俺の幼馴染は、すごくのんびり屋だ。でもやる時はやれる奴だし、何よりその時の彼女の姿はとてもカッコイイ。
「おいミラ子ー、サッカーやろうぜー」
「いいよー」
俺達はよく公園で遊んでいた。俺はサッカーボールを持って、いつものように隣の家のミラ子を誘う。
彼女はその優しげな瞳で、俺を見つめる。そして微笑みながら答えてくれた。
それから二人でボールを蹴って、パスしたりして遊ぶ。俺はこの時間が大好きだった。
それからしばらくしてのこと。俺はボールを取り損ねて転んでしまった。膝から血が出て痛い。思わず涙が出てしまう俺にミラ子が手を差し伸べてくれる。
「だいじょうぶ?」
「……これくらい、全然痛くねーし」
素早く涙を拭って、差し出された手を掴んで立ち上がる。すると彼女はハンカチを取り出して、傷口に当てた。
「いたっ……」
「あっ、ごめんね……。よしよし、泣かないで〜」
「別に泣いてねーし!」
優しく頭を撫でられる。恥ずかしさで顔を上げられずにいる俺の顔を、ミラ子はスッと覗き込む。
「そっかそっかー、男の子だもんねー」
「……へへ、当たり前だろ!」
そう言ってニコッと笑う彼女を見てるとこっちまで元気が出てくる気がした。
今思えば、これが俺にとって初恋だったんだと思う。
普段のんびりしてて、時々天然で、ちょっと鈍臭い所もある彼女だけど──それでも彼女は俺のヒーローだったんだ。
俺達が小学校高学年になった頃、父の転勤が決まり俺は関東へ引越すことになった。ミラ子と離れるのはとても寂しかったが、もうどうしようもないことだ。
引越し前夜、俺とミラ子はいつも遊んでいた公園のブランコに並んで座る。星の輝く綺麗な夜だった。
「……わたし、怖いな」
「……何がだ?」
「だって……明日からキミがいないなんて、想像できないもの」
「……俺だってそうだ」
「いつもキミが、わたしのこと引っ張ってくれてた。キミがいたから、わたしは毎日楽しかったんだよ」
彼女の声には震えがあった。暗くてよく見えないが、きっと泣いているのだろう。だが俺はそれを指摘しなかった。
気付けば俺の目からも涙が溢れていたからだ。
「……もう、男の子なんだから泣かないんじゃなかったの?」
「……泣いて、ねーし……」
「嘘つきさんだね〜」
「うるせぇ!」
そう言いつつも、お互いに泣き止む気配はない。二人ともしばらく黙ったままだったが、やがてミラ子がポツリと言った。
「……また会えるよね」
「……っ、おう! お前が困ってる時は、またケツ引っぱたきに行ってやる!」
「えぇ〜、痛いのはヤダなぁ〜」
冗談めかしく言う彼女に、俺は笑顔で応える。
そして、時は流れ──
◇
宝塚記念、当日。今年の出走ウマ娘は超ハイレベル猛者ばかり。
シンボリの仕事人、シンボリクリスエス。
ロマンの探求者、タップダンスシチー。
未確認疾走体、ネオユニヴァース。
オールラウンダー、アグネスデジタル。
そして、その中には──
「……ミラ子」
ヒシミラクルの姿もあった。パドックに出てきた彼女を俺は緊張しながら見つめている。
観客の声援に応える彼女の姿は堂々としていた。今日のミラ子は、いつもと違う。
「おお、ヒシミラクル……。俺、今日アイツを応援してるんだよな」
近くで聞こえたそんな声に、俺は思わず振り返る。そこには二人の男性がいた。
一人は白髪混じりのおじさんで、もう一人は若い男だ。
「え? でも勝てるか? この距離、このメンツで」
若い男の言う通り、今回のレースは芝2200mという中距離走だ。ズブいミラ子にとってかなり厳しい条件である。
しかし、おじさんは首を横に振った。その佇まいからは何やら風格を感じる。
「勝てないかもしれねぇ。だけどさ、勝てたっていいじゃねぇか」
無意識に足がその二人の方へ向いていく。俺はその言葉の意味を知りたかったのだ。
「最初から日の当たってないウマ娘が勝ったって。だってさ……。
──夢、見たいじゃねぇか」
俺は思わず目を見開く。そうだ。このレースは、特別な誰かのための物じゃない。誰だって主役になれる可能性を秘めてるんだ。
「おじさん!」
「うおっ!?」
俺が突然話しかけたので二人は驚いていたが、構わず続ける。
「俺も……俺もヒシミラクルを応援する! だから一緒に! 一緒に夢を見よう!」
思わず熱くなってしまって、自分で何を言っているのかもよく分からなくなってきた。だがそれでも何かを伝えたかった。
すると、俺の言葉を聞いたおじさんはフッと笑って言った。
「……そうだな、一緒に見届けるか。俺達の夢を」
「うんっ!」
「……なんだこの謎の友情は」
その後、ゲート入りするミラ子を観客席から見守る。ミラ子の表情は真剣そのもので、集中しているのがよく分かる。
そして──ついにその時が来た。ゲートが開き、一斉にスタートする。ミラ子は中団の後ろ辺りの位置につけていた。
(ミラ子……)
心の中で呟きながら祈るように両手を組む。
先頭集団が第4コーナーに差し掛かる。その時だった。ミラ子が一気に加速する。直線に入ると外側からさらにスピードを上げ、みるみる先団との差を縮めていく。
しかし、その更に外から追い上げてくる影があった。
(抜かれる……! 頼む、踏ん張ってくれ……!)
その祈りをよそに、ミラ子はどんどん距離を詰められていく。
(そんな……嫌だ……! ミラ子……!!)
俺はギュッと目を瞑った。もうダメだと思った時だった。
ふと脳裏にある光景が浮かぶ。引越し前夜のあの夜のこと。
『お前が困ってる時は、またケツ引っぱたきに行ってやる!』
「……今が、そうだ!」
彼女と交わした大切な約束。俺はカッと目を開くと、大声で叫んだ。
「頑張れ! ミラ子ォォォォォォ──────!!!!!!」
「……っ! あぁ──────!!!!」
ミラ子は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに気合いの叫び声を上げる。
それ以上の距離を詰めさせず──そのまま1着でゴールした。
《またまたミラクルだ〜、阪神レース場! 天皇賞も菊花賞も伊達ではない! 勝ったのは天皇賞、菊花賞ウマ娘のヒシミラクル!》
「よっしゃぁぁぁぁ!!!!」
「ま、マジで勝っちまった……!」
「うおおおおっ、やったぁぁぁ! 俺ぁ……俺ぁ信じてたぞ〜!!」
歓声が鳴り響く中、俺とおじさんは雄叫びを上げながらハイタッチを交わす。俺達は見た。夢が現実になる瞬間を。それは、俺達にとって奇跡のような出来事だった。
ミラ子は息を整えた後、観客席に向かって大きく手を振る。
「わたしにらいっぱい夢を懸けてくれた人! おめでとうございました〜!!」
彼女がそう言うと、会場は一層大きな声援に包まれた。
そして、キョロキョロと辺りを見回し、やがて俺を見つける。彼女はニッコリ微笑むと、もう一度手を振りながら何かを呟く。
「○○○○○。えへへっ」
それは言葉にしなくても、俺にはしっかり伝わってきた。
横からおじさんがニヤニヤしながら小突いてくる。俺は何故だか急に恥ずかしくなり、顔が熱くなった。きっと真っ赤になっているだろう。
だが、不思議と悪い気分ではない。
「ははっ! お前さん、あの子とはどういう関係だ?」
「うーんと、そうだな……。彼女は俺のヒーローで、俺は彼女のファン……。
──いや、ミラクルお兄さんかな」