フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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今週の忙しいとこは抜けたので投稿します。
メインと言ったはずなのに出番が控えめだった五女のターンです。


シスターズウォー・三日目その1

 

 

 

「Eコースはこっちよ。出発するわよ」

 

 引率の教員の呼びかけ。

 ご丁寧にアルファベットのEがでかでかと書かれた紙を掲げている。

 わかりやすいことこの上ない。

 雑然と集まった生徒がバスへ吸い込まれるように乗り込んでいく。

 修学旅行最終日の今日はコースごとに分かれ、しかる後に京都駅で合流して新幹線で帰るという流れだ。

 

「さ、僕らもバスに乗ろうか」

「あ、ああ……」

「なにキョロキョロしてんだよ」

 

 俺たち武田班は揃って同じコースを選んだため、今日も仲良く班行動だ。

 ……いや、昨日も一昨日も俺だけ別行動してたな、そういえば。

 その際に色々あったおかげで、こうして見知った顔がいないかと警戒しているわけだが。

 見渡しても中野姉妹の姿はない。

 ホッとする反面、残念に思ってしまう自分に気づく。

 我が事ながら、本当に度し難い限りだ。

 

「ちょっと、遅れそうじゃない!」

「もうバスに乗り込みはじめてるね」

「三玖、五月、はーやーくー!」

「うぅぅ……わ、私は置いて行ってくれても……」

「ほら、私も頑張るから、ね?」

 

 心の平穏はほんの束の間だった。

 五つ子は出発時間ギリギリになって現れた。

 油断させてからの不意打ちは実に効果的だ。

 現に俺はこうして固まってしまっている。

 もうどうすりゃいいのやら……

 

「おはよ、フー君」

「えへへ、おっはー」

「おはようございます!」

「お、おはよ……」

「――っ」

 

 二乃は軽い投げキッスと共に。

 一花ははにかみながら。

 四葉はいつも通り元気よく。

 三玖はおずおずと伏し目がちに。

 各々挨拶をよこす中、五月は俺の姿を見るや否や他の姉妹を壁にして姿を隠した。

 正直、誰か一人ぐらい顔を合わせる事はあるだろうと覚悟はしていた。

 だが蓋を開ければまさかの全弾命中。

 これは夢か? それも悪夢の類なのか?

 

「……ホテルに戻りたくなってきたぜ」

「ははは、何を言っているんだい?」

「オラ、俺らもさっさと乗るぞ」

 

 

 

 

 

「で、向こうに着いたらどうするのよ」

「今から考える」

「とことんノープランじゃない」

 

 バスの最後尾に陣取った中野姉妹。

 今は作戦会議の時間だ。

 議題はいかに五月と風太郎を二人きりにするか。

 

「う~ん、無理に二人きりにするのも心配だなぁ」

「そもそも二人きりにしたら絶対逃げ出すわよ」

「でも、私たちが一緒だと隠れちゃうし」

 

 初日やついさっきの様子を見れば、五月が風太郎との対面を避けているのは明らかだ。

 そして事情が事情だけに、他の姉妹の前では気持ちを押し殺そうとする可能性が高い。

 長女と五女を除いた三人は顔を突き合わせてああでもないこうでもないと議論する。

 一花は議論に参加せずに静観。

 実際に協力するかどうかまだ決めかねていた。

 そして当の本人は一花の膝枕を借りて熟睡。

 昨晩もロクに眠れなかったのだろう。

 風太郎は前方の席に座っているため、会話を聞かれる恐れはない。

 

「一花、悪巧みならあんたの出番よ」

「二乃は私をなんだと思ってるのかな」

「女狐」

「あ、あはは……」

 

 二人の間に走った火花を察知して四葉は乾いた笑いを上げた。

 一花も二乃も笑顔だった。

 会話の内容さえ知らなければ、朗らかな姉妹の談笑に見えるだろう。

 水面下の状況も踏まえて、水上の白鳥が優雅に見えるのと同じだ。

 三玖は飛び火しないように口をつぐんだ。

 のんきに寝ている末っ子が羨ましかった。

 

「まぁ、逃げるんだったら逃げられないようにするか、追いかけさせるかだね」

「なるほど!」

「なに納得してるのよ。ごくごく当たり前のことしか言ってないじゃない」

「あはは、バレちゃった?」

 

 三玖は一花の言葉を吟味する。

 逃げられなくする……つまり五月の逃げ道を塞ぐ。

 もう逃げられない、あるいは逃げても無駄だと思い込ませるか、物理的に阻むか。

 縄で柱に縛り付けられている妹の姿が思い浮かんだが、頭を振って思考から締め出した。

 ビジュアル的にも倫理的にもアウトである。

 逃げる事を自主的にやめさせる方法は、残念ながらこの場では思い浮かばなかった。

 次に追いかけさせる……つまり風太郎頼みだ。

 運動能力において姉妹間で順位をつけるとしたら、トップが四葉で大分差が開いて一花、その後に二乃と五月が並んで三玖がドべだ。

 そして風太郎は三玖と競い合うほど体力がない。

 逃げる五月を追ったとしても途中で力尽きるイメージしかなかった。

 そもそも、追いかけてと頼んでも追いかけてくれるかどうかはわからなかった。

 この修学旅行において、風太郎は自分たち姉妹と行動を別にしようとしているように思えた。

 その理由は定かではないが三玖には心当たりがある。

 告白した自分と同じように、告白された相手も心の整理がついていないのだと。

 想いを告げた事に後悔はないが、タイミングは悪かったのかもしれない。

 五月の悩みに気づけなかった事も含めて、自責の念に駆られる。

 それでもと、滲み出てくる弱音を噛み殺して顔を上げた。

 

「あ……」

 

 視線と視線が確かに絡み合った。

 誰かが取り立てて騒いでいるわけではない。

 だというのに風太郎は後方に目を向けていた。

 すぐに顔を引っ込めてしまったが、何を気にしていたのかなど言うまでもなく明らかだ。

 

『どうにもならなかったら、話を聞くだけは聞く。……まぁ、成績を落とされたら面倒だからな』

 

 昨日の言葉を思い出す。

 多少距離を取っていても、こちらを気にかけてくれている。

 その認識が三玖に確かな勇気をもたらした。

 

「うん、決めた。フータローにがんばってもらって、私たちもがんばる。以上」

「それ結局ノープランってことじゃない」

「私はわかりやすくていいと思うよ」

「はぁ……まぁ、あれこれ考えるのより気が楽なのはたしかね」

 

 もとより二乃は思い込んだら一直線の直情型だ。

 あれこれと策を立てるより、その場に応じて行動する方が性にあっていた。

 そして四葉は断然、考えるより体を動かすのが得意なタイプだ。

 

「方針、まとまった?」

「一花は、その……」

「ごめん、もうちょっと様子見させて。邪魔だけはしないからさ」

 

 一花は申し訳なさそうに笑うと、眠る五月の頭に手を置いた。

 二人の間の事情は把握していないが、譲れない部分があるのはおぼろげながら理解できた。

 協力が取り付けられないのは少し心細いが、三玖のやることに変わりはない。

 

(私たちが支えるから……五月、自分の気持ちから逃げないであげて)

 

 

 

 

 

「ここが映画村か……」

 

 案内やら何やらの諸々を終えて、生徒達は思い思いの場所へ散っていく。

 昼過ぎまでは自由に見て回れるそうだ。

 辺りを見回しても中野姉妹の姿はない。

 コースが同じである以上、近くにいるのは確かなはずだ。

 

「って、なんであいつらを探さなきゃならねぇんだよ!」

「またキョロキョロして何してんだよ」

「ふふふ、さすがの上杉君もこの映画村に目を奪われているようだね」

「まあ、そんなとこだ」

 

 そう勘違いしてくれるなら、それはそれでありがたい。

 正直言うと、テレビというものに馴染みがない俺にはここの醍醐味を堪能できるかは怪しい。

 それでも物珍しいものを見るのはそれだけで面白いものだ。

 リサーチ不足もいいところだが、ここは余計なことを考えずに楽しもう。

 

「つーかよ、どっから回るよ」

「せっかくだし僕達も俳優になりきる、というのはどうだい? 向こうで着付け体験をやってるみたいだよ」

「コスプレとか恥じぃだろ……」

「郷に入っては郷に従え、さ。上杉君もどうだい?」

「いや、普通に恥ずい」

「さ、行ってみるだけ行ってみようじゃないか」

 

 武田が歩きだしたので、俺と前田もそれに追従する。

 大きな目的はないので、冷やかしというのも悪くない。

 そうして建物の中に入り少し進むと、デカデカと『扮装の館』という看板。

 その上にやや小さく時代劇という文字が見える。

 三玖が喜びそうな場所だ。

 

「さて、行こうか」

「おい、なんで俺の肩つかんでんだよコラ」

「一人だけというのは寂しいじゃないか」

「上杉をつれてきゃいいだろーがよ」

「彼の意思を尊重したまでさ」

「こっちの意思はガン無視してんじゃねーか!」

「それじゃあ、少しの間待っていてくれたまえ」

 

 二人は店の中へと消えていった。

 まぁ、着替えるだけだったらそんなに時間はかからないだろう。

 近くの窓から空を見上げる。

 予報に違わない青空が広がっていた。

 昨日のような事態を想定してリュックに着替えを用意したが、この分だと無駄になりそうだ。

 

「はぁ、はぁ……み、みんな……一体どこにいるのですかぁ……」

 

 聞き覚えのある声に振り返る。

 くせっ毛にアホ毛、そしてセンスの欠片もないヘアピン――五月だ。

 

「……」

「……」

 

 目と目が合い、数秒の沈黙。

 向こうが固まっている理由はともかく、俺もなんて声をかければいいのかわからなかった。

 それだけここ最近は色々ありすぎたのだ。

 思えばこいつとは修学旅行前の買い物から言葉を交わしていない。

 五月は硬直から立ち直ると縋るように辺りを見回し、最後には一目散に走り去っていった。

 ……まさかここまで避けられているとは。

 

「行っちゃいましたね」

「四葉、いたのか」

 

 どこから現れたのか、いつの間にやら隣に立っていた。

 そこの扮装の館を利用したのか、時代劇に出てくる町娘のような格好をしていた。

 というか、いるのならあいつに声をかければいいものを。

 

「上杉さん、五月を追いかけてください」

「俺よりもお前が追いかけたほうがいいと思うが」

 

 体力的にも、五月の反応的にもだ。

 俺が追いかければ確実にあいつはさらに逃げる。

 それなら四葉が確保に向かったほうが断然いい。

 

「私は、その……べ、別の用事があるので!」

 

 目が泳いでいた。

 本当にこいつはわかりやすい。

 訝るような視線を向け続けると四葉は音を上げたように息を吐きだして、ポケットから小さな紙を取り出した。

 

「えーっと……『野良犬に噛まれた話ってどうかな? by一花』……なんですかこれ?」

「な、なんだろうな……」

 

 嫌な汗が頬を伝う――緊張による精神性発汗だ。

 一花め……つい昨日出来たばかりの弱点を容赦なく突いてきやがった。

 事に及ぶ直前に見せた態度はどこに行ったのやらだ。

 俺がみっともない姿を見せたのは事実だが、あいつだってあられもない姿を晒したはずだ。

 あんなに俺の名前を呼びながら乱れて……思い出すのはやめよう。

 蕩けた一花の顔、声、匂い、味、感触を頭の中から締め出す。

 そうしないと横にいる四葉にも邪な思いを抱いてしまいそうだ。

 

「おや? なにやら顔が赤いような」

「気にするな! と、とりあえずあいつを追えばいいんだな?」

「はい! 上杉さんだけが頼りなんです」

 

 さっぱり事情は分からないが、俺の双肩には大層な物が託されてしまったようだ。

 一花の脅迫じみたメッセージは気に食わないが、姉妹を思ってのものだと呑み込んでおこう。

 そもそもあの一件だって最終的に手を出した俺が悪い。

 いずれ清算しなければならないだろうが、今は逃げた五月だ。

 もう姿は見えないが、どの方角に走っていったかは把握している。

 どこかに隠れでもしない限り、映画村の中にいるのなら見つけること自体は難しくないだろう。

 中野姉妹は何かと目立つのだ。

 問題はその後だ。

 これから走らされると思うとゲンナリするが、それも今更だ。

 こうも手を煩わされては、とっ捕まえて文句の一つでも言ってやらねばこっちの気が済まない。

 

「さて、あの真面目馬鹿にいっちょ説教入れてやるか」

「ご武運を!」

 

 このままあの態度をとり続けられたら、間違いなく家庭教師の方に支障が出る。

 面倒を見ると決めた手前、いずれは向き合わなければいけない事なのだ。

 ……そんな資格が今の俺にあるのかは怪しいところだが。

 

 

 

 

 

『ししし、作戦成功したよ!』

「うん、お疲れさま。四葉はそのまま尾行お願い」

『ラジャー!』

「あ、リボンは目立つから隠しといてね」

 

 通話を切ると、三玖は深く息を吐きだした。

 慣れない事をしているという自覚はあったが、予想以上に気を張ってしまっていた。

 

「この衣装、地味すぎない? もっと可愛いのがよかったわ」

「あんまり目立つと身動き取りにくくなっちゃうから」

 

 二乃は四葉と同じように町娘の扮装をしていた。

 四葉と同じく陰ながらサポートをしてもらう予定なので、目立たない格好の方が都合がいいのだ。

 筋肉痛を引きずっている三玖は、制服姿のまま司令塔に徹している。

 一花も同じく制服姿だが、これはそもそも作戦の人員に含まれていないためだ。

 

「三玖も中々やるね。五月ちゃんをメールで誘導してフータロー君と引き合わせるなんて」

「四葉が見張っててくれたおかげ」

「それよりも一花、あんた四葉になにか持たせてたけど、あれなによ」

「うーん、ちょっとしたアドバイス、みたいな?」

 

 風太郎が素直に五月を追う事はないと踏んでいた一花は、四葉に魔法の言葉を授けていた。

 自分でもズルい手だとは思ったが、風太郎ならば呑み込んでくれるだろう、と。

 

(って、様子見決めてたはずなのにブレブレだよね)

 

 五月の件に関してはまだ保留中のはずだが、あれこれと口出しをしてしまっている。

 結局のところ、それが自分の本心なのだろうと、一花はそう受け止めた。

 後一歩踏み出せば、他の姉妹と同じように五月の後押しに注力できるだろう。

 しかしその最後のところで踏ん切りがつかない理由は、やはり零奈の件だった。

 断片的な情報から、一花は五月が母の名を騙って風太郎の思い出の少女に扮していた事を察した。

 それが何のためであるのか。

 もし、その目的が思い出の少女――四葉に成り代わることだったのなら、一花はそれを否定しなければならない。

 六年前の思い出の中には、自分にとって大切なものもあるのだから。

 

(でも、五月ちゃんがそんなことをするとは思えないんだよねぇ)

 

 正直に言えば、その可能性はほぼないと思っている。

 四葉ほどではないが五月も隠し事は苦手な部類だ。

 もし姉妹を出し抜いて裏で動こうとするなら、まず本人の態度にそれが現れる。

 そして二乃あたりに尋問されておしまいだろう。

 あるいは上手くやりおおせたとしても、本人の性格的に長続きはしない。

 良くも悪くも真面目な五月は、後ろめたさに負けていつか崩れ去ってしまう。

 ちょうど昨日中、部屋で塞ぎ込んでいたように。

 

「……やっぱり確認しないとね」

「一花、どこ行くの?」

「ちょっと別行動するね。見ておきたいところもあるし」

 

 

 

 

 

「こ、ここまで、逃げれば、さすがに……」

 

 息も絶え絶えに壁に手をついて足を止める。

 後ろを振り返っても追手の姿はない。

 一息ついて、壁にもたれて息を整える。

 映画村に着いて早々に、五月は姉妹とはぐれてしまった。

 何度も連絡を試みるも応答はなく、やっと連絡が取れたかと思えば集合場所に風太郎が現れる始末。

 姉の後ろに隠れることができないので、逃げ出すしかなかった。

 想いを抑えていたはずの堰はとっくに決壊している。

 そんな状態で向き合ってしまったらどうなるのか、自分が何をしてしまうのか。

 それが怖くてたまらなかった。

 

(それに、もう上杉君は三玖と……)

 

 全てが今更なのである。

 三玖は見事に自分の想いを果たした。

 それならばもうこちらの出る幕はない。

 自分を気遣って言葉を尽くしてくれた優しい姉を悲しませるようなことはしたくなかった。

 他の姉妹、特に四葉のことを思うとやりきれない気持ちもあるが、それは呑み込んでおくしかない。

 風太郎とも距離を置くべきだろう。

 届かない想いを抱えたまま傍にいるのは辛いし、ずっと騙していたという罪悪感もある。

 家庭教師は断ることになるが、卒業までだったら自分の力だけでもやりきれるという自信はあった。

 後はアルバイト先の塾講師の支援を貰いつつ夢を目指す。

 これから先の道筋を思い浮かべて、五月は見上げた空が歪んでいることに気がついた。

 

「――そんなの、いやです」

 

 ポツリと漏れたつぶやきと共に、涙が頬を伝い落ちていった。

 この瞬間、姉妹の事は頭から消えていた。

 むき出しになった心が叫んでいた。

 もっともっと一緒にいたい――中野五月は、上杉風太郎をどうしようもなく欲しているのだと。

 伝える相手のいない、行き場のない想いは、目の縁から雫となって溢れ出た。

 堪らずその場に座り込む。

 

「あ、また泣いてる」

「い、一花……」

 

 姉の声に五月は顔を上げた。

 一花は正面に回ってしゃがみこむと、ハンカチで五月の顔を拭った。

 

「せっかくの修学旅行なのに、こんなところで座ってたらもったいないよ」

「もう……もう、ダメなんです……」

「そっかぁ」

 

 否定も肯定もせずに受け止める。

 二乃なら発破をかけて立たせようとするだろうし、三玖なら寄り添って気遣うだろう。

 四葉はどうしたものかとオロオロした挙句、一緒に泣き出してしまうかもしれない。

 そして一花は相手の反応を見る。

 

「五月ちゃん、もしかして三玖とフータロー君がなにかしてるの見ちゃった?」

「――っ」

 

 今まで誰も触れていないところに一花は切り込んだ。

 三玖でさえその部分には――具体的に何があったのかまでは踏み込まなかった。

 五月がどんな感情を持ってその状態に陥ったか、そこに真っ先に共感してしまったためだ。

 思いやりは美点ではあるが、それだけでは届かない答えもある。

 

「やっぱりそうなんだ。私もフータロー君から聞いてびっくりしちゃったんだけどさ」

「ううぅ……一花は、辛くないんですか……?」

 

 それは自分は辛いのだと白状しているようなものだった。

 花より団子だと思っていた妹は、いつの間にやら立派に恋をしていたのだ。

 予想していなかったわけではないが、驚きは小さくなかった。

 よりにもよって姉妹全員揃って同じ相手。

 一花は嘆息すると、続けて二の矢を放った。

 

「うん、辛いよね……私や二乃、特に四葉には」

「……」

 

 声には出さなかったが、四葉の名前を出した途端に五月の顔が歪んだ。

 内容はともかくとして、思うところがあるのは間違いない。

 しかし、それを本人が吐き出すまで待っていては時間がかかりすぎる。

 

「お母さんの名前、使ったんだってね」

「え――ど、どうしてそれを」

 

 呆然とした五月に、一花は薄く微笑んだ。

 事情を全て把握しているわけではないが、重要なのは知っていると思わせる事。

 秘密は秘されていると思うからこそ、守ろうという意思が発生する。

 逆に相手に知られていると認識してしまったら、どうしてもガードが甘くなる。

 少なくとも精神的にまいっていた五月は、その誘導に乗ってしまった。

 

「……最初は、四葉に頼まれたんです」

 

 そして、ポツリポツリと語り始めた。

 風太郎を過去から解放するために思い出の少女を演じた事。

 四葉の事や三玖の事、風太郎の想いを確かめるために再び零奈になった事。

 

「だけど、上杉君はあっさり私だと見破ってしまって……」

 

 赤くなった顔を膝に埋めた五月に、一花は母の言葉を思い出した。

 愛があるからこそ、自分たちを見分けられるのだと。

 未だに母の背中を追っている五月にとっては、その言葉はこちらの想像以上に大きな意味を持っているのだろう。

 

(つまりは、私と同じようなことをしようとしてたんだね)

 

 大体の事情を把握して一花は頬を緩ませた。

 そうではなかったという安堵と、やっぱりそうだったという嬉しさからだ。

 こうして確認できた以上、やるべき事は一つ。

 その結果ライバルが増えてしまうとしても、それは仕方がないと目をつぶろう。

 いっそ姉妹全員で好きな相手について語り合うのも悪くないかもしれない。

 風太郎が聞きつけたら胃痛を訴えそうな催しである。

 

「やっぱり私たちって姉妹だね。お互いに似たようなことしようとしてたんだから」

「一花が、私と……?」

「四葉のこともそうだし、なんというか……自分を役割に当てはめようってところとかさ」

 

 母が亡くなってから一花は長女としての自覚を深め、五月はいなくなった母の代わりを目指した。

 どちらも他の姉妹を守り、先導する立場だ。

 

「それならさ、いっそのこと五月ちゃんがお手本を見せちゃいなよ」

「お手本?」

「そ、恋する乙女のお手本」

「え、そ……そんなの無理ですっ! だって、上杉君は三玖と……」

 

 相手を風太郎に限定した覚えはないのだが、そこには触れないでおいた。

 そしてまた出てくる三玖の名前。

 自分自身であれこれと付け加えてこんがらがってしまっているが、一花から見たらごくごく単純なものだ。

 五月がここまで沈み込んだ理由は失恋だ。

 そしてそれが勘違いであるという裏付けは取れている。

 

「フータロー君、告白の返事まだしてないってさ」

「――え?」

「じゃ、また後でね」

 

 立ち上がってメールを送信する。

 自分にできるのはこれぐらいだろう。

 一花は五月に笑いかけると、その場から歩き去っていく。

 

「ま、待ってください!」

「ダメだよ、これは五月ちゃんの恋なんだから」

 

 縋ろうとする妹を突き放す。

 最終的に矢面に立つのは自分自身なのだと。

 自分の中の想いと、それを向ける相手と向き合わなければいけないのだと。

 

『だから五月は自分の気持ちを受け止めてあげて』

 

 三玖の言葉が頭をよぎった。

 足を止めてしまった五月は、そのまま一花を見送った。

 そしてその場に立ちつくす。

 

(三玖と上杉君はまだ……なら、私は――)

 

「み、見つけたぞ、この野郎……!」

 

 今は顔を合わせたくない――だけどずっと聞きたかった声。

 振り返ると、息を切らした風太郎がいた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、どこ行きやがった、あいつ……!」

 

 見渡せばどの方向にも人の姿がある。

 旭高校の生徒がいれば、違う学校の者もいる。

 だが一番多いのは一般の観光客だ。

 そのためか制服姿のやつはよく目に付く。

 中でも中野姉妹は特に目立つ。

 だから近くにいれば大体わかるはずなのだ。

 こうも見つからないのならば場所を変えるべきか。

 

「そもそも、なんで俺が、こんな走んなきゃ、ならねぇんだ……!」

 

 流れる汗とともに文句が出てくる。

 直接的な理由はもちろん、一花からの脅迫だ。

 五月の変調の原因に心当たりがあるからでもある。

 だけど、結局のところは――

 

『あなたは……私たちに必要です』

 

 林間学校の後、病室での五月の言葉。

 人間関係は一方通行ではない。

 影響を与える側も、同時に影響を受けてしまう。

 真面目なのは結構だが、頑固できかん坊、負けず嫌いも重なって意地を張り出す始末。

 だけどあいつは、俺に道を示してくれたようにも思える――進んでみればとんだ地獄の日々だったわけだが。

 それでもあいつの言葉がなければ、俺はまったく別の場所に立っていただろう。

 結局のところは、めんどくせー奴らと関わったのが運の尽きだということだ。

 

「あん? メール……一花からか」

 

 四葉を通じて脅迫をかましてきたくせに、のうのうとメールを寄越してきやがった。

 正直少し頭にくるが、内容は有益なものだった。

 五月の現在地――脅迫の件はこれでチャラにしてやってもいいか。

 疲労を訴える体に気合を入れて走り出す。

 もたもたして移動されたら面倒だ。

 人の合間を縫って進んでいくと、一花が示した場所の付近にたどり着く。

 辺りを見回すと、建物の壁際に目的の背中があった。

 早足でアホ毛を揺らす五月のもとへ。

 息を整えるのも忘れていた。

 とりあえずは確保して、それから――

 

「み、見つけたぞ、この野郎……!」

 

 ビクッと体を震わせたかと思うと、五月はゆっくりこちらへ振り向いた。

 予想通り呆けて固まっている。

 捕まえるならこのタイミングだ……!

 

「~~っ!」

 

 しかしこちらの接近に反応してか、五月は再度逃げ出してしまった。

 くそっ、結局は追いかけっこか!

 

「待ち、やがれっ」

「どうして、追いかけて、くるのですか……!」

「お前が、逃げる、からだろうがっ!」

「そんなの、知りませんっ」

 

 この駄々っ子め……!

 そんな悪態を口に出す余裕すらなくなってきた。

 何の自慢にもならないが、俺は中野姉妹でもドべの体力を持つ三玖とタメを張れる男だ。

 加えてこれまであちこち走り回って正直、消耗が激しい。

 五月との差は縮まるどころかどんどん開いていく。

 気合は既に入れ尽くしているので、こちらのスピードに伸びしろはない。

 逃げる背中が小さくなっていく。

 このままだと見失っちまう……!

 

「限定スイーツやってまーす! いかがですかー!」

 

 妙に聞きなれた声のような気がするが、どこかの店の呼び込みだろうか。

 惹かれるワードを聞きつけてか、明らかに五月の足が鈍った。

 なんにしてもこれはチャンスだ。

 余力を振り絞って加速する。

 すでに限界だと思っていたが、まだ気合の入る余地があったらしい。

 今度は逃さないようにその手をしっかりと掴む。

 

「捕まえたっ」

「――は、はなしてくださいっ!」

「ぐっ――」

 

 しかし悲しいかな、余力を使い切った俺に五月を取り押さえる力は残されていなかった。

 掴んだ手はあっけなく振り払われてしまう。

 さらに追撃で何かが飛んでくる。

 顔で受け止めると、それは五月のバッグだった。

 そして当の本人は三度逃亡を図り――

 

「――バカ野郎! ちゃんと前見ろ!」

「え――きゃあっ」

 

 ろくに前方を確認せずに走り出したのだろう。

 進行方向に池がある事に気づいたときにはもう遅い。

 盛大に水しぶきを上げて、五月は池に突っ込んだ。

 

「ううぅ~~……つ、冷たい」

「まったく、お前は……まぁ、これで少しは頭も冷えたろ」

「……」

「ほら、立てるか?」

 

 手を差し出す。

 五月は少しの逡巡の後、おずおずと俺の手を取った。

 

「これ使え」

 

 立たせてから濡れ鼠の頭にタオルをかぶせる。

 昨日のような事態を想定して手荷物に入れておいたものだ。

 しかし、濡れてしまった制服はどうしたものか。

 さすがにこのままでいさせるわけにはいかない。

 どこかで着替えが用意できれば……そういえば、うってつけの場所があったな。

 

「行くぞ」

「あっ……」

 

 五月の手を引いて歩き出す。

 今度は振り払われることはなかった。

 

 

 




クッソ長くなるので分割します。
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