驚きは小さくありませんが、読んでくれる方が増えて嬉しい限りです。
というわけで短めですが長女とのお話です。
「デートに行かない?」
「は? 駄目だが」
放課後の勉強会も終わり、各々の用事のために解散した後のことだ。
学校から出ると、校門で待ち伏せていた一花が声をかけてきた。
戯言を抜かしているのでバッサリと切り捨ててやったが。
「うわ、即答。もう少し迷うとかしようよ」
「いいか? 言うまでもないが、俺達は受験生なんだぞ」
「私は進学しないよ?」
「お前がしなくても俺がする」
「フータロー君に今更勉強なんて必要ないと思うよ」
ちなみに修学旅行前の中間テストの結果は一位だった。
見事に学内トップに返り咲いたわけだ。
そのちょっと前の全国模試のことを思えば、大したことではないように見えるかもしれない。
しかし、やはり長年座っていた椅子は座り心地がいいものだ。
満点がずらっと並んだ成績表を渡されてホッとしたのは、俺の心の中だけの秘密だ。
武田は悔しがっているのに嬉しくてたまらないという、なんともおかしな態度を見せていた。
正直ちょっと引いた。
「そもそもお前、これから撮影があるんじゃないのか?」
「あんなのウソに決まってるじゃん」
「はぁ? なんでそんな嘘吐いてるんだよ」
一花は撮影があると言って少し早く俺達と別れたはずだ。
二乃は食事の用意があると、他三人はバイトが入っていると言って帰っていった。
これで煩わされることなく勉強ができると思わずガッツポーズをとってしまったが、ぬか喜びだったようだ。
「なんでって、言わなきゃわかんないかなぁ」
「ははは、まさか誰にも邪魔されずに俺を待ち伏せるためになんてことは――」
「うん、そうだけど」
「……馬鹿なの?」
そういえば、こいつを含め中野姉妹は度し難い馬鹿なのだった。
何度頭を抱えたかわからないぐらい思い知らされてきた事実なのだ。
「まぁまぁ、そう言わずにお姉さんとデートしようよ」
「だから、用事があるから却下だ」
「用事って? あ、もちろん勉強以外でね」
「……い、家でご飯を食べる」
「それは用事とは言いませーん」
勉強という理由を封じられた俺は弱かった。
バイトとごまかそうかとも思ったが、こいつは何日か前に俺のバイトの予定を確認してきている。
悔しいが、勝ち誇った一花をどうにかするだけの材料は用意できそうになかった。
なのでもう俺は開き直ることにした。
「だから勉強だっつってんだろ。こちとら受験生だぞ!」
「ひ、開き直ったね……」
そもそも勉強を禁止カードにされるいわれなんてない。
そうだ、最初からこれで行けば良かったんだ……!
受験生×勉強という無敵のコンボを見出した俺に敵はいない。
これで一花もおとなしく引き下がるしかないだろう。
「ところでこの写真、どう思う?」
「くくく、無敵の俺になにをしようと――」
差し出されたスマホの画面を見た俺は固まった。
距離やアングル的に、いわゆる自撮り写真の類。
だが問題はそんなところではなく、被写体の方にあった。
頬を上気させた一花と、その露わになった胸元に顔を埋める――
「お、おまっ、こんなのいつの間に!?」
「フータロー君が私のおっぱいに夢中になってるときにパシャっと」
「パシャっと、じゃねーだろ!」
こいつとこんな接触があったのは修学旅行二日目の日中。
間違いなく、俺達がいたしてる最中のものだった。
なぜ、なぜ一花はこんなものを……
「別にね? この写真を使ってどうこうってのは考えてないんだけどさ」
「じゃあ消そう。すぐ消そう。善は急げだ!」
スマホを奪い取ろうと手を伸ばすが、ひらりとかわされる。
そしてカバンの中にスマホをしまうと、一花はこちらに身を寄せてきた。
「考えてはいないんだけど、こんな写真があるってことをフータロー君には覚えててほしくて」
笑顔だった。
誰もが見惚れてしまうだろう笑顔だが、俺は震えが止まらなかった。
「……ドコニイキマショウカ、イチカサン」
「それじゃあ、二人で汗流せるところにしよっか」
「い、一花……これ以上は、無理……」
「えー、もう? 私まだ満足してないんだけど」
乱れた息遣いに止めどなく流れる汗。
街中にある複合エンターテインメント施設の一角。
そびえ立つネットを中央に白線で四角く区切られたバドミントンコート。
その片面で俺はぶっ倒れていた。
体力の限界だった。
『たまにはジョギング以外もいいかなーって。あれ、もしかして変な想像してた?』
『し、してねーよ! だけどな、そういうとこに行くのには一つ問題がある』
『料金? 無料のペアチケットあるからタダで入れるよ』
『マジか!』
一花に連れられるまま入ったこの場所で、俺は過酷な運動を強いられていた。
物珍しさにほいほいと安請け合いしたのが良くなかった。
タダという響きに釣られたのもよろしくない。
なんにせよ後悔は先に立たず、俺はここで虫の息だ。
「フータロー君の体力は相変わらずだね」
「……俺を甚振って楽しいかよ」
「人聞き悪っ! まぁ、君の余裕ない表情は正直ゾクゾクするけど」
「ヒッ、ヒィェェァァ……」
一花は目を細めて笑った。
蛇に睨まれたカエルのように、俺は竦み上がった。
捕食される側の気持ちがわかったような気がした。
これはきっと本能的な恐怖だ。
俺の反応に苦笑すると、一花はこちらに来て近くに座った。
「まぁ、ちょっとずつ慣らしていけばいいよね」
「まさか、またこんなことをやらせる気か?」
「君はもうちょっと体力あったほうがいいと思うし。あ、ジョギングに付き合ってもらうのもありかな」
「俺を殺す気か」
しかしながら、体力の向上は悪いことじゃない。
この前の誕生日プレゼントで三玖にもらったスポーツジムのチケットはまだ使っていないが、あいつを誘っていくのもいいかもしれない。
体力がないものどうしなのでペースを合わせやすいだろう。
……いや、この状況で誘うのはどうなんだ?
告白してきた相手を誘うというのは、どういうことになるのか。
あぁもうめんどくせー!
そもそも仲のいいやつを遊びに誘うのに何の問題があるというのか。
少し考えすぎているのかもしれない。
「でも体力ついたら日常生活も充実すると思うし、あっちの方も色々と捗ると思うんだけどなぁ」
一花の流し目には反応してやらない。
あっちというのが具体的に何を指すのか、色々というのが具体的に何を含んでいるのか。
下手に触れたらまたカウンターが飛んでくる可能性がある。
「とりあえず休憩だね」
「ま、まだやるのか?」
「時間余ってるし、もったいないよ」
もったいない精神は大いに結構。
ここまで来たらもうやけっぱちなので、俺も時間一杯まで楽しむことにした。
「うぐっ……あ、足が……」
「あーもう、無理しないで掴まりなよ、ほら」
「す、すまん」
やけっぱちの代償は早かった。
外に出る頃には、俺の体は疲労の限界を迎えていた。
情けない話だが、支えられてやっとまともに歩ける状態なのだ。
「無理に付き合ってくれなくても良かったのに」
「チケットの分は楽しまないともったいないだろ。貧乏性が染み付いているもんでな」
そもそも誘う段階で脅しをかましてきたこいつに心配される筋合いはない。
抗議の視線を向けてやると、ニッコリと笑い返された。
思わず視線をそらす。
こんな様では中野姉妹とのにらめっこには惨敗を喫してしまうだろう。
そんな機会があるかどうかはわからないが。
「タクシー呼ぼうか?」
「いい、休めば多少回復するだろ――おっと」
「やっぱりふらついてるじゃん。私も帰るのに使いたいから、ついでに乗ってきなよ」
そう言って一花はスマホをいじりだした。
最近ではタクシーをアプリで呼び出すこともできるらしい。
仕事柄利用する機会が多いのか、慣れた手つきだった。
程なくして、タクシーが到着。
ここまで来ては断るのもかえって悪い。
俺は一花の好意に甘えることにした。
「ほら、足元気をつけて」
「ああ、悪い」
「それじゃあ、ここまでお願いします」
タクシーが走り出す。
音も振動も僅かで、油断していると睡魔に引き込まれそうだった。
ウトウトしていたので、どれぐらいの時間が経ったのかはわからない。
いつの間にか停車していて、寝ぼけ眼に一花が運転手に諭吉さんを渡しているのが見えた。
「フータロー君、着いたよ」
「んぁ……あ、ああ」
促されるまま降りると、どうにも見慣れない景色が出迎えた。
明らかに俺の家や中野姉妹のアパートの近所ではない。
「おい、どこだよここ」
「あ、ごめんごめん。せっかくだから行ってみたい場所があってさ」
「俺にはこれ以上付き合う体力はないからな」
「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。ほら、行こうよ」
俺の体を支えながら、一花は何処かへと足を向ける。
目的地を訪ねてもいまいちはっきりとした答えは返ってこなかった。
見慣れない場所と雰囲気も相まって、いやに落ち着かない。
一花が返答を濁すことにどうにも嫌な予感がした。
途中で引きとめようとしてみたが、こんな状態ではか弱い抵抗にしかならない。
そうして、目の前に現れたのは西洋の城のような建築物。
ここで唐突に、親父の言葉が脳裏に浮かび上がった。
『いいか? 世間にはカップルのための施設があるわけだが――』
俺が思春期の青い衝動に悩まされるようになってからというもの、親父との話題にこの手のものが増えた。
もちろん、らいはのいないタイミングを狙ってのものだ。
それぐらいの分別はあると信じたい。
話題が話題なので印象はアレなのだが、その手の知識に疎い俺のために講釈たれてくれていたようにも思える。
その中に、世のカップルのための宿泊施設に関するものがあった。
曰く、まるでおとぎ話に出てくる城のような外観のものもあるのだとか。
「おい、ここって」
「なんだろうね? あ、休憩できるってさ。ちょっと入ってみようよ」
中に入ろうとする一花を全力で引き止める。
抵抗するのではなく脱力――思い切り全体重をかけてやった。
これにはさすがに足を止めざるを得なかったらしく、心配するような目をこちらに向けてきた
俺が倒れそうになったとでも思ったのだろうか。
騙すような形になってしまったが、ここで流されるわけにはいかなかった。
「大丈夫? すぐそこだから、もうちょっとだけ頑張って」
「いや、入んねーぞ」
「お金のことならいいよ。私も休みたいし」
「本当に休むだけか? 俺の目を見て言ってみろ」
「やだなぁ、なに疑ってるのさ」
苦笑する一花。
それも一瞬の事で、すぐに笑顔を作ってこっちを見返してきた。
わかっている――こいつは簡単には尻尾を出さない。
そしてこいつも恐らくわかっている――俺が至近距離で中野姉妹の顔を正視するのが困難だということを。
しかしそれは俺が羞恥心を投げ捨て、なおかつ痛みで気をそらせばギリギリクリアできるのだ……!
「……」
「やだなぁ、そんなじっと見ないでよ」
「……」
「ま、フータロー君がそんなに私の顔を見たいって言うならかまわないけどさ」
「……」
「あの……フータロー君? な、何か言ってよ」
「……」
「~~っ、わかった! わかったから!」
やがて根負けした一花は降参とばかりに顔を背けた。
情けないやつだ。
果たしてそんなことで女優が務まるのやら。
「なに勝ち誇ってるのさ。顔真っ赤だよ」
「う、うるせー! 先に目をそらしたのはお前だからいいんだよ!」
一方、こっちには投げ捨てた羞恥心がバウンドして戻ってきていた。
ずっと抓っていた太腿も痛みを訴えている。
きっと内出血で変色しているだろう。
無理をした揺り返しで、心身ともにダメージが入っているのだ。
「一花、お前はここがどういう場所だかわかってるよな」
「むしろ君が知ってることのほうが意外だよ。こういうの興味ないと思ってたし」
「お、俺の事は今はいいんだよ! とにかく、入らねーからな」
「えー? 入ろうよ、ラブホ」
「入らねーって」
「いいじゃん」
「良くない」
「……」
「……」
頑なな態度を崩さずにいると、一花がむくれて黙り込んだ。
こいつの気持ちを伝えられている身としては心苦しいのだが、ここを許してしまったら後はズルズルと流されてしまうだろう。
一度目はあくまで緊急事態だったからだ。
長女であるこいつは他の姉妹と比べて視野が広く冷静だ。
だからこそ厄介な立ち回りも多いのだが、話せば分かる部類のはずなのだ。
それを示すように、一花は諦めたかのようにフッと息を吐いた。
「じゃ、行こっか」
「おい、なんでこの流れで中に入ろうとするんだよ!」
「いやぁ、ここはもう実力行使でいいかなって」
しかしこいつも五つ子の一人。
道理よりも自分の欲を優先するお馬鹿だった。
再び進みだした一花を止めようとするが、その歩みは先ほどよりも明らかに力強い。
「ここまで来たらもういいじゃん! 別に減るものじゃないでしょ!」
「減るんだよ! 色々と!」
「いーいーかーらー!」
その後、余力を振り絞った俺の奮戦によりラブホ入りはかろうじて回避。
疲労が性欲を上回っていたのが功を奏した。
事前の運動がなければ、誘惑に負けてそのまま連れ込まれていたかもしれない。
理不尽にも埋め合わせとして別の約束を要求される羽目になったのだが、それは別の話だ。
というわけで終了。
搦手には定評のある一花さんでした。
今後数回はこんな調子です。
次回は次女です。