というわけで今回は前編です。
修学旅行後の休日、即ち土曜。
諸事情により家庭教師の業務は休みにしている。
色々ありすぎて心身ともに疲れ果てたというのもあるが、単純に休日のうちに済ませておきたい用事があったのだ。
中野姉妹への思い出という贈り物――具体的に言えば修学旅行のアルバムだが、作成するにも中身を用意する必要がある。
最近は写真のデータさえあればコンビニ等でプリントができるらしいが、うちにはデジカメを用意する余裕はないし、手持ちの携帯では機能的に厳しいものがある。
そこで俺が用意したのはインスタントカメラ。
つまりはどこかに頼んで現像してもらわなければいけない。
この時代に逆行するような清貧さは中々に涙を誘うものがあるぜ……
正直に言えば、その現像代すら懐事情を鑑みれば痛手だった。
「おう、朝っぱらから湿気たツラしやがって」
「親父が朝っぱらからカラッとしすぎなんだよ」
いつもは昼夜平日休日関係なく仕事に出ている親父だが、今日は珍しく休みだ。
だからか、今日の上杉家の朝はどことなくまったりしたものになっていた。
「二人ともー、朝ごはんにするから運んでー」
我が家の小さなシェフがお玉を片手に手伝いを催促してきた。
親父と二人で食卓に食器を運ぶ。
「「「いただきます」」」
そして三人で手を合わせて食べ始める。
今日のメニューは白米に味噌汁、焼き魚にだし巻き卵だ。
一汁二菜、まさに和食といったラインナップだ。
しかし、これだけ豪勢な食事を出されると経済的に大丈夫なのかと心配もしてしまう。
台所事情に関してはらいはに任せた部分がほとんどだが、俺達の腹を満たすために無理をしているのでは……?
「もー、なに言ってるのさ。お兄ちゃんが頑張ってるからちょっとは余裕あるの!」
「そうだそうだ! みみっちいこと気にしてないで腹一杯食え」
「そ、そうか……」
相場の五倍の給料はやはり伊達じゃないということか。
それと引き換えのブラックさだが、らいはの嬉しそうな顔のためならばやり甲斐もあるというものだ。
「それより、五月さんたちへのプレゼントはどうするの?」
「ああ、今日はそれを用意しに行こうと思ってる」
畳の上に積まれた参考書の上に鎮座したインスタントカメラ。
俺の視線をたどった親父は訳知り顔で頷いた。
「なるほど、贈り物は思い出ってところか。考えたな、風太郎」
「別に、安上がりだからってのもある」
「お兄ちゃんはもう少し自分のためにお金使ってもいいと思うよ」
俺のバイト代のほとんどは、家計と借金返済に当てている。
残った分は自由に使えるお小遣いとしてキープしているが、それも昼飯と参考書でほぼ消えてしまう。
だが、こうして家計に余裕が出来たのならば、少しは自分に回してもいい……のかもしれない。
「しかし、自分のためにって言ってもな……何に使えばいいのやら」
「ほしい物とか、やりたいことはないの?」
「そうだな……問題集買って勉強したい」
「乾いてるよっ! 十代にあるまじきカラカラっぷりだよ!」
「うっ……ら、らいはこそ欲しい物はないのか? 今だったら買ってやれるぞ」
「いきなり言われても……新しいフライパン、とか? 最近焦げ付きやすくなってきたし」
「らいは……」
どうやら俺達は似たもの兄妹のようだった。
いくらなんでもフライパンというのは、中学に進学したばかりの女子の欲しがるものとしては所帯じみすぎている。
俺の視線にきょとんとする姿は目に入れても痛くないぐらい可愛らしいが、それだけに涙を誘うものがあった。
その後は妙な沈黙の中で朝食が進む。
こんな時にテレビがあればBGMとしていくらか機能してくれただろうか。
痺れを切らしたのか、親父の声がその静寂を破った。
「お前ら、朝飯食ったら出かけるぞ」
「俺は用事があるんだが」
「それ込みでだ。パーっと遊ぶぞ、パーっと!」
「お出かけだーっ!」
らいははノリノリだった。
プレゼントの用意という用事の他に勉強するという予定があったのだが、仕方ない。
こうして上杉家の日中の予定が決定したのだった。
これが家族サービスというやつなのかもしれない。
「えー、それではこれより五つ子裁判を執り行いたいと思いまーす」
中野姉妹の住居であるアパートのリビングは、簡易的な法廷と化していた。
裁判長の席に座るのは一花、その右手に原告である二乃、左手に弁護人である四葉が座る。
被告人席には三玖と五月が正座させられていた。
「被告二人は修学旅行で抜け駆け行為の数々を行い、およびそれを幇助した……間違いありませんね?」
「異議あり!」
厳かな声で読み上げられる罪状に四葉が早速物申した。
真っ直ぐ掲げられた右手と迷いない瞳に、被告人席の二人はかつてない頼もしさを感じていた。
「弁護人の発言を認めます」
「具体的に何があったのかさっぱりわかりません!」
弁護人を除く全員が脱力した。
よくよく考えれば無理もない話だった。
四葉は他の姉妹ほど風太郎の動向を気にしていなかったし、最終日に関してもロクに事情も知らないまま協力していた。
持ち前の善意からの協力ではあるが、蚊帳の外にいた感は拭えない。
あごに手を当てて少し思案すると、一花は大きく頷いた。
「たしかに、弁護する側が事情を把握していないのは公平じゃないよね」
「そもそもが配置ミスじゃない」
「弁護人がいないと一方的かなって」
「罪状は明らかなんだし、結果は変わらないわよ」
威嚇するような原告の視線にたじろぐ被告人二人。
なんだかんだ手を貸してくれた二乃ではあるが、それで見逃してくれるほど甘くはなかったようだ。
どうせ茶番で終わると構えている三玖も、思わず気圧されて唾を飲み込んだ。
一方、五月はおかずを減らされる恐怖に戦慄いていた。
「まぁまぁ、それじゃあ事情説明も兼ねて、二人には自分がやったことを説明してもらおうかな?」
「「えっ」」
裁判長のあまりにも無慈悲な提案に二人は固まった。
少なからず罪の意識はあるが、あらためて自分の口から語るとなれば話は別だ。
とんだ羞恥プレーを強要してくる長女の横暴に震えが止まらなかった。
「被告中野三玖は修学旅行初日、私たちと別行動をとっていた時の情報を開示してください」
「そ、それは……一人で山頂を目指してたら、偶然フータローと一緒になって」
「裁判長、被告はウソ言ってまーす」
「三玖、本当に偶然だったのかな?」
「うっ……」
無論、偶然であるわけがない。
あの時は明確に風太郎を追いかけるという目的を持って抜け出したのだ。
結果的には目的の人物に追いつかれる形で合流を果たしたのだが、それを主張してもあまり意味はないだろう。
そもそも抜け駆けの意思があったことは四葉以外の全員に知れ渡ってしまっている。
「い、五月に手伝ってもらって抜け出して」
「うんうん、それで?」
「フータローと一緒に山頂まで登って……」
「いいわ、続けなさい」
「それで、朝早く起きて焼いたパンをご馳走して……き、キスして告白しましたっ!」
「「えええええっ!?」」
驚きの声を上げたのは下の妹二人である。
四葉は三玖の初日の行動は全く関知していなかったから、その驚き様は無理もない。
五月にしてもキスまでしていたのは寝耳に水である。
風太郎の態度から自分とのキスが初めてではないことは察していたが、それでも衝撃は大きかった。
同じくキスの情報までは知らなかった二乃は、驚きはせずとも苦虫を噛み潰したかのような表情だ。
ある程度予想はしていたのだろうが、気に入らないものは気に入らないということだろう。
一方、大体が既知の情報である一花は泰然と構えていた。
「五月ちゃん、三玖を手伝ったって部分に間違いはない?」
「は、はい……たしかにあの日、三玖をサポートする目的でみんなを引き止めました」
「本当にそうだったんだ……」
明かされた真実を四葉は呆然と受け入れた。
三玖のことは応援していたが、まさかそこまで進展しているとは思っていなかった。
一花と二乃が当時から状況を察していたのには感心するしかない。
そんな四葉を横目に、一花は裁判を進めていく。
「では次に、被告人中野五月は修学旅行最終日、私たちと別行動をとっていた時の情報を開示してください」
「ううぅ……み、みんなとはぐれた後、上杉君と出くわしてしまって」
「うんうん、それで?」
「逃げ出したのですが、結局一緒に行動することになって……」
「その後は?」
「色々あって……無事みんなと合流できました!」
「裁判長、被告は意図的に事実を隠蔽しようとしてまーす」
「そうだねぇ、その色々って部分が気になるかな?」
「そ、そんなぁっ」
なんとかうやむやにしようとしたが、それで見逃してくれる道理はない。
隠しておきたい部分を突っつかれた五月は悲鳴じみた声を上げた。
そもそも上三人は大体の出来事は把握しているのだが、これはあくまでも四葉に対する説明だ。
それこそが五月にとって答えにくい部分でもあるのだが、そこをあえてというのが一花の思惑である。
要するに四葉に対する揺さぶりなのだ。
逃げ場を探して、五月は隣の三玖に縋った。
「み、三玖……」
「心配しなくても大丈夫だよ」
三玖は穏やかな笑顔で五月の手を握った。
救いの光を見出した五月は、その顔を希望で輝かせた。
「全部吐き出せば楽になれるから」
「み、三玖ー!?」
逃げられないように握った手をガッチリホールド。
救いの手はその実、五月を絡め取るための罠だった。
まさかの裏切りに進退窮まった五月は、震え声で語り始める。
「お、お腹が空いたので、とりあえずは一緒に食べ歩きをしました」
「ほほう、それで食べさせあいっこしてたと?」
「ち、違います! 私から上杉君に食べさせてあげたのは事実ですが……あっ」
「思いっきりいちゃついてたんじゃない。もう有罪確定でいいわよね?」
「誘導尋問です! こんなの卑怯ですっ!」
「ま、まぁまぁ」
裁判長の巧みな話術に引っ掛かってしまう五月であった。
特に引っ掛けるつもりのなかった一花は困惑気味である。
苦笑しながら、有罪を催促してくる二乃をたしなめて五月に先を促す。
「ううぅ……それから上杉君の提案でお化け屋敷に入りました」
「なるほど、暗闇に乗じてあれやこれやした、と」
「正直、怖くてずっとしがみついていただけで……目も開けていられませんでした」
「思いっきりくっついてたんじゃない。やっぱり有罪よ、有罪」
「異議あり!」
有罪を迫る二乃に対し、四葉が声を張り上げた。
先の審問の時は口を挟む暇がなかったが、今回は違う。
三玖のキス発言の衝撃から我に返った四葉は、大切な妹を守るために右手を高く掲げた。
「怖いものが大の苦手な被告人が、恐怖のあまり近くにいた人にしがみつくのは仕方ないと思います!」
「弁護人の異議を認めます」
「ちょっと、一花!」
不満の声を上げた二乃だが、一花はそっぽを向いて応じない。
どうやら裁判中は役職名で呼ばないとダメなようだ。
二乃が面倒くさそうに裁判長と呼ぶと、笑顔で頷いた。
「弁護人の言うことはもっともだし、結論は急がずにもう少し話を聞いてみようよ」
「どうせ結果は変わらないわよ」
「いいからいいから」
一花に押し切られる形で、二乃はとりあえず矛を収めた。
これで審問が再開されるわけだが、ここから先はモロにそういう話になるため五月の口は重い。
自分をかばってくれている四葉への申し訳なさが限界突破しそうだった。
しかし、遠からずこうなってしまうことはわかっていたはずだった。
五月は自分の想いから目を逸らさないと決めたのだから。
「お化け屋敷を出てからは上杉君と二人きりになれる場所を探して……き、キスをしてから結婚を前提にお付き合いを申し込みましたっ!」
顔を真っ赤にして一息に言い切った。
最後の方はもうやけっぱちである。
またも飛び出したキスに告白というキーワードに、四葉は再びフリーズ。
結婚までは予想外だった上三人も思わず閉口した。
姉妹の中で一番真面目な五月からすれば、恋人関係と結婚は直結しているのかもしれない。
しかし、ややヘビーだという印象は拭えない。
決して体重の話をしているわけではない。
中野姉妹の合計体重は250kg。
つまり、みんな仲良く50kgなのである。
(五月も、上杉さんと……)
まさかの妹の参戦に、四葉が受けた衝撃はいかほどか。
そっと自分の唇に触れて、家族旅行で訪れた祖父の温泉がある離島、鐘の下での出来事を思い出す。
意図的なものではなかった。
だが、たしかに自分と風太郎は――
首を振って雑念を振り払う。
どの道あの時は五月の格好をしていたのだから、風太郎にはわからなかったはずだ。
よってノーカウントなのである。
開きかけた自分の心の蓋を、そっと閉じた。
「被告人への審問は以上だけど、四葉はなにか言いたいことない?」
「えっ、私?」
ここでいきなり水を差し向けられて四葉は大いに慌てた。
今の自分の立場は弁護人。
どうにか弁護の余地がないかと頭を抱えて、そもそもの話に行き着いた。
「えっと……最終日のことに関しては、五月だけの責任じゃないと思うかな」
「……ま、そうなるわよね」
「みんなで共犯だもんね」
「言っとくけど、主犯はあんたよ」
「うっ……」
二乃の指摘に、余罪を追求されそうな三玖は言葉を詰まらせた。
いくら共犯を主張しようと、主犯格ではやはり罪が重くなるのだ。
最終日における五月の行動には、他の姉妹の関与が大きく影響している。
そのことで五月を罪に問うのなら、必然的に全員が罪に問われることになってしまうのだ。
もちろん裏の事情など知る由もない五月は、ただただハテナを浮かべていた。
「そういうことなら、五月ちゃんの最終日に関しては不問ってことで」
「はぁ、なんだかよくわからないのですが」
「なんだかんだで私たちは仲良し姉妹ってことだよ」
全く要領を得ないが、一花のいい笑顔に押されて五月は納得した。
見事弁護に成功した四葉は満面の笑みでブイサイン。
隣に座る三玖は優しい笑顔で頷いた。
姉妹の絆の再確認を果たし、五つ子裁判は和やかな雰囲気のまま終わりに向かう――
「ところで裁判長、二日目はフー君となにをしていたのかしら」
――かのように見えたのだが、二乃が新たに一石を投じた。
まさかの裁判長に対する追求である。
「なにしてたって、雨宿りだよ?」
「一時間も、まったく着信に気づかずに雨宿りしてたってわけ?」
「そこらへんは先生にも説明したの、聞いてたよね?」
「あんなのでごまかせると思ったら大間違いよ」
一花は対外的には人当たりがよく、生徒と教師問わず覚えがいい。
現役女優という立場もそれに拍車をかけているだろう。
そのプレゼンスのおかげか、多少穴のある説明でも一花が言うのならと通ってしまうのである。
もちろん、それは家での自堕落な姿を知っている姉妹には通じない。
あまり人を疑わない四葉も、深く考えてみればすぐに疑問を抱いただろう。
ましてや、風太郎のことに関しては一花を最大限に警戒している二乃がそれを見逃すはずがなかった。
「土砂降りの雨の中で、好きな相手と一時間も二人きりだったのよ? なにもないわけがないじゃない」
「さ、さぁ、そろそろお昼だし、みんなで何か食べに行こっか」
「一花」
「今日はお姉さんおごっちゃうぞー」
「一花」
「あ、あはは……」
唐突な話題の転換は、それだけ追い詰められている証拠である。
きちんと計画した上での行動だったのならば対策もしていたが、あの日の出来事は暴走もいいところ。
二乃が話題の転換に乗ってこない以上、そこで詰みなのだ。
一花は観念したのか諦めたように笑うと、裁判長の席から立ち上がって五月の横に座った。
裁判長から一転して被告に――まさかのどんでん返しである。
あまりの急展開に四葉は目を点にしていた。
「それじゃあ、一花の審問を執り行いましょうか」
空いた席に座るのは二乃。
原告と裁判長の兼任である。
これが一方的な裁判になるかどうかは四葉の双肩にかかっていた。
「えっと、フータロー君と一緒に歩いてたんだけど、突然雨に降られちゃって」
「そこはもういいわ。その先を話しなさい」
「うっ……それはまあ、色々とね?」
「いいから説明しなさい」
言いよどんで、一花はごまかすように笑った。
二乃は笑顔で無慈悲に先を促した。
いつの間にか一花を挟むように座った三玖と五月は、両側からホールド。
決して逃がさないという意思が伝わってきた。
さんざん好き放題にしたツケが回ってきたようだ。
頼みの綱は四葉だが、こちらも微妙な反応である。
一花が自分と一緒にいた風太郎を連れ去って抜け駆けしていたことは、四葉もきっちり把握していた。
いよいよ追い詰められた一花。
洗いざらいぶちまければ、この場はさらなる混乱に見舞われるだろう。
キスや告白の比ではないことが行われていたのだ。
落としどころとしては、キスしたぐらいで話を終わらせて三玖たちと同等の立場に着陸する、といったところか。
しかしそれではやられっぱなしである。
一花としてはここで二乃に一矢報いておきたかった。
なにせ暴走機関車なのだから、勢いは削いでおくに越したことはないのだ。
「それなら二乃だって抜け駆けしようとしてたよね?」
「残念ながら、誰かさんの邪魔が入ってなにもできなかったけどね」
「大体さ、模試の後からフータロー君にやけに熱~い視線送ってるじゃん。絶対なにかあったよね?」
「ちょっと、今は修学旅行中の話なんですけど!」
「そこらへんも含めてはっきりさせておくべきだと思うけど、二人はどう思う?」
一花の問いかけに三玖と五月は顔を見合わせた。
あからさまな誘導であるのはわかっていたが、二乃の隠し事も気になる。
自分を棚上げして、お前はどの口でこっちを糾弾していたのかと。
二人は頷き合い、二乃に笑顔を向けた。
笑顔の起源は、肉食獣が牙をむく行為であるとされている。
「「「「……」」」」
「えーっと、ここからは私が裁判長、原告、弁護人を兼任するんだけど……」
気づけば被告人席に四葉を除いた全員が座っていた。
嫌疑をかけられて逃亡を図った二乃だが、三対一で逃げ出せるはずもない。
あえなく捕まり、その際のもみ合いで出てきたとあるアイテムによって嫌疑は確信に変わった。
その0.01とデカデカと表記された薄く四角い包装は、二乃がどのような行為に及ぼうとしていたのかを端的に示していた。
こうして二乃も被告人席に並ぶことになったのだが、前代未聞の事態に繰り上がり裁判長の四葉はただただ困惑するしかない。
この裁判の行く末はその手に委ねられた。
「うーん……閉廷っ!」
わけのわからなくなった四葉が匙を投げたことで、五つ子裁判はうやむやのまま終わるのだった。
休日のデパートはそれなり以上に混んでいた。
家族連れ、カップル、友人同士と思しきグループ。
とにかくまぁ、混んでいる。
その中では家族連れにカテゴライズされる俺達だが、今はらいはと二人きりだ。
親父は知り合いに現像を頼んでくると言って、インスタントカメラを持って行ってしまった。
いくらか値引いてもらえるらしいので、渡りに船と言えるだろう。
そんなわけで兄妹仲良く写真を飾るアルバム選びなのである。
「わー、見て見てお兄ちゃん。このアルバムかわいいよ!」
「こっちの方がいいんじゃないか? 安いし」
「地味だから却下」
らいははにべもなかった。
ばっさり切り捨てられたアルバムを商品棚に戻す。
大変リーズナブルだと思ったのだが、そこは重要ではないらしい。
「おう、もう選んだか?」
案外早く親父が帰ってきた。
カメラが消えているところを見ると、現像は頼んできたらしい。
らいはがパタパタと親父に駆け寄っていく。
アルバムについて意見を聞きたいのだろう。
俺もそこは気になる。
なんせ親父は写真の専門家なのだから。
「これなんて可愛いと思うんだけど、子どもっぽいかなぁ?」
「らいはらしくていいと思うが、そうだな……おい、風太郎!」
「なんだよ」
「値札は見るな。お前が一番良いと思ったやつを持って来い」
背中を叩かれて送り出される。
どうやらそう簡単に甘えさせてはくれないらしい。
しかたなしに商品棚とにらみ合う。
四桁……高い。
三桁後半……もう一声。
お、これなんかワンコインで買える。
「こら、値札は見るなつったろうが」
「うぐっ」
「いいか? アドバイスをしてやりたいのは山々だが、俺は中野の嬢ちゃんたちのことをよく知らない」
「……俺だったら知ってるって言うのかよ」
「そうだ、だからお前が選ぶんだ」
そんな事を言われても、俺が知っているあいつらなんてほんの一面的なものだろう。
現に、俺は三玖の出す問題にろくに正解できなかったのだ。
目を閉じて振り返ってみる。
出会い、花火大会、中間試験、林間学校、期末試験、学年末試験、温泉旅行、全国模試、そして修学旅行。
思い出の中でも騒がしいのは、あいつらの数多くある困ったところの一つだ。
「……これにしよう」
「わ、すごいカラフル」
親父の言うとおり、値札は見ないようにして商品を選んだ。
色の主張がうるさい外装だが、五者五様の騒がしさにはピッタリだろう。
そのままレジまで持っていく。
値段は……ノーコメントだ。
「いいのを選んだじゃねぇか」
「別に、やかましいやつらにはやかましいのがピッタリだと思っただけだ」
「ガハハハ、照れんな照れんな!」
背中をバシバシ叩いてくる親父も十分やかましい。
非難がましい目を向けると、頭をクシャクシャに撫でられた。
もうそんな年じゃないんだが。
「風太郎、明日は空いてるか?」
「アルバム渡しにいって、その後は家で勉強だな」
「嬢ちゃんたちに会うなら丁度いい。一つ頼みたいことがあるんだが」
俺の勉強時間=暇、とでも変換されているのだろうか。
どうやら明日の予定もこの場で決まりそうだった。
「ごちそうさまー」
「ごちそうさま」
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
「はいはい、お粗末さまでした」
熾烈な裁判の末に出かける気力を失った中野姉妹は、シーズン的には少し早いが昼ごはんとしてそうめんを茹でて食べた。
こんな時に率先して動いてしまうのが二乃である。
食事の用意と同様に、さっさと食器を重ねて台所へ持って行ってしまった。
せめて後片付けはと、他の姉妹もその後を追ったのだが……
「……狭い!」
そもそも五人で住むには手狭な部屋なのだ。
台所の広さなど推して知るべし、だ。
追い出された四人は、仕方なくリビングで食後の休憩である。
「一花は何も予定ないの? 撮影とかさ」
「ふわぁ……珍しいことにね。帰ってきたばかりだし、社長が気を使ってくれたんだと思う」
四葉の質問に、一花はあくび混じりで答えた。
一花をスカウトした本人である、織田芸能プロダクションの社長。
なにかと便宜を図ってくれるし、才能を誰よりも評価してくれている。
迷惑をかけたことも少なくないので、一花にとっては頭の上がらない人物である。
「そういえば、菊ちゃんは元気かな?」
「あれ以来、甘えてくれるようになったって社長、嬉しそうにしてたな」
「そっか」
三玖が話題に上げたのは、織田社長の一人娘である菊のことだ。
中野家で一度だけ預かったことがある。
見た目通りの子供だが、家庭環境ゆえに自分を押し殺している部分があった。
一花が言う分には、それもいくらかは解消されたようだった。
「でも、お兄ちゃんが欲しいって言われて困ってるみたい」
「それってまさか」
「あ、あはは……どうだろうね」
「むぅ」
一抹の不安に三玖は唸った。
一花も同じことを考えたのか、声に若干力がない。
当時、菊の相手をしていたのは一花と三玖と風太郎だ。
状況証拠的にほぼ確定と見てもいいだろう。
「まぁ、フータロー君も中々に人たらしだよね」
「たらし込まれた本人が言うと説得力が違う」
「私の場合は……もうズブズブで離れられないかも」
雨の中での情事を思い出して一花は頬を染めた。
次を期待しているのか、体がうずうずしていた。
風太郎に会える日が待ち遠しかった。
「やっぱりなにか隠してるでしょ」
「えー? まぁ、私も三玖と同じくらいのことはしたかもね」
「やっぱ一花は有罪、切腹」
思わせぶりな態度に三玖は頬を膨らませた。
対する一花は余裕を崩さない。
新たなるシスターズウォーの種が蒔かれつつあった。
「五月五月、なに見てるの?」
「新しくオープンしたレストランの広告です。今度行ってみようかなと」
火花を散らす姉たちから逃れるように五月のそばに来た四葉は、一緒になってチラシを覗き込んだ。
四葉は知らないが、五月には有名レビュアーという裏の顔がある。
おいしいお店の情報を受信するために、常にアンテナを張っているのだ。
ちなみにアンテナ云々は比喩的な意味であり、どれだけ櫛を通そうとも飛び出てくるアホ毛のことでは決してない。
五月の趣味とも言える食べ歩き。
恋をしようとそこだけは変わらない妹に、四葉は微笑ましさを感じた。
(――これだ!)
四葉の脳に電撃のような閃きが走った。
修学旅行から帰って以来、姉妹の間に漂う空気がどこか変わっていた。
険悪なものかといえばそうではなく、むしろ姉妹仲自体は深まった感がある。
しかし互いに牽制するような、そんな雰囲気になることが増えた。
その理由は、先程の五つ子裁判でさすがに四葉も察した。
そうなると問題となるのが、放課後の勉強会や家庭教師の日である。
風太郎がいない時は牽制程度で済んでいたものが、本人が放り込まれたらどうなってしまうのか。
それが四葉の危惧するところだった。
風太郎を避けるわけにはいかないので、姉妹間の空気を何とかしなければならない。
幸い、次の家庭教師の日までは数日の時間がある。
放課後の勉強会も、風太郎の方から一週間ぐらいの休みが欲しいと要請があった。
具体的な方法までには思い至らなかったが、要は楽しい時間を共有すればいいのだ。
今は父の元を離れているため旅行などの贅沢は難しいが、外に遊びに出ておいしい食事を取るぐらいなら可能だ。
五月の持っているチラシの店は、きっかけとしては十分なように思えた。
自分の頭脳の冴え渡りに戦慄いていると、スマホが震える――メールの着信だった。
便利なアプリの存在によって使う機会の減ったメール機能だが、特定の相手に対してはまだまだ現役なのである。
『明日ちょっと付き合ってほしい。別の予定があるならそっち優先でも構わない』
時代に逆行するような簡素なメールである。
顔文字や絵文字、スタンプなどのデコレートは見当たらない。
まさに懸念事項である風太郎からのメールだった。
(えっ、えっ、付き合ってほしいって……わ、私?)
まさかの不意打ちに四葉は混乱した。
他の姉妹の空気に当てられた部分もあるのかもしれない。
高鳴る心音に釣られて返信画面を開く。
文字を打つために画面に触れようとした寸前で、指が止まった。
(私なんかが、いいのかな……?)
他の姉妹を差し置いて、という意識があった。
みんな風太郎に対して明確に好意を示している。
本当の事を隠し続けている自分とは大違いだ。
それに、前の学校を去る際に四葉は姉妹のために生きると決めていた。
風太郎からの誘いは素直に嬉しいが、ここはやはり――
(でも、他のみんなじゃなくて私を誘ってくれたんだよね……?)
理由はわからないが、風太郎は一花でも二乃でも三玖でも五月でもなく、四葉を誘った。
その事実が心の蓋を揺り動かす。
出会ったあの日から胸の奥に灯った、風太郎への想い。
誘いを受け入れる、誘いを断る。
正反対の返信を交互に打ち込んでは消し、消しては打ち込む。
堂々巡りである。
「四葉?」
「わあっ!」
ものすごい速さでスマホをいじる四葉を心配したのだろう。
不意に五月に声をかけられ、指はあらぬ場所をタップした。
慌てて確認すると、誘いを受け入れる旨の文章が送信されてしまっていた。
どうしたものかとあたふたするが、送ったメールは取り消せない。
できるのは、間違いの訂正と謝罪をあらためて送ることのみだ。
文面を考えて頭を抱えていると、更に返信が。
『じゃあ明日の午前十一時に駅前に集合で。らいはも楽しみにしてる』
(……らいはちゃん!)
どうやら二人きりというわけではないようだった。
ホッとしたような、残念なような。
それでも、仲良しのらいはに会えるとなれば四葉も俄然乗り気である。
「四葉、聞いてます?」
「ん? ごめん、何の話?」
「みんなでご飯を食べに行こうかと思いまして」
そう言って五月は先ほどのチラシを目線の高さまで掲げた。
元々同じことを考えていたため、四葉としては異論はない。
むしろ五月から言い出してくれたことに嬉しさすら感じていた。
「いいね! いつ行こうか」
「明日のお昼はどうですか?」
「え……」
明日の昼となれば、風太郎との約束の時間と丸かぶりだ。
このままいけばダブルブッキングになってしまう。
幸い、こちらの予定はまだ決定ではない。
都合が悪いことを伝えれば変更してもらえるだろう。
「五月、そのことなんだけど――」
「え、なにそのお店。結構おしゃれ~」
洗い物を終えた二乃が、キッチンから出てきて五月が持つチラシに興味を示していた。
タイミングが悪いことに四葉の声はかぶせられて届いていない。
二乃の声を聞きつけたのか、一花と三玖も会話に入ってきた。
「五月ちゃん、今度このお店行くの?」
「イタリアン? ちょっと行ってみたいかも」
「ええ、せっかくですので明日のお昼にみんなで行こうかなと」
「いいわね。あんたのレビューの方もはかどりそうじゃない」
「な、なんのことやら!」
あっという間に言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
和気合い合いと話が進む中、四葉の笑顔はひきつり気味である。
この場で別の予定があることを言い出せば、確実に水を差してしまうだろう。
四葉の望む展開になりつつあるというのにそれは心苦しかった。
しかし先約は先約。
こちらの予定の変更がまだ可能であるうちに言っておかねばならない。
(らいはちゃん、私に勇気を……!)
眩しい笑顔を思い浮かべて自分を奮い立たせる。
拳を握り意を決して、四葉は口を開いた。
「みんな!」
「な、なに?」
「いきなり大声出さないでよ」
「びっくりした」
「どうかしたのですか?」
姉妹たちの視線が集まる。
勝手にプレッシャーを感じてたじろぎそうになるも、どうにか踏みとどまった。
「実は明日のお昼は予定がある、んだけど……」
勇気を振り絞ったはずだったが、声は尻すぼみになってしまった。
なんとか言い切ったはいいが、他のみんなの反応が怖くて顔を上げられない。
心なしかリボンもしおれ気味である。
永遠にも思える沈黙――実際には数秒だったのだが、四葉の感覚的にはそうだった。
「そっか、なら仕方ない」
「深刻そうな顔してるから、何かと思ったじゃない」
「四葉がいないんじゃ意味ないし、また別の機会だね」
「お昼がダメなら夜はどうですか?」
「えっと、大丈夫だと思う」
「じゃあ夜に予約しておきますね」
思いのほか姉妹たちの反応はあっさりしていた。
考えすぎだったことは少し恥ずかしいが、それよりも安堵が大きい。
力が抜けた四葉は、後ろ向きに倒れて天井を見上げた。
プレッシャーから解放され、心がどこかに飛んでいってしまいそうだった。
放心状態である。
「また部活の助っ人? 程々にしなさいよ」
「あはは、違うよ。明日は上杉さんと――あっ」
だからか気が緩んでいた。
たしなめてくる二乃に、ついポロッと漏らしてしまったのだ。
まずいことを口走ったと気づいて口元を押さえるがもう遅い。
姉妹たちの様子は一変していた。
「ふぅん、なるほどね」
「へぇ、まさかあんたが抜け駆けするとはね」
「四葉……油断してた」
「止める筋合いはないのですが、その……」
一花は興味深げに目を細めた。
二乃は笑顔だったが目は笑っていなかった。
三玖の後ろには揺らめく炎が見えた、ような気がした。
五月は何やら複雑そうな表情をしていた。
「さて、どうしようか」
「当然やるわよ」
「異議なし」
「……わかりました」
「あ、あはは……」
五つ子裁判、午後の部の開廷である。
五月は弁護にまわってくれたが、姉の迫力に押されてあまり頼りにならなかった。
後編は多少シリアス目になるかと思います。
それと、来週はFGOやらFF16で忙しいので更新が遅れるかと思います。