるので、ご勘弁してください」
と。
つよしはパソコンの前のアーロンチェアに座っていた。
作曲の仕事もひと段落したところで、ぐっと背伸びすると、その隙に彼女はつよしの膝の上に座った。
「ヒュッ」
つよしの口から、声にならない息が漏れた。
つよしの胸板に、彼女の小さな頭が寄りかかる。
心臓が暴れ出し、体は硬直する。やり場のない手がまだ宙に浮かび、ぷるぷると震えている。
ふくらはぎの上に彼女の重みを感じる。
言うぞ。
つよしは思った。
不意打ちはやめてください。死んでしまいます。
よし、言うぞ。
つよしは思った。
これを言ったところで彼女はどう思うのかな。
うっとうしがられないかな。
意味不明な文言じゃないかな?
いや、言うぞ。
つよしは思った。
「あの、」
うたは既に寝息をかいていた。
つよしはドキマギしながら彼女の髪に触れた。
「あのお……」
つよしは全く動けなくなってしまった。
これもよしとしようぜ!
つよしは心の中で折り合いをつけて、一時間そのままで居た。
彼女の肌はとても冷たかった。
こんなときもあった。
それは夏。
つよしにとって、彼女と同じ部屋で暮らし始めてから初めての夏だ。
うたがシャワーを浴びている。
暑い夜だ。
クーラーが壊れてからというもの彼女のパジャマは日に日に枚数が少なくなっていた。
つよしはその度に真っ赤になって、服……と呟くことしかできない。
当然、彼女は不思議そうに首を傾げるだけだ。
「暑いなら、つよしくんも脱ぎなよ」
と言ったりもした。
シャワーの音が止まった。
夜空がとても綺麗だ。
空気が澄んでいる。
ガチャリ、と冷凍庫を開ける音がキッチンからした。
「アイス、もうないよ」うたは言った。
その声につよしは振り向いた。
カエルの大合唱に耳をすませる彼女は、タンクトップ一枚しか着ていなかった。
昨日から二枚も減っている。新記録だ。
もうダメだ。
つよしは思った。
「いろいろダメだよ!人前でそんな!!」つよしは言った。心の中で。
とりあえず彼は目をつぶった。
その日は眠れなかった。そのままの格好で彼の布団に潜り込んでくるのだから。
次の日、気合いでエアコンを直し、つよしは事なきを得た。
カウントダウンが0になる前に。