フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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修学旅行ラストです。


シスターズウォー・三日目その3

 

 

 

 五月達が扮装の館を出た後、三玖は気づかれないよう距離を取りながらその動向を追っていた。

 筋肉痛が辛いが、他の姉妹がいないため自分で動くしかないのだ。

 見失いそうになることもあったが、幸いな事に五月の行動パターンは読みやすい。

 マップを見て現在地から近い場所にある飲食店を探せば、二人の姿を見つけるのは容易だった。

 

(でも、良かった……)

 

 風太郎と五月が合流するまで色々と策を講じていたが、それが果たされたのならば後は見守るのみ。

 前を歩く二人、特に五月はどこか浮ついた様子ではあるが、その間に流れる雰囲気は悪くないように思える。

 控えめに風太郎の袖を摘んでいるのが、なんとも五月らしくて三玖は胸を撫で下ろした。

 だが同時にチリチリと心の中で主張し始めるものがあった。

 こうなるように仕向けたのは自分だが、いざ目の当たりにすると嫉妬心に火が点いてしまう。

 

(……私だったら手をつないじゃうもん)

 

 対抗意識を燃やして、自分と風太郎が一緒に歩く姿を想像してみた。

 想像の中の風太郎はやたら爽やかで、三玖の手を引いてスマートにエスコートしていく。

 そして場面は飛んで二人はベッドの上。

 情熱的なキスを交わすと、風太郎は三玖の服に手をかけ――

 

「って、違う違う」

 

 なんとか自力で妄想から脱出する。

 二人の背中は見えなくなりそうなほど遠い。

 三玖は慌てて追跡を再開した。

 その後も二人は、飲食店に入っては移動の繰り返し。

 昨日一日ずっとじっとしていた反動か、五月の勢いは凄まじかった。

 逐一店内を確認していた三玖だったが、胸焼けを起こしそうだったので途中からは出入りを見るだけにとどめた。

 甘いものが苦手なので、スイーツ巡りを見せられるのは辛いものがあるのだ。

 そうして何軒か回ったあと、二人はとある施設の前で立ち止まる。

 

『史上最恐のお化け屋敷』

 

 寂れた外観の建物の入口の上、木製の看板でそう掲げられていた。

 ホラー系は五月の苦手な分野である。

 当然ここも避けるだろうと考えていたが、予想を裏切って二人は連れ立ってお化け屋敷へと入っていく。

 五月は縋り付くように風太郎の腕をガッチリとホールドしていた。

 三玖は頬を膨らませるが、今更ここで割り込んでいくわけにもいかない。

 やや離れた位置で二人が出てくるのを待つことにした。

 

「あ、いたいた」

「二乃」

 

 陽動を買って出ていた二乃が合流する。

 三玖は四葉がしていたのと同じように、五月を除いた他の姉妹に現在地を発信していた。

 静観を決め込んでいる一花はともかく、四葉が戻ってこないのは着替え探しが難航しているのだろう。

 

「フータローのお友達は?」

「適当なアトラクションに放り込んできたから、しばらくは大丈夫よ。それより二人は?」

「あそこ」

 

 お化け屋敷を指差すと、二乃は半信半疑といった様子だった。

 五月が拒否しなかったのは三玖にとっても予想外だったので、その反応は無理もない。

 そうして数分後、二人は手をつないだ状態でお化け屋敷から出てきた。

 入った時より密着度は減っているが、むしろ距離が縮まっているように見えた。

 

「ちょっと、なんかいい雰囲気なんですけど」

「羨ましいな」

「この際だから聞くけど、五月が落ち込んでた理由ってそういうことなのかしら?」

「大体そういう方向で合ってると思う」

「はぁ~~……ほんっとわけわかんないわ、あんたも一花も」

 

 自分の負い目を払拭するために四葉の背中を押す一花。

 自分の気持ちに惑う五月のサポートに回った三玖。

 思惑はどうあれ、どちらもやっているのは敵に塩を送る行為だ。

 姉妹を出し抜いてでも自分の恋を全うする考えの二乃には、到底理解しがたい。

 

「二乃だってそうでしょ」

「そんなことだって知ってれば協力なんてしなかったわよ」

「ふふ、どうだか」

「ふんっ」

 

 そっぽを向いた二乃だが、誰よりも姉妹を想っている事を三玖は知っている。

 どれだけ反目しても、結局見捨てるようなことはしないのだ。

 

「……ま、フー君のあんな姿を見れたのは収穫ね」

「私の見立てだけど?」

「あんたのセンスは微妙だけど、なんせ元がいいもの。なにを着たって似合うに決まってるわ」

「前はタイプじゃないって言ってたよね」

「そんな大昔のことなんて忘れたわ」

 

 都合のいいことを言っている自覚はあるが、二乃は意に介さない。

 そもそも以前は敵対者というフィルターが掛かっていたため、印象が悪くなるのはある程度しかたがなかったのだ。

 あばたもえくぼならぬ、えくぼもあばたということだ。

 そういったものをとっぱらえば、過去の写真や金太郎の件が示す通り、顔立ち自体は好みの部類なのだ。

 

「追うわよ。ここまで来たんだから、ちゃんと見届けてやろうじゃない」

 

 二乃を加えて追跡を再開。

 しばらくうろうろと歩き回ったかと思うと、風太郎と五月は人気のない場所で腰を落ち着けて話し始めた。

 そこからやや離れた建物の陰に身を隠し、姉二人は末妹の様子を見守る。

 

「なに話してるのかな」

「もっと近寄ればよかったのよ。真後ろの建物の中ならバッチリだったのに」

 

 三玖としてもそうしたかったのは山々だったが、筋肉痛という事情がある。

 こっそり近づこうとしても失敗して転んでしまう可能性は拭えなかった。

 ゆっくり静かに動くというのは、意外にも筋力を要求するのだ。

 

「わぁ、なんかいい雰囲気なんじゃない?」

 

 二乃と三玖は第三者の声にビクッと身をすくませる。

 いつの間にか現れた一花が、自分たちと同じように五月と風太郎の様子をうかがっていた。

 

「来たなら声かけなさいよ」

「ごめんごめん。二人があまりに集中してるもんだから、なんか声掛けそびれちゃって」

「どうだかね」

 

 実はお化け屋敷を出た少し後ぐらいから、二乃と三玖の後ろにいたのだという。

 二重尾行というシチュエーションを面白がっていたのは内緒である。

 もっとも、そんな考えを見通している二乃の視線は冷たかったが。

 

「もういいの?」

「うん、気になってるものも見れたしね」

 

 一花は目を細めて並んで座る二人を見た。

 五月は果たしてどのような結論を出したのだろうか。

 偉そうにあれこれ言った身としては気になるところだった。

 

「早くしないと人が来ちゃうじゃない。あーもう、やきもきする!」

「二乃、ちょっと静かにして」

「あはは、準備中の立札置いといたし、しばらくは大丈夫だよ」

 

 こういった如才ないフォローは一花の得意とするところである。

 それは自分が長女であることを意識して過ごす中で培われたものでもある。

 立場が人を作る、という言葉の一例だろう。

 それならそうと少しは生活態度のだらしなさを改善して欲しい、というのが妹たちの意見だ。

 二人の視線からその意図を読み取ったのか、一花はたじろいだ。

 

「ほ、ほらほら、ちゃんと見守ってないと――って、あれ?」

 

 ごまかすように指を差した先にいる風太郎と五月の異変に一花が気づいた。

 つられた二人が目を戻すと同時に、乾いた音が響く。

 右手を振り抜いた格好の五月と、顔を横向きにして固まっている風太郎。

 二乃が言うところの、ドメスティックバイオレンス肉まんおばけのビンタ――略してドメ肉ビンタが炸裂していた。

 唖然とする三人だったが、五月が風太郎を揺さぶり始めたのを見て思考停止から復帰した。

 

「え、ちょっと、なによあれ」

「……多分、またフータローがなにか言ったんだと思う」

「それは言われなくてもわかるわよっ」

「二人とも、とりあえず落ち着こうよ」

 

 風太郎の失言自体は珍しいものではない。

 ビンタまで飛び出すのはあまりないが、デリカシーのない言動が五月を怒らせた事は枚挙に暇がない。

 そういう場合は大抵言い合いに発展するのだが、今は風太郎がなすがままにされている。

 同時に聞こえてくる五月の罵声に、三人は固唾を飲んで見守った。

 しばらく続いたそれもやがて止み、五月は風太郎から手を離さずに俯いてしまった。

 震えている肩を見れば、泣いていることは明白だった。

 

「あんなの、見てられないわ……!」

「待って」

「離して一花。あんた、あれ見てもなんとも思わないって言うの!?」

「もう少しだけでいいから、五月ちゃんに時間をあげて」

「……あと一回叩いたら問答無用で止めるから」

 

 一花の遊びのない声。

 尋常じゃない事態だということは明らかだが、二乃は矛を収めた。

 不安を紛らわすように、三玖は手を握り締めた。

 

(フータロー、どうしちゃったの?)

 

 三玖には二乃の焦りがよく理解できた。

 泣いている五月は心配だが、風太郎もどこかおかしい。

 上の空というか、心ここにあらずといった様子なのだ

 ぶっきらぼうで、ともすれば人を遠ざけるような発言をする風太郎だが、泣いている相手を放っておくような事はしない。

 先程も全く反論する様子を見せなかった事も含めて、普段とは明らかに違う。

 今日の作戦は風太郎への信頼から成り立っているが、それは重荷だったのだろうか。

 

(フータロー君、もしかして昨日のアレを気にしちゃってるのかな……?)

 

 二乃と三玖が不安を募らせる中、一花は気まずい思いを内心に引っ込めた。

 昨日の一件はまともな状態じゃなかったという言い訳が立つが、風太郎の中ではそれで済まなかったのだろうか。

 それをネタに行動を強制したことも裏目に出てしまったか。

 不安と焦燥が三人の心をジワジワと侵食していく。

 永遠にも思える時間は、五月が顔を上げた事によって唐突に終わりを告げた。

 

「五月とフータロー、なに話してるんだろうね」

「さぁ、でも悪い雰囲気じゃないよね」

「あーあ、残念。もうちょっと黙ってたら邪魔してやったのに」

 

 二乃の発言は露悪的だが、内心は誰よりもホッとしていた。

 もちろんそれがわからない姉妹ではないので、ほか二人の視線は生温かい。

 

「なによ」

「ううん」

「別にー?」

「ぐっ……こ、こっち見てないでむこうを気にしなさいよっ」

 

 頭を掴まれて無理やり視線を戻される二人だが、飛び込んできた光景にすぐに釘づけになった。

 それは二乃も同じで、三人は口を開けたまま固まってしまった。

 視線の先の二人……風太郎と五月が密着していた。

 そして事態はそれだけに留まらず――

 

「あっ」

「わぁ、大胆」

「……やったわね」

 

 重なり合う唇と唇。

 五月が自分の想いを伝えられた事に三人は安堵した。

 そして同時に湧き上がるのは複雑な感情だった。

 

「どうすんのよ、ライバルが増えちゃったじゃない」

「どうしようもないよ。好きになっちゃったんだもん」

「だね。こんなに好みが重なるって、私たちにしては珍しいんじゃない?」

「ま、フー君を一番好きなのは私だけど」

「ぽっと出が偉そうに言わないで。一番は私」

「わかってないなぁ、フータロー君のことを一番わかってあげられるのは私だよ?」

 

 二乃は想いの強さ、三玖は育んだ時間、一花は似通った立場からくるシンパシー。

 互いに引かず、交わる視線は中空で火花を散らす。

 だがそれも一瞬の事で、次の瞬間に三人は同時に笑みを漏らした。

 競い合うライバルで、だけど共に歩む仲間で大切な姉妹。

 そんな当たり前で大事な事に気づけた瞬間だった。

 

「えっと、三人ともなにやってるの?」

 

 建物の陰で笑い合う姉三人。

 今しがた到着したばかりの四葉は戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

「あなたという人は本当にデリカシーがありませんね!」

「俺のデリカシーの前に自分の常識を疑え」

 

 縁台に座り直した俺は、隣に同じく座り直した五月に叱られていた。

 とはいっても、いきなり子供だの結婚だのというワードを耳にしたら身構えるのが当然だ。

 まぁ、告白自体は……その、悪い気はしなかったが。

 

「それよりも、もっとなにかこう……あると思うんですけどっ」

「告白の返事か?」

「そ、それはまだ心の準備が出来てないというか、とりあえず伝えるだけ伝えておきたかったといいますか……」

 

 五月が告白の返事を求めてこないのは正直ありがたかった。

 なんせ誰も選ばないというある意味最も安易な選択を一蹴された今、これから各々と向き合う必要があるからだ。

 そもそも自分の中に確固たる答えを見出していないのに答えられるはずがない。

 優柔不断と謗られようが、ここを妥協してしまうほど俺はあいつらを軽く見ていない。

 

「じゃあなんなんだよ」

「私、ファーストキスだったんですけど! その、なにか感想とか、あるんじゃないんですか……?」

「ああ、うん……」

 

 キスの感想を求められてもどう答えればいいのやら。

 他の姉妹と比べたら、またデリカシーという言葉が飛んできそうだ。

 五月を受けとめた時、唇が重なった時の感触を思い出す。

 離れがたい柔らかさと、食べた甘味のクリームの味。

 ……なにこれ、めっちゃ恥ずかしいんだが。

 こんな恥ずかしいのにその上感想をよこせとかぬかしてんのか、こいつは。

 熱を持った顔を隠すように手で覆う。

 

「……柔らかくて、甘かった」

「~~っ」

 

 正直な感想だったが、いささか小学生の作文じみている。

 勉強で培ったはずの持ち前の語彙力がどこかに吹き飛んでいた。

 聞きたがっていた当の本人は顔を赤くしたままうつむいて、プルプルと震えていた。

 いや、恥ずかしいなら聞くなよ……

 

「ううぅ……私ばっかりこんなに恥ずかしい思いをするのは不公平ですっ」

「お前のはほとんど自爆だろうが」

「そもそも上杉君が動じなさすぎなんです! まさか、私以外の姉妹とも……」

 

 動じていないわけではなかったが、慣れがないといえばまた嘘になる。

 だがそれを正直に言ったところで話がこじれるのは目に見えていた。

 沈黙は金――黙っていた方が良い事もある、ということだ。

 ここは口をつぐむことで、五月の疑惑の眼差しをやり過ごすとしよう。

 

「黙っているということは、心当たりがあるみたいですね。手を出したという自己申告もありましたし」

「……」

「目も泳いでますね。……上杉君のキス魔」

 

 だが一方で沈黙は肯定とみなす風潮も存在する。

 そして目は口ほどに物を言う、とも。

 キス魔という呼び方に対しては物申したいが、下手に反論しても泥沼にハマるのがオチだ。

 俺には事実としてそれだけの実績があるからだ。

 仮に、それ以上の行為があったと伝えればどうなるのだろうか。

 またぶっ叩かれるのか、それとも私もと言って迫ってくるのか。

 今日のこいつの行動は予想外が多すぎて、正直どう出てくるのかが見えない。

 ともかく、言い訳を重ねるのはかえって疑いを深める結果になるだろう。

 ここで必要なのはそう、話題の転換だ。

 

「そういえば、お前着替えはどうするんだ?」

「うっ……お店の方の好意で制服を干してもらっているのですが……」

「まぁ、まず間に合わないだろうな」

 

 あれだけびしょ濡れでは、乾燥機にでもかけない限り集合時間までには乾かないだろう。

 すると、このままでは濡れた制服に袖を通して帰る羽目になるな。

 いや、そもそも下着の類はどうしたんだ?

 まさか今、着物の下にはなにも――

 

「ど、どうしたんですか?」

「い、いや……ちょっと虫がとまっててな」

 

 頭に浮かび上がりそうになる五月の裸体を、自分の太ももに手を打ち付けて痛みで消し飛ばす。

 一花と致した経験がこの手の想像にリアリティを加えていた。

 五つ子である以上、体つきも似通っているのだろう。

 むしろこいつの場合はもっと肉付きが良くて――

 

「う、上杉君!?」

「だ、大丈夫だ、心配するな……」

 

 いきなり自分の頬を殴り出すやつがいれば、心配するなと言われても無理な話だ。

 なにを隠そう、俺の事なわけだが。

 とにかく、痛みで邪念が引っ込んでいる隙に話を進めるとしよう。

 

「俺のジャージでよければ貸してやれるが、どうする?」

「え、そもそもなんでジャージが出てくるんですか」

「昨日は予報外れの大雨に降られたからな。備えあればってやつだ」

 

 こいつが池に落ちた時に貸したタオルも、元はといえばその備えの一つだ。

 もはや雨が降る気配はないが、こういう形で使われるなら無駄足にはならないだろう。

 

「ジャージ……上杉君の……」

 

 こちらとしては名案だと思ったのだが、五月は考え込んでしまった。

 目立った汚れはないとはいえ寝間着に使っていたのは確かだし、女子としては気になるポイントなのかもしれない。

 よくよく考えてみればサイズもぶかぶかだし、見た目的にもちょっと……という感じか。

 ここまで気を使えるようになった今、もはやノーデリカシーという不名誉は返上してもいいのでは?

 

「まぁ、抵抗があるなら無理には――」

「是非っ、お借りしますね!」

「勧めない、けど」

「私も他の姉妹も着替えはありませんし濡れた制服のまま帰るのは論外ですしバスから荷物を出して運転手さんにお手数をかけるのもどうかと思うのでそれでいいと思います!」

「お、おう」

 

 早口の上にノーブレスだった。

 なにがこいつをここまで駆り立てるのかはわからないが、必要だというのならそれでいいか。

 リュックからジャージを取り出し、適当な袋に入れてやる。

 袋は昨日と一昨日の買い物でもらったものが残っていた。

 持ち前の貧乏性が幸いしたというわけだ。

 

「……」

「そんなじっくり見ても食べ物は入ってねぇぞ」

「わかってます! まったく……」

 

 このままだとまたいつもの言葉が出てきそうなので、これぐらいにしておく。

 ともかく、早いところ五月を他の姉妹と合流させたい。

 俺にも心の整理をする時間が欲しかった。

 つーかなんでこうも立て続けに……

 この修学旅行では色んなことがありすぎた。

 三玖の告白、一花とのゴニョゴニョ、そして五月の告白。

 二乃に関しては好きにさせていたらどうなっていたことか。

 なにもなかった……というわけではないが、心の負担がなかったのは四葉と一緒にいた時だけだ。

 あのお人好しの馬鹿は妹を放ってなにをしているのやら。

 

「ん……?」

 

 何気なく目を向けた先、建物の陰から飛び出したリボン。

 噂をすれば影がさすと言うが、さすがにこれはできすぎだろう。

 思えば五月を追えと言ってきたのも四葉だ。

 あいつ単独でそんな立ち回りをするかといえば微妙なところだから、恐らくは複数犯だ。

 つまりはさっきのあれこれも全部筒抜けだったということか。

 羞恥心と共に、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じる。

 いつまでも思い通りに出来ると思ったら大間違いだ……!

 

「五月、携帯借りていいか? ちょっと連絡取りたい」

「構いませんが、あなたのお友達の番号は登録されていませんよ?」

「いいから」

 

 差し出された携帯を手に取る。

 ご丁寧に番号入力画面にしてくれていた。

 だが連絡先から引っ張り出したほうがもっと早い。

 四葉の名前を選んで電話をかける。

 

「わっ、わっ」

 

 着信音が流れたかと思うと、建物の陰から四葉が飛び出してきた。

 いきなり鳴り出した携帯に驚いたのだろう。

 バッチリと目が合う。

 笑ってごまかそうとしていたがもう遅い。

 バレたと悟ってか、残りの姉妹もぞろぞろと出てきた。

 

「バカっ、音消しとけって言ったでしょっ」

「ご、ごめ~ん」

「リボン、隠しといてって言ったのに」

「もう大丈夫かなって思って~~」

「あはは、二人とも奇遇だね」

「え、みんな……どうしてここに?」

 

 呆然とした五月に携帯を返す。

 さて、これで俺がここにいる必要はなくなったわけだ。

 つーか、このままじゃいたたまれないというのはある。

 あいつらへの仕返しは、課題の量を増やすことで対応しよう。

 そうと決まれば、邪魔者は去るのみだ。

 

「せっかくの姉妹水入らずだ。残り少ないけど、修学旅行を楽しんどけよ」

「私は、もう少し二人きりでも……」

 

 五月は何かを言いたそうにしていたが、これで一応の目的は果たした。

 絡まれる前に中野姉妹に背を向けて歩き出す。

 さて、うちの班員はどこにいるのやら。

 

「あ、ようやく見つけたぞコラ」

「ははは、上杉君はよくはぐれるね」

 

 少し歩くと前の方に見知った……いや、見覚えねぇわ。

 前田らしき人物は忍者の衣装なのか、目元以外はほとんど隠れてしまっていた。

 武田らしき人物は武士の仮装なのか、頭は立派なちょんまげスタイルだった。

 思いっきり満喫してんな……まぁ、俺も人のことは言えないか。

 

「おや? あそこにいるのは中野さんたちだね」

「お、チャンスじゃねーか」

「いい、今はそっとしておけ。とりあえずは男三人で回ろうぜ」

 

 せっかく合流したのに、忍者の格好をした怪しい男がうろついていては台無しだろう。

 カメラ片手に姉妹に近づこうとする前田の後ろ襟を掴んで止める。

 

「まぁ、お前がそういうんだったらいいけどよ」

「それにしても上杉君、その衣装は新選組かい? 似合ってるね」

「やめろ、恥ずいわ」

「どこ行くよ? つっても俺らは探してるうちに結構回っちまったぞコラ」

「でも、お化け屋敷には入ってなかったね、たしか」

「俺はもう入ったんだが……」

 

 

 

 

 

「ううぅ……ま、まさかみんながこんなに近くにいるとは」

「だから偶然だよ偶然。ね、みんな」

「私は着いたばかりでなにがなにやらさっぱりだよ!」

「そうね、私もさっぱり」

「うんうん、あっちこっち気になるところがいっぱいで夢中だったし」

 

 今来たばかりという体の姉たちに五月は胸を撫で下ろした。

 風太郎と二人きりの場面はともかく、キスをしていたのを見られていては気まずいどころではない。

 今でも大胆すぎたのではないかと顔が熱くなってしまう。

 はしたないと思われていないだろうか、という葛藤もあった。

 思い出し赤面している五月の肩に二乃が手を置く。

 そして顔を寄せて語りかけた。

 

「ともかく、調子が戻ったようで安心したわ」

「二乃……心配かけちゃってごめんなさい」

「いいわよ別に。でも、これからは手加減なんてしてあげないから」

「え――」

 

 その言葉の意味に理解が追いつく前に、二乃は離れていった。

 事実上のライバル認定である。

 二乃の宣告に肩をすくめると、一花は五月の頭に手を置いて優しく撫でた。

 

「よしよし、頑張ったね」

「……正直、一花の言ったようにできるかどうかはわかりません」

「いいんだよ、あれはただの思いつきだし」

「でも、お母さんに恥じないように彼と向き合っていきたいと思います」

「うん、五月ちゃんはそれでいいんじゃないかな」

 

 穏やかに笑いかけると、一花は後ろの三玖を目で促した。

 それに応えるように歩み寄ると、三玖は全体重を預けるように五月に抱きついた。

 

「み、三玖?」

「実は筋肉痛で立ってるの結構辛い」

「……頑張ったんですもんね」

「うん、頑張ったよ。私も、五月も」

「私が自分の気持ちに向き合えたのは、三玖の言葉があったからです」

「中々一花や二乃のようにはいかなかったけどね」

「そんなことないです。三玖は私が蔑ろにしていた想いを、誰より気にかけてくれました」

 

 三玖の背中に手を回して強く抱きしめる。

 言葉と想いが確かに伝わるように。

 

「ありがとう、三玖」

「……また泣いてる」

「い、いいじゃないですか! こうしていられることが嬉しいんです」

「五月は甘えんぼうだね」

 

 まだ中野姉妹の母親が生きていた頃、五月はよくこうやって母親にくっついていた。

 それを思い出して三玖は笑みを漏らした。

 そしてしばらく、あやすように背中を撫で続けた。

 五月が落ち着いたのを見計らって体を離し、目元を拭ってやる。

 

「でも、さっきみたいなことを見逃すのは今日までだから」

「さっきみたいなこと?」

「フータローと五月がしてたこと。マウストゥマウス」

「え、もしかして全部……」

 

 三玖が発する威圧感に五月は顔を青ざめさせた。

 しかし見られていたと思うと羞恥心がわいてくる。

 青くなったり赤くなったりでわけがわからなかった。

 せっかくのフォローを台無しにされた一花は後ろで力なく笑った。

 二乃は三玖と概ね同じ考えのため、五月に助け舟を出すようなことはしなかった。

 そしてさっぱり事情がわからない四葉は、自分の用件を済ませることにした。

 

「ところで五月、着替え用意してきたよ」

 

 そう言って紙袋から取り出したのは一枚のTシャツだった。

 どこぞのアニメとコラボしているのか、チーム名のようなものがど真ん中に鎮座している。

 なぜはぐれていたはずの四葉が着替えを持って現れたのかはわからないが、インナーはありがたかった。

 さすがに素肌の上に借りたジャージを着る勇気は五月にはなかった。

 

「あと、下の方は中々良いのが見つからなかったんだけど……」

 

 続いて取り出したのは大きめのバスタオルだった。

 何に使うつもりなのかと他の姉妹が首をかしげる中、四葉はそれを自分の腰に巻いて結んで見せた。

 大胆にスリットの入ったスカートに早変わりだ。

 

「どうかな?」

「わぁ、ダンサーみたいだね」

「きゃ、却下です!」

 

 クルッとその場でターンを決めた四葉に一花は感心していたが、認めるわけにはいかない。

 肩出しのファッションは好みだが、脚の露出には羞恥が募る。

 五月としては譲れないラインだった。

 そもそも借りたジャージがある以上、そこまでする必要はないのだ。

 

「ちょっと四葉、肝心のものを忘れてるんじゃない?」

「そう、見えないとはいえ一番大事」

「ふふん、そこはぬかりなしだよ!」

 

 二乃と三玖の指摘に不敵に笑うと、四葉は紐付きの細長い布を取り出した。

 日本の伝統的な下着――ふんどしである。

 

「ぜ、絶対却下です!」

「私もどうかと思ったけど、下着はこれぐらいしか見つからなくて」

「下着は自前のものがあるので大丈夫です」

「え、そうなの?」

「その、何かあるといけないと思って一セットを……ほら! 昨日のような大雨が来たら大変ですし」

「なるほど」

 

 四葉は納得したが、上三人の目は鋭くなった。

 そもそも雨に濡れることを想定するなら、その他の着替えも用意するのが自然だ。

 女子が換えの下着だけを用意する意味といえば――

 

「下着チェーック!」

「えっ、えっ?」

 

 一花の号令で二乃と三玖が動いた。

 困惑しているうちに五月は左右から取り押さえられてしまった。

 そして一花が着物の裾を捲って中を覗き込む。

 

「うわっ、エロエロだ」

「五月、あんた……」

「最初からヤル気満々だった?」

「ち、違うんです! これには事情が――ひっ」

 

 必死に弁明を試みる五月だったが、左右からの威圧にすくみ上がってしまった。

 とてもじゃないが、話を聞いてもらえる雰囲気ではなかった。

 既に風太郎とヤル事を済ませている一花は苦笑し、離れて成り行きを見守った。

 四葉は修学旅行前の買い物を思い出し、あの時のかと一人で更に納得していた。

 

「と、とにかくっ、Tシャツだけあれば大丈夫ですからっ」

 

 姉二人の手から逃れると、五月はTシャツを受け取って守りの姿勢に入った。

 その小動物を思わせる挙動に、二乃と三玖は顔を見合わせて肩をすくめた。

 しかしここでさらなる起爆剤が投下される。

 

「そういえば五月ちゃん、フータロー君からなにか受け取ってなかった?」

「ええ、実は上杉君が着替えにジャージを貸してくれて――」

 

 瞬間、上三人の目の色が変わった。

 

「思ったんだけどさ、私たちの制服なら五月ちゃんも着られるよね?」

「そうね、可愛い妹をジャージ姿で歩かせるなんて心が痛むわ」

「うん、だから私が五月の代わりになるよ」

「ダメです! これは私のだから絶対に渡しません!」

 

 にじり寄る三人に対して五月は断固たる態度で臨む。

 その目には決意が満ち溢れていた。

 

「いや、五月のじゃなくて上杉さんのだよね」

 

 ヒートアップする四人。

 その場で一人だけ冷静な、もとい置いてかれ気味な四葉の言葉は届きそうになかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっぱいつもの格好だと落ち着くな」

 

 三度目の扮装の館の前で軽く体を伸ばす。

 数時間ぶりの制服は中々の着心地だった。

 衣装を返す際にやたらと店員に絡まれたが、やはり五月との関係を勘違いされていたようだ。

 こちらが何を言おうと照れ隠しと取られてしまうため早々に弁明は諦めた。

 おかげであれやこれやと質問をかわすうちに疲労がドッと溜まってしまった。

 女というのは大人になってもそういう話題が大好物なのだろうか。

 

「フータロー君、ちょっといい?」

「……お前か」

 

 横から声がかかる。

 一花が壁に背を預けて立っていた。

 俺が出てくるのを待っていたのかもしれない。

 正直気まずい。

 気まずくはあるが、逃げるという選択肢を却下された以上、向き合うしかない。

 いっそ開き直って、自分から近づいていく。

 

「体の調子はどうだ?」

「あ、心配してくれるんだ」

「お互い、散々雨に降られたからな」

「林間学校のときも二人してびしょ濡れだったよね」

「あの時は悪かったな。俺の風邪を移しちまった」

「つまり、今回は更に粘膜が濃厚接触したから心配になったと」

「言い方」

「じゃあエッチ、セックス、性交、不純異性交遊?」

「もういい黙れ」

 

 容赦なく飛び出てくるワードに頭を抱える。

 それらに該当する事実があったのは確かなのだが、こうも突きつけられるとダメージが大きい。

 なんなら言った本人も顔を赤くしていた。

 こいつ、自爆を覚悟してまで俺をからかいに来てやがる……!

 

「あの時はお互いマトモじゃなかったんだ。忘れろとまでは言わないが、あまり深く考えんなよ」

「え、やだよ。せっかくの経験だもん、演技にフィードバックさせたいし」

 

 芸の肥やし、という言葉が思い浮かぶ。

 なるほど、確かに自分の経験から演技の引き出しを増やしていくのは役者のスキルアップとしては順当だ。

 そうやって日常を糧にすることで、一花は女優として成長しているのかもしれない。

 そしてそれはこいつの夢のためには必要なことであり、応援すべきなのかもしれない。

 

「……」

 

 だがしかし、胸の内にはモヤモヤとした、何とも言えない不快感が立ち込めていた。

 女優としてやっていくのなら、他の俳優と恋人や夫婦を演じる事もあるだろう。

 その際に、やはり俺との経験を活かして演技していくのだろうか。

 そんな事を考えてしまった。

 どうやら俺は、一花に対して一丁前に独占欲を抱いているらしい。

 バカバカしい話だ。

 そもそも自分のものでもないのに独占欲なんて筋が通らないにも程がある。

 少なくとも一花の想いに応えていない俺に、そんな資格はない。

 

「まためんどくさいこと考えてるでしょ」

「別に」

「フータロー君って結構わかりやすいよね」

「うるせー」

 

 こちらの顔を下から覗き込んでニヤニヤしてる一花から全力で顔を背ける。

 これ以上は、自分の奥にある感情まで見透かされてしまいそうだった。

 

「安心してよ。当分はそういうのNGにしてもらうから」

「何の話やら」

「ほら、キスシーンとか」

「……別に気にしちゃいないが」

「じゃあ、そういうことにしとくね」

 

 いまいち納得できない言い回しだが、これ以上は確実に墓穴だ。

 手心を加えられた形になったのは正直気に食わないが、無謀にも突っ込んで一花にカウンターの機会を与える気はさらさらない。

 

「ちなみにさ、私たちが六年前に会ってるって言ったら、信じてくれる?」

「またそれか。答えは昨日と同じになるぞ」

「いいからちょっと考えてみてよ」

 

 一花の声のトーンが真剣味を帯びた。

 表情は変わらないのに、それだけでまとう雰囲気がガラリと変わった。

 これも女優業で培った表現力なのか。

 それとも、この問いは一花にとって重要な意味を持っているのか。

 それならば、適当に返すのは愚策だろう。

 今一度、零奈――六年前の女の子について考える。

 面倒な事態から俺を助け、一緒に京都を回り、今に続く約束を交わした少女。

 はぐれた者同士の俺達だったが、むこうはいち早く迎えが来て、俺も便乗する形で世話になった。

 そして俺の迎えが来るまでの短い時間だが、一緒にトランプをして過ごした。

 言うまでもなく五つ子の誰かだが、当時は見た目が全く同じで言動にも今ほどの違いはなかったのだという。

 それこそ途中で入れ替わっても気付くことはなかっただろう。

 

「信じるというほどじゃないが、ありえなくもないってところだな」

「昨日みたいにバッサリ切り捨てないんだ」

「よくよく考えたらお前らのことだし、入れ替わってイタズラなんてのもしょっちゅうだったんだろ」

「うっ、否定できない……」

「仮にどっかのタイミングで入れ替わられても、知り合ったばかりのやつに見分けられるわけがない。まぁ、そういうことだ」

「う~ん……まぁ、そうなるかぁ」

 

 一花はどことなく不満そうだ。

 求めていた答えではなかったのかもしれない。

 俺はただ可能性を挙げただけだから無理もない。

 テストで満点が取れるのは、きちんと勉強すれば解けるように設計されているからだ。

 しかし人生で直面する問題はそうじゃない。

 満足に判断材料さえ与えられないまま決断を迫られる事も珍しくない。

 仮にその時は完璧だと思える答えを出したとして、後になってもっと良いやり方が見つかるなんて事もあるだろう。

 決断にはいつだって後悔が付きまとう。

 それなら出し惜しみはもったいない、か。

 先程の可能性の中であえて言及しなかった部分。

 入れ替わっていたとして、その具体的なタイミング。

 俺は今、はっきりとしない答えを提出しようとしている。

 以前の――六年前の俺だったら物怖じしなかっただろうか。

 それは子供ゆえの無知や無謀なのかもしれないし、あるいは勉強に固執して切り捨てた物の一つなのかもしれない。

 外れれば大恥だし、しばらく顔を合わせたくなくなる自信がある。

 ……くそっ、こいつらといるとこんなのばっかだな!

 

「七並べ」

「――え?」

「旅館に着いていったはいいが放置されて退屈で……まあ、心細いってのも少しあった」

「……」

「そんな時に会いに来てくれたやつがいてな。実を言うと、そいつにも感謝してる」

「なんで、今その話を?」

「なんでだろうな」

「……ずるいなぁ」

 

 なにがずるいのかはサッパリだが、ともあれ考えられる答えは出した。

 他の姉妹と入れ替わったのなら、あのタイミングしか考えられない。

 正解か不正解か。

 一花は下に向けていた顔を上げると、俺の手を取った。

 

「私の初恋の話、興味ある?」

「え、ないけど」

「そこはウソでも興味あるって言おうよ!」

「はいはいあるある、めっちゃある」

 

 正直に言えば、興味がないというより聞きたくない。

 過去の話とはいえこいつにそういう相手がいたという事実は、俺のくだらない独占欲を刺激する。

 なんでいきなりこんな話を……

 どの道手をしっかりと掴まれているため、話を聞かなければ動けそうにない。

 やはり少し体を鍛えるべきかもしれない。

 

「まぁ、いかにも不良って感じの見た目でね? 遊び慣れしてるっていうかさ」

「うんうん」

「元は妹の知り合いだから気になってたんだけど……ほら、五つ子だから間違われちゃってさ」

「なるほど」

「言わなかった私も悪かったんだけど、一緒に遊んでるうちにそんなの気にならなくなっちゃって」

「すごいな」

「違う学校の男の子だったし、それっきりでまったく音沙汰無かったんだけどね」

「あるある」

「何年か経ってまた会えたけど、イメチェンしてて全然わかんなくてさ」

「お前は悪くない」

「去年の林間学校の肝試しの時にさ、金髪のカツラかぶってるの見てやっと気づいたんだ」

「なる、ほど?」

 

 できるだけ聞き流す姿勢で臨んでいたが、どうにも引っかかるワードがあった。

 去年、林間学校、肝試し、金髪のカツラ。

 去年の林間学校の肝試しで金髪のカツラをかぶっていたのは、他でもない俺だ。

 そうなれば、それ以前の話も変わってくる。

 妹――恐らく零奈の知り合いの見た目不良の違う学校の男子が数年経ったらイメチェンしてた。

 ……俺じゃん。

 つまり、このくだりは俺の回答への答え合わせだ。

 

「すごいね。私の初恋もファーストキスも初体験も、全部フータロー君だよ」

「……遊び慣れしてるってなんだよ」

「えー? だってトランプのシャッフルとかすごい手馴れてたし」

「そういう意味かよ」

「むふふ、どういう意味だと思ったのかなー?」

「うるせーうるせー」

 

 再びニヤニヤしだす一花。

 中野姉妹で長女が一番厄介だという印象は変わりそうもない。

 しかしやられっぱなしというのも癪だ。

 逆に引き寄せて、顔を近づける。

 

「あんまり調子に乗ってると、また犬に噛まれるぞ」

「むしろウェルカムだけど」

 

 しかし一花は動揺するどころか、俺の頬に口付けて挑発的に笑った。

 

「……」

「今度はお互いまともな時にしたいしね。あ、帰ったらラブホデビューしてみる?」

 

 見事にカウンターを食らった俺は沈黙。

 今回はもはや逆転の目は見つかりそうになかった。

 

 

 

 

 

『本日はご乗車いただきありがとうございます。まもなく京都駅に到着いたします』

 

 バスのアナウンスが修学旅行が終わりつつある事を知らせてくる。

 カウンターのダメージから立ち直れない俺は、ただただ項垂れていた。

 

「お疲れの様子だね。余程修学旅行が楽しかったのかい?」

「……少なくとも忘れられない思い出はできたがな」

 

 振り返ってみれば、やはり中野姉妹に振り回された感が強い。

 結果としてさらなる気苦労を抱えることになってしまった。

 反面、男三人で回っていた時の気楽さが忘れられない。

 気安い関係の貴重さを実感した旅行でもあった。

 

「なーに遠い目してやがんだよコラ」

「友情って素晴らしいな」

「いきなりなんだぁ? 正直怖ぇぞ」

「ふ、ふふ……ようやく気づいてくれたか上杉君!」

「オメーはいきなり大声出してんじゃねーよコラ」

「はいはい、バスではお静かにな」

 

 武田が興奮するとやかましいのはいつもの事だが、前田の声も十分でかい。

 俺の班は武田がいることに加えて、俺や前田のようなはぐれ者がいるので少々目立つのだ。

 外面的には、まともに班を組めそうにない俺たちを武田が救済した、と見られているらしい。

 ……俺に関してはあながち間違いでない事が悲しいぜ。

 なんとも人望のない学級長なのである。

 バスの通路へ顔を出し、後ろの様子をうかがう。

 ホテルを出た時と一緒で俺の席はバスの前列、中野姉妹は最後列だ。

 女子の一部がこちらに目を向けていたが、俺と視線が合うと露骨にそらされてしまった。

 これはまたわかりやすいことだ。

 問題の中野姉妹は……真ん中に五月が座っている事ぐらいしか確認できなかった。

 少なくともこちらを気にしている様子は見られない。

 むしろ目を開けていなかった、というか寝ていた。

 今日は色々ありすぎて疲れたのだろう。

 ちなみに、ダボダボの学校指定のジャージを身につけた五月はものすごく目立つ。

 左胸の部分に俺の名字の刺繍があるが、それを見咎められやしないかと冷や汗をかいていた事は内緒だ。

 思いついたときは名案だと思ったが、もう少しよく考えるべきだったかもしれない。

 ともかく、じきに修学旅行は終わる。

 俺にとっては色々と思い出深いものになりそうだが、あいつらにとってはどうだろうか。

 

「そういえば一昨日、ホテルでちょっと騒ぎがあったみたいだね」

「盗撮の件か?」

「悪ィ、ミスった」

「……やっぱりお前か」

 

 盗撮の件に関して、二日目の開始時に教員から注意があった。

 それを聞いてまさかとは思ったが、下手人はここにいたようだ。

 

「まったく、もう少しうまくやりたまえ」

「つい先走っちまった」

「まぁいい、俺が頼んだんだからな」

 

 修学旅行の初日、俺は新幹線の中で武田と前田にある頼み事をした。

 それはインスタントカメラで中野姉妹の旅行中の姿を撮影する事だ。

 学校がカメラマンに頼んで生徒全体にやっている事を、あいつらに絞ってやってもらったわけだ。

 なんのためかと言われれば、渡しそびれた誕生日プレゼントを用意するためだ。

 修学旅行前かららいはにせっつかれていたが、五人全員分ともなればアイディアも資金も追いつかない。

 そこで俺は五人が等しく共有できるもの――思い出に着目した。

 インスタントカメラ代と写真の現像代は痛いし、あいつらが贈ってくれたものからは見劣りするかもしれない。

 それでも贈るべきだし、贈りたいとも思った。

 この旅行中は本当に色んな事があった。

 あいつらにとっては楽しい事ばかりではなかっただろう。

 しかし最後は五人一緒に過ごしていた。

 土砂降りの雨の後は、きっと土はより固くなるはずなのだ。

 バスが停車する。

 京都駅に着き、後は再び新幹線に乗って帰るだけだ。

 ぞろぞろと降車していく生徒を見送りながら、中野姉妹を待つ。

 せめて最後に一言だけでも声をかけておきたかった。

 しかし、降りる生徒が切れても中野姉妹は動かない。

 

「あいつら、まさか……」

 

 様子を見に行ってみると、案の定五月だけでなく全員が寝ていた。

 真ん中に座る五月にしがみつくように寝ているが、どんな寝相をしているのやら。

 もしかしたら散々スイーツを食べまくったせいで、体臭が甘くなっているのかもしれない。

 匂いを嗅ぐように手足にしがみついているように見えなくもない。

 姉四人に群がられた末っ子は若干寝苦しそうにしていた。

 ともあれ、貴重なワンシーンである事には違いない。

 

「はい、チーズ」

 

 インスタントカメラ、そして自分の携帯に五つ子の寝姿を収める。

 さて、こいつらがこの写真を見た時の反応が楽しみだ。

 自分の携帯にも残した理由はまぁ――

 

「せめて今は、な」

 

 俺のちっぽけな独占欲、これに尽きるだろう。

 

 

 




書いてて思ったけど、ちょっと長女強すぎませんかね?
当初の予定じゃもう少し出番抑えるつもりだったのに、気がつけば肉体関係に……

それはともかくとして、次あたりは四葉の出番が多めになると思います。
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